第百二十五話
『新年祭』は文字通り新年を迎えてから始まる祭りであり『建国祭』は新年を含む、一定期間開催されるお祭りを指すそうだ。
つまりどういう意味かというと、一二月三〇日、新年祭を明日に控えた今年最後の日は、建国祭まっただ中だということだ。
ただでさえ、戦争に勝利し国中がめでたい空気に包まれているところに、更に建国祭でかつ、新年祭を明日に控えてる今日は、恐らくこの国始まって以来の盛り上がりを見せている……と言っても過言ではないのだ。
「セイム! どこに行こう!? 最近私、街の方にはあんまり行っていなかったのだけど、お祭りなのよね!? 屋台、沢山出ているのよね? いつもの屋台街みたいに!」
「そうらしいよ。下層区の市場とかあの辺りは今、普通の市場じゃなくて、あちこちの街から色んな屋台が来てるんだってさ」
「わー! 早く行きましょう!」
戦争が終わり、諸々の決着をつけ、ようやく戻ってきた日常。
俺はこの日、メルトを思いっきり楽しませる為、彼女と共に建国祭を見て回ることに決めていた。
正直、俺もワクワクしている。もう、すっかり俺の考え方や振る舞い、そういったものが『本来の高校生』からかけ離れてしまった自覚はあるが、それでもこの都市全体を覆う空気に触発されてしまっている。
セイムとして、シズマとして。
少なくともこの国の民となったのはセイムなのだから、しばらくはこの姿でいようと思う。
そう決めた俺は、ソワソワと外出の用意をするメルトと共に、すっかり冬景色に移り変わりつつある家の外へ向かうのだった。
「メルトは寒いのも得意なんだね、やっぱり」
「そうねー? 殆どの狐族はそうかも」
「なるほど……俺なんかはコートを着ているけど、メルトはその服、寒くない?」
「うーん……確かに上から何か羽織った方がいいかも?」
「そっか。じゃあ今日は服も見に行こうか」
薄っすらと雪化粧のされた林道を抜け、南門からリンドブルムに入ると、まず最初に通り抜けることになるのが貴族街だ。
上層区には当然、上等な衣類を取り扱う店もある為、まずはそこをメルトと共に目指す。
このお祭りムードに左右されることなく、本日も優雅な時が流れる貴族街。
そんな中、俺達は服を取り扱う店、ブティックへと足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
高級店には当然ドレスコードも存在するだろうが、メルトが着ているのは、シーレが以前譲った服の外見をした装備なので、品質やデザインは保証されていると言っても良い。
つまり、メルトは普段着やお洒落着を着ているつもりでも、常に防具を装備している状態なのだ。
これって結構冒険にも役立っているのではないだろうか。
お洒落装備ってガチな防具程ではなくても、変わった能力とか付与されているし。
俺も一応、ピジョン商会で何着か服を購入しているので、この場所で買い物をしていてもおかしくない、上等な服とコートを身に纏っている。
なので、貴族向けの店に来たからといって、店員に嫌な顔をされることはない。
「本日はどういったものをお求めでしょうか?」
「この子の為の防寒着を購入しようかと思っています。既存の品でも良いのですが、彼女の要望次第では新たに仕立てて貰うことになるかもしれません」
店員の質問にそう答えると、一瞬だけ俺の胸元、冒険者ギルドのタグに目を向けたのを感じた。
恐らく『この客は本当に支払い能力があるのか』という疑問からの確認だろう。
身なりこそ良いが、俺達はいかにも貴族という服装ではないのだから。
が、やはりこのランクの冒険者は、下手な貴族よりも金払いが良いと思われているのか、引き続きにこやかに対応してもらった。
「そちらのお嬢様ですね。何かご希望はありますか?」
「あ! 私!? ええと……コート、もこもこしたコートがいいわ! 出来ればフードが付いていて可愛いの! 色はねー……白か水色がいいかなー? あ、でもフードから耳が出るようにしてね」
意外と要望が多い……! そうか、獣人は耳がフードで覆われるのを防ぐ処理が必要なのか……。
……フードをかぶり、耳だけがフードから飛び出す姿を想像する。
可愛いな、それはとても。
「ふむ……となると、こちらのコートなどはどうでしょう? 既製品ですが、ファーの追加やお耳の位置を測って新たに加工すれば、ご要望にお応え出来るかと」
「あ、これいいね! 適度にもこもこ! ファーっていうのはよくわからないけど……」
「こういったモノを袖口や裾、フードの周囲に取り付けるのですよ」
そういって、店員はまるで小動物の尻尾のような、ふわふわのファーの見本をメルトに手渡す。
「わー、子供の尻尾みたいねー?」
「ふふ、確かに獣人の方の中には、尾の毛を売る方もいらっしゃいますね。有名なところですと“豊羊族”の皆さんは、自分達の尾の綿毛を売却なさっていますよ」
「あー、私見たことないわねー豊羊族の人って。じゃあこれはその綿毛なのかしら?」
「いえ、流石にこちらの国まで出回ることは稀ですので。こちらは“スノウシーカー”の毛皮です」
「へー! すっごくふわふわねー」
知らない単語が沢山出てきているが、メルトが理解しているようなので、俺は大人しくしておきます。
そうして、メルトは耳の位置を計測してもらったり、ファーの種類を選んだりしてもらっていた。
「お、これいいな」
その間に、既製品のコーナーで良さそうな商品を見つけた俺は、それらを購入。
メルトの用事が終わるのを待ち、店を後にしたのだった。
「新年祭の期間中は忙しいから、加工が終わるのは新年の三日だってさー」
「そっか、やっぱり今の時期はメルトみたいに防寒着を買う人が多いんだろうね」
「きっとそうね。私はまだ大丈夫だけど、一般の人間種は寒さに弱いもんね」
「そうなるのかなー、やっぱり。さっきも聞いたけど、獣人はみんな寒さに強いんだ?」
「うーん……全員ではないかな? 誇猫族とか野兎族は寒さに弱いはずよ」
メルトが言うコビョウ族は、恐らく猫の獣人、ヤト族は兎の獣人なのだろう。
ふむ……猫の獣人はハッシュの時に楽器屋さんで見かけたな。
「獣人って結構この国でも見かけるけど、殆どが犬系と狐系なのかな?」
「うん、寒いからね、この大陸って。ゴルダはそもそも獣人に厳しかったし、たぶん、殆ど別な大陸にいるんじゃないかしら」
「なるほどなぁ。別な大陸にもそのうち行ってみたいね」
「ねー! 海を渡るって言うけれど、私、想像できないわ」
海ですら幼い頃に一度見ただけだというメルトにとっては、まさに未知の世界の話なのだろう。
興奮しているのか、尻尾がもふもふ動いていた。
「あー……すっかり言う機会がなかったから忘れていたけど……この大陸って『ダスターフィル』っていう名前なんだっけ?」
「うん、そうだよ。レンディアがこの大陸を統一したから、もしかしたら国の名前も変わるのかもね! 他の大陸の名前って、そのまま国の名前だし」
「へー! 外の大陸のことは全然知らないや、俺」
「私も名前しか知らないよー。あ、でもハムステルダムは知ってるわよ? おばあちゃんは昔そこで研究者をしてたって言ってたもの」
「久々に聞いたな……その謎国家」
非常に気になる国ではある。確か隣の大陸にあるんだったか……。
「隣の大陸の名前は『ドルナーツ大陸』って言うのよ。大陸の二割を占めるおっきな湖が大陸の中央にあって、そこにある島が『独立国家ハムステルダム』なの。私もいつか行ってみたいわ」
「そうだなぁ。この大陸のもう一つのダンジョン、そこを制覇出来そうなら制覇、無理そうなら諦めて、隣の大陸に行くのもいいかもね」
「そうねー。ダンジョンの制覇なんて本来とっても難しいことなんだもん。それに、この国ってダンジョンで潤っているのよね? 攻略しちゃったら困る人もいるかも!」
「あーそっか。まぁ……その時はダンジョンコアの力で新しくダンジョンを生成、管理者を俺か国にすれば、安全に稼げるようになるかも?」
「なーるほど!」
まだ、ダンジョンについて分からないことも多いけれど。
リンドブルムの人工ダンジョンについても、まだ復活させていないけれど。
でも、なんとなくダンジョンというのは、この世界の秘密に繋がっている気がするんだ。
もしかしたら……黒幕もそれに気が付き、ダンジョンに関わろうとしている……?
「さ! 今度は下層区に行きましょう! 屋台、屋台! そろそろ朝ごはんが食べたいわ!」
「そうだった。じゃあ屋台で何か探そうか」
時間的にそろそろ昼食になりそうだが、俺達は少し早足で下層区へと向かうのだった。
下層区の中でも、居住区に近い位置に広がる市場。
食材を買い出しに来たりする場所でもあるのだが、今日はやはり、普通の市場というより、買い食いが出来る屋台の数が多い、お祭り仕様って雰囲気で盛り上がっていた。
「あ! ペタンコサンド! こっちにもある!」
「おお? 初めて見るね、俺は」
すると、メルトが屋台の中で、少し変わった機材で料理を作っている屋台に目をつけ歩み寄っていく。
なんだあれは……鉄板というより、プレス機のような道具で料理を作っている……。
「お、お嬢ちゃんいらっしゃい! 今日は彼氏連れかい?」
「ふふー、彼氏だってさ、セイム!」
「彼氏というより家族ですね」
「お、旦那だったのかい」
「違うよー、家族は家族よー」
「ん? まぁいいか! どうだい、嬢ちゃんが命名した『ペタンコサンド』。あれから色々改良して更に美味しくなったぞ」
どうやら店主と顔見知りどころか、名前をつけたのもメルトらしい。
一体いつの間に知り合ったんだ……。
気になる料理の方だが、なんと鉄板でサンドイッチを焼いていると思ったら、上部のプレス機が下ろされ、そのプレス部分も高温らしく、まるでホットサンドのように押しつぶしながら、香ばしく焼き上げる料理だった。
が、明らかにホットサンドよりもプレスの力が強いように見える。本当にぺったんこだ。
ちょっと厚いクラッカーみたいな姿になっている。
「美味しそうですね、じゃあ二つ下さい」
「ううん、違うよ。おじさん、三つ下さいな」
「よく食べるなぁ……他のもの食べられなくなるぞ」
「! おじさん、やっぱり二つでいいわ!」
「ははは、しっかりした兄さんだ。あいよ、二つだな」
そうして提供される、パリッパリのホットサンド、通称ペタンコサンド。
中にはハムとチーズとピクルスと思しきものが入っているが、潰れていて判別不可だ。
が、美味しい。本当に美味しい。カリカリの食感にハムの塩味、焦げたチーズの香ばしさとパリパリ感、さらに中はとろけたチーズが閉じ込められており、濃厚な味が口の中で広がる。
そしてピクルスらしき野菜の爽やかな風味と酸味……普通にこれ大人気になるのでは。
「美味しい……これ凄く美味しくない? 俺の中でこれ、暫定一位なんだけど、これまで食べた屋台メニューの中で」
「えー? 私は今のところはまだ、マルメターノかなー?」
「あー、なるほど確かにあれも美味しかったからなぁ」
通りを埋め尽くす、様々な美味しそうな匂い。
浮かれた街の雰囲気と共にその中を歩くと、まるで地球のお祭り、年末年始を思い出す。
……懐かしいな。なんだかもうずっと昔のことのように感じてしまう。
「セイム、見たことない屋台があるわ!!!!」
「お? 確かに人だかりが出来てる……行ってみようか」
そこには、確かに見たことのない機材で、まるで魔法のようにフレッシュジュースを作る屋台があった。
何やら大きな金属のタンクに果物を入れると、中で撹拌するような音もせずに、タンク下に取り付けられているノズルからジュースが出てくるという仕組みだった。
しかも相当冷えているのか、冷気が白く見える程の状態で出てくるのだ。
「さぁさぁ! コクリ様が新開発したジューサーによるフローズンドリンクだ! 今の時期は寒いって? そんなこと関係ないくらいの味だって保証するぞ!」
屋台の店主の口上に、見ていた客が思わず購入する。
コクリさんの発明なのか、それは気になるな。
「へー! コクリちゃんが作った魔導具なのね! 私も買いたい!」
「よしきた。じゃあ果物は……今の時期はリンゴと……この白いのしかないんだ」
「それは『アミール梨』って言うのよ。寒い土地でも育つ梨で、確か遺伝子改良が生まれた当初に作られた、歴史の古い果物なの」
「へぇ! メルトは物知りだなぁ」
「でしょー? いっぱい本も資料も読んだからねー」
早速俺達は『リンゴと梨の混合』でドリンクを二つ注文する。
すると驚いたことに、リンゴと梨の味をそのまま感じられる『氷の微細な粒で出来たジュース』だったのだ。
凄い……これ、ファミレスで飲んだことある触感だ……!
「むむむ……これ凄く美味しいわ……コーラの次くらい美味しい……」
「確かに一瞬でこんな状態になるなんて凄いな……新発明らしいけど、海外に輸出したら大人気になるんじゃないかな」
「きっと暑い季節とか暖かい大陸だと大人気ね! どういう仕組みなのかしら」
こうやって、この世界は日々進歩しているのだろう。
まだ見ぬ国や文化も、沢山この世界には存在しているに違いない。
今日だけでこんなに発見があるのだから、この先も様々な出会いが俺達を待っているんだろうな。
だから、区切りの為に『メルトの提案』は丁度良いと俺は思ったんだ。
「楽しいわねー? 次は外から来た雑貨を見に行きましょう!」
「よしきた。色々運ばれてきてるらしいからね、掘り出し物がないか探してみよう」
「ね! もしかしたらダンジョン産のアイテムとかもあるかもねー!」
そうして、俺がこの世界に来て最初の年は、ついに終わりを迎えるのだった。
新しい年は、一体どんな年になるのだろう。
……あ、そういえばこの世界に年越しソバ的な文化ってあるんですかね?