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第百二十話

 神公国レンディアから、ゴルダ王国に向けての宣戦布告から四日目の朝。

 最も被害の大きかった前線にて、異変が起き始める。

 ゴルダ国側が、少数の軍勢を残し、撤退を始めたのだ。


 その様子を見逃すはずもなく、レンディア側は一気に国境を越え、ゴルダ領地内に陣を移動。

 そのまま、撤退するゴルダ軍に対し、追撃戦を展開した。

 だが、その追撃戦は予想だにしない展開を以って、そのまま終戦まで事態を動かしてしまう。


 宣戦布告から八日目。レンディア軍は王都ゴルダに到着するも、そこで彼らを待ち構えていたのは、ゴルダ軍の現在の責任者による『降伏』の申し入れだった。

 その降伏の理由を、レンディア側は説明されるよりも先に理解していた。

『こんな地獄、戦争をする余裕なんてあるはずがない』と。


 王都を覆い尽くさんばかりの腐敗臭。死体の山が王都外で常に火にくべられ続けるという光景。

 街に残された大量の血痕が腐り始め、それに釣られるように魔物が王都周辺に現れるという始末。

 戦争相手の王都が、まさかこのような状態に陥っていようとは、レンディア側も想像だにしていなかったのだ。


 そして、宣戦布告から一〇日目。

 正式に、ゴルダ王国の敗北が大々的に報じられた。

 元ゴルダ国国王の身柄が確保され、レンディアに護送されるという知らせを受ける形で。


 表向きは、僅か一〇日で勝利という快挙に、レンディア国民が祝勝ムードに包まれていた。

 無論――『戦争が終わったならシレントが戻ってくる』と楽しみにしていた彼女も――






「思ったよりもかかってしまいましたねぇ」


 リンドブルムに滞在を始めてから幾日か経ち、私は都市全体に広がりつつある戦勝ムードを、どこか冷めた目で見つめながらも、安く提供される『記念メニュー』を日々堪能していた。


 良い世界ですねぇ。フレーバーティーがとても豊富だ。

 一緒に舐める飴もその表情を幾度も変える。至福のひと時だ。

 旅宿通りにあるカフェで紅茶を嗜みながら、私は給仕の女性に話しかける。


「すみません、給仕さん。少しよろしいですか?」

「は、はい! なんでしょう……?」

「いえね、このテラス席でお茶を飲むのが最近の日課なのですけどね? どうにも……今日は巡回の騎士様の姿が目立つ様子。何かあるのですかね?」


 すっかり顔馴染みになった給仕の女性にそう訊ねてみると――


「えと、なんでも戦争が終わって、相手の国から人を護送するとかなんとか……私も兵士さんから聞いただけなので、詳しいことは分からないんですけど」

「ほほう、そうだったのですね。ありがとうございます、教えてくれて」


 ついに、か。宣戦布告から今日で一五日。ようやく、あの愚物達がここに移送されて来ましたか。

 なら、私の束の間の休日もここまで……か。

 私は、すっかり馴染みになった店員や常連客に向けて、言葉をかける。


「さて、ここ数日はとても楽しい時間を過ごさせて頂きました。私はそろそろ次の街に向かうとしましょう。皆さん、時には私の話相手になってくださり、本当にありがとう御座いました。まもなく訪れる皆様の新たな年が、良いものとなることを心からお祈りしております」


 礼を尽くそう。私に、様々な上流階級の話をしてくれたマダムに。

 私に、総合ギルドで起きた事件について話してくれた受付嬢に。

 私に、学園内部で起きた様々な話を語ってくれた女生徒さんに。

 そして、美味しいフレーバーティーをいつも淹れてくれた、この給仕さんに。


「それでは、またどこかでお会い出来る日を楽しみにしております」


 異質な、私に向けられるものとしてはある種異質な、惜しむ声を背に聞きながら、北門に向かう。

 出迎える為に。そして……共に、立ち会う為に。




 北門の見える喫茶店で、本日二度目のアフタヌーンティーを嗜んでいると、門の外から多くの騎士に囲まれるように護送される、大きな馬車の列が見えてきた。

 その列の先頭に……見知った顔を見つける。

 紅茶の代金を支払うと、私はまるで、旧知の友人を出迎えるように、その護送されている馬車の一団に向けて声をかける。


「これはこれは! ご無沙汰しています――レミヤさん」


 その一団を率いていたのは、レミヤだった。

 一度は心折れ夜道に跪いていた女が、今はシレントの願いを叶える為、人質達を連行している。

 予想通りの展開です。


「っ! 貴方は!」

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたねぇ……スティルと申します。しがない宣教者にして司祭を務める、極々小さな宗教に身も心も捧げた聖職者です」

「スティル……ですって?」

「おや? この名前に憶えがあるのですか? もしや、野戦病院で何かありました?」


 必ず、あの場所に寄ると思っていた。

 私の名と風貌を聞き、疑念を抱くだろうと、期待していた。


「これから女王の元にでも向かうのでしょうか? その『護送対象』を引き連れて。是非、私もご一緒したいのですが、どうですかねぇ?」

「ふざけないでください。許可できるはずがないでしょう」

「良いのですか? 私ならあの場の詳しい状況も、この戦争の発端も、裏に蠢く存在もある程度ご説明出来ますが? その『壊れかけの王』の言葉を補足出来る人間は、恐らくあの場にいた私だけですがねぇ?」

「……やはり、貴方もいたのですか……」

「ええ。そうですね、私も謁見の間にいましたよ? どうしますか? 私を連れて行くのは確かに危険でしょう? ですが……『私は善良な治癒術師』ですよ?」


 そう、私はこの戦争に関わった兵士を、誰一人殺していない。

 唯一殺したのが、異世界からの勇者の一人であり、恐らく黒幕のなんらかの実験に使われていた青年だけだ。そしてそれは同時に――


「ついでに言いますとですねぇ……シレントを殺した人間を殺したのは私ですよ。仇を討ったとも言えます。どうします? 私を連れて行かない手はないと思うのですがねぇ?」

「……許可します。貴方は……シレント様に次ぐ、この戦の功労者です……」

「そうでしょうとも! ゴルダ上層部の人間を捕え、そして――象徴たる城を潰し、ゴルダ国民の心をへし折ったのですから。いやはや楽しみですねぇ? 戦勝国の女王と謁見出来るなんて!」

「……口を閉じてください。貴方の言葉は……毒となります」

「そうですか? では……飴でも舐めていましょう」


 その毒に侵されている人間が、その馬車には大勢乗っているのだろう。

 今も、この声に私を思い出し、中で暴れているのでしょう? まるで馬車の中で情事でも行われているかのように、客車が揺れている。


 こうしてそこに私が加わり、酷く滑稽で歪なキャラバンが結成される。

 戦勝国の主都を、敗戦国の元国王を乗せ、進んで行く――






 南門を抜け、林道へと差し掛かった時のことだった。

 この一団の先頭を行くレミヤが、他の騎士に号令をかけ、一斉に停車させる。


「おやおや? こんな森の途中で停車するとは。何かあったのですか?」

「……これから、もう二人今回の件に深く関わっている人間を迎えに行きます。貴方から目を離す訳にはいきません。ご同行を」

「ほう? 分かりました、同行しましょう?」


 ……実に都合が良い。これは、私にとって非常に都合が良い。

 一石二鳥、見たい光景を最高の舞台で見ることになりそうだ。

 だから共に向かおう、この『とても見慣れた林道の細道の先』へと。

 ……我が主を待ち続ける、健気で愚かで賢い、可愛らしい子狐に会いに。




 森の中の小さな……いや、そこまで小さくもない一軒家。

 庭の片隅には、いつの間にか自然公園のような美しい水場が造られている。

 レミヤが、一瞬そちらの水場に視線を向けた後、家の扉をノックする。


『はーい、どちら様?』

「メルト様。レミヤと申します。以前、一緒に討伐任務を行った、ギルド所属の戦士です」

『あ、覚えてるよ。今開けるねー!』


 明るく楽しい声が扉越しに聞こえてくる。

 その声に、レミヤが悲痛な表情を浮かべる。

 ……ええ、この娘はシレントの友人でもあると、そう思われていますからね。


「こんにちはー! 今日は何の御用かしら?」

「ええと……本日はセイムさんに大切なお話があるのですが、ご在宅でしょうか?」

「あ、うーん……セイムはしばらく戻ってこないと思うよ? 戦争って終わったのよね? それならもう少ししたら戻ってくると思うんだけど……」

「……そうですか。メルトさん、それでしたら……同じく旅団と深く関わりのある貴女に……代わりにご出席して頂きたいと思うのですが、今、お時間よろしいでしょうか?」

「え? 私が? どこに行くのかしら?」


 キョトンと、何も知らないような、あどけない表情を浮かべる娘。

 その姿を見ていると、私はなんだかおかしな心持になる。

 楽しみのような、恐ろしいような、自分でも説明が出来ない感情が湧き起こる。


「王宮ですよ、子狐さん。これから、一緒に王宮へ向かうのです」

「むむ、私は子狐じゃないわ、もう大人の仲間入りよ、お酒だって飲めるんだから」

「おやおや、それは失礼しました。……初めまして、大人狐さん」

「むー! 私はメルトって言うのよ、大人狐なんて変な呼び方しないで欲しいわ」

「ふふふ、初めましてメルトさん。私のことは……スティルお兄さんとお呼びください」

「スティル……お兄さんなの? あ、でも知り合いに少し似てる人がいるわ! 確かにスティルの方が少し若いわ!」


 恐らく、その似ているという知り合いは『ハッシュ』のことだろう。

 似ていますからねぇ。こればっかりは主のセンスなので、これ以上は何も言えませんが。




「凄い大所帯ねー? みんなどこから来たのかしら?」

「ん? 私はリンドブルムにいましたよ、最近は。毎日紅茶を飲んで過ごしていました」

「へー! 優雅って言うのよ、そういうの。みんなリンドブルムから来たのかしら?」

「いいえ? この馬車も、このレミヤさんも、みんなゴルダからやって来たんですよ」

「え? じゃあ……みんな帰ってきているのね! レミヤさん、シレントも戻ったのかしら!」

「それは……その……」

「まだなのかな? 寄り道してるのかなー?」


 レミヤの表情が、どんどんと絶望に染まっていくのを横目で観察する。

 この娘の無邪気な言葉が、この後残酷な事実を知らされるという未来が、この女の顔から『任務を全うする人間』という鉄仮面を、見る見るうちに崩し、剥がし取っていく。


「んー? そういえば、スティルはさっきから何舐めてるの?」

「おや、気づかれましたか。メルトさんにもお一つ差し上げましょう」

「あ、飴だ。あむ……」


 飴と鞭という言葉がある。この後、彼女を待ち受ける鞭に耐えられるよう、飴を分け与える。

 カラコロと、飴玉を口で転がし続ける音を聞きながら、近づいてくる王宮を見据える。


「美味しいわね!? これ、すっごく美味しいわ! 普通のお砂糖じゃないって分かる!」

「おや? 分かりますか。この飴は聖別された特殊な樹木から採れる樹液を精製し、その砂糖を加工して作られたものです。とても貴重なものなんですよ」

「へー! そんな貴重なもの、ありがとうね! 味わって舐めるわね」


 ……この子は分かっている。

 噛み砕かないことを褒めてあげましょう。

 そうして我々が王宮に着くと、一台の馬車を残し、他の馬車が王宮ではなく、敷地内のどこかへと移動していった。

 恐らく、地下牢かそれに該当する施設があるのだろう。そこに収容するつもりか。

 となると、この一台だけ残された馬車には――


「下ろしなさい」

「は!」


 馬車から降ろされ、運ばれてきた荷車に乗せられたのは、私が四肢を殺したゴルダ王だった。

 既に王族らしい衣服は奪われ、今は粗末な囚人服のようなものを着させられている。


「ふむ、これでは不便でしょう? ゴルダ王? 私のことは勿論覚えていますよね?」

「ひぁ! ひぁあああああああああああ!!!! だれか、だれか助けてくれ!!!!」

「お黙りなさい」


 私が話しかけると、虚ろな表情が見る見るうちに恐怖に彩られ、情けない声を上げる。

 そこにすかさず私は『聖邪逆転』を発動させた攻撃を、四肢に向かい打ち込む。


「グエ!」

「ほら、どうです? まだ歩き方を忘れるには早いでしょう? 自分で立って歩きなさい」

「お……おお……! 手足が動く……!」


 束の間の喜び。ここが敵地のど真ん中であり、自分への沙汰を言い渡されることになるのを忘れたかのように、自分の足で立ち上がることの喜びを噛みしめるゴルダ王。


「……やはり、人質の四肢を使えなくしたのも貴方でしたか」

「え……ゴルダ王……?」


 レミヤとメルトの呟きを黙殺するように、案内の人間と共に進む。

 女王との謁見。そこでこの戦争の真実と、そこに渦巻く悪意を教えよう。

 そうして私の謁見が……悪意の種と絶望を蒔き散らせる、私の最終演目が始まった――

(´・ス・`)シレント死んだよ

(´;メ;`)ぶわっ


(´^ス^`)ニチャア

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