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第百十五話

 初手、大剣を振りかぶる俺に、イサカは真正面から向かってきた。

 それも『信じられない速度』で。

 ……こりゃ想像以上だ。お前、だいぶ強くなってるな?


「らぁ!」

「ハア!」


 横に薙ぎ払い、近寄るイサカを一撃で葬るつもりだった大剣が、意外にもイサカの持つ長剣の一撃と打ち合いになった。

 金属同士が擦れる異音、一瞬の均衡、だが――


 隙を見逃さず、俺は刀身を捻り、全力を込めていたイサカのバランスが一瞬崩れる。

 その隙に更に一歩近づき、剣同士では攻撃出来ない超近距離の間合いまで密着。


 そのまま、間髪入れずボディブローを叩きこむ。

 拳が、薄い腹筋をものともせず、内臓まで到達しそうな一撃を加える。


「ガフ!!!」

「少しはやるじゃあねぇかガキ!」


 吹き飛ぶイサカの身体が、空中で体勢を立て直し、しっかりと着地する。

 ……強い。明らかに強い。シレントと普通に攻防が成立するくらいには、ステータスが成長している。こいつ……何をしたんだ? カズヌマとは次元が違うぞ。


「なるほど……彼がシレント。凄まじいですね。強化を施した彼をそれでもまだ圧倒するとは」

「圧倒なんてされてません。僕もまだこの力に慣れていないだけです。シレントは……ここで僕が倒します」

「ええ、期待しています」


 間違いない、あの紳士風の男が何かしらの強化、恐らくムラキの魔物化にも関わっていそうだ。

 つまり……『今まさにシレントの強さを黒幕が目撃している』ってことだな。

 ……条件は、揃った。


「とっとと次来い! お前は俺には勝てねぇよ!」

「言ってろ!」


 再びぶつかり合う。

 互いの踏み込み速度は互角。勢いを乗せた大剣、重量と性能差のある武器同士のぶつかり合い。

 どうやら、イサカの持つ剣も相当な業物なのか、俺とぶつかっても刃こぼれをしている様子はなかった。


「チッ」

「余裕がなくなっていていますよ?」


 今度は、俺の大剣が弾かれる。

 イサカの追撃を防ぐ為、弾かれた大剣を引き戻すも、防御が一瞬遅れる。

 大剣を途中で手放し、素手でイサカの剣を受け止める。


「グ……」

「! これが、僕の力だ!」


 手の平が裂ける。血が滴り落ちる。

 それでも、手の平が切れるのも構わず刀身を掴み取り、イサカの身体ごと振り回し投げ捨てる。


「ガキが……! 調子に乗るな!」


 崩れた玉座に投げ飛ばされたイサカに向かい、捨てた大剣を拾い上げ向かう。

 ……この攻防で終わらせる。俺は技を発動させる。

 大剣を振り抜くのではなく、肘からイサカにぶつかりに行く。

 イサカの迎え撃つ剣の一撃を肘で受け、その反動で、突進の勢いで、慣性で、大剣が一瞬遅れてイサカに向かう。


『リターンブレイク』は当て身技だ。初撃で互いにダメージを受け、間髪入れずに受けたダメージを跳ね返す二段攻撃。

 そしてそのデメリットは――防御力の瞬間的低下と自分が吹き飛ばされ易くなる、だ。

 要するに喰らうダメージが増えて吹き飛ばし耐性もなくなるって訳だ。


 だが、当たれば強い。全技の中で一撃の大きさはトップだ。

 だが使いどころが限られ――『対人戦ではまず決まらない』。

 つまり――


「甘い!」

「ガアアア!!」


 二撃目が、不発に終わる。

 大ぶりな二段目を、イサカがしっかりと回避したのだ。

 俺が見せた隙を見逃さなかったイサカは、俺が最も弱っている瞬間に、ちゃんと『想定通り』必殺の一撃を加える。


「ガ……」


 腹に、イサカの剣が深々と突き刺さる。

 こみ上げるものが、喉を通り過ぎ、口から溢れ出る。


「……クソが……」


 致命傷にしか見えない一撃を受け、俺は崩れた玉座の更に向こうへとフラフラと向かう。


「やるじゃ……ねぇか……」

「逃がすか!」


 追い打ちが迫る。壊れた壁から外に逃げようとする俺に、イサカの追撃が突き刺さる。

 ……全身から力が抜けるように、そして、壊れた城の壁と共に――落ちる。

 この一戦、お前の勝ちだイサカ。






 同時に……俺の作戦勝ちだ、イサカ。

 なんだよ、ここまでお膳立てしても俺を殺せないのかお前。

 演技も大変なんだよ。なんだよ【生存本能】すら発動してないじゃないか。

 落下の衝撃に、崩れた城の瓦礫が降り注ぐ。

 そして俺は、瓦礫の隙間から抜け出し――


「……信じるぞ、スティル」


 メニュー画面から『キャラクター変更』を選び、スティルに変身した――








「倒した……シレントを……僕が!」

「お、おお! イサカ! イサカよ! よくぞ、あの化け物じみた男を倒した!」

「イサカ君凄い!」


 崩壊した玉座の間にて、イサカが、国王が、イナミが歓喜の声を上げる。

 かつて、圧倒的なステータスで国王達を喜ばせ、期待を一身に向けられていたシレントを、ただの学生だったイサカが打ち倒したのだ。

 その喜びは、驚きは、本人ですら信じられないと感じる程。


 そして『自分の作品』が、異世界から呼び出された規格外の勇者すら打倒したことに、フース・ファンは深く考え込んでいた。


(倒した……あの男が王都内の兵士を根こそぎ殺した影響か。急激に力が増したとはいえ……この段階でここまで強くなるか……)


 疑問と、喜びと、僅かな後悔。

 確実に、素体としてはイサカを上回っていたであろうシレントが死亡したことへの後悔。

 だが、今はこの結果に、この実験結果に満足することを決めた。


「イサカ君。君は強さを示しました。もう……戦場に出ることも可能でしょう。蹂躙なさい、そして更なる力を集めるのです。もう……君を止められる者など――」


 その時だった。蹴破られ、扉の役目を果たせなくなった扉を、わざわざノックする音が響いたのは。

 一斉に視線を向けると、そこには場違いな人間が……どこかの牧師を思わせる男が立っていた。


「いやこれはお見事! 素晴らしい逸材です! まさか、まさかまさか! あの異常者を倒す人間が現れるとは!!! ……さすがは異世界の勇者様ですねぇ!!」


 柔和な表情にそぐわない、どこか狂気じみた喜びを滲ませる語り口で、男が……スティルが玉座の間に現れる。


「何者だ貴様!」

「これは失礼しましたゴルダ国王陛下。いえね、私もあの男を追っていたのですよ。恐らくこの戦、あの男は武勲を積む為にこの国に乗り込むだろうと目していました。……アレを欲しいと考えているのは、何も貴方だけではないのですよ?」


 スティルは、意味深な視線をフースに向ける。


「いやいやしかし、これが他に召喚された異世界の勇者。ふむ……この程度なら別に欲しくないですね? むしろ『どうやってここまで使えるようにしたのか』が気になりますねぇ」


 スティルは、まるで何かが見えているように、周囲を探る。

 それはシーレの持つ【観察眼】にも似た力【神の導き】が持つ力だった。


「なるほど……彼は『器』ですか。随分と満たされ始めているようですが……」

「何者です、貴方は」

「広義的には恐らく同胞でしょうか? 私もまた『己の信仰に殉ずる覚悟がある者』とだけ」


 フースとスティルが見つめ合う。

 片や疑惑と警戒。片や好奇と歓喜。

 真逆の視線がぶつかり合い、緊張が高まっていく。


「ただ――とりあえず手土産が必要だ」


 ふいにスティルが、警戒の為に武器を構えていたイサカの元へ向かう。

 自然体で、ただ世間話でもするかのように、悠然と。


「近づくな!」

「ああ、警戒しないでください。――痛くないですから」


 スティルが、そっと手を伸ばす。

 全ての力が流れ込む、イサカの力の根源に。

 胸の中心に、そっと触れる。柔らかく、ただ撫でるように。


「イサカ君! 逃げなさい!」


 鋭いフースの指示が飛ぶ。だが――全ては遅過ぎたのであった――







 か細い若い肉体が、力なく私に倒れ込む。


「ああ、もう死にましたよ」


 私の手に伝わる熱い塊。戦場の血を、命の輝きを集めたであろう、愛しい宝玉。

 物言わぬ肉体に指を食い込ませ、この肉から宝玉を『採掘』する。

 汚れを払うように宝玉を持った手で素早く空を切り、自らのアイテムボックスに収納する。

 もう、奪い返されることはこれでない。この力は、使いようによっては『なんでも出来てしまう』。


「意趣返し、ですよ。私の狙いであるあの男を殺したんです。ならそちらの成果くらい、壊して奪わないと割に合わないでしょう?」

「貴様……それを返しなさい!」


 紳士らしくない怒声を上げ迫る男。

 何かしらの加護か魔法か、全身に薄っすらと黒いオーラが纏わりついている。

 同種か? 私の力と同じものなのか? これは試さなければなりませんね。


 まるで、掴みかかるような手の形で迫る攻撃を、同じく徒手で捌く。

 攻防は、勘の良い人間なら一度で止める。

 どうやら、この男は良い勘を持っているようだ。


「っ! 貴様、何をした」

「ええ、私に触れたので『手を殺しました』」


 主が、私を『三強』と呼ぶ最たる理由。

 それは私の持つスキルの影響でしょう。【弱者必滅】は、文字通りの意味を持つのだから。

 私より弱い存在、特別ではない存在を『確率で即死させる』。

 この世界における『特別』の定義なんて知らない。ただ……少なくとも貴方達は『特別じゃない』。

 異世界の勇者? 私にとってはそんな称号『特別じゃない』のですよ。

 だからこうも簡単に、触れられただけで、先程の青年の心臓が死んだのですから。


「撤退します。イナミさん、こちらに」

「は、はい!」

「ダメですよ?」


 距離を取る男に駆け寄るイナミに、私は手を伸ばし、背に触れる。

 だが、悪運が強いのか、それともこの娘は『ある意味で特別』なのか、即死が発動しなかった。

 まぁ……死んだ方が良かったと後悔するでしょうが。


【弱者必滅】

『攻撃に即死効果を付与する発動確率は自分と相手の強さに依存』

『最大で70%の確率で発動し発動しない場合は猛毒状態を付与またボスに即死は発動しない』

『状態異常耐性がある相手には永続スリップダメージ(極小)付与』


 必ず殺すという、強い意思を感じる能力。実に、私にそぐわない物騒な能力です。

 ただ、主はきっと喜ぶでしょう。ただ殺すより苦しみ続けることの方が喜ぶでしょう?


「この国はもう終わりです。ゴルダ王、長らくお世話になりました」

「な、何を言っているフース! 私も、私も連れて逃げるのだ!」

「いえ、貴方はいらない」

「ほう! フースさんと仰るのですね! フースさん、是非ともまたお会いしましょう? 私は貴方の信仰がとても気になります! ここまで国を荒らした貴方の目的が気になります! きっと、良き友となれると思いますよ! その不自由な手を見る度に思い出してください! 次はどこに触れましょうか! 顔? それとも胸? 案外……もっと別な場所をお望みですか!?」


 良い年齢の重ね方してきたのでしょう、まだまだたくましい紳士の身体をじっくりと観察する。

 信仰により心身共に充実しているのでしょうね?


「……狂人が。貴様の名を名乗れ」

「私に興味を持ってくれましたか! 私は敬虔なる信仰の信徒。誰の信仰も否定せず、信仰という行為そのものを信仰する者。名をスティルと申します」

「その名前……忘れることは決してないと知れ」

「私も忘れませんよ、フースさん。もう少し余裕を持ってください。口調が荒れていますよ」

「っ! 必ず殺す、必ずだ」


 ……その瞬間、フースとイナミが黒い炎に包まれ消える。

 転移? それともなんらかの隠遁の術か?

 私の【神の導き】でも追うことが出来なかった。

 つまり……この世界から一時的に消えた? これは興味深い。


【神の導き】

『フィールドのギミックを解き明かしトラップ等の効果を自らは受け付けなくなる』

『また敵集団におけるリーダーを看破し敵単体の場合は弱点となる部位に攻撃判定を追加する』

『最大で三カ所まで敵に攻撃可能判定を追加する』


 やはり、この世界とはまた別の世界があるのでしょう。主の考察は正しかった。

 もしかすれば、それは『私達と主の本来の関係』に近いのかもしれませんね。


「……ふむ。お土産はしっかり回収しませんとね」


 逃げ場を失い、狼狽えている国王の元へ向かう。


「や、やめろ! 金、金ならやるぞ! 宝物庫がある!」

「ほう? どこです、案内しなさい」


 国王は、本来であれば必要ない。信仰も何もない、力と欲に取り付かれた愚物に価値などない。

 が……これは必要な存在のようですから。

 私は案内された宝物庫で、この愚物の両足を『殺す』。


「あああああああああああ!!!!」

「もう逃げられませんよ。他の人間も城内に隠れているのでしょう? 全てここに連れてきますから安心してくださいね」


 ついでです。宝物庫の中身は……全て頂いて行きますか。

 アイテムボックスの空きはたっぷりありますから。

 ……素晴らしい稼ぎです。主もさぞやお喜びになるでしょう。

 どうやら国王にとっては『貴重な術式』や『研究結果』も全て、ただの宝と同列だったようですから。

 大量の財宝と共に、大量のスクロールや書類を回収し、そのまま城内の探索に乗り出す。

 ……どこに隠れても無駄ですよ、全ては『神のお導きのままに』というヤツですから。

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