第百五話
少し、心配をしていた。
アンダーサイドで大規模な爆発が起きたことで、家の地下から続く東西の街道方面への地下通路が、使えなくなってしまったのではないかと。
が、少なくとも家の地下から東西の分岐路まで確認したが、どこかが崩落している様子もなく、イサカ達が逃亡したことから考えて、恐らく北門、ゴルダ方面へと抜ける大穴が新たにできたのだろう。
「んじゃ……今回も東門から外に向かうかね」
暖炉から家に戻り、出発する。
恐らく、俺を追跡する勢力もいるのかもしれないな。コクリさんとか、旅団の所在地をずっと気にしていたし。
ともあれ、今回も東門から外に出た俺は、毎度お世話になっている川上流の洞窟や、岩に偽装してある地下通路の出入り口ではなく、シレントとして訪れたことのある野営地まで向かうのだった。
……なお、全力で移動したので仮に追跡がいたとしても、余裕で振り切れたと思います。
「……ふぅ」
以前、メルトが簡易的な露天風呂を作った場所のすぐ近くで、人知れずセイムの姿になる。
……なんかしっくり来るな、やっぱり。微妙に背が伸びるけど。
「おー……簡易風呂が溜め池みたいになってる」
たった数週間しか経っていないのに、すっかり自然に帰っている露天風呂。
……自然に帰る、か。この世界って、本当に自然な世界なのだろうか?
ふと、ダンジョンで見た光景や、【観察眼】で覗ける情報、ダンジョンコアの役割のことなどを考え、そんな疑問が湧いてくる。
「……ダンジョンマスターが何かを知っていそうだよな……」
始まりの日を思い出す。俺達がこの世界に召喚されてすぐに出会った相手『夢丘の大森林』のさらに内部に存在した『強欲の館』。
そこのダンジョンマスターであったあの悪魔は、俺達になんと言った?
『まだこの世界に存在が確定していないお前達に情報を付加してやることにしました』。
確かに、あのダンジョンマスターは俺達にそう宣言した。
その口ぶりから、まるで『ダンジョン内はこの世界ではない』と言っているようだ。
さらに『情報を付与する』と言った。つまり、ダンジョンマスターに取っては、この世界に誕生する前の存在に、何か能力を付与して解き放つことなんて簡単だ……ということになる。
召喚の儀式は、ダンジョンに生贄を捧げて行うという情報もある。
なら、逆に言えばダンジョンマスターはダンジョンを経由してじゃないと、この世界に影響を与えることが出来ない……?
「分からないな……そもそも目的もなにも知らないんだし」
考察、ここまで! これ以上は今考えても仕方ないからな。
が、少なくとも『この世界は何者かが管理している世界』であり『ダンジョンマスターがなんらかの方法で限定的に関与可能』ということだけは覚えておこうか。
野営地に戻り、周囲を見て回る。
やはり出張の冒険者ギルドや傭兵ギルドの窓口があり、掲示板にはそれぞれ依頼が張り出されていた。
が、その掲示板の中に気になる張り紙を見つけた。
『近々、大規模な依頼を総合ギルド上層部から発注する可能性があります』
『出来れば遠出となる依頼は避け、リンドブルム近辺の依頼を受けてください』
ふむ……? 気になるけれど、今の俺には調べようが――
「あーー!!!!」
その時、野営地の入り口、とんでもなく大きな声が響いて来た。
何事かと振り向くと、次の瞬間――
「グフ」
「セイムだ!!! セイムがこんなとこにいる!!!!!!!」
突進+抱擁のコンビネーション攻撃を食らいました。マウント取られました、空が青いです。
おお……メルトさんや……なんというタイミングなのでしょう……。
「メルト……依頼の帰りかい?」
「そうよ! 一昨日街から出て、野営しながらここまで来たのよ! ご飯は私とレティちゃんが作ったのよ」
「おー……凄いなメルト。とりあえずどいてくれるかい?」
腰からどいて! 重くはないけど苦しい!
「ん。はい、どいた」
「んむ、ありがとう」
入口の方に目を向けると、呆れた顔のレティさん、そして嬉しそうな商会長さんがこちらを見ていた。
……すみません、商会長! 本名を知ったのに、もう俺の中では商会長は商会長なんです!
「セイムさん、お久しぶりですな!」
「ご無沙汰しています、商会長」
恐らく商談の帰りなのだろう、馬車ごとこちらにやってくる商会長。
しかし意外だな、商会長自らが街の外まで御者を務めるなんて。
「聞きましたよ、貴金属の売買に着手し始めたんですって?」
「ええ、そうなのです。利益こそ大きい分野ではありますが、新規参入は中々難しいのですよ、宝石商というのは。コネや信用、そして実績や資金……本来、我々にょうな国外から来たばかりの新参が参入できる市場ではないのです」
「が、今回の『取引実績』と『売り上げ』で、一躍その分野に乗り込めるようになった、ですか」
「ええ。これもセイムさんのお陰ですよ」
確かにきっかけは俺によるものなのだろうが、それでもその商機を掴んだのは商会長の手腕だ。
「じゃあ、荷台の中はやっぱり大量の貴金属ですか? ちょっと恐いですね」
「ええ、確かに。ですが、今回は頼りになる護衛が二人もいますからね」
「確かに。紅玉の冒険者にしてグローリーナイツの若手エースに、売り出し中の翠玉の冒険者。これを突破出来る野盗なんていないでしょうね」
「ええ、全くです。実は、案の定『イズベル』へ向かう際中、山道を通り抜けるのですが、そこで野盗の集団に遭遇しまして……」
……集団とは物騒だな。これまでも被害が出ているだろうに、それでもまだ活動しているとなると、相当大きな集団、組織なのだろうか?
「無事で何よりです、商会長」
「ええ。いやはや驚きました……メルトさんがあそこまで強いとは思ってもみませんでした」
そうかそうか、大活躍だったのかメルトは。
「これから街に戻るんですよね?」
「ええ、少し馬を休憩させるついでに、我々も昼食を摂ろうと立ち寄ったのです」
ふと気が付けば、レティがメルトの方に移動していた。
何やら注意をしている様子だが……出来れば、人に抱き着いたり馬乗りにするのははしたないことだと教えてあげてください。
昼休憩の最中、珍しくレティさんが俺に話しかけてきた。
「セイムさんはリンドブルムから離れていたんですよね?」
「そうだね、そこまで遠くではないけど、暫く離れていたよ。少しだけ報告に戻ったりはしたけど」
「そうですか。……あの、離れていた人に聞くのもおかしいとは思いますが、リンドブルムで今、何か起きていたりするんですか?」
「んー……そうだね、隠しても君の立場なら知ることになるだろうから言うよ。大事件があったね。そして俺はそれには直接関わっていないけど、関わった人間から報告を聞いているよ」
「っ! な、なにがあったんですか……?」
「それは、直接シュリスさんから聞くといいよ」
このタイミングでレティを外の任務に出すとなると、なんらかの思惑がシュリスさんにはあったんだろうな。
……レティは確か貴族の出だったか。もしかしたら、オールヘウス侯爵となんらかの関係があるのかもしれないな……。
「……分かりました」
「悪いね、僕は関係者だけど、レティさんはあくまで部外者になってしまうんだ。けど、きっとシュリスさんは話してくれると思うよ」
あ、そういえば……俺もシュリスさんから一度顔を出すように言われていたんだっけ……?
「メルト、街に戻ったらどうする? すぐに昇級出来るか聞きに行くのかい?」
「うん、そのつもりよー。しばらくはのんびりするわ、私」
「了解。俺はそうだなぁ……シュリスさんに呼ばれているのもあるけれど、コクリさんにも呼ばれてるんだよね」
コクリさん、つまり王宮からも呼ばれているのだ。
優先度的には、こちらの方が先……なのだろうか? いや、でもコクリさんの口ぶりから察するに、今日明日ではなく、三日後までに戻るように言っていたし、恐らくそのタイミングで何か会議が開かれるのだろう。
「セイムさん、コクリ・マーヤ様とも知り合いなんですか?」
「そうだね、知り合いだよ。実は彼女に呼ばれているんだ。シュリスさんにも呼ばれているから……二人で王宮に行くのが手っ取り早いかな……?」
「なら、私がクランに戻ったら団長に報告しておきますよ。セイムさんが街に戻ったと。そうすれば色々手間も省けるでしょう」
「そうかい? 助かるよ、レティさん」
「情報を少しでも教えてくれたお礼です」
少し、俺に対する態度も軟化したのかな?
その後、休憩を終えた俺達は、今度は護衛に俺も加え、リンドブルムへと帰還を果たしたのだった。
「おかえり、メルト」
諸々報告を終えて自宅に戻って来た俺は、先に家に入ってメルトを出迎える。
「ただいまー! 疲れたわ……護衛任務って疲れるのねー」
「沢山倒したって聞いたけど、強敵だったのかい?」
「ううん、全然。でも、被害が出ないように気を張って戦わないといけないもの。弓矢とかの攻撃でお馬さんが怪我をしたら、それだけで大損害が出ちゃうしね」
「なるほど。レティさんがいてくれて助かったね」
「うん。レティちゃんが馬車の周りを守ってくれたおかげで、戦い易かったわ。それと……たぶん、三人くらい死んじゃったと思う、私の所為で」
……そうか。
「ん、相手は悪人だからね、情けはかけちゃいけないよ」
「そうなんだけどねー……。でも、もう少しうまく戦えば、捕縛で済ませられたかも。そういうセイム、シズマの方はどうだったのかしら?」
「俺かい? ……そうだね、たぶん……悪い騎士を一〇人以上は殺してると思う。重傷者も大量に生み出した。それに……元同胞を三人、捕らえたよ」
俺も、包み隠さず、今回生み出した結果を報告する。
「そっか。お疲れ様ね? これで全部、終わったのかしら?」
「んー……まだかな? でも、一段落はついたよ」
「そっか。怪我、無くてよかったわ」
「メルトもね」
……季節は、もう一二月に入ろうとしている。
気温も下がり、まもなく雪だって降ってくるだろう。
つまり……神公国レンディアにとって、不利な時期になるということだ。
……今回逃亡したイサカとイナミの件もある。恐らく……仕掛けてくるならこのタイミングだ。
「メルト」
「なになに?」
「もし、ゴルダとの戦争が起きるとしたら、メルトはそれに関わりたい?」
率直に尋ねる。
メルトにとって、ゴルダの王族は憎き仇であるはずの相手だ。
同胞を、一族を滅ぼした相手だと言っても良い。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「戦争が起きるかもしれないんだ」
「……人が沢山死ぬのよね? 私、それは嫌だわ。でも、もし目の前に王様がいたら……なんであんなことをしたのか、どんな目的があったのか、全部聞きたいわ」
「ん、そっか」
「それで……たぶん、私……許さないと思うの」
きっと、彼女なりに言葉を選んだのだろう。
強い言葉、負の面が強い表現を、彼女は抑えたのだろう。
だが、きっとその意味するところは……。
「……そうだね、戦争そのものは……起きない方が良い」
「うん、当然よ。でも、難しいのよね? 聞くって言うことは……」
「恐らくね。さっき、ピジョン商会の荷台に俺、乗せてもらっただろう?」
「あ、そういえば。セイムだけ楽ちん! 私とレティちゃんは歩いていたのに」
「はは、ごめんごめん」
そこで、俺は荷物の内容を見て、商会長に訊ねたのだ。
『宝石だけじゃなくて、沢山武具を仕入れてきたんですね?』と。
すると商会緒はこう答えたのだ。
『実は一緒に武具を運ぶことが今のイズベルで推奨されているらしく、今なら武具を一緒に運ぶと宝石の都市間での移送に掛かる関税の一部が割り引かれる』と。
つまり、リンドブルムは防具を集めている。
そして、先程の野営地で見た気になる張り紙……。
「高確率で戦争は起きる。出来れば……戦争には関わりたくないよね」
「……うん。私、採取とか護衛とか、旅とか探しものとか、討伐とか、そういう冒険が好きよ。もちろん人と戦うことだってあるとおもうけれど……戦争は、あまり関わりたくないわ。でも、国に所属してるなら、そんなこと言っちゃいけないのかな……?」
「んー? 大丈夫、そんなこと言ってもいいんです。だって騎士でも兵士でもないからね。冒険者は基本自由で中立だからね。お願いされても断っていいんだ」
「そうなのね! なら私……戦争には関わんない! 街の中で応援しているわ!」
それでいい。
……そうだ、戦争なんて、さっさと終わらせてしまえば良いんだ。
そうだよな『切り札』はこういうタイミングで使わないと、だよな。