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第百二十一話

「失礼します。ゴルダ元国王、ならびに此度の報告に必要な人物をお連れ致しました」


 レミヤが先に謁見の間に入リ、先触れとして用件を伝える。

 扉の向こうから感じる気配の少なさに、この謁見……いや、面談は極めてクローズドなものなのだろうとあたりをつける。

 ……恐らく、ゴルダの人間が連れられて来ることは知らされていても、それが元国王だとはこの奥にいる面々以外には知らされていないのだろう。


「……スティル殿、まずは貴方からお入りください」

「おや、私からですか」


 最初に謁見の間に通される。

 もう何度も記憶の上では入ったことのある空間。

 そこに通されると、もはやお馴染みのメンツがそこにいた。

 十三騎士のクレスとコクリ、そして……今回は珍しく、総合ギルドの長であるバークも同席していた。

 レッドカーペットを数歩歩き、女王陛下の前で跪く……でもなく、悠然と立ち尽くす。

 私がなぜ、主以外の人間に頭を垂れる必要がある。


「貴公、無礼ではないか。女王の御前だ」

「これは失礼。このような作法には疎いものでして」


 クレスの叱責を嘘で受け流し、女王の表情を窺う。

 疑念、疑問、そして不安。戦に勝ったというこの状況でも、しっかりと不安を抱いている。

 ……良き王だ。だが、弱い王でもある。この戦争、貴女が武力をもっと早く振るっていれば、もっと犠牲を減らすことが出来たかもしれないのに。


「もう一名、旅団に所属するセイム氏が不在の為、旅団と関わりのある、メルトさんをお連れしました」


 続いてやって来たメルトが、トコトコといつもの調子でこちらに歩み寄り、やや不慣れな調子で跪いた。


「スティル、真似するのよ? こう、こう!」

「んーふふ……遠慮しておきますねぇ」


 立ったままの私に、メルトが小声で話しかけてくる。

 ……皆が、この娘を可愛がる理由が少し分かった気がした。


「最後に……ゴルダ元国王をお連れしました」


 そして、最後に通されるゴルダ元国王。

 手枷をされ、囚人のような粗末の服を着せられ、それでも自分はまだ国王だとでも言わんばかりの足取りで私の隣に『並び立つ』。


「おやおや? 貴方は跪くべきでしょう?」

「ヒッ!」

「足、また使えなくしましょうか?」

「ヒィィィィ!」


 が、慌てて跪く。道化の才能がありますよ、貴方。


「……貴殿、名をなんと言う?」


 このやり取りを見ていた女王から、私に声がかかる。


「ふむ……先程の騎士様の言葉を引用しましょうか。『無礼ではないか』名を訊ねるのなら、先に名乗るべきでしょう?」

「っ! キサマァ!」


 予想通り、クレスが激昂する。が、すかさずそれをレミヤが押し止める。


「ふむ、貴殿の言うことも尤もだ。私の名は『エルトシア・アマルディ・レンディア』と言う。ふふ……名乗るのは何年振りだろうか」

「これはこれはご丁寧に。私の名はスティルと申します。しがない宣教師にして小さな教えの司祭を務めております。それと……ここにいるゴルダ元国王とは良き友人でございます」


 そう自己紹介すると、跪いたままのゴルダ元国王が猛烈に頭を左右に振る。

 そんな薄ら寒い自己紹介を終え、レミヤがようやく話し始めた。


「女王陛下……此度の戦、我々の勝利は確定ではあります。ですが……もしかすれば、もっと大きいモノを失った可能性があります」

「……ふむ、申してみよ」

「……セイム氏の……旅団からの信頼を失う可能性が極めて高いかと」

「ふふ……ハハハ! それを最初に報告しますか!? ハハハハハ!」


 予想外の話の流れに、つい笑いだしてしまう。

 だが、どうやら本当にここにいる面々は、その『旅団』と『セイムを名乗る我が主』との関係悪化を、恐れているようだった。

 歪な。国家が一個人にそこまで怯えるとは。だが、同時にこれは主の功績の積み重ねでもある。

 あまり、笑うものではないですね。


「え? え? なになに? セイムに怒られるようなことしたの?」

「ふふ、その体勢では話しづらいでしょう? 女王陛下? 彼女も立たせて良いでしょうか?」

「あ、ああ」

「ありがとうございます女王様」


 さて……そろそろだ。

 レミヤが、続きを話すのを躊躇っていた。

 ……なら良いでしょう? 私が話しても良いでしょう?


「レミヤさん? よろしければ――」

「女王陛下。……旅団より派遣されていたシレント様が……殺害されました」


 おや残念、遮られてしまいましたか。


「え? またまたー! そんな訳ないわ! シレントはね、最強のダンジョンマスターも倒しちゃうのよ?」

「……レミヤ、続けよ」

「は。ここにいるゴルダ元国王と……スティル氏が目撃しております」


 すると、跪いたままのゴルダ元国王が笑い出す。

 歓喜と、焼けばちと、虚勢を滲ませた笑いだ。


「そうか……そうだったか! やはりシレントをけしかけたのは貴様だったのだなレンディア女王! 戦には負けたが……私の勇者の方が強かったようだな! シレントめ……我が国を裏切った報いだ!」

「ゴルダ元国王、口を慎んで下さい。貴方に発言を許可した覚えありません」

「ふん、どうせ処刑されるのだ、今更恐れるものか」


 レミヤに凄まれても姿勢を覆さないゴルダの愚物が面白いので、そのまま放っておく。

 さて、では補足説明しましょうか。


「どうやら、貴方達は知らないようだ。あのシレントという異常な強さの男、このゴルダ元国王の指示で召喚された異世界の勇者だったそうですよ? いやはや……私も目をつけていたんですがねぇ……。まさか他の勇者に殺されてしまうとは思いもよりませんでしたよ」

「シレント様が……異世界の勇者……?」


 なるほど、レミヤはこの愚物から詳細な話はまだ聞けていなかったのか。


「私もあの男が欲しかったのですがねぇ、気が付くと『旅団』と名乗る組織に所属しておりました。まぁそれでも諦めきれなかったんですけどねぇ。それで私はずっと機会を窺っていたんですよ」


 そして、私はシレントがゴルダ城に攻め込んでから、イサカに敗れるまでの詳細を語る。

 無論……私が事前に彼と交わした約束という、嘘のエピソードを交えて。


「……ならば、其方はシレントが殺されるところを黙って見ていたということか」

「ええ、そうなります。いやはや……負けるとは思っていなかったんですよ? あんな『実験体』程度に負けるなんて」

「そうだ、そうだ貴様! 貴様が現れたから全てが狂いだしたのだ! お前はなんなのだ!」

「おや、吹っ切れてから随分と元気になりましたねぇ?」

「っ!」

「良いでしょう。女王陛下? どうやらこの戦、元々ゴルダ国王ではなく、その友人だと嘯く、謎の男によって仕組まれていた可能性があるのですよ」


 話そう。私がこれまで見聞きした情報と、主が集めた情報を全て組み合わせた推論を。


「事の発端は分かりません。ですが……ゴルダは『強大な召喚術の知識とダンジョンの知識』を何者かによってもたらされました。そしてその実験の一環として、この国を疎ましく思っていたゴルダ国王に進言し、異世界の勇者の召喚と、こちらの国への攻撃を兼ね備えた『魔獣の改造実験』を行い始めたのですよ」


 私の見立てではありますが、あの魔獣の強化実験は、特定の魔物に大地の力、ダンジョンコアに集約されるのと似た力を注ぎ込み、器となるか否かの実験をしていたように思える。


 そしてその実験の一先ずの成果確認の為、勇者に対し同じ実験をしてみることにした。

 偽のエルクード教商会に実験の要となるアクセサリーを出品させ、それをこの国の中で勇者に装着させる。


 それで初めて発動する強化実験と同じ効果により、勇者の一人に強大な力が流れ込む。

 恐らくこれは、実験結果の確認よりも、レンディアへの揺さぶりの意味が大きかったのだろう。


 直接魔物をリンドブルム内に持ち込むことは難しくても、この方法なら、リンドブルムの内部、貴族外という大きな意味を持つ場所で被害を出させることが出来る、と。


 まぁ直接的な被害がそこまで出なくとも、十分な揺さぶりになると踏んだのだろう。

 が、それが想像よりも遥かに小さい被害で済んだ為、表沙汰にならなかった。

 これも、我が主の活躍のお陰だろう。


 私はここまでの流れを、簡潔に女王に語って聞かせる。


「そして最終段階、人工ダンジョンへの関与。ここは私の想像ですがねぇ? 天然のダンジョンコアの欠片を手に入れ、それを自分達の実験に使うのが目的だったと思うんですよねぇ。事実、シレントを殺した異世界の勇者は、その実験によってか膨大な力を手に入れていましたから」

「……その話は真実なのか、ゴルダ元国王よ」

「……さぁ、詳しいことは知らんよ。だが事実として我が勇者は膨大な力を手に入れた。それを足掛かりに攻め込んで、貴様達を返り討ちにしてやる手はずだった……! それを――!」


 愚物が生意気にも私を睨みつける。だが実際、本当にシレントを倒すことが出来、あの青年がこの国にまで攻め込んでいれば、この戦はゴルダが勝利し、同時にさらなる被害者が大勢出ていた。

 そしてその大勢の犠牲が全て、あの青年に流れ込み、更に強力な存在になっていただろう。


 ……まぁ、実際にはシレントの命には微塵も届いていなかったのだが。

 私の策に乗り、利用する形で死を偽装する材料になってもらっただけだが、。

 そして――


「ええ! そうですとも! あの怪物シレントをも打倒した、恐らくダンジョンコアの力をも取り込み、数千を超える人間の命の力をも吸い取った異世界の勇者! 残念ながらその研究成果も全て私が頂きましたよ! 女王陛下、どうです? 私の信仰心と力は、シレントも、国家を動かすどこぞの輩をも凌駕する! その青年は私の手により亡き者になりましたよ! そしてこれがその実験結果なのでしょうねぇ!」


 喜び、狂人として振る舞いながら、私はあの青年の胸から採取した、恐らく元々はこの国の人工ダンジョンに利用されていたコアの欠片を取り出して見せる。


「ほうらこの通り! この戦、恐らくこの深紅の宝玉に何千という人の命を吸わせる為に引き起こされたのでしょう! 何が目的化は分かりません、ですがその野望は私に砕かれた! さぁ、どうです女王よ! 貴女達はどこぞの旅団にすり寄り、ダンジョンコアを譲り受けたのでしょう!? 今度は私です! 私という新たな信仰、新たな勢力に貴女達はどう対応します!? 私を支持し、この信仰の手助けをしてくれるのならば、この国への協力を惜しみませんよ!」


 自分を支持しろと。私を主体とした新たな信仰、組織、宗教の存在を認めろと。

 この得体のしれない人間と一蓮托生となる道を選べと迫る。

 だが――


「ちょっと黙って!!!! 静かにして!!!!」


 この狂演に水を差す声が、すぐ隣から上がった。


「さっきから聞いてたら、なんでみんなおかしなこと言うの! シレントが死ぬはずないじゃない! シレントは帰ってくるの! シレントが誰かに負けるなんてありえないのよ!」

「ふん! 女王、何故こんな獣を同席させる! この頭の悪い獣にはもう一度説明してやる、シレントは我が勇者イサカにより敗北し死んだ!」

「ゴルダ元国王? あまり私の前で獣人差別をしない方が良いですよ? 不愉快です」


 少しだけ、黙らせよう。一番の見せ場を邪魔されてはかなわない。

 喉を、殺す。呼吸は出来るでしょう?


「カ……ハ……」

「さてメルトさん。残念ですがシレントは確かに殺されましたねぇ。私がしっかり見ていましたから。腹に剣を深く突き刺され、そして逃走を図るシレントの背に、勇者が更に深く剣を突き刺した瞬間を。そのまま、城の上部から死の直前のシレントが落下しましたねぇ。いえ? もしかしたら瀕死の状態で瓦礫に埋まっていたかもしれませんが……」


 さぁ、この次の言葉を引き継ぐ人間はいないのか。

 ああ、やはり立候補しますか。


「この男は……シレント様の救出より、約束を優先しました。ゴルダの上層部を確保し、そして……まだ助かるかもしれないシレント様もろとも……ゴルダ城を跡形もなく破壊しつくしました……無数の死体も全て、ただのシミとなり大地に刻まれました……この男は、それ程の力を隠し持っています……危険なのです」

「ふふふ、あまり褒めないでくださいレミヤさん。と、いう訳です。メルトさん、残念ですがシレントさんは、しっかりと大地に還りました。その事実を受け入れてくださいねぇ?」


 その場にいなかったこらこそ。否定したくても、否定の材料が彼女には存在しない。


「……じゃあスティルがシレントを殺したの?」


 微かな殺意を、彼女から感じる。

 怒りをぶつける相手が、私しかいないからか。


「いいえ? 勇者が殺したのでしょう? まぁもしかしたらまだ生きていたかもしれませんがね? ですが私はシレントさんの願いを叶え、国王達を捕え、城を破壊しつくしただけです」

「……勇者は、スティルが殺したの?」

「ええ、殺してコアを頂きました。ふふふ……素晴らしい力が秘められていそうですねぇ……そのうち、これを取り返しに黒幕が来るかもしれない」


 たぶん、この娘の種族は、潜在的な障害になると判断されたからこそ、一族を滅ぼされたのだろう。そうでなければ説明がつかない。

 なぜ、私がこの娘程度に恐怖しなければならない。

 微かに震える指先を、強く握りこみ、この感情をも握り潰す。


「そう。……もういいや。私帰るね」


 この感情の説明がつかない。何故私は今、安心した?

 なぜ、私は今――


「お待ちなさい。貴女は旅団の関係者なのでしょう? しっかり最後まで話を聞き、そして――セイムさん? とやらに説明しなくてはいけないんですから」


 おそらく、その名前がトリガーだったのだろう。

 シレントではなく、最も彼女と長く関わっていたセイムという名前が。

 絶叫に似た訴えが、謁見の間に反響する。


「もう帰らないんだよ!!! シレントが死んじゃったら!! もう戻ってこないの!!! 誰も戻ってこないの!! みんな、みんな! 誰も戻ってこないのよ!!! 何も知らないくせに! みんな何も知らないくせに!!!! もう全部終わっちゃったの!! もう全部お終いなの!!」


 そう、そういうことだ。シレントが死ぬ、それはつまり変身した姿が全て消えるということなのだ。少なくとも、彼女はそう思っている。

 実際のところは分からないが、彼女はもう、セイムも、シーレも、セイラもハッシュも誰も彼も、自分の元に帰ってきてはくれないと思っているのだ。

 無論、我が主にして全ての元となるシズマでさえも。


「そうなのですか? 女王? お聞きになりましたか? どうやらこの国は完全に『旅団』とやらに見捨てられる運命にあるようですねぇ? どうです? やはり私に協力を求めてみては? 同じだけの力と富を手に入れることが出来るかもしれませんよ? ただ少し、私の信仰を手助けしてくれるだけで、ね?」

「断る。其方の此度の戦での活躍は確かに目を見張るものがある。だが、其方のことを信用する気も信頼する気も私にはない。どうかお引き取り願おうか」

「……ほう? 良いでしょう、もう戻らぬ人間に操を立てるのもある種の信仰です。貴女の信仰を尊重致しましょう? では、こちらは私が頂いていきますね?」


 私は、コアの欠片を懐にしまう。これだけは渡さない、私が持ち去るのだ。


「では、私はこれにて失礼いたします。ああ、そうだ。この愚物の声、戻しておきましょうか?」

「……頼む」

「では」


 喉に突きを放つ。咳き込み、地面をのたうち回る愚物に最後の言葉をかける。


「どうやら、女王は貴方を処刑するつもりはないようですよ? 確かシレントは、貴方の生殺与奪を自分に委ねるように要求したのだとか。女王陛下? この愚物、ひとまずは牢にでも幽閉してみては? もしかすれば、もう戻らないという旅団の人間が、シレントに代わり会いにくるかもしれませんよ?」

「……そうか。最後の忠告として覚えておこう。さらばだ、スティル」

「随分と嫌われてしまいましたねぇ」


 そうして私は、踵を返す。

 ふと、目に入った娘に、子狐に戻ってしまった娘に置き土産を残す。


「ふふふ……泣く子供には飴玉を。どうぞ、それは差し上げますよ」


 顔を覆い涙を流し続ける娘の腕に、お気に入りの飴の缶を一つ押し込みながら、謁見の間を後にする。

 これにて終了。全ての思惑は私に向けられる。

 今回、一言も発していなかった男もまた、私を意識するだろう。

 確定はしていないが、あのバークという男………やはり何か知っている可能性が高い。


「信じていた心の支えを失う瞬間……なんとも儚く美しいのですがねぇ……思ったよりも……心が躍りませんねぇ……」


 王宮を後にする。南門にも向かわずに、ただ自分の足で全力で、森を突っ切るように駆けていく。

 どこかで、休みたい。誰も来ない場所で一人、眠りにつきたい。

 なぜ、こうも心が乱れているのか。それを確かめる為にも――

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