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第百十二話

 宣戦布告は、狙いすましたかのように一〇日の正午に行われた。

 元々、リンドブルムの各地区に設置されている時計塔に仕込まれているスピーカーより、女王の言葉が流れる。

 それはどうやら、ゴルダ国王相手に差し出した宣戦布告の書状とほぼ同じ内容らしく、これまでレンディアが行われてきた破壊工作や、オールヘウス侯爵を利用した国家転覆、そして人工ダンジョンの異変すらも、完全にゴルダによるものと断定していた。

 もしかすれば、国内に燻る不満を全て、ゴルダに背負わせようとする魂胆もあったのかもしれない。

 俺とメルトは、その放送を総合ギルドで聞いていた。

 実際にギルドが募集している緊急依頼の内容を確認する為に。


「いよいよ始まったね……戦争」

「さすがにみんな驚ているが、察していた人間もいるようだな」

「そうね、冒険者ギルドと傭兵ギルドの人、それと錬金術ギルドの人は驚いてないみたい」


 だが、一般市民には寝耳に水だろう。多少、情勢を危惧している人間もいただろうが、新年祭を控えてる年末のこのタイミングで戦争開始の宣言をされるとは予想だにしていなかったはずだ。


「冒険者の皆様! たった今ギルドで緊急の依頼を貼り出しました! 確認の上、受注して下さる人間を大々的に募集します! また今回は黄玉ランク以上の方のみ、戦地へ赴く任務を受注可能です! 晶石ランク以下の方達は、後方支援の任務をご確認ください!」


 窓口から、受付の女性が大きな声で宣伝していた。

 その内容を確認すると――


『戦地への派兵』

『黄玉ランク以上の冒険者を対象に、神公国騎士団への一時加入者を募集しています』

『激しい戦闘が想定されますが、この戦争はいつか必ず起こると予想されるものでした』

『既にリンドブルムへの攻撃行動は秘密裏に行われてきています』

『私達の祖国の為に戦ってくれる人間を募集します』

『報酬は生還した人間に一律大金貨一〇〇枚に加え、翠玉ランク以下はランクを一つ昇級します』

『活躍内容次第では紅玉ランクも蒼玉への昇級検討します』




『物資の梱包と積み込み及び護衛』

『戦争の備品を梱包し馬車に積み込む人間を募集します』

『また前線基地への物資運搬の護衛をお願いします』

『護衛対象も騎士である為、この任務は護衛任務ではありますが晶石ランクから受注可能』

『報酬は護衛込みで大金貨二枚』


「大金貨一〇〇枚で命を懸けろって依頼か。安いのか高いのか分らんな」

「……ダメだよこんな依頼。シレント……お願いするね」

「分かった。宣戦布告内容では五日後、山脈の国境を抜けて攻め込むそうだ。恐らく焦土の渓谷も既に国境として機能しているはずだ。あそこは元々騎士を派遣してあったので、早ければ明日にでも衝突する可能性がある。冒険者もそっちに派遣されるかもしれないな」


 既に検証されてるだろう、進路として使えるのか否か。そしてそれはゴルダも同じと考えていい。

 渓谷の国境門が使えると分かれば、もしかすれば既に両軍がぶつかっているかもしれないな。


「メルト。後方支援の依頼もそのランクで受けるには障りがあるだろうから、暫くは家で待機した方が良いかもしれないな。新規の紅玉として、それなりにメルトの注目度も高まっている」

「そっか、分かった」

「一緒に家に戻るぞ。俺もすぐに発たねばならない」


 ……メルトのことを心配する気持ちもある。

 他の冒険者の安否を不安に思う気持ちだって本物だ。

 だが、それを上回る高揚が俺を突き動かす。


 帰宅途中、総合ギルドを目指す冒険者の集団を幾つも見かける。

 きっと、緊急依頼を目当てに集まって来ている連中だ。

 戦争は、稼ぎ時だという意識が冒険者にもあるのだろう。

 無論、傭兵も。


「空気がピリピリしてる……なんだか同じ街なのに……違う街に来たみたい……恐い」

「……食料を沢山置いていく。家から出ない方が良い」

「うん……」


 まだ、精神的には幼いメルトには、この戦時下の空気は耐え難いのかもしれないな。

 ……速攻で終わらせないとな。


 そうして家に戻る道中、珍しい集団が南門から街に入ってくる場面に遭遇した。

 それは、恐らく人工ダンジョン方面から来たであろう、キルクロウラーの面々だった。

 一度セイムで会った十三騎士でありキルクロウラーのリーダー、アラザさんが率いている。

 その顔触れの中には、リヴァーナさんが率いる第一攻略班に、恐らく他の攻略班、そしてその中にバスカーの姿もあった。


「あ、シレント隊長!」

「バスカーか、久しいな。それと俺はもうお前の隊長じゃない」

「あ、そうでしたね! シレントさん、放送聞きましたか?」

「ああ、そのことについて動いている」

「……戦場に向かうんですね?」

「まぁな。だが別動隊だ。別からの依頼でな」

「なるほど……詳しくは聞きません、お互い生きて帰りましょう!」


 集団から飛び出したバスカーと言葉を交わしていると、アラザさんがこちらに近づいて来た。


「私の団員が以前世話になったそうだな。察するに……『旅団』の者か」

「ん、十三騎士にして隊長を務めるというアラザ殿だな?」

「知っていたか……確かに並々ならぬ覇気を感じる。お互い、生きて帰ろう。貴公もまた興味深い」

「そうかい、そりゃ光栄だ」


 短いやり取りの後、別れる。

 が――


「……」

「……!」

「……」

「むぅ……」


 なんか近くでメルトとリヴァーナさんが見つめ合ってました。

 いや、なんていうかメルトが睨んで、リヴァーナさんがぼーっと見てるだけというか。

 え、なになに、二人って接点……ああ! そういえばメルトの友達が殺されかけたんだっけ?


「メルト、行くぞ」

「あ、うん。……気を付けて行ってくるのよ」

「ん」


 あら優しい。やっぱりメルトはメルトだった。

 キルクロウラーの面々を見送り自宅に戻り、俺はすぐにアイテムボックスから、日持ちしそうな食料を取り出し、保冷庫に詰め込んでいく。


「メルト、食料を多めに入れておくからね。ただ……戦争を終わらせても、帰って来るのに時間がかかると思うから、それまでは持たないと思う。もしかしたら食料の値段も高騰するかもしれないから、お金も少し置いて行くよ」

「わ、わかった……あ、でも私も結構お金持ちよ? 実は今貯金、大金貨三一枚もあるの! ほら、シレントと一緒に討伐したドラゴン! あの素材のお金が入ったから!」

「あ、なるほど。じゃあ安心だ。メルト、戸締りには気を付けるんだよ」

「もちろん、安心していいよ! だからシレントもなんの心配もしなくていいから、気を付けてくるのよ? いい? 油断しちゃダメだからね!」

「ああ、勿論だ」


 サンルームの項目を操作しながら、出発の言葉を交わす。


「メルト。いってきます」

「いってらっしゃい! おみやげは……ゴルダの王族でいいわ!」

「言うなぁ……」


 もう、完全に吹っ切れた調子のブラックジョークに笑いながら、俺は夢丘の大森林、強欲の館跡へと転移したのであった――








 その日、ゴルダの城下町は、まるでハチの巣を突いたかのような騒ぎであった。

 否、まるでではなく、そのものだったのだろう。

 朝、国王は目覚めと同時にその異常に気が付いた。


 自分の胸元に差し込まれていた手紙の感触に、何が起きのだと飛び起き探る。

 それを手にし、封蝋に浮かび上がるエンブレムに、国王は腹の底から震え上がる。

 それは神公国レンディア王家の証である、雄々しき竜の紋章。

 かつて、大陸の南を支配していた伝説のドラゴン『蒼竜リンドブルム』を模った紋章だった。

 封を開けるまでもなく、ただ震え、周囲を見渡す。だが、かろうじて人を呼ぶという恥を晒さなかったのは、彼の中にある矜持によるところが大きかったのかもしれない。


 しかし、実際に敵国の間者が城の最奥に位置する自分の寝室まで侵入し、あまつさえ無防備な自分の胸元に手紙だけ差し入れて立ち去ったという事実が、恐れ以上に『怒り』を感じさせた。

 それは暗に『お前などいつでも殺せるのだぞ』と言われていることに他ならないのだから。


 王は、手紙を開く。そこに記されていたのは、今回の手紙の出し方そのものと全く同じ、まさしく『宣戦布告』。

『五日後にゴルダ王国への侵攻を開始する』たったその一言だけが書かれた宣戦布告の手紙。

 王は怒りに震えると同時に、ほくそ笑む。『予想通りの展開だ』と言わんばかりに。


 王は、謁見の間に国の重鎮達を呼び集める。

 騎士団や兵士隊を束ねる将軍に、魔法兵団を束ねる術師長。

 国外の傭兵とのやりとりを受け持つ人間に、最近新たに加わった『魔導研究所』と呼ばれる部署をまとめ上げる『フース・ファン』と名乗る紳士風の男。

 それに加えて――二人の学生。


 片や、この戦争の空気に慄く者。片や、己が強くなる時が来たと歓喜する者。

 対照的な二人は、この戦にどう関わるつもりなのかと問われる。


「僕は、戦場に向かいますよ。そこで初めて僕は強くなれる。そうなんでしょう? フースさん」

「ええ、そうですよ。貴方は命の最後の煌めきを喰らい、どこまでも強くなる。今はまだ、かの十三騎士には及ばないでしょう。ですがこの戦争が終わった時……貴方は無数の命を糧として、無類の強さを手に入れることでしょう」


 その言葉にイサカは上気し、国王もまた、望みをかける。


「ならば、イサカを失う訳にはいかんのだろう? 近くで人が死にさえすれば良いのなら……始めは温存するべきであろう」

「ええ、そうですとも。そして私の仮説通りならば、失われた命は大地へ還る。そして還った命は本来なら世界の中心に消えていきます。ですが――ダンジョン内での死はその限りではありません。ダンジョンコアに吸収され、そして溢れた命はダンジョンに富として溢れ出る。私は、人にダンジョンの営みを植え付け、そして溢れる命を富ではなく力に変える。イサカ君は今、生きたダンジョンなのですよ。この国にいる限り、この国全てがダンジョンと同じ。戦場に出ることなく、君は強く育っていくのです」


 ダンジョンの仕組み、そして世界の仕組みを熟知した者でないと辿り着けないような禁忌の術。

 それを施されたイサカは、徐々に自分の思考が歪んでいることにも気がつけず、ただその言葉に歓喜した。


「では、僕が戦場に出るのは……すぐではないんですね? 力が溜まり、硬直した戦況を一気にひっくり返す……そんな役目が待っているんですね?」

「ええ、そうですよ。君は秘密兵器にして最終兵器なのです。さぁ……イナミさん、貴女はどうしますか? 貴女の魔法なら、既に前線に出ても十分な活躍は出来るはずです」


 その問いかけにイナミは迷う。

 危険に向かうのが恐いという気持ち。物語の主人公として、戦場で華々しく活躍したい気持ち。

 決めかねているところに、救いの手のような言葉がかけられる。


「イナミさんは僕から離れない方が良いよ。それに、城に残る兵力も必要だしね。もうイナミさん自身、この国の兵士よりは強いんだから」

「うむ、そうだな。イナミ殿も出来れば城に残って欲しい。……一応警戒しているが、夢丘の大森林を通じてヤツが来る可能性もあるのでな」

「ヤツ……早々に我々を見限った召喚者ですか。私は直接会ったことはありませんが、そこまでの者なのですか?」

「うむ。この戦争が終わる頃ならば、イサカでも太刀打ち出来る力を手に入れているとは思う。だが、現段階ではどうあっても勝つことは難しい。ならばこそイナミ殿もイサカも、温存しておくべきなのだ」


 王としては、強力な手駒を傍に置いておきたい、自分の安全を確保したい。

 イナミとしても、安全であるに越したことはないと、何よりも『自分は最強のイサカに守られているヒロイン』だと思えるポジションに満足していた。

 そして――フースは考える。


『そこまでの強者ならばイサカよりも使えるのではないか?』と。


 思惑は未だ不明。だが、強力な器を求めているという点だけははっきりしていた。

 シレントが、シズマが、この男の前に姿を晒すのが本当に正しいのか。

 力を振るった先の結果がどうなるのか、それを予測出来る程、シズマにはその知識も経験も足りていないのだから――








「そうなのですよ。私一人では不可能なのです。だから『唯一成し遂げた貴女』の協力が必要なのですよ! 貴女はどうやら、力を振るう本当のリスクを理解していらっしゃる! だからこそ『あんな言葉』を残したのでしょう?」

「……ええ。ですが完全に皆さんと同化した今なら、はっきりと分かります。『あの言葉を残したのは間違いだった』と。貴方は危険過ぎます……その思想も、考えも、目的も」

「いえいえいえ、それはあくまで『ゲーム時代の私』の知識でしょう? 信じてください、シーレさん。私はただ、我が主の為に提案しているのですよ! 今回のこともそうです! あくまで最終決定を下すのは我が主です!」


 闇の中。浮かぶ円卓に二人の影。

 シーレと、もう一人の男。


「貴女だけが主をこの世界に呼び込むことが出来た……主からの信頼が厚く、強力な力を秘めた貴女だからこそ成し遂げた奇跡! その奇跡をもう一度起こして欲しいのですよ!」


 かつて、シズマに『狂信者』と呼ばれたキャラクター。

 どうやら、この人物はシーレに『主と話す為にここに呼び出して欲しい』と頼み込んでいる様子。

 シーレは考える。この凶悪で、狂おしい程に『ナニカを信仰している男』を本当にシズマと会わせても良いものかと。


「……約束してください。貴方の目的が達成されたら、必ず身体をシズマに明け渡すと。貴方の手段は……彼女を悲しませる。私は、シズマと同じくらい、彼女を、メルトを大切に思っています。無為に傷つけるような真似をするのなら……私はたとえ不可能でも、絶対に貴方を殺してみせる」

「ああ、なんと素晴らしい愛。それはもはやある種の『信仰』ですとも! 私は、誰の信仰も否定しません。尊重しましょう? ですからどうか安心して、我が主をお呼びくださいませ」


 シーレは、選択する。

 この『狂信者』を、シズマと対面させることを。

 それが、シズマの幸福に繋がると信じて――

(´・ω・`)これにて第七章は終了です

(´・ω・`)書籍化作業の為、次回更新は遅れる見通しです

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