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第百十七話

 夜が明ける。それでも明けない闇がある。

 もう、貴方達の象徴は失われたのに。もう、貴方達が頂く王家は存在しないのに。

 前線の兵士達は何も知らずに、ただ自国の勝利を信じ、正義を信じ、国王を信じ、戦いに身を投じる。

 それもまた一種の『信仰』だ。妄信と言っても良い。

 とても滑稽で愛らしい、そんな信仰の塊だ。

 今も続いているこの戦場こそが闇。この闇の中で行先を失い、それでも戦う兵士達のなんと愛らしいことか。


「止まれ! 現在ここは作戦行動中だ! 一般人の立ち入りは禁止している!」

「おや、こちらでも戦争は続いているのですか」

「昨日始まったばかりだ、当然だ。憎きレンディアが我が国を侵略すると宣言したのだ」

「ほう、それは恐ろしい。だから王都があんな惨状になってしまったのですね」


 宣戦布告を受けた側である以上、ゴルダはどこまで行っても『被害者』でいられる。

『大義名分』を与えられている。その事実が『自分達を妄信』させる。

 醜くも美しいロジックで完成された信仰が、この人間達に渦巻いているのだ。


「な、何を言っている……王都の……惨状……?」

「ええ。私、城下町にて布教活動をしようとしていたのですが……突然の大虐殺に逃げまどい、こうして国境を目指していたのです……」

「な! 馬鹿な! 前線が突破された等という報告は来ていないぞ!?」

「私には分かりません……ただ恐ろしく、どうすることも出来ず……」

「……確認に向かう必要があるな。貴重な情報感謝する」


 大急ぎで、前線と王都にそれぞれ早馬が駆けていくのを見送る。

 ……これで、王都の惨状が前線まで伝わるのも時間の問題だろう。

 戦争の元凶を一日で潰せたとしても、実際に前線にそれが伝わり戦いが止まるのにはタイムラグが生じる。

 ……こんな雑務、本来私の役目ではないのですがね。

 だが、主が一日で戦争を止めると言った以上、手助けをするのは私の命題……ですからね。

 早馬なら、今日の夕刻までには前線に辿り着けるだろう。

 こんなにも近い国同士で、なぜそもそも国が別れていたのかが疑問だ。

 どちらかが力で支配すれば良かったのだ、もっと早くに。

 それをしなかったから、こうして第三者に利用されるのだ。

 尤も、それはもしかしたら『互いの国の信仰』による衝突、迎合が難しかったという背景があったのかもしれないが。

 それはそれでなんとも美しい信仰ではある。


「さて……この戦時下ではいささか不謹慎ではありますが、私は引き続き布教の旅を続けましょう……では兵士さん、私はこれにて失礼します」

「な! だから今は作戦行動中だと――!」

「何者にも信仰は止められませんよ。邪魔にならないよう、どこか国境の隅にでも向かいますよ」

「……まぁ侵入者ではなく出ていく者を無理に止める訳にもいかないか。ちょっと待っていろ、進むべきルートをこちらが指定する」

「おや、それはどうも御親切に」


 兵士に、今後作戦で邪魔にならない国境へのルートを指示される。

 恐らく、これまでも国外に逃げようとする人間がいたのだろう。敵国に寝返るのでなく、純粋に戦争が落ち着くまで両国から距離を取ろうとする人間も多かったのだろう。

 ふむ……レンディア側もそれを見越して、あらかじめ冒険者を古い国境の山道に集結させていたのだろうか。

 逃げてきた人間を安全に受け入れるため。逃げる人間を安全に見送るため。

 どちらの国の冒険者も、恐らくはリンドブルムの理事の一人、総合ギルドの長であるバーク氏の指示で動いているはずだ。

 なにが中立だ。立派に『ただ一人の指導者に導かれている集団』ではないか。

 これもまた一つの信仰か、それともただの心酔か、はたまた『欲を利用した掌握術』か。


「では、お世話になりました」

「ああ。だが……王都の惨状の話、にわかには信じられんな……」

「そうでしょうとも。目の当たりにした私ですら、あれが現実のものとは思えませんでしたから」

「そうか……やはりこの戦争……何かがおかしいのかもしれないんだな」

「これは異なことを。戦争なんてそもそもおかしなものでしょう? 同じ人間が同じ人間を攻め滅ぼす行為なのですから。それをお互いに分かった上で、それでも言葉ではなく暴力でぶつかりあう。正常なはずがないのですよ」


 人としての知恵と尊厳と社会性を捨ててまで引き起こすのが戦争、そして『信仰』なのだ。

 もしかすれば『戦争』も『信仰』も、根源にあるのは同じものなのかもしれない。

 考えさせられる。興味深い。こうして今まさに戦争の最前線に近づいているこの状況が、まるで私自らが信仰の本質を見極めようとしているかのようだ。


「……まぁ、今回に限っては既に立ち位置が決まっているんですけどねぇ」


 ここはゴルダだから、見逃しましょう。

 郷に入れば郷に従え……ではありませんが、ここはゴルダの地ですから。

 貴方達は祖国と自分達の正義を信じている信徒でしかありませんから、ね。




 そうして、私は少々らしくはないが、自身の能力を発揮し、日が昇り切る前にはもう、深い森へと入り込み、古い国境への道、山道へと続く旧街道を進んでいた。


「確かこの国境を抜ければレンディアの東……討伐任務を行った場所の近くに出るのでしたか」


 恐らく、この戦争に危機感を覚えている人間は少なくないだろう。

 突然の宣戦布告に狼狽え、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れる人間、ゴルダの貴族も多いはず。

 なら、そういった連中はどこへ向かうのか? 答えはこの旧街道だ。

 案の定、道の先に大量の馬車が停まっているのが見えてきた。


「ここを通しなさい! 私は『ギュスターフ伯爵』家の者だ! 我が主がこの街道を通ると仰せなのだ」

「ならばこちらは『ヘンゼルヴ伯爵』家の者だ! 同じくこの道を通り、港へと――」


 醜い、実に醜い。

 祖国から逃げ出す者達に忠誠心も信仰心もないのは目に見えている。

 が、ここは通れないでしょう。なぜ、戦争中の貴族をレンディアが受け入れると、通り抜けられると思っているのか。

 港を持たない国が、そもそもレンディアと戦って勝ち目があると思っていたのか。

 ゴルダの貴族が、自分達の国から逃れられると思っていたのか。

 おそらく、レンディアと比べ物にならないレベルで、この国は平和ボケし、考える力を失っていたのだろう。

 ……そういう意味では、あの『夢丘の大森林』というダンジョンを生み出したのは愚策でしかない。

 あの森を抜ければ海に出られたというのに。

 ……いや、案外それも見越してあの森をダンジョン化したのかもしれない。

 ゴルダを……完全に孤立させる為に。

 さぁ、では助け船を出しましょうか。あるいは、この混乱の渦中に……火をくべましょうか。


「おやおやみなさん! どうやらみなさんも逃げてきたようですね! いやお互い無事で助かりました! 大丈夫でしたか!? 王都での虐殺! それに王城の突然の崩壊! まさかこんなことになるとは夢にも思いませんでした! 皆様のお屋敷は無事だと良いですね!」


 大量に止まっている馬車の横を通りながら、大げさに、聞こえるように、大きな声で語りながら人だかりの元へ向かう。

 恐らく、通行止めをしているのは冒険者で、レンディア側の冒険者とも既に話はついているのだろう。

 そして殺到している人間はゴルダから逃げてきた貴族の御者。

 さぁ、どんな反応をするのか見ものですね。


「そこのお前、今の話は本当か!」


 早速、馬車の窓が開き、中から貴族と思われる男が、身を乗り出すようにして顔を出す。

 続くように、次々と顔を出す貴族。いや……あの国はもう亡びるのだ、もはやこの愚か者達は貴族ですらない。


「ええ、実は私が王都を逃げ出す際にはっきりと見ました。まるで……天罰のようでした。城が突然崩壊したのです。城だけで済めば良いのですが……」


 そう口に出すと、男達は大声で自分の御者を呼び戻し、旧街道を埋め尽くしていた大量の馬車が一斉に引き返し走り去っていってしまった。

 突然の開戦。満足に私財を持って逃げ出すことも出来なかったのだろう。

 国への忠誠や身の安全よりも、自分の財産の心配をするような低級な人間には、こういった話が効果的だ。

 いつの世も……愚民と蔑む下々の人間よりも、さらに愚かなのがああいった低級の貴族なのだから。


「随分と静かになりましたねぇ。さて……」


 山道に続く古い関。古びた大きな石門を封鎖している、冒険者と思しき一団の元へと向かう。

 が、それが冒険者ではないと気が付いた。

 ……偶然か、それともこの場所を『戦略的に見て重要な要の一つ』と考えたが故か。

 ここを封鎖していたのは、無論冒険者の一団もそうなのだが、それを主導していると思われるのは、リンドブルムから派遣されて来たと思われる、探索者ギルド所属のクラン、キルクロウラーの面々だった。

 本当に、随分強者と縁がある。いや、必然だろうか。

 戦争の渦中に進む以上、今後も出会うことになりそうだ。


「すまない、そこで止まってくれないか」

「はい、なんでしょうか?」


 関を守っている人間の代表は、確か……主が人工ダンジョンの内部で出会った相手だ。

 名前は『ガーク』でしたか。第一攻略班の副リーダーという肩書だったはずだ。


「そちらの機転のおかげで助かった。だが……その話は作り話ということで良いだろうか?」

「いいえ? これらは全て事実です。私、王都から逃げ出してきたしがない司祭で御座います。エルクード教のような立派な教えではない、極めて少数小範囲で信仰されている宗派ですけれども。その後ろ盾を得ようとゴルダの王都に逗留していたのですが、恐ろしい轟音と敵襲により、慌てて逃げてきた次第でして」


 もう、いちいち説明するのが面倒になる。

 全て殺すことが出来れば……どれ程……楽に事が運ぶだろうか。


「……この情報を、先程本来の国境に向かう途中で展開していたゴルダの兵士にもお伝えしたところ、大急ぎで王都の確認に向かわれましたね。前線と思われる方角にも早馬を出していましたし、ゴルダの戦線が崩れるのも時間の問題でしょうねぇ……」

「……貴殿、何者だ」

「ただの司祭にして宣教師の男ですよ。この上なく胡散臭いとは自覚していますがね? 見たところ貴方達は……この国、ゴルダの人間ではありませんね? 大方、ゴルダの貴族が逃げ出すのに便乗して侵入してくる敵兵力を警戒していたのでしょう? ご安心ください、そのような余裕、ゴルダにあるとは思えません。まさしく地獄のような光景でしたから」


 この世界において、私達は簡単に地獄を再現出来てしまう。

 それを認識した瞬間、私の中に仄暗い欲望が、好奇心が芽生えてしまったのを、否定しない。

 だが、今は主との約束を守ろう。主の平穏を守る為に……この嘘を成就させなければ。


「……私を通してください。私の布教活動はまだ終わっていないのですから」

「……少し、考えさせてく――」

「ダメ」


 その時、私の腰に固いモノが押し付けられるのを感じた。

 背後から、若い娘の短い声も聞こえてきた。


「リーダー……」

「こいつは、怪しい」

「おやおや……愛らしいお嬢さんだ。しかしいけませんよ、人様のお尻に武器を突き付けるなんて。私のお尻はもう縦半分に割れているのですよ?」


 実に愛らしい。この無礼も、突きつけられた刃も、許しましょう。

 貴女のことは知っている。リヴァーナという名の、まだ幼さの残る異端者。

 強力な力を持つ、十三騎士にすら匹敵する戦士。

 許しましょう。何故なら……貴方は私と『同志』なのだから。


「っ! 面白いことを言ってもダメ」

「おや残念」


 振り返ると、ダガーを引っ込める小柄な女性の姿。想像通り、リヴァーナがそこにいた。

 貴女は私と同じく、主を『シズマ』を慕っている人間。仲間なのですよ。

 仮初の肉体を操る主ではない、シズマ本人を求める仲間だ。

 だから、嘘偽りなく話しましょう。


「私は嘘なんてついていませんよ。私はあの王都の惨状から逃れてきたのです。そして……私はレンディアに向けて布教活動を行うつもりなのです。戦争は人を傷つける痛ましいもの。ですが、それを癒す力を持つのが『信仰』です。何も傷心の人間に付け入るつもりはありません。ただ、私には『癒しの力』があります。この戦争で傷ついた人間を癒したいのですよ。生憎、ゴルダの前線に向かうことは出来なかったのですがね?」


 それらしい嘘を。そして真実を語る。

 そうですとも、私は癒す為に動いているのだ。

 この異常者であるスティルの名を……ゆっくりと広める為に。


「治癒術師なのか! なら……リーダー、ここは通すべきです。こちらの野戦病院には前哨戦で傷ついた兵士がまだまだ多く運び込まれています」

「……でも、こいつは危険」

「危険なんかじゃありませんよー? ちょっと胡散臭いお兄さんですよ? お嬢さん、よければ名前を教えて頂けますか?」

「……教えない」

「残念。して、どうしますか。私の癒しの術は、ちょっとしたものですよ?」


 そう言いながら、私はこの関を守る冒険者の集団に向かい『聖邪逆転』を施した『神の呪い』と呼ばれる技を発動させる。

 ……私に回復魔法なんて存在しない。この『聖邪逆転』を習得するまで、私は自分一人を癒す力しか持っていなかった。

 私には、他人を癒す神の奇跡など相応しくないと判断されてのことなのでしょう。

 だから、こんな回りくどい方法でしか他人を癒すことが出来ないのだ。


『神の呪い』

『全ステータス20%ダウンに加えランダムで状態異常を付与する』

『最大HPの50%分のスリップダメージを与えMPの回復速度を低下させる』

『行動速度が半減しフィールドの移動速度も半減する』


 悪しき呪いを、癒しの奇跡に、神の祝福に変換する。

 ……最上級の回復魔法には届かないが、それでもこの力が逆転して与えられる。

 私にしては十分すぎる効果だ。癒しの力としては破格のものだろう。


「な、なんだ! 急に力が……!」

「お、おい! 俺の足が! くじいた足が治ったぞ!?」

「……嘘だろ、古傷が……消えていく……」


 どうやら、思ったよりも冒険者達が消耗していたようだった。

 この力を見せつけられ、さすがにリヴァーナ嬢も考えを改める。


「…………怪しいのに」

「通って良いですよね?」

「もちろんだ! 野戦病院の場所を今地図に記す、待っていてくれ」

「……胡散臭いのに……」

「ふふふ、そう言わないでください。仲良くしましょう? ほら、お近づきの印です」


 どうやら、この同志は未だ私に疑念を抱いている様子。

 こなったら最終手段です。

 私は道具袋から出すふりをして、アイテムボックスから『光り輝く聖なるべっこう飴+15』を取り出す。

 ……私の好物らしいですよ、どうやら。

 何故か、真っ先のこのアイテムをメニュー画面から取り出してしまった。


「とてもおいしい飴です。私の好物ですから、全部はあげられ――ああ!?」

「貰っておく」


 なんということでしょう……! 一缶まるごと持っていかれてしまった!

 ……まぁまだまだ八スタック程持っていますが。

 ……それ、凄く美味しいんですよ。間違って『聖邪逆転』を発動して食べたら死んでしまうくらい凄い効果も持っていますし。


「……美味しい!」

「……いいですよ、どうか味わって食べてください」

「ゴリッガリッ……わかった」

「……!」


 同志でなければ一発頭をひっ叩いていましたよ。

 ……分かっていない。この娘は分かっていない。


「待たせた! 簡易的な地図だが、これで分かるだろうか?」

「ふむ……ええ、おおよその位置は把握しました。では貴方に言われて来た……と伝えれば?」

「そうだな、私の名前はガークと言う。キルクロウラーのガークだ」

「ふむ、ではこちらのお嬢さんは? 先程私のおやつをプレゼントして友達になったところです」

「なってない」

「悲しいです。飴を返してください」

「ヤダ。……リヴァーナ」

「ほう、リヴァーナさんですね?」

「ははは……うちのリーダーに気に入られた……? みたいですね。では野戦病院の件、よろしくお願いします」

「ええ、任されました」


 ……まぁ良いでしょう。私の名が実力者に伝わったのなら、十分な成果と言えるのだから。

 ……べっこう飴を噛み砕くのは禁忌だ。紅茶を飲みながら舐めるのが至高だというのに――

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