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第百十四話

 意識が覚醒する。よかった、ちゃんと俺だ。シレントの姿の自分だ。

 ……でも、夢ではないんだよな……さっきの話。


「スティル……お前の言うことは正しいと思う」


 薄々、今回の黒幕が『一国を手玉に取る程度で終わる規模だとは思えない』とは感じていた。

 ダンジョンに関する知識とは即ち『この世界の仕組みに関する深い知識』ということなのだから。

 ……そうだ、下手に標的にされるのは避けた方がいい。


「……だいぶ暗くなったからな。仕掛けるならそろそろ……か」


 闇夜の野山を駆る。

 濃密な緑の香りと、どこか戦場めいた緊張感が漂う野山を。

 やがて、俺は王都の裏手へと辿り着いた。

 当然、王都外壁を巡回している兵士の姿も確認出来る。


「……忍び込むのは無しだな。そうだな……ある程度相手に警戒させる必要があるんだったか」


 スティルの『策』に乗るのなら、周囲から確実に兵隊を減らし、向こうに警戒させ『万全の用意をさせる』ことが重要になってくる。

 故に、直接城には乗り込まず、街の被害を抑えるように、コンパクトな攻撃で確実に葬り、じっくりと兵隊の数を減らす必要がある。

 面倒ではあるが不可能ではない。俺は、まずはこの巡回の兵士を一人、背後から近づき一刀の元に切り伏せる。

 ……生々しい感触と、本人が異常を察知する前にその命を終わらせたという現実。

 遠くからまとめて薙ぎ払うよりも、より濃密な『人を殺した』という実感が――喜びを生む。


「……今だけは、この感情に感謝しないとな」


 ゆっくりと、静かに王都の周りを散策し、獲物を見つけては狩るを繰り返す。

 やがて……王都周辺から兵士の姿が消える。


 次は門だ、ここからは姿を見られる上に警戒もされる。

 つまり真正面からの戦いになる。

 広範囲の技は控え、一人ずつ確実に終わらせることを意識する。


 俺は、閉じた跳ね橋を下す為だけに『ゲイルブレイク』を放つ。

 跳ね橋に繋がれている鎖を切断すると、バランスを失った橋が大きな音を立て、王都との間にある、水に満たされた堀に倒れ道が出来上がる。


 無論、この異常に大量の兵士が殺到するのだが。


「よう! ゴルダの雑兵共!」

「何者だ貴様!!!!」

「知ってどうする?」


 一駆けで近づき、先頭の兵士の首を刎ねる。動揺が広がる前に、さらに大きく大剣を薙ぐ。

 周囲の兵士が、上下で両断される。一薙ぎで、何人もの命が失われる。


「シレントだ!!! シレントが出たぞ!!! 急いで城に知らせ――」


 王都のメインストリートに集まる兵士が、次々と命を散らす。

 高所から放たれる矢が、無数に降り注ぐ。

 防ぐ必要すらない。矢じりが傷つけるのは鎧の表面のみ。やはり、シレントのステータスにはこの国の兵士では太刀打ち出来ないのだろう。皮一枚に矢の跡が残るのが精いっぱいだった。


「多少の被害は目をつぶれ! 魔法隊、放て!」


 王都にもある程度軍を駐留させていたのか、比較的統率の取れた動きで、弓矢と魔法による援護射撃がこちらに殺到する。

 放たれた巨大な炎が、余波で周囲の屋台を燃やしながら眼前へと迫る。


「……くだらねぇ!」


 炎に向かい、ヤクザキックのように、猛烈に足を突き出す。

 風圧と破壊力が、炎の威力を上回ったのだろう。

 熱すら感じず、炎が消し飛び、蹴りの風圧に集まっていた兵士が倒れる。


 倒れた兵士に急ぎ駆け寄り、大剣を突き立て止めを刺す。

 まるで、地面に落ちた大量の小銭を拾うように、なんどもなんども細やかに、一人ずつ、丁寧に素早く殺して回る。


「化け物……! 勝てるわけがねぇ……!」

「逃げろ、逃げろお!!!!」

「逃がさねぇって」


 大剣を突き出しながら、逃げる背に迫る。そのまま串刺しとなり、刺さった死体を放り投げる。

 ……大立ち回りだ。そろそろ、城にも伝わっただろう? 俺が、シレントが、再びこの地に戻って来たと――








「ちょっと、なんか外ヤバイことになってるわよ? てっきりギルドに腹を立てた軍が粛清に来るかと思ったのに……誰かが夜襲を仕掛けたみたいね。アンタが言ってた戦争を終わらせる策って彼なの?」


 ゴルダ城下町の冒険者ギルドに立て籠もっていたメリッサは、我関せずといった態度で書類仕事をしているレミヤに外の状況を説明する。


「なるほど……夜まで待っていたのですね。てっきり、速攻で片付けるのかと思っていましたが……街への被害を抑えるつもりですかね」


 書類机から立ち上がり、メリッサと共に外の様子を窺う。

 そこでは丁度、シレントが丁寧に一人ずつ、兵士を、魔法兵を殺して回っている場面だった。


「あれは異常よ。十三騎士……『あの人』と同じくらいかしら」

「そうですね、冷酷さと執拗さ、判断力。彼によく似ていると私も思っていました」

「……何者? 十三騎士の候補なのかしら?」

「いえ、ただの冒険者です。僅か二日で蒼玉の位を授かり、かつての凶悪犯『フーレリカ』の襲撃を一人で抑え、一方的に瀕死にまで追いやる程度の力量は持っていますが」

「はぁ? そんなの一般の冒険者な訳ないでしょ? 絶対他所の国で名を馳せた英雄クラスの人間に決まってる。ちゃんと調べなさい、どんな離れた国でも良い、しっかり出自を調べるべきよ」

「……本来、そうるべきなのですけどね。ただ……私はあの方を信じたいんです。たとえどこから来たのだとしても、あの方はこの国の為、いえ……力なき民の為に剣を取る人なのだと」


 レミヤは、どこか憧憬にも似た思いを、シレントに向ける。何が彼女をそうさせるのかは本人にしか分からない。だが、彼女は確かに、シレントに半ば心酔していたのだった。


「……珍しいこともあるものね。バーク様以外にそんなこと言うなんて」

「ふふ、確かにそうですね。……さて、どうしましょうか? この状況、今なら国を抜け出す好機かと思われますが」

「そうね、下手にあの人の手伝いなんてしたら邪魔になりかねない……今のうちに避難を必要としている人をギルドで預かりましょうか」

「おや? 意外ですね、今のうちに国を出るのだと思っていましたが」

「そういう訳にもいかないのよ。現王家は嫌いでも、街の住人には世話になってるからね。アンタの言葉通りなら、今日明日中に戦争は決着がつくんでしょ? なら逃げきる前に戦争が終わっちゃうんだし、ここで避難活動に従事した方が有意義ってもんでしょ」

「……すっかり丸くなりましたね」


 二人は笑い合いながら、ギルドから飛び出し、この戦いの余波で逃げ場を失った住人をギルドに囲っていくのだった――








 街から兵士の姿が消えていく。

 俺が消した兵士の数以上に、消えていく。

 恐らく、城に撤退し、態勢を整えているのだろう。


「……ここまで流れ通りか。あとは……条件を満たすだけか」


 城へと向かう。街の深部、小高い丘の上に聳え立つゴルダ城へと。

 門が幾つも坂道の途中に設けられ、その全ての門が閉じ、柵が下がり封鎖されている。

 こんなもの、障害にならないことくらい理解出来ないのか。


 大剣を振り下ろし、扉どころか門そのものを破壊し先に進む。

 が――壊した門の中、瓦礫から立ち上る砂煙に、他の匂いを感じ取る。

 次の瞬間――猛烈は爆破音と熱に、全身が包まれる。

 火薬、恐らく門に仕込まれていた火薬に、遠隔で着火したのだろう。

 建物全てを爆弾に見立て、こちらを潰しにかかるゴルダ軍に、内心賞賛の拍手を送る。

 やるじゃないか。確実にダメージを受けたぞ今。体の表面が少し火傷を負った。


「……ヒリつくな、少し」


 だが、回復はしない。『この先の為にもこれは好都合だから』。

 どうやら全ての門に火薬が仕込まれているらしく、いちいち近くで爆発を受けるのもおかしな話だと思い、遠距離攻撃で破壊し進む。

 そうして城の敷地内に辿り着いたところで――


「集めたな。いや、かき集めたって言った方が良いか」


 そこには、ありったけの兵力が集められ、高所には数十を超える弓兵が配置され、更には魔法を放つ寸前の魔法兵が何十人も待ち構えていた。

 無論……俺の姿を見ると同時に、全てが放たれる。


「っ! 結構削られる――な!」


 猛烈な炎や雷に全身を焼かれ、焼かれた場所に矢が放たれる。

 先程よりも、確かに受けるダメージが増えているのを感じる。

 大剣をなぎ払い、未だ残る魔法の残滓をかき消す。

 それでも止まない矢の雨に、さすがに足を止めるのを止め、兵士の集団に突っ込んでいく。

 これで矢は同士討ちを避け止まるも、今度は四方八方から槍が突き出される。

 全て、受けながら蹂躙する。


「止まらない! こいつ止まらないぞ!!!」

「もっと槍を持て! 突き刺せー!!!」


 槍を構え突撃する兵士の波。それらを受けつつも、大剣を振り回し、こちらが受けた以上のダメージを与える。

 無双状態だ。剣を振りまわし縦横無尽に駆け回ると、兵士の身体が細切れになり辺りに吹き飛び、その様子が高所の弓兵に恐怖を与える。

 矢が、完全に止まる。もはや仲間の兵士に気を遣わずに矢を放ち続けるべき状況だと言うのに、弓兵が慄く。


「あめぇ!!」


『ゲイルブレイク』を城の高所に、足場に放つ。

 城の一部が崩れ、弓兵が瓦礫と共に崩れ落ちてくる。

 轢き殺し、切り殺し、蹂躙する。

 ここまでして、ここまで兵隊を揃えて、それで俺に与えられたダメージは、槍の穂先が僅かに肉に刺さるのみ。

 それも、切り裂かれたのではなくめり込んでいるだけ。出血なんて殆どない。

 我ながら反則だ。どうやったら俺を倒せるんだ。

 だが、おびただしい死体を築き上げる過程で、大量の返り血に濡れ、はた目からはもう、俺は死に体にしか見えないだろう。

 まるで、血で満たされたバケツを頭からかぶったような、そんな有様。

 血まみれで、どこにも綺麗な場所がない、血の匂いに包まれながらの行軍。

 不快なはずなのに、気持ち悪いはずなのに、これを喜んでいる自分がいる。

 シレントだけじゃない、俺が、喜んでいる。敵を倒すことに、喜びを感じている。

 確実に、俺の精神がシレントに引っ張られ始めている。

 何よりも――


「予定通り……ことが進んでいる」


『肥大した虚像を一度消す必要がある』スティルはそう言った。……正直、目から鱗だった。

 そしてそれが必要なことも、理解してしまった。だから……この案に乗ったのだ。

 一見すると瀕死に見える姿。追い込まれたような姿になりながらも、壊れかけた城内へと向かう。


 既に、他の兵士は残っていないのだろう。俺の侵入を拒む存在は、現れなかった。

 見覚えのある城内を進む。目指す先は……謁見の間。

 恐らく、そこにいるんだろう? 王の一番傍に、最高戦力を控えさせているんだろう?


 歩くごとに、通路に血濡れの足跡が残されていく。

 滴る血が額を流れ、まるで血を流しているかのように俺を飾り立てる。


 やがて、謁見の間の扉まで辿り着く。感動の再会だ。

 その大きな扉を、蹴り開ける。

 轟音が響き渡り、中にいた人間が一瞬身体を震わせるのを確認した。


「久しいな、ゴルダ王。それと……あのガキ達か。どうやらお仲間に負けて逃げ帰ったようだな?」


 玉座に座る王。それを守るように立ちはだかるイサカとイナミ。

 そして……やはりいた。

 黒いトレンチコートにも似た衣装を纏う、どこか英国紳士を思わせる初老の男が。

 ……こいつが黒幕か、はたまたただのメッセンジャーか。


「貴様……! よくも私の前に姿を現せたな! シレント!!」

「どうせ滅ぶだろうと思っていたんだがな? 思いの外早くその機会が訪れそうだったから、俺自らが引導を渡しに来てやった訳だ」

「ぐ……イサカ! イナミ! こやつを……この男を殺せ!」


 激昂した王の言葉に、イナミは恐る恐る、そしてイサカは自信満々に前へ出る。


「なんだ? 『あんな中途半端な強さのガキ』にすら手も足も出なかったらしいお前等が俺に挑むのか?」

「……どうやらシズマと行動を共にしていたようですね。裏切者同士、お似合いですよ」

「で、その裏切者にすら負ける雑魚がお前だ。そっちの女は……相変わらず寄生先を吟味して動いてるのか? なんだ、そんなにこの出来損ないに惹かれているのか?」


 煽る。そして断片的に聞かせる。

『シズマは中途半端な強さしかない』と『シレントに比べたら雑魚でしかない』と。

 そして――


「随分と自信がありそうじゃないか、ガキ。俺に勝てると思ってるのか?」

「思っていますよ。……お前は僕達の策にまんまとハマったんだ。それを今から、証明してあげますよ!」


 その瞬間、俺は剣を振り抜き終えていた。

 玉座を破壊し、逃げ出す王の背中を攻撃が掠め、城を破壊する。

 壁が、天井が、一撃で崩れる。


「当たらなくてよかったな、王よ。そら、相手をしてやるぞガキ」


 振り抜いた大剣を構える。戦場を整えよう。余計なモノを排除しよう。

 夜空が見える。壁も天井も崩れ始め、満天の星空が俺たちの頭上に輝く。


「……随分と消耗しましたねシレント。そして……お前はここで殺し過ぎた」


 不本意な一戦が、始まる。

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