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第百二十八話

「こっちこっち。木の中を突っ切るならこっちの方が近道よー」

「了解、流石メルト」

「ふふーん、任せて頂戴! あ、次はあそこに見える小川、あそこを飛び越えて行けばすぐ着くはずよ」


 夢丘の大森林。ゴルダ王都の背後を流れる川を遡り、山道を超えた先に広がる巨大な天然のダンジョン。

 その大森林の中を、メルトは自由自在、勝手知ったる我が家のように、楽しそうに突き進んでいく。


「セイム止まって、魔物がいるわ」

「む……倒そうか」

「大丈夫よ、見てて」


 道中現れた魔物。今回もオウルベアが現れたのだが、恐らく群れで行動中だったのか、その総数は遠目から見ただけで七体以上。

 だが、メルトはそれを警戒するでもなく、悠然とその群れの前に姿を晒す。


「さぁ、みんなどこかに行きなさい! お肉にして食べちゃうわよー!」

「ギエ! ギエエエエエエエ! ギュエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」


 次の瞬間、メルトの威嚇にしては可愛すぎる言葉と姿に、オウルベア達が一斉に叫び声を上げ、全速力で逃げ出してしまったのだった。


「ふふん! このダンジョンでダンジョンマスターを抜かしたら最強なのは私だって、全ての魔物が知っているからね、私に挑んでくる魔物なんて一体もいないのよ」

「す、すげぇ……メルト凄い、今かなり格好よかったよ!」

「えー? 本当ー? 照れるわねー!」


 いや本当格好いし可愛いぞ、さっきの威嚇。

 そんなこんなで、一切の淀みなく、最短距離で大森林の深部、かつて『強欲の館』と呼ばれていた、ダンジョンマスターの居城があった場所まで辿り着いたのであった。




「ここが……アイツの住んでた場所の跡地なのね? なんにもない……」

「そ、倒したらすぐにキラキラ光って消えていったんだ」

「そっかー……うん? あれ、なにかしら?」

「ああ、それが俺の世界から『一緒に召喚されたモノ』だよ」


 蔦や草に覆われつつあるマイクロバスを指さすメルトに、それが俺の世界のモノだと伝えると、楽しそうにバスへ向かい駆け出した。


「へー! 何これー! 大きな鉄の箱に窓が付いてるわねー?」

「それは馬車の客車みたいなものだよ。車輪、ついてるだろう?」

「ほんとだ。初めて見る素材かも? へー……何が引くの? これ、凄く重そうよ?」

「それは魔物とか動物に引かせるものじゃないんだよ。魔導具みたいに、自分の力で動くんだ。もちろん燃料が必要だけどね」

「え! 見たいわ!」


 ……これ、鍵ってどうなってるんだろう? 運転手と一緒に地球に戻っているのでは……。

 俺は久しぶりに、このマイクロバスの扉を開く。

 すると、なんだか懐かしい、地球の匂いが充満している車内に、一瞬思考を止められ、身体が動かなくなってしまった。

 ……五感と記憶って……密接に関わっているって言うもんな。


「セイム?」

「ん、なんでもない。ちょっと待ってね」


 調べてみると、車にはキーが差しっぱなしになっていた。

 それはそうか……あんな緊急時に、鍵を抜き取る余裕なんてなかったんだろうな。

 もしくは、緊急時にすぐに走り出せるようにしていた、か。


「……無免許でもエンジンかけるくらい問題ないよな」


 そもそも異世界だし。

 俺は、数少ない車の知識を総動員し、運転席に座り、ブレーキを踏みながらゆっくりと鍵を捻る。


 数度、エンジンがかかりそうでかからない、もどかしい音を立てるマイクロバス。

 その度にメルトが驚いたように飛び跳ね、警戒するようにバスから少しずつ離れるのが、なんか可愛い。


「これ無理か……?」


 まだ数カ月しか放置していないのに、もう壊れてしまったのだろうか?

 が、諦めずに何度か試していると、しっかりとエンジンがかかった音が断続的に辺りに響いた。

 ……で、これどうすればいいの!?


「セイムー? 大丈夫ー? 変な音してるよー!」

「大丈夫! 動いたから!」


 これ、オートマだ。なら動かせるか……?

 レバーを操作しゆっくりとアクセルを踏む。すると、マイクロバスが静かに動き出すのを感じた。


「お、おお! 普通に動かせる!」

「動いた! こんなにおっきいのに動くのね! 私も乗せてー!」

「ほら、おいでおいで。近くに座るといいよ」

「あ、ここが扉なんだこれ。よいしょ……お邪魔します」


 ちょこんと近くに座ったメルトが、不思議そうに車内を見回す。

 なんだか、借りてきた猫みたいで凄く可愛い。狐だけど。


「へー! 凄く快適ね! 椅子がボヨンボヨン弾むわ!」

「ははは、動かすから静かにするんだよ?」


 屋敷の跡地、何もない土地を、少しだけ走らせる。

 ゆっくりと、敷地内を動くマイクロバスに、メルトが大はしゃぎする。


「すごーい! 全然揺れないわ! 馬車と全然違う!」

「そうだね、この辺りの技術は魔法のない世界だったから、沢山工夫がされているんだ」


 自分で動かして今更思うのだが、教師含めてたった九人に対してマイクロバス一台というのは、かなり過剰だったのではないだろうか?


 もしかして俺達の班ってあまりだったのかね? 観光で向かう先が他の生徒には人気がなかったのだろうか?

 が……この広さは魅力的だ。もしも収納出来るなら、簡易宿泊施設として便利だ。


 ガソリンやタイヤの寿命的に、ずっと運転出来るとは思えないが、持ち運び出来る頑丈な宿だと思えば、かなり有能なのではないだろうか?


「よし、そろそろ降りるよ」

「えー、もっと乗りたいわ!」

「今はだーめ。他にも試さなきゃいけないことがあるんだから」


 俺は、乗客席に残されている荷物を全て集める。

 とはいえ、俺達生徒の荷物は全てホテルで降りされているので、ここに残っている荷物は、それぞれのハンドバックやリュック、そういったモノに収まる程度しかない。

 俺は懐かしの自分のリュックを手に中を漁る。


「……未開封のスポーツドリンクに修学旅行のしおり……暇つぶし用の漫画に……おやつか。賞味期限は……ギリいけるな。他には――筆記用具に……スマホのバッテリーか」


 そういえば、シズマの姿になった時に持っていたスマホ、あれもアイテムボックスに収納されていたな。

 あれも、そのうちバッテリーが尽きて使えなくなってしまうんだろうな。


 なんだか、それが時間と共に、どんどん俺と地球との縁が切れていくように感じて、少しだけ、本当に少しだけ、寂しいと思った。


 俺ですらこうなんだ。今、コクリさんのところに捕まっている連中は、もっと寂しいんだろうな。

 同情はしないが。

 俺はクラスメイト達の荷物も回収し、マイクロバスから降りる。


「おーいメルトも降りておいでー」

「えー! もっと乗っていたいわ! 私も動かしたい!」

「んー……実は結構それ危ないものなんだ。俺だって今、細心の注意を払ってゆっくり動かしていたからね……急に速く動き出して、木に衝突とかしちゃうこともあるんだ」

「ヒッ!」


 大急ぎでメルトが飛び降り、逃げるように俺の後ろに隠れる。

 さっきから同じことばっかり思っているのだが……可愛い。


「危ないモノなのね……」

「そうだね、俺の世界ではあの大きい乗り物を動かすには、難しい試験を突破して、国からの許可が下りないと動かせないんだ。無断で動かすと捕まっちゃうくらい危険なんだ」

「お、恐ろしいわ……」


 それを無免許で動かしました。異世界なのでセーフですセーフ。

 いや、更に言うとこのダンジョンは俺の私有地なんですよ実質。

 なので……どっちみちセーフだな!


「さて……じゃあコレを収納できるか試してみようかな」

「え!? こんな大きいの無理に決まっているわよ?」

「いや、どうだろう。俺の収納って厳密には、メルトの収納の魔導具とは違うものなんだ。ほら、ダンジョンマスターから貰った力、その副産物なんだよ」

「ふむふむ……魂に眠っている他の魂の姿になれる力よね?」


 そう、メルトにはそう説明してある。


「むむむ……物質を魂に眠らせる……? よく分からない力ねー?」

「ね、俺もよく分からない」


 さて、じゃあいつもアイテム、この世界の物品を収納する時みたいにこのバスを……。


「あ、いけた」


 忽然と消えるバス。そしてメニュー画面のアイテムボックスに――


「あれ? アイテム欄に表示されない……」


 なんだ、これはどういうことだ?


「消えた! 成功ね?」

「た、たぶん……あれ……おかしいな……取り出せない……アイテム欄に……ない」


 これはどうしたことか?


「詳しく調べるのは後にしようか。メルト、次はいよいよメルトの家に行こうか」

「そうね! ここからは少し遠いけど、夜には着くから今晩は私の家に泊まりましょう?」

「了解。なんだか楽しみだよ、メルトが暮らしていた場所に俺が行くなんて」

「ね! 私もなんだか不思議な感じがするわ! この森にセイムがいるの!」


 確かに、そういうものかもしれない。俺だって、地元にメルトがいたら、強烈な違和感を覚えるだろうし。

 俺は出発前に、もう一度屋敷の跡地を見回す。そして、アイテムボックスから『グリム・グラムの心臓コア』を取り出した。


「……ここで、あいつを殺して、俺はこれを手に入れた。もし、倒していなかったら、メルトは外に出てこられなかったと思うし、俺も安心して暮らせなかったと思う。きっと、なんらかの妨害や制約をかけられていたはずだ」

「そうね……私が外に出られたの、セイムが、シレントが倒してくれたお陰なのよね」


 コア。深紅に透き通ったコア。

 その輝きを眺めながら思いをはせる。が、その時――


「っ! なんだ!?」


 突然、コアが強い光を放ち始め、目がくらみコアを取り落としてしまった。


「セイム! なんか出てきた!」

「え?」


 目を開くと、足元に落ちたコアから、まるで立体映像のように、水色の何かが……まるで俺達の家のサンルームに表示される、ダンジョンを操作する為の画面のようなものが現れた。


 相変わらず、日本語で表示されるダンジョンのメニュー画面だ。なぜ、これが突然現れたんだ?


『管理者情報不明 仮の権限所有者グリムグラムを認証』

『上級端末より接続中』

『管轄管理項目を選択してください』

『自陣強化』

『拠点強化』

『拠点移動』

『拠点転移』

『拠点管理』

『仮拠点建造』

『互換性プログラム検知』

『眷属管理』


 表示された画面は、以前とは違い、全ての項目が明らかになっていた。

 なんだこれは……まさかこの場所とこのコアが揃うことに意味があったのか……?

 確かに、ここはグリム・グラムの拠点ではあったが……。


「なんだこれ……『互換性プログラム検知』に『眷属管理』……前回は触らなかった『仮拠点建造』も……」


 制限されていたものが全て解除されている。すぐにでも試すべき、だよな。

 この場所にいられるのなんて今日くらいだろうし。


「メルトメルト、ちょっと調べたいこと沢山出来た。もしかしたらここで野営になっちゃうかも」

「うん、分かった。……アイツの跡地でアイツのコアから何か出てきたんだもん……慎重に調べないといけないわ……もし、またアイツが出てきたらどうしよう……」

「絶対に殺す。今度はもっと苦しめて殺す。俺の家族を苦しめたんだ、絶対に許さない」

「セイム、怒らないの。頼もしいけど恐いよ?」

「ごめんごめん。ただ、復活はないんじゃないかなぁ……」


 恐らく、正しい端末に正しい認証キーが揃ったことにより、機能が拡張されただけだ。

 俺はひとまず、この『互換性プログラムの検知』という項目を調べてみる。


『互換性が低いですがブート可能なプログラムを検知』

『強制起動を実行しますか?』


 む……何かプログラムが検知されたぞ。

 ……強制起動、してみるか。


『起動完了』


「んー? 何も起きないけど……なんだ、今の」


 何か変化したのだろうかと、一応現在『プログラムっぽいもの』として心当たりのある、メニュー画面を開いてみる。

 すると――


『所持品』

『装備』

『キャラクターステータス』

『マップ/クエスト』

『メール/チャット』

『ログアウト/キャラクターチェンジ』


 いつものメニュー画面が表示されるだけだった。

 だが次の瞬間――


『所持品』

『装備』

『キャラクターステータス』

『マップ/クエスト』

『メール/チャット』

『拠点設定/建築メニュー』

『ログアウト/キャラクターチェンジ』


 項目が、増えていた。本来なら表示されるはずのない、ゲームの『ハウジング内限定項目』が。


「うっそマジかよ……そうか……コアの『仮拠点建造』って項目が作用したのか……?」


 その項目は、専用のサーバーにいかないと表示されない、プレイヤーの拠点、マイホームを建築、増築したりする為の項目だった。

 その項目を調べると――


「……あった。マイクロバスは建築アイテム扱いなのか」


 その項目には、俺が所持していた、様々な家具や建材が収められている。

 これは元々ハウジングエリアでしか開けない、具現化出来ないアイテムだ。

 それを、俺は自由に扱うことが出来るようになったのか……?


「メルトメルト、ちょっと近くに来て」

「うん? なになに?」


 巻き込まれると危ないので近くに呼び寄せ、さっきまでマイクロバスがあった場所に具現化してみる。

 すると、音もなく一瞬でマイクロバスが現れた。


「出てきた! 出せるようになったのね!」

「そうみたいだ。たぶん、これからもっと色々出せるようになると思う」

「むむ……どういうこと?」

「グリム・グラムのコアの力、俺が完全に吸収出来たってことかな?」

「おお! じゃあもうあいつが出て来るとか、そういうのじゃないのね!」

「そ、だから安心していいよ」


 ハウジングシステムをどこででも使えるようになる……これは、相当便利な力だ。

 だが違う、これは……そんな程度で喜んでいられる力ではないのだ。


 ……恐らく『建築メニュー』という元々存在する項目と、コアの『仮拠点建造』というメニューが共鳴し、この操作が出来るようになった。


 だが……『拠点設定』は『建築以外の拠点で実行可能な要素を司る』項目だ。

 そして恐らくこれと共鳴したのは……『眷属管理』の項目だろう。

 俺は、この『眷属管理』に該当する要素がなんなのか、既に分かっている。


「……召喚、出来るのか……?」

「なに? 召喚って、異世界の勇者? ダメよ、そんなの絶対ダメ。生贄が必要になるはずよ、きっと」

「あ、違う違う」


『オート生産』『門番配置』『素材収集派遣』という項目が存在している。

 そしてそれは『現在使っていないキャラクターに指示を出す』という内容でもあるのだ。

 ……出来るのか? 出来てしまうのか……?


「……あれ?」


 だが、表示されたのは少々思っていたものとは違う項目だった。


『オーダー可能キャラクター0/1』

『シレント』【門番】【採取】

『シーレ』【門番】【採取】【研究】

『セイラ』【門番】【採取】【料理】

『ハッシュ』【門番】【採取】【作曲】【演奏】

『スティル』【門番】【採取】


 ゲーム画面と同じに見えた。

 だが、オーダー可能なキャラクターの上限が『0/1』と表示されていた。

 つまり、一人だけなのだ。

 それに、どうやら一度でも変身してそのキャラクターで戦闘や生産を行ったキャラクターに限定されているらしい。


「……何か条件でもあるのか、それとも……」

「むむむ……何か難しい問題に直面したのね? 大丈夫? 一回休む?」

「そうだね、一回休もうか。ただ最後にこれだけ……」


 俺は、一人だけ選べるのならと、この中から『シーレ』を選ぶ。

 すると次の瞬間――


「嘘……! なんで、どうしてここにセイムがいるのに……!?」

「成功した……」


 光が目の前に現れ、そしてその光が収まる。

 そこにいたのは、銀髪の、綺麗なバラ色の瞳をしたエルフ。

 シーレが、その場所に立っていたのであった――

(´・ω・`)これにて『じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ』の八章、そして第一部完結となります。

完結を記念し、カクヨムのサポーター限定SS(有料会員的な)の一部を全体公開しています。

ここにURLを張ることが出来ないので、最新の活動報告にカクヨムのユーザーページに飛べるURLを記載しています。

また、気分転換もかねて以前途中まで書いていた作品を再構成してカクヨムにて投稿を開始しました。

もしご興味があればそちらも読んで下さると幸いです。

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