第百六話
レティがシュリスさんに俺の帰還を知らせてくれたのだろう、俺が戻った翌日には、自宅に手紙が届けられた。
というか、この段階で初めてこの世界にも『郵便』が存在することを知った。
ポスト……そういえば偶にギルドの広告とか入っていたっけ。
住所とか決められてるのかね、この家も。
「ふむ……明後日登城するのかシュリスさん」
「なになに? アワアワさんからお手紙届いたの? 私、手紙って初めて見るわ、実物」
「そっかそっか。俺もこの世界に来てから初めてだよ」
物珍しいのか、メルトが尻尾をモフモフ動かしながら覗きに来た。
「あ、私のこと書いてる! ええと……『レティと一緒に依頼を受けてくれたことを感謝します』だって。お礼を言うのは私なのにねー?」
「はは、色々教えて貰ったんだね?」
「そうよ。野営のタイミングとか場所選び、道中の配置とかも教えてくれたわ。料理は私の方が上手だったけれど!」
ほう、それは意外だ。が……シュリスさんがわざわざレティについて触れるあたり、彼女を都市から離れさせるのに、仲の良いメルトが役立ったと考えている訳か。
「ん……明後日は俺もお城に行ってくるよ」
「私も行っていいのかしら?」
「んー……今回はお留守番かな? ギルドで昇級について聞いてみたら良いんじゃないかい? たぶんもうじき慌ただしくなるだろうから」
「残念、お城の中探検してみたかったのに。でも、確かに紅玉にしてもらうお話、シグルトさんにしておいた方がいいわよねー」
恐らく、今回は戦争についての話も出てくる。
メルトを戦争には積極的には関わらせないと決めた以上、同席はさせられない。
無論、俺も『セイムとその関係者は戦争に関わらせない』ということを周知させなければ。
……そろそろいいだろ。既に『旅団』の存在は仄めかしてきたんだ。
しっかりと『暴力担当の人間』が誰なのか、国に伝えておかないといけないだろうな――
二日後、約束通り登城する。
しっかりと俺のことを覚えていたのか、俺はそのまま城の上部、初めて訪れる部屋に案内された。
「こちらになります。これより先は会議室となっておりますので、くれぐれも周囲との衝突にはお気を付けください……本日は、いつもより多くの方が集まっておりますので」
案内をしてくれた兵士が、珍しく俺にそんな忠告をしてくれた。
それほどまでに、この中は今、そうそうたる顔ぶれが集まっているのだろう。
意を決して、扉をノックする。
「失礼します、セイムです。招致に応じ参上しました」
『入ってくれ』
扉の向こうから聞こえたのは、威厳に満ちた女王の声。
そして同時に、複数の人の気配を感じる。
扉を開けると、そこは大きな長机の設置された、広い会議室だった。
上座の女王と、両隣に座るクレスさんとコクリさん。
クレスさんの隣にはシュリスさんが座り、その隣の席が空いており、シュリスさんがしきりにその席を手で指し示していた。
「隣、失礼します、シュリスさん」
「やぁやぁ、よく来てくれたね」
シュリスさんから見たら久しぶりだったな。
心なしか、少しいつもより嬉しそうに見える。
……大人のお姉さんが嬉しそうに笑ってると、結構破壊力ヤバイっすね。
「セイム、よく戻ってくれたな」
「ご無沙汰しております、女王陛下。件の作戦、無事に終えたことをお祝い申し上げます」
「うむ。セイムよ……其方がもたらした情報のお陰で、我が国の抱える問題が一つ取り除かれた。この恩には必ず報いると約束しよう」
そうだ、少なくとも俺は既に『国に一つ大きな貸し』を作っている状態なのだ。
さらに、今から俺は……特大の貸しを『二つ』作るつもりだ。
が、その前に――
「女王、とりあえず俺らにも紹介してもらいてぇんだが。つーか……おめぇ、マジで一角の人間だったのかよ。なんか雰囲気あると思ってたが」
出席者の面々が、俺を紹介しろと表情で促してきていた。
そして……ヴィアスさん、出席してたんですね。
シーレとして何度か話した相手ではあるけれど。
「風呂で一回会ったろ、覚えてねぇか?」
「いえ、覚えていますよ。それにお話は『シーレ』から聞いています。俺も『旅団』の人間なんで」
「! ……マジか。そうか、アイツが参加してる旅団の人間だったか。この場に呼ばれるのも納得だわな」
「この場に呼ばれるとなると……セイムさん、貴方の活躍はギルドの上層部まで聞こえてきていますが、まさかこの場に呼び出されるほどとは思いませんでした」
ヴィアスさんに続き、セイムでは確か初対面であるはずの、総合ギルドのまとめ役、バークさんも続く。
「旅団……まさか、その旅団というのはシレント様も所属していらっしゃるのでしょうか?」
「初めまして、ですよね。お話は伺っています、レミヤさんですね。先日の作戦では、メルトがお世話になりました」
「ええ、その節はシレント様にも大変お世話になりました。して、質問の答えは?」
恐らく総合ギルドの暗部、そしてバークさんの直属の部下と思われるレミヤさん。
「ええ、シレントは俺と同じ旅団に所属していますよ」
「やはり……ほぼ同時期にこの街で頭角を現した者達……いずれも『旅団』という言葉を口にしていたことは調査済みでした。シレント様も、どこかに所属しているとは仰っていましたから」
「まぁ、今はこの辺りにしておきましょう。女王陛下、自己紹介は追々『要件』を済ませてからでも良いですか?」
「無論だ。……セイムよ、其方達の総意、決まったと見て良いのだな?」
「ええ、基本的な方針は『この国の為に』。ですが問題は『戦争に活用するのか否か』です」
既に、戦争は秒読み段階のところまで来ているのは俺でも分かる。
このタイミングで、焦土の渓谷のダンジョンコアを利用するとなると『完全に国境のダンジョン周辺をレンディアの領土として制圧する』という選択肢が強くなる。
絶対に安全で巨大な陣を、国境周辺に展開出来るようになるのだから。
が、それでは実りの力を、あの土地周辺にしか発現出来なくなる。
無論、ダンジョンとして将来的には活用出来ることもあるとは思うが。
「確かに、魅力的ではある。セイムよ、其方の『全て』を、ここにいる者に話しても良いか」
「ええ、いつかは必要なことでしょうから。構いません」
「そうか。では……皆、聞いてくれるか。この者、冒険者のセイムは……国境の大ダンジョン『焦土の渓谷』を踏破し、ダンジョンコアを持ち帰っているのだ」
その瞬間、会議室が大きな驚きに包まれ、ざわめきが広がる。
特に……すぐ隣にいたシュリスさんから。
「……まさか、そんな秘密を抱えていたなんて予想外だよ」
「すみません、シュリスさん」
「……個人的には、もっと早く教えてほしかったけれど、国益や情報の重要性を考えれば……そうだね、私に話さないのは正解だよ。ちょっと……友人として寂しいけれど」
「……ごめんなさい」
ぐ……さっきの嬉しそうな表情との落差に、心臓へのダメージが……!
「クソ、結局冒険者がまた活躍した形か! おいバークのおっさん! 少しはこっちにも割り振ってくれよ! 傭兵ギルドの連中、去年から国外に遠征しっぱなしなんだよ」
「むう、私に言われてもな……」
ああ、ヴィアスさんが切実に訴えている。
「話を戻そう。セイムは、ダンジョンコアを我が国の為に使っても良いと言ってくれている。だが、この戦争が差し迫っているタイミング、どのようにして使うのが一番なのか、私は未だ決めかねているのだ。セイムよ、其方の意見を聞かせてくれ」
「戦争利用をするなら俺はこのコアを持って姿をくらましますよ。女王、このコアはこの国の領土全てに恩恵を平等に分け与える為に使ってください」
はっきりと告げる。戦争に利用はさせないと、国民の為に使わないならこの話はなしだと。
「そうですね、ダンジョンや周辺の操作にコアを使ってしまえば、ダンジョンコアがまだダンジョン内に精製されるのを待ち、そして踏破しなければ再び他の為に使うことは出来ません。それには何年かかるか分かりませんからね。女王陛下、私もセイムさんの意見に賛成です。この戦争、もともとコアの力など勘定に入れずに考えていたことではありませんか」
「うむ、そうだな。……約束しよう、セイム。其方のダンジョンコアは……国民の為、国土を豊かにする為に使用することを」
「無論、その際には立ち会わせてもらいますね」
「ああ、元より使うことが出来るのは所有者である其方だけだ」
「なるほど、そうだったんですか」
……なら、俺が力を示していなければ、最悪暗殺でもされて所有権を奪われていた可能性もあった訳だ。
遠回りになってしまったが、この国で交友関係を増やし、貢献してきたことは無駄ではなかったんだろうな。
「さて、セイムについてはこれで皆分かってくれただろう。そして……我が国の目下の問題である『資源枯渇』による国力低下、それを見計らったタイミングでのゴルダの侵略計画。その問題のうち、一番大きな資源枯渇がこれで解消される……後は、この戦に勝つことだけを考えるのみだ」
ここに集まっている顔ぶれから察するに、皆『十三騎士』やリンドブルムの理事なのだろう。
シュリスさんにクレスさん、コクリさんはもちろん、ヴィアスさんにレミヤさんもいる。
恐らく、彼女も十三騎士なんだろうな。
さらに、バークさんだけでなく、セイラとして顔を会わせたことのある、錬金術ギルドの長であるニールソンさんまで出席していた。
が、今回はさらに二人、初めて顔を会わせる人間がいた。
「目が会いましたわね? 私に興味が……いえ、この装束が気になっているのでしょう? お察しの通り、私は『エルクード教』リンドブルム教会に所属する、教会騎士ですの。女王陛下より十三騎士の称号を頂きました『シアン・ネーズ』と申しますわ。以後、宜しくお願い致します」
俺が気になっていた人間の一人、白い純白の法衣を纏う、どことなく優しそうな表情を浮かべた女性がそう名乗る。
見たところ、まだ若い。恐らくクレスさんよりも若いだろう。
「ダンジョン踏破を成し遂げたというセイムさんのお話、是非一度聞いてみたいですわね。教会はいつでもその門戸を開いておりますわ。是非いらしてくださいまし」
「ありがとうございます、ご丁寧に。自分もこの国の信仰、宗教には興味がありました。機会があれば是非」
情報として、仕入れておきたい話題ではあるからな。
すると、シアンさんの自己紹介に便乗するように、もう一人の人物も声を上げた。
「私も続こう。貴殿とは是非話がしたい。私の名前は『アラザ・ミール』探索者ギルド所属クラン、キルクロウラーの代表をしている。同じく、女王陛下より十三騎士の位を授かっている者だ」
「キルクロウラーの! そちらのクランには、我々の旅団で預かっている人間がとてもお世話になっていると聞いています。先の作戦、そちらにも怪我人が出たと聞いています。もし、何かあればそちらに借りを返す意味でも、一度ご相談ください」
「ん、ありがたい。では……一つ頼んでも良いだろうか?」
なんと、キルクロウラーのリーダーである十三騎士まで出席していたとは……。
ここまで国の最高戦力が集結しているとなると、いよいよ女王も本気……なんだろうな。
「セイム殿。そちらで預かっている『シズマ』という青年、我々に預けてはもらえないだろうか。こちらの攻略班のエースが、どうしても欲しいと最近ダダを捏ねているのです」
「え゛!」
マジかよお、ここでそれ言うのかよお!
「! ちょっと待て! いや待ってもらいたい! シズマは私も、騎士団でも欲しい人材だ! 抜け駆けはたとえアラザ殿でも看過できない!」
「む、騎士団も動くか。最近までそちらに貸し出されていたのだろう、ならば順番的に――」
「二人とも落ち着いてください。その話でしたらお断りします。シズマの意思を無視する願いは聞くことは出来ませんので」
これ以上白熱する前に釘を刺す。そうか……明確な立場も後ろ盾もない強者というのは、こんなにも獲得合戦が起きるものなのか。
ヴィアスさんがかなり控えめに見えるくらいだ。
「失言だった、謝罪する。が、貴殿とは本当に話してみたい。ダンジョン踏破を目的とし活動している身故に、天然ダンジョンの踏破者とは是非話をしてみたいのだ」
「ですが、俺の場合は偶然が重なった結果でもあるんですけどね」
本当は俺に『マップ確認能力』があるのが大きいのだが、ここは現在囚われているヒシダさんの力『迷わずの力』の影響だと擦り付けておくか。
そう説明すると――
「……そこまで強力な導きの加護を得た少女か……もし、処刑するのならばその前に一度はこちらに貸し出してもらいたい。ダンジョンなら処分も容易なので」
「んー? 彼女中々有能だから、暫くはそんな予定はないかなー?」
こっわ。アラザさんこっわ。
この人基本、声に抑揚もなければ表情も動かないのに、ただ淡々とそんなことを言うなんて……。
「自己紹介はそろそろ良いだろうか? 皆に、今一度問いたいのだが」
緩みかけた場の空気を、再び女王が引き締める。
「ゴルダとの戦争は避けられない。いや、そもそもこちらは既に侵略を受けている。新年祭を前に国民には申し訳ないが……近々、ゴルダに対して宣戦布告を表明する」
空気が緊張する。
「本来なら新年祭を終えてからが望ましいだろう。だが、向こうは既に内々に侵略行為を繰り返している卑劣な国だ。新年祭に合わせ、何かを仕掛けてくるのは十分に考えられるだろう。故に、先んじてこちらから仕掛けようと思っている」
「実は、総合ギルドでは内々に、冒険者をリンドブルム周辺に留め、同時に武具も集めております。傭兵ギルドにも海外への遠征は控えるよう、あちらのギルドマスターに話を通してあるのです」
女王とバークさんの言葉に、一同は特段驚くではなく、ただ『やはりか』と言いたげな、どこか神妙な表情を浮かべていた。
「皆に問う。此度の戦争、神公国軍の一員として、手を貸してもらえるだろうか?」
女王の最後の問い。
それに応えるのは――
「冒険者ギルド所属クラン、グローリーナイツ。一部貴族出身者を除くメンバー全員、参戦することを誓います」
「総合ギルドも、全てのギルドに働きかけ、バックアップを致します。本来、我々は中立……ですが、此度の戦は『自由を脅かす敵の討伐』です。この討伐任務に助力することを誓います」
「我々錬金術ギルドも物資の補給に助力致します。元来、あちらの国には……こちらも借りがありますので。ポーションや霊薬を、可能な限り納品することをお約束します」
シュリスさん、バークさん、ニールソンさんが表明する。
「傭兵ギルド全体の総意は俺の知るところじゃねぇが、俺のクラン、レヴォルトは参戦する。騎士団に組み込んでくれてもいいが、運用は慎重に頼むぜ」
「我らキルクロウラーも、第一、第二攻略班を派遣することを表明します。作戦展開時にはこちらの指揮は任せて頂きたい」
「私はそもそも国の人間だから表明するまでもないけれど……そうだね、可能な限り協力するよ、女王。新薬も、新兵器も、実戦投入可能なものは全て貸し出すよ」
ヴィアスさんも、アラザさんも、コクリさんも表明する。
「コクリ同様、私も表明するまでもありませんが、我ら騎士団、女王陛下の為にこの身を捧げる覚悟で臨みたいと思います」
「私達エルクード教は本来、戦に介入することはありませんが……前線に近い場所に野戦病院を開設致しますわ。後方の守り、負傷者の身の安全は私がお守り致しますわね」
クレスさん、そしてシアンさんの表明。
正直、シアンさんが負傷者を守ると言うのがいまいちピンとこないのだが……。
だが、そういった医療面でのサポートは、戦においては重要なことは俺にも分かる。
……ここにいる全員、戦に関わることを決意し、表明している。
だが、俺は……。
「女王陛下。自分はこの戦、コアの提供だけで一切関わらないことを表明します。バークさん、ギルド経由で俺やメルトに参戦を呼びかけるような真似は決してしないでください。俺達は今回の戦に限り、無関係を貫き通すつもりです」
「分かった。既に、其方には大きな借りが出来ている身。この上戦力として参戦しろとは言わぬ、安心して欲しい」
だが――参戦しないのあくまでセイムだ。
「ですが……我々の旅団から、一人だけ戦力を派遣します。希望があれば仰ってください」
まずはこの手札を切る。
「なんだと? ならシー――」
「シレント様をお願いします。彼の戦闘能力も、指揮能力の高さも、カリスマ性もすでに私が確認済みです。この後、私は訳あってこの地を離れます。その穴を埋める為にも、冒険者として実績のあるシレント様をここに派遣してください、お願いします」
「どわっ」
突然、レミヤさんがこちらの席に駆け寄りながら食い気味にシレントを派遣するように言ってきた。
めっちゃ圧が強い……! 前回の任務で部隊を任せた時のシレントの活躍が、そんなにお気に召したのか……!
「いや、遠距離で破壊力のある技を放つ人間が一人くらいいた方が良いだろ。なにせ今は魔術師ギルドのあいつだっていねぇんだし――」
「いいえ、弓使い一人加えるより、シレント様を加えた方が全体の益になるはずです」
「いや、俺はそうは――」
「私は、シレント様の活躍をこれまで何度もこの目で見てきたのです」
「ぐ……」
レミヤさん……めっちゃシレントのこと押してくれますね……!
「では、シレントを派遣するとお約束します。それではダンジョンコアの使用方法を後ほど教えてください。しっかりとこの目で、コアがこの国の為に使われたことを確認した後、すぐにでもシレントを本隊に呼びに行ってまいります」
さぁ、戦の時間だ。傭兵の本分を、ようやく果たす時が来た。
……まぁ、ここにいる全員が思っているような戦争にはならないだろうが――