第十二話
人の多い総合受付ではなく、冒険者ギルド専用の応接室? いや、違うな。
簡素な面談室のような場所に通されたメルトと俺は、受付のお姉さんに代わり、恐らくもっと実務的な仕事、採用や試験を担当する人間と思われる男性と対面していた。
「えーと、新人の冒険者志望だとか。んで、どっちがだ?」
「あ、俺はこの子の付き添いです。この子、ギルドやそういった制度がまったくない辺境から出てきた子なんです」
「ほう、それは珍しいな。お嬢さんの名前は……メルトか。んじゃメルト、これから二、三質問をするから正直に答えてくれ。疑わしい場合は突っ込んだ質問もするからな」
「うん、わかりました」
その職員は、少しだけ疲れた顔をした中年男性ではあるが、話し方からはどこか人情を感じるような、面倒見の良さそうな雰囲気を感じた。
面談を任せられているのだし、当然といえば当然なのだが。
「メルト、お前さん戦えるか?」
「うん、戦えるよ」
「あ、その子一応天然ダンジョンの経験者です。例の国境のダンジョンあるじゃないですか、あそこの最深部まで到達してますよ」
「はぁ? そんな訳ないだろうが。あそこは前人未到の地が多く残されている場所だぞ」
「でもほんとだよ? もちろん私だけじゃなくて他に沢山人がいたけど」
「ふむ? もしかしてどこか大規模な探索隊の雑用でもしてたのか?」
「あー、一応似たようなものですね。ゴルダ国の結構肝いりの集団? それの付き添いでしたね。一応、俺もです」
「お前さんの方の名前は?」
「セイムです。一応紅玉ランクですね」
さっき知ったばっかりの制度ですけどね!
「ほう、なら少しは真実味がある話だな。そんで、最深部でどうなった」
正直に言う訳にはいかないよな。
「ダンジョンマスターに敵わないと判断し、全員で撤退しました。その時のしんがりが自分で、メルトは方向感覚と俊敏性が優れているので先頭を買って出ていました。戦闘能力は高いと俺は判断しますね」
「まぁその辺りは後で試験すりゃ分かることだからそれくらいで良いか。分かった、とりあえず戦闘経験者なのは認めよう。んじゃ次……薬草、鉱石、霊薬の材料についての知識の有無だ。嬢ちゃん、なにか適当に薬草の名前と生息地を言えるか? 一〇種類以上言えたら晶石ランクからスタートだぞ、最低でも」
「言えるよー」
……そこからが長かった。
メルトは本当に物知り、いや生き字引と呼んでも問題ないレベルの知識量を誇っていた。
彼女が話し出してから二〇分以上が経過したところで、ようやく男性からストップがかけられた。
「分かった、もういい……いや驚いたな……薬草だけで三〇は余裕で超えてるじゃないか。もしかして霊薬の材料についても言えたりするのか?」
「うん、言えるよ。簡単なヤツなら自分で調合も出来るよ」
「マジか!? だったら冒険者ギルドよりも錬金術か薬師ギルドに所属するべきだぞ嬢ちゃん」
あ、そうだった。
他にもメルトに向いていそうなギルドがあれば、そっちでも良いかもって考えていたんだった。
「え……私冒険者になれないの?」
「え、いや……そういう訳じゃないんだが」
酷く、悲しそうな声に面談相手の男性が狼狽えていた。
分かる、分かるぞおじさん……! 純真な女の子を悲しませたくはないよな!
メルト、なんかこう……庇護欲を掻き立てられるんだよな! 別にそこまで小さな子供じゃないのになぜか!
「メルトの嬢ちゃんの知識は、凄いんだよ。冒険者にはもちろんなれるが、他のギルドだったらもっと歓迎されるっつー話しなんだ。分かるよな?」
「でも、私冒険者になりたいよ」
たぶん、名前の響きがカッコいいから気に入ったんだと思います。
「セイムと同じ冒険者がいい」
「担当さん、お願いします。この子を冒険者にしてください」
はい今落ちた! 今俺の感情が落ちましたよ!
この子を俺とおそろいの冒険者にしてやってください!
「そこまで言われたらもちろん断るつもりはないが……よし、んじゃ次は戦闘試験だ。メルト、それにセイムだったか? ついて来い」
さて、俺も数回しかメルトの戦闘は見ていなかったけれど、どんなものなのか。
おじさんに続き、建物の外、中庭と思われる場所に案内される。
どうやら試験用の広場らしく、今もメルトと同じく冒険者志望なのか、若い子達があちらこちらで制服を来た人間と木剣を打ち合っていた。
「この辺りでいいか。メルト、剣は使えるか?」
「ナイフなら使ったことあるよ。二刀流!」
「んじゃダガー型の木剣を二本貸してやる。今から俺が打ち込むから、それを防ぐか避けるかしてみろ」
……俺の試験と全然違う! なんかいきなり実戦さながらな感じで勝負させられたんだけど俺の時は!
しっかりと相手の技量を調べる為に順序だてて試験を始める姿に嫉妬すら覚える。
「じゃあ構えろ」
「防いだり避けたらいいんだよね」
「ああ、そうだ」
「反撃しちゃダメ?」
「ははは、構わないぞ」
「分かった!」
おじさんは、綺麗な型のように踏み込み、綺麗な剣筋でなぎ払いを放つ。
たぶん試験の為にしっかりと決められた動きをしているのだろう。
決して遅くはない、十分に当たれば痛いであろうなぎ払いがメルトに向かう。
それを、メルトは微動だにせず、ナイフで綺麗に太刀筋を受け流して見せた。
あれは……さてはパリィか! かっこいいなメルト!
「うおっと……」
「えいや」
「イデ!」
すると、パリィでよろめいたおじさんの脇腹に、容赦なくメルトがもう片方の木剣で軽く切りつけた。
うん、誰が見ても勝負ありですな。明らかにお互いに試験の動きだったとはいえ。
「いやー驚いちまった。偶然じゃないよな? 剣を受け流せると確信してたんだな?」
「うん、してたよ。そういう動きだったよおじさんも」
「んー……まぁそうだな、基礎的な攻撃をしたからな。どう反応するかで相手の経験の有無を調べられるんだ。明らかに剣術経験者なら綺麗に受けて反撃するし、動体視力に自信のある者は回避する。そして手練れの人間は今みたいに受け流す。メルトは間違いなく素人の域にはいないな」
そうなると、彼女はどこで戦いを学んだのか? という疑問も残るが、ひとまず彼女の実戦試験は終了し、最終的なランクを決めることになった。
先程の面談室で二人で待機させられた俺は、思わずメルトに訊ねる。
「メルトって誰かに戦い方を教わったのかい?」
「ううん、独学だよ。いっぱい本があったから、見て真似して、狩りで使っての繰り返しだよ。何年も一人で山の魔物とかと戦ってお肉狩ってたんだ」
「ほー、たくましいなメルトは」
「でしょ! さっきの木のナイフでも、たいていの魔物は倒せるよー」
「マジか」
凄すぎでは? この子実はかなりの達人なのでは?
「他にもいっぱい戦うための知識は覚えてるよ。後は……霊薬の知識とか、魔法の勉強とか、古い歴史とかなら詳しいよ」
「凄いな……たぶん、今度文字の書き方とか読み方を聞くと思うから、教えてくれると助かる」
「わかった、教えてあげる」
そうしてしばらく雑談をしていると、先程のおじさんが戻って来た。
「すまん待たせた。ええと、お前さんはこのセイムと一緒にピジョン商会の護衛任務に同行してここまで来たんだってな?」
「ピジョン商会……あ、商人さんのことね。うん、途中からだけど一緒だよ」
「なるほど、となると一応護衛任務の経験はあり、と。んー……さすがにいきなり紅玉って訳にはいかんからな、さっき奥の方で他の人間と相談して決めたんだが、嬢ちゃんは『翠玉ランク』からスタートさせても問題ないと判断した」
「おお、それって凄くないですか?」
「ああ、凄い。だが少なくとも嬢ちゃんの知識が本当なのはさっき確認してきた。確実に専門家に匹敵する薬草知識に、明らかに対人戦でも余裕で勝てる程度には実力もある。セイムの証言が真実なら、天然のダンジョンも経験積みだ。翠玉ランクとしては申し分ないだろう」
「よかったな、メルト。上から四番目の一人前のランクだぞ」
もう新人を完全に逸脱しているという判断だ。これは普通に快挙だ。
が、しかし――
「セイムに負けた……紅玉じゃなかった……」
「いやぁ……俺のは半分イレギュラーだから……」
不満そうでした。
「贅沢な嬢ちゃんだな! そうさな……討伐依頼を何回か報告して、もう一度護衛任務をこなしたら紅玉ランクに俺が推薦してやるぞ、嬢ちゃんならすぐに昇級出来る」
「本当? なら、頑張るよ」
ひとまず、目的であるメルトの冒険者登録を済ませたので、今度は当分の宿を決めなくては。
冒険者ギルドならば、そういう宿にも詳しいだろうと訊ねたところ、宿屋や飲食店が集中する通りがあるそうだ。
通称『冒険者の巣窟』と呼ばれる、文字通り冒険者が多く利用する通りだそうだ。
そこにある『はむす亭』という宿が、安くて新人に勧めやすいのだそうな。
……はむすてい? はむすたー?
「宿、お金を払って寝泊まりするんだよね。集落にも元宿の空き家があったよ。本物の宿に泊まるのは初めてだから楽しみね」
「ふむ……集落のみんなはどこかに移住したのかい?」
「おばあちゃんと私以外は全員……生贄にされちゃった」
「な……」
軽い気持ちで質問したことを後悔した。
「ゴルダ国の背後、海に面した巨大な森林地帯。今はもうダンジョン扱いなんだけど、元々は私達の一族の土地だったんだってさ。でも、まるごとダンジョンを司る悪魔、ダンジョンマスターを召喚してダンジョン化させる儀式の生贄にされたんだって。私とお祖母ちゃんは集落から離れたところに住んでいたから無事だったんだけど、他の人は全員消えちゃったよ。人だけが消えて、それで建物だけが残ったの」
「……軽い気持ちで聞いた、ごめん」
「ううん、もう十年以上前のことだから大丈夫だよ。ゴルダ国はあんまり私達のことを良く思ってなかったんだろうって。だから生贄にされたんだろうって」
「……それでも、あの国に保護してもらうつもりだったのかい?」
「うん、生きる為に。恨みとか、敵討ちとか、そういうのって生きていられる余裕がある人の特権だもん。私はまず、生活出来る基盤を作ろうと思って集落を飛び出したんだ。チャンス……だったから」
「チャンス?」
「うん。巨大な森林ダンジョンだけど、その中に住んでいる強大な力の持ち主、ダンジョンマスターが消えたんだ。だから森を通り抜けても大丈夫だって判断したから、集落を出てきたの」
む? まさか、俺が殺したアイツ……あの洋館の主のことだろうか?
「集落から出られなかったの?」
「出られたよ。でも、帰ってくるのが前提の場合のみかな。ダンジョンマスターには逆らえないんだ。私もお祖母ちゃんも、ダンジョンの一部として取り込まれたからさ。帰巣本能? みたいなのが強烈にかかってたんだ。でも、ある日それが消えたの。だから思い切って大森林を抜けて、それで城下町に向かったんだ。でも入れてもらえなくて、街の周りをぐるぐる回ってたら……」
なるほど、そこで俺と出会った訳か。
「綺麗な音が空から聞こえてきて、それを探しに行ったら、小さな鈴飾りが木の枝にぶら下がってたの。で、それを拾って持って行ったんだけど、ある日急にそれが光りだして慌てて投げ捨てたんだ。それで光が収まると大きな男の人がいて、それを見て驚いて逃げたんだけど……」
「様子を窺っていたら、姿が変わってさらに驚いた、と」
「そう! それについて聞きたいの! 同胞ではないんだよね? じゃあどうしてあんな風になるのか教えて? ずっと気になってたの」
さて、どうしよう。全部正直に話すべきだろうか?
……少なくとも姿が変わることについては正直に教えた方がいいよな。
「よし、宿に行ったら教えるって約束する。ほら、話しながら歩いてたらもう目的の通りに着いた」
「あ、ほんとだ。本当に『冒険者の巣窟』なのねー? みんな武器背負ってたり強そうな見た目してる」
メルトの言う通り、いかにも冒険者といった風貌の人間が闊歩している。
少し治安が悪そうな印象を受けるも、それは外見が戦う人間なのだし、仕方ないよな。
実際にはトラブルが起きている様子もなければ、テラス席で楽し気に食事をしている人間の声しか聞こえてこない。
治安が悪いというより、活気があるって表現した方が良さそうだ。
「よし、じゃあ『はむす亭』を探そうか」
「変な名前ねー」
俺もそう思います。