第百二十四話
俺達が案内されたのは、意外にも闘技場の控室だった。
元々、闘技場は刑罰に使われることもあるらしく、ここは檻や枷も用意され、鉄格子による封鎖も可能だということで都合が良かったのだろう。
無論、他の人間は誰一人闘技場内に存在していない、完全に俺達だけだ。
「な、何者だお前は……」
先にここに連行され放置されていたゴルダ王が、後からやって来た俺を見て、若干の恐怖を見せながら問いかけてくる。
「焦土の渓谷を踏破し、ダンジョンコアをレンディアに渡した人間です。それと、シレントと同じ集団に所属していますね」
「な……! 貴様もレンディアの犬か! なぜ我が国でなくレンディアにコアを渡した!」
「黙れ」
顔に蹴りを叩き込む。
「ガアハッ!」
「お前は聞かれたことにだけ答えろ。関係ないことを話す度に蹴る」
「わ、わかった」
「返事はしなくていい」
もう一度蹴る。容赦なく蹴る。心の奥底まで恐怖を植え付ける。
自分はそういう存在なのだと、もう全てのおいて最底辺なのだと自覚させる。
「これから俺に代わり、この子がお前に質問する。必ず答えろ」
激しく首を縦に振る。プライドなんてもう捨て、やけくそになっているはずなのに、それでも痛みからは逃れたいのだろう。
「メルト、質問して」
「……分かった」
いつもより、メルトの声が固かった。
まるで、質問の答えを聞くのを恐れているかのように。
「王様。今から一五年くらい前かな? どうして、夢丘の大森林をダンジョンにしたの?」
「み、実りを更に豊かにするのと……ダンジョンマスターを召喚する為だ」
「森の実りは王国の人達にも分け与えていたし、中に入るのも自由だったよね。それなのに、どうして私達を犠牲にしたの? 私達銀狐族を、どうして生贄にしたの?」
淡々と、ただ質問を続ける彼女の声からは、何か特定の感情を読み取ることは出来なかった。
それなのに、俺は今、心臓に冷水を注ぎ込まれたかのような、そんな寒気を感じ始めていた。
「な……! 銀狐族……だと!? なぜ、まだ残っている!?」
「質問に答えて」
瞬間、国王の全身が鋭い木のナイフに覆われる。
ペーパーナイフなんかじゃない、本当に人に肉を切り裂けそうな鋭いナイフが、国王が座っていた木製のベンチから無数に生えていた。
……加工された樹木ですら、メルトは操作出来るというのか……!?
「カハ……だ、ダンジョンマスターは……生贄の質で……上位の存在が呼び出される……お前達ならば……最高の生贄になると……教えられた」
「誰に?」
「フース……フース・ファンという男だ。旅の魔導師にして研究者だと言っていた」
「その人が、ダンジョン化の術とか、召喚の術を教えてくれたの?」
「そ、そうだ! 元凶はアイツなのだ――」
今度は、俺がもう一度王を蹴り飛ばす。
蹴りの反動で、木製のナイフが全身を切り裂く。
「ギャアアアアア!!」
「余計なことを喋るな。メルト、質問を続けて」
「……じゃあ、どうして獣人が急に嫌われるようになったの? ダンジョン化の後でも、私は外に行くことが出来たんだ。短い距離だけど、お買い物も出来た。でも、私達獣人への当たりが厳しくなったよ。どうして?」
「……お前達が大森林をダンジョン化させ、自由に実りを採れないようにしたと国民に発表したからだ」
「どうしてそんなことをしたの?」
「大森林は、かつて我が国がお前達に敗れ、制圧を諦めた土地だ。そこをお前達に自由にさせるくらいなら、我が国が自由に出来なくなってでも、お前達を排除してやろうと思った。その後、ダンジョン化した森を我が国で走破すれば、今度こそあの土地を自由に出来ると考えたのだ。そして森林を取り戻した後、国内の獣人達が権利を主張しないようにお前達を元凶にしたのだ」
「そっか。私達はこれまでゴルダに実りを分け与えていたけど、それでも満足しなかったんだね」
「最も肥沃な土地を抑えられ、施しを受け続ける屈辱はお前達には分からないだろう」
こいつは、プライドの為だけにメルトの一族を滅ぼしたのか。
フースに唆されたとはいえ、元々排除しようと考えていたのか。
こんな男が、一国の国王なのか。
「そっか。ちゃんと理由があったのね。理由がないよりはずっといいよ」
「メルト、次の質問は?」
「ん、私はもういいよ。質問してもこれ以上は何も変わらないもの。この人とは分かり会えないし、もう何も戻ってくることはないもん」
それは、怒りでもなんでもない、ただの諦めの感情に思えた。
『何も変わらない』と。メルトはもう、最初から『何も期待していなかった』のだ。
ただ、理由を知りたかっただけなのだろう。
「ゴルダ王、質問は終わりです。しっかり処刑されるよう嘆願しておきますが、その前に俺が気に入らないので、死なないギリギリまで痛めつけますね」
「なぁ!?」
「メルト、先に帰っておいてくれないかな」
「ま、待て! こいつを止めてくれ銀狐の娘!」
「んー……やだ! 私、貴方が大嫌いよ、たぶん目の前で弱っていたらとどめを刺しちゃうくらい」
ニコニコと、表面上はいつもの表情を浮かべ、そう言い放ち去っていくメルト。
追いかけるべきなのかもしれない。が、俺にはこいつを放っておくことが出来ないのだ。
「ゴルダ王。お前の心が完全に死ぬまで俺は止めないからな。覚悟させる暇もやらんよ」
しっかりと、生きたまま女王にお返ししよう。
だから何度でもお前を癒し、元気な状態戻してやろう。
回復アイテムなんて数えきれない程持っているのだから。
だから何回でも、何十回でも、何百回でも、何千回でも、死ぬ間際まで追い詰めよう。
『死ななくする薬』なんていくらでも存在するのだから。
あれだよ、俗にいう『食いしばり』だ。一度だけ効果を発揮する薬なんて、幾らでもある。
俺は、アイテムが一スタック分消えるまで、日が落ちるまで、この作業を繰り返した。
夜。帰宅すると、想像以上にメルトがいつも通りの様子で、お風呂上りの尻尾をケアしていた。
「あ、おかえり! 遅かったね?」
「色々実験してたら遅くなっちゃったよ」
「うーん……やり過ぎたらダメなのよ? 人の心はどんなことをしても摩耗するの。私が何も考えないようにしながら質問したのだってそういう理由。あんなことで自分の心を疲れさせたくないもの」
「ん、そうだね。メルトは俺なんかよりよっぽど大人だ」
「そうよ、お姉さんなのよ!」
嬉しそうに、彼女は笑う。自分達が滅ぼされた理由が、あんなくだらないものだったと知ってもなお。
……ダンジョン化の儀式を、権力者に伝えるという行為。
それは、メルトの故郷のような被害を他にも出すかもしれないという、危険な行為なのだ。
が、恐らく……現存するダンジョンの幾つかは、同じ方法で生み出されたのかもしれないな。
黒幕、フースがどこかに属しているのなら、その組織は明確に俺の敵だ。
だが、表だってあの連中に挑むのは、周囲を危険に曝すことになるだろう。
スティルが危惧したように、俺はもう、無茶な行動は取れないのだ。
特定の国に根を下ろし、帰るべき場所を作る。
メルトの為、そして俺の為に、この世界に第二の故郷を作ったが、それが枷となってしまう。
だが、俺はこの枷を外そうとは思わないし、これを煩わしくも思わない。
「メルト。この先はもう本当に自由だ。あっちこっち行って、好きなことをしような」
帰るべき場所があるから、旅が出来る。そう、俺は思うから。
「なら、私行きたいところがあるわ。もうすぐ新年祭だけど、それが終わったら私――」
彼女が言う『行きたいところ』。
それに俺も賛成する。俺も、行きたかった場所だから。
「はー……本当に全部終わったのねー……当初の目標だった『セイムと同じ紅玉ランクになる』も達成出来たし、セイムもお家を買えたし、お互い目標達成ねー?」
「なんだ、紅玉を目標にしてたのかい?」
「そうよー? お揃いになる為に頑張っていたのよ? だからセイムは蒼玉になったらダメよ?」
「えー……まぁ今回成果を上げたのはシレントだからね、俺の昇格は無しだよ」
「よかった、これなら一緒ねー?」
この子は、強い子だ。きっと、俺よりもずっとずっと。
初めはこの子の面倒を見なくてはいけないという義務感と庇護欲から行動を共にした。
それが、いつしかこの世界でただ一人の家族として、共に生きる為に動いてきた。
そして今回、俺はメルトの脆さと強さを同時に知ることになった。
だからもう、俺は無茶を出来ない。ならどうするか。
「……とりあえず世界中のダンジョンクリアして、コアをその土地に還元して完全にダンジョンって概念消し去るかなー」
「え!? どうしてそんな壮大な目標を急に新しく立てたのかしら!?」
「んー、いやすぐに出来るとは思っていないけどさ」
生涯目標。黒幕と直接争わなくても、ダンジョンを消し去れば、なんらかの妨害は出来る。
それで目を付けられることもあるかもしれないけれど、表向きは敵対していない。
……それに、この問題は『俺の味方が少ないから』起きた問題だ。
もし、周囲を守り切れるだけ、戦力が充実していたら?
仲間がたくさんいたら? 暗躍する人間を抑え込めるだけの力を所有していたら?
「……ゆっくり、のんびり世界中を旅して、そのついでに目指す感じかなー」
「そっかー、旅をするなら目的があった方がいいもんね! なら、私が行きたいところに行ったら、次はこの国のもう一つのダンジョンに行ってみよっか! 海にあるんだって! 海よ、海!」
「あ、それいいねぇ。海に行きたいって言ってたもんね」
「そうよ! 子供の頃に見た、キラキラお日様の光を反射する、どこまでも続く海! もう一度あれが見たいわ! あと色んなお魚を食べたいわね!」
「大きなエビもいるぞー? いつも食べてるエビの一〇倍くらいあるんだ」
「! 凄いわ! きっと食べ応えの抜群のから揚げになるわね!」
未来を語ろう。ありふれた、ささやかな幸せを語ろう。
黒幕はついでだ、ついで。生涯目標ではない短期目標として、俺はメルトに『色んな初めて』を経験させたいのだ。無論、俺自身もこの世界は初めてだらけ。
それを一緒に楽しめる旅が出来れば、それはとてもとても幸せな日々だろう。
「晩御飯は食べに行こうか、メルト」
「そうね! じゃあ冒険者の巣窟に行きましょう! 私、久々にお魚の燻製が食べたいわ!」
「お、いいねぇ」
俺は、この大切な家族と共に生きていく。
これから先もずっと、いつまでも、どこまでも――
「……正直、見直したぞ、お前を」
暗闇の中の円卓。
主であるシズマの考えと、気持ちに触れられる、精神世界一角。
そこに集う面々が、大きな問題を乗り越え、これからどう生きるのかを改めて決めたシズマに対し、それぞれの思いを抱く。
最初に口を開いたのは、円卓における上座、シズマの座るべき席の隣に座るシレントだった。
「まぁ、今回は貴方達が浅慮過ぎたのが原因、なんですけどねぇ」
「っ! 素直に褒めらることも出来ないのかお前は」
対するは『狂信者』として周囲から警戒され続けていた男、スティル。
この円卓に座ることを許されたスティルは、ニマニマと笑みを浮かべながらそう答える。
「私も、謝罪します。貴方を害悪だと決めつけていました」
「害悪なのは事実ですがねぇ。実際、傷つけた人間は数知れず。メルトさんのことも故意に泣かせようとしましたし」
シーレが、スティルに謝罪する。自分の考えが間違っていたと。
「それは、あの子が途中で心が折れて、全てを諦めたからでしょう? あの子を泣かせたのは、自分が何を失ったのか、何をするべきなのか、それを思い出させる為。それくらい分かるわよ」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
セイラもまた、スティルの考えを汲み取ろうとするも、はぐらかされる。
そんな中、一人だけ難しい表情を浮かべ、スティルを観察している人物がいた。
「……スティル。君は『アレを託した』ね、彼女に」
「おや? ……流石盗賊、目敏いですねぇ」
「お前の今回の行動は評価する。だがアレは……暴発の危険性も高いだろ」
「ええ、そうですね。なので……もしもの時はセイムさん、貴方から伝えると良いのではないですか?」
「いや、自分で伝えろ。後始末も自分でつけるんだ」
「ふむ、そうしましょうか」
二人だけの間で、何かの取り決めがなされる。
「何の話だ、セイム」
「ちょっとね、コイツはまだまだ全然油断出来ない人間だって再認識しただけだよ」
「おや手厳しい。さて……主はこれで、私の力の一部を受け継いだ可能性がありますが、今後はどうなっていくのですかねぇ」
すっかり円卓に馴染んだスティルは、まじまじとこの場に集う面々に目を向ける。
「……そろそろ私、出番ないかなぁ……」
「おや? レントさんに変身したところでメリットなんてないではないですか」
「あーーー!!!! 言ったな! ついに言ったな! みんな気を使って言わなかったのに!」
「ふふふふふ……ですが小さくて可愛らしいので、利用価値はあるかもしれませんねぇ」
「ちくせう……こんなヤツですら役に立ったのに……」
まるで、新しい玩具を見つけたように、スティルはレントをからかい始める。
「ですが、スティルさんの策から分かるように、黒幕はきっと油断できない相手なのでしょう。ならば、やはりレントさんのような容姿は敵を騙すのにうってつけだと思うのですよ、私は」
「ハッシュさん、出来れば私に話しかけないでくれませんかねぇ? なんだか老けた自分を見ているようで不快ですので」
「なんと! こんなにも心優しい人間が憎まれ口を叩くとは……きっと長い間狂信者と罵られ、心が荒んでいるのでしょう! 私の調べで癒して差し上げる必要があるようですね?」
少しだけ似た口調のハッシュが絡むのを、珍しく嫌な表情を浮かべ忌避する。
その様子に、集まっていた面々が笑みを浮かべる。
少しだけ……この円卓の雰囲気が明るくなる。
「……キャラクターのスキルや技を手に入れることによる強化も大切ですが、私達を形作る『製作者の知識や資料』の存在も忘れてはいけません。そういった意味では『あの人』が一度表に出るのもありだと思いますね、私は」
その時、ずっと頭を捻っていたシーレが提案する。
「おや? つまり私と同じ結論に至ったのですねぇ? 学者と同じ結論に至るとは、私も捨てたものではないようですねぇ」
「ん、誰のことだ?」
「シレント、貴方は今重傷を負い治療中ということになっています。流石にそろそろ……『旅団の責任者が一度くらい国に挨拶に行くべき』だとは思いませんか?」
「そりゃあ、まぁそうだが。だが俺達の主はシズマだ。今更『実は自分がリーダーでした』は通じないんじゃないか?」
「シレントさん、貴方がもし仮に、自分を従えられる人間がいるとしたらどんな人間です?」
シレントの疑問にスティルが更に問いを重ねる。
「無論、俺より強い人間だ」
「では『最強の彼』か『準最強の彼』に従うと?」
「……あの二人を抜かして俺達の中で俺が従うとしたら、か」
「無論、私でもいいのですがね? しかし私はもう第四勢力として独立していますから」
「死んでもお前には従わねぇよ、安心しろ」
そうして、シレントを始めとする全員が頭を悩ませる。
『仮に旅団の責任者を務めるなら誰が適任か』と。
「セイムでよくない?」
「んー、俺はもうあの国の人間って扱いだしね。これまでの事もあるし、今更名乗れないよ」
「えー……じゃ、じゃあ私とか? 『実はこんな小さい女の子が真の実力者でした』とか」
「レントさん、飴を分けてあげますから口を閉じると良いと思いますよ?」
「子ども扱いすんな! やっぱ違うかー」
悩む一同に、暗闇から声が響く。
『ほほう! つまり……ワシじゃな!?』
やや調子はずれな老人の明るい声に、円卓に集まる人間の肩の力が抜ける。
が、スティルとシーレの二人だけは――
「……ええ、私は貴方が適任だと思っています」
「ですねぇ。外見も『らしい』ですし、実力も……まぁキャラ同士で戦うなら、貴方は私と同じくらいは強いでしょう? 少なくともシレントさんよりは上だ」
「む……まぁ、タイマンでアンタに勝てるとは思っちゃいないがな」
『え、まぢで! ワシそんなに期待されちゃってるんかの!?』
「ええ、期待していますよ。『貴方のキャラコンセプトと制作過程の資料』にね」
『なんじゃい……結局そんなところかい。いいもんいいもん、ワシ、表に出たらハッシュみたいに好き勝手やっちゃうもーん』
どこまでもふざけた、好々爺然とした言葉に笑みを漏らす一同であった。