第十一話
主都リンドブルムは、厳密には城下町ではないらしい。
王城は主都の敷地の外、隣接した土地に建造されているらしく、遵って王家はリンドブルムの運営には一切関わっていないそうだ。
なので、運営は主都に住まう様々な職人や商人、そういった寄り合いの代表者達によって運用されているそうだ。
まぁ無論、国の騎士を派遣し治安維持に協力したりと、関係性が悪い訳ではないらしい。
聞いた話だけで判断するなら、かなり良さそうな街に聞こえてくるな。
国としての在り方が少しだけ現代に近いように感じる。
「ふむ……セイムさん貴方、ただの冒険者ではありませんね? 私が今説明したことをしっかりと理解し、それがどう街造りに関係しているのかも理解しているご様子。それに、貴方は道中で一般の冒険者とは思えない程手際よく、見知らぬ料理を振舞ってくださいました。決して悪く言うつもりはありませんが、冒険者という人種はそこまで学があるわけではないというのが常です。貴方の出自を探るつもりはありませんが……しかし、貴方はもっと別な道でも輝けるのではないですか? 私は、貴方を評価していますよ」
「え? いやそんなことは……」
商会長さんと深く話し込むことが多くなっていたが、少し迂闊だったかもしれない。
そもそも俺は、しっかりと義務教育を受けている日本人なんですよ……。
最低限の社会の成り立ちとか歴史くらいは知ってるので、商会長さんが話すことくらい理解しているつもりだったのだけど、逆にそれが違和感に繋がったようだ。
「もし、貴方が数計算も可能ならば、今すぐにでも私の商会で用心棒兼従業員として雇いたいくらいですよ」
「ははは……食いっぱぐれたらその時はお願いするかもしれません……」
「セイムさん、本気ですからね? 商会は、人材に対しても貪欲なのですから」
やばい、本物のファンタジー世界の商人甘く見てた。
そうだよなぁ……学校に通うのが当たり前の世界ではないっぽいし、教育を受けているであろう人間を商人が欲しがるのは当然かもしれないなぁ……。
「商人さん商人さん。私は? 私は欲しい?」
「ははは、お嬢さんも是非売り子として雇いたいですな」
あら可愛い。メルトさんは確かに見てるだけで癒されますな。
よかったな、働き口はもう確保出来たんじゃないか?
「セイム、大きい街が見えてきたよ。きっとあれがリンドブルムね」
「おー!」
メルトの言葉に馬車の進行方向に目を向けると、そこには両端が見えないくらい、広大に広がる街壁が見えてきた。
まるで都市国家のような様相だ。
「我々はこのまま自分達の商店まで向かいますが、セイムさん達は途中でリンドブルムのギルドで降りますよね?」
「はい、そこで転属届を出すつもりです」
「私はどうすればいいの?」
「メルトはそこで冒険者登録しような」
「了解! 冒険者かー、なんだか肩書がもらえるのって嬉しいね」
なるほど? 確かに冒険者という肩書にはグっとくるものがあるな。
冒険者か……一度、セイム以外の姿でもギルドに登録しておいた方が良いかもしれないな。
セイムで一度、元クラスメイト連中と顔を合わせているのだし、使える身分、姿は用意しておくことに越したことはないか。
同時に、メルトにもある程度こちらの情報を開示する約束もしているのだし、そのついでに他の姿で行動する時の方向性も考えたいところだ。
そうして俺達は馬車に揺られ、ゴルダ国とは比べ物にならない賑わいを見せるリンドブルムの街中を進んで行く。
「凄い……凄いわ……獣人がこんなに沢山街の中にいる……信じられない……」
「嬉しそうだねメルト」
「うん、凄く嬉しい……私達は嫌われ者なんかじゃなかったんだ! みんな、普通に街で生活してる! 私も、この人達みたいになれるんだよね!?」
街中の様子を見ていたメルトが、感極まった様子で語る姿に、胸が締め付けられる。
この子、結構軽い調子で自分の身の上話をしていたけれど、心の底では寂しいと、不遇であることへの絶望をため込んでいたのではないだろうか?
……確かに、この国で獣人は普通に人間と共存している。服装に差異もないし、一緒に笑い合っている光景も珍しくない。
きっと、これが本来あるべきこの世界の姿なんだろうな。
やっぱりゴルダ国が異常なんだ、これは間違いない。
なら……あの異常な国で使われている元クラスメイト達はどうなるんだろうな?
もし仮に戦争なんて起きたら、この国に俺はつくぞ。
「見えてきましたよお二人とも。リンドブルムの『総合ギルド』です」
「総合ギルド……ですか?」
「ええ。この主都は広大ですからな。各寄り合いが運営しているギルドは多々ありますが、都市のあちこちに点在していては不便ですからな。鍛冶ギルドから家政婦ギルド、冒険者ギルドから探索者ギルドまで全てこちらの建物に纏められているんですよ」
「へー! そこまで種類があったんですね」
マジか! なら生産職のキャラクターでもそれに合ったギルドに登録出来るじゃないか!
これなら、何かあった時でも安心だ。
「メルト、俺達はここで降りるよ」
「分かった。へぇー! おっきい建物ねー!」
「な。すっごい大きい」
実際、ちょっとしたショッピングセンター並に大きな建物だ。
もしかすれば、メルトに合ったギルドが冒険者以外であるかもしれない。
「では、我々とはここでお別れですね。ただ、例の原石の買い取りについて詳しいお話がしたいので、出来れば数日中に我々の商会を訊ねて頂きたいのですが……」
「あ、了解です。場所の方は……?」
「ここは『ギルド通り』と呼ばれています。我々は『商業地区』に商会事務所を構えていますので、そちらに向かえばすぐに見つけられるでしょう」
「了解です」
なるほど、覚えておかないと。
馬車を見送り、総合ギルドの扉を開こうとする。が、気が付くと隣にいたメルトの姿がどこにもないではないか。
ちょ、どこいったあのキツネさん!
「いた! メルト何してるの」
少し遠くで、何やら花屋の店先に並んでいる商品を興味深そうに見ていた。
ちょっと目を離すだけでいなくなる……心配だ。
「あ、セイム。見て、花が売ってるよ。お花って売り物になるのね?」
「あーそっか、山暮らしが長かったから新鮮かもしれないね」
「うん、薬効もなにもないお花が売り物になるって考えが私になかったもん。薬草とか加工品なら、昔おばあちゃんが行商人さんに卸していたんだけどねー」
なるほど、そういう意味で驚いていたのか。
「ほら、お花って綺麗だろ? でも街の中だと中々咲いていない。だからこうして、家の中や庭に飾ったり植えたりするお花が売れるんだよ」
「なるほど……素敵な考えね? もしも家を買ったら、庭には沢山お花を植えるわ」
「はは、そうだなぁ」
可愛らしい夢を語るメルトの姿に、店員のおばさんもほほえましそうに笑っている。
……家、なんとか良い物件を見つけよう。
メルトの為というのもあるけれど……俺の多すぎるキャラクターの性能を確かめる為にも。
安全で機密性の高い拠点は絶対に必要だ、間違いなく……。
俺の持ちキャラっていろんな理由で『倉庫キャラに格下げ』になった子が多すぎるんだよ。
『職業バランス的にぶっ壊れていてつまらないから封印』したキャラだっている。
もうオンライン上で『この組み合わせの職業を使うのは攻略がつまらないから封印』というのが暗黙の了解になっている組み合わせだってあるんだよ。
いくらナーフされても、根本的なキャラ性能、キャラコンセプト的にタブーな組み合わせってあるんだよ……!
そしてここはゲームの世界じゃない。制限なんて存在しないと見ていいだろう。
バフの重ね掛けとか色々制約抜きで使えるかもしれない。
「セイムどうしたの? なんでニヤニヤ笑ってるの? お花植えるのそんなに楽しみなの?」
「え? あ、いやなんでもないです。とにかく総合ギルド、行こうか」
しまった。つい欲望と妄想に取り付かれてしまった。
メルトから目を離さないようにしながら、早速総合ギルドへと向かう。
「中も広い! めちゃめちゃ広い! セイムどうする? どこに行けばいいの!?」
「そんな大声で言わない、笑われるぞ? とりあえず……メルトが冒険者になれるように受付に行こうか」
「分かった……ついに冒険者のメルトになるのね……」
時既に遅し。もう周囲の人間にクスクス笑われてます。
笑わないであげて! この子おのぼりさんなの! 山で暮らしてたの!
数ある受付の中、どれが冒険者ギルドなのか、それすら俺には判別不可能だということが分かった。
俺、字が読めない。もしかしたら……それこそキャラ補正の力で習得することも出来るかもしれない。一応『学者』というジョブのキャラクターもいるからな。
これも早めに試さないと。
「セイム、冒険者ギルドはあっちみたいだよ」
「あ、そっか。メルトは字が読めるんだったね」
もうメルトなしでは生きられないのでは。
くそう……なんとなく子ども扱いというか、妹扱いしていたのに、こういう面で全部彼女任せになるなんて……!
後で文字について教えてくださいませんか。
「ようこそ冒険者ギルド受付へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「すみません、自分ゴルダ国から来た冒険者なのですが、こちらに転属届を出しに来ました」
「外部からの移籍ですね? ではギルド所属証明タグをお見せください」
受付で用件を伝えると、タグの提示を求められた。
これは持っている。どうやらちょっとしたマイクロチップのようだ。
たぶん魔法? よく分かりません。
「セイムさん……依頼履歴は……護衛任務一件のみ? 変わった経歴ですね」
「そうなんです。実はそうそうに移籍を勧められて、それで護衛任務に混ぜてもらったんです」
「なるほど、そうだったのですね。戦闘技能は……物凄い高評価ですね、それも彼女に認められるなんて……今後も戦闘行為が予想される依頼を受注可能な『紅玉ランク冒険者』としてこちらでも認定しますね」
「すみません、それ初耳な言葉なんですが」
「そうですよね、ゴルダにはない制度ですから。一応、受注可能な依頼の種類が決められていますので、その目安だと考えてください」
なるほど? よくある『F~Sランク』みたいなものですな?
聞けば、普通は初めて登録した人間は戦闘が予想される任務は受注出来ないのだとか。
『安全な地域での採取依頼や街中での作業依頼』を受けられる、新人の『岩石ランク』。
『街の外での採取依頼や短距離の宅配』も許可されている、少し成長した『輝石ランク』。
『モンスターの戦闘が起きる可能性のある場所での採取依頼』も許可された『晶石ランク』。
『モンスターの討伐を目的とした依頼』を受けられるようになる、新人脱却の『黄玉ランク』。
『対人の可能性も視野に入る依頼』を受注可能な一人前とも呼べる『翠玉ランク』。
『人の命を左右しかねない依頼』を受注可能な戦闘技能が認められた『紅玉ランク』。
『大きな功績を残しギルドに貢献した人間』に授与される『蒼玉ランク』。
『国に認められ地位と名誉を授かった人間』に授与される『宝珠ランク』。
だそうです。
なんだろう、この国って宝石にこだわりでもあるのだろうか?
いや、それよりも『紅玉ランク』って結構上位ランクでは……?
なんでそんなことになってるの? あの受付で受けた戦闘テストってそんな大仰なものだったの?
なんだろう、無理に護衛依頼に紛れ込ませるために、思い切りランクを水増しされた感があるのですが。
「いえ、ゴルダ支部の受付……というよりも、戦闘教官の人間が手放しに認めているのですから、間違いなく戦闘技能は文句なしに紅玉ランクに相当しているのだと思いますよ」
「そうなんですか……」
あのSっ気のあるお姉さん、なかなかの人物だったようです。
「あの、もう一つお願いしたいのですが良いでしょうか?」
「はい。なんでしょう?」
「実は――」
俺は、後ろで退屈そうにブラブラしているメルトを前に押しやる。
「この子の冒険者ギルド登録をお願いしたいのですが」
「あ、私の番!? すみません、冒険者にしてください!」
嬉しそうにはきはきと宣言するメルトに、受付のお姉さんが微笑ましそうな表情を浮かべる。
「あら、珍しい。白狐族かしらお嬢さん」
「え? あー……うん、白狐族だよ」
ふむ? なんだか今一瞬、メルトが言葉に詰まったように感じたな。
「貴女歳はいくつ? 文字は書けるかしら? この書類に書く必要があるのだけど」
「大丈夫だよ、ここで書いたらいい?」
「そうね、隣の机でお願い」
メルトが移動したので、俺もついていき、先ほど気になったことを聞いてみる。
「白狐族って言われた時、少し反応が遅れたね?」
「うん。前にチラっと言っちゃったかもだけど、私って銀狐族なんだ。でも絶滅したって思われてるだろうから、黙っておこうって思ったの。セイムも言っちゃダメだからね、絶対だよ」
すると、メルトが小さな声で、こっそりと耳打ちしてきた。
「了解。そっちも俺の秘密は絶対に内緒で頼むよ?」
「分かった、絶対に秘密にするね」
なるほど、希少種族だったわけか。
それを隠す必要があると自分で判断出来るあたり、やはり彼女は言動に見合わず賢い子なんだろう。
いやまぁそもそも外見は高校生くらいなんだけどさ。あまりにも言動が幼くて。
書類を書き終えて提出しに向かい、今度はどの程度のランクなのか査定する運びとなった。
流石に手続きが長引くので、別室に移動させられるメルトだが、付き添いとして俺も同行することが許可された。
さてさて……この娘さんはどういう扱いになるのでしょうかね?