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第百四話

『激動』昨晩の動きを表すなら、これ以外の言葉が俺には思い浮かばなかった。

 まず、貴族達の最大派閥が、一夜にして瓦解した。


 神公国レンディアにおける、王族に次ぐ大貴族、その一角の当主の捕縛と家の断絶。

 貴族街全体を国の騎士団が制圧し、他家の意見や妨害を全て抑え込み、電撃的に決着をつけたのだ。


 その作戦は騎士団の中はもちろん、他の宮廷貴族にも知らされず、すべて秘密裏に行われてきた。

 そして、同時に――隣国ゴルダが、この事件に関わっていたという事実が、事態をさらに重くしていたのだった。






「……そうか。よく、我が国の騎士達を守ってくれた。捕らえた異世界の勇者候補達についてだが……其方の意見を尊重しよう」

「は。ありがたき幸せ。これで、俺のリンドブルムでの役目は一度終わりですね」

「ああ。しかし、捕えた人間と今一度会話が必要なのではないか? 既に、ある程度は話を聞けているが」

「……そうですね、最後に釘刺しくらいはしておきます」


 そして現在、一夜明けた俺は、王宮に呼び出され、ことの顛末を聞かされていた。

 ……無論、逃亡した二人についても。


「シズマ、逃亡した二人の行く当てに心当たりはあるか?」

「恐らくゴルダに戻ったのかと。他に協力者があの時屋敷にいたはずです。それについての尋問は行いましたか?」

「いや、まだだ。だから先にお前に話をしてもらいたい」

「そういうことでしたか。了解しました」

「……シズマ、この後はどうするつもりなのだ?」

「そうですね、話を聞いて、コクリさんに報告した後は……旅団に戻ります。セイムさんがそろそろ戻ってくるはずですから」


 一度、俺の出番は終わりだろう。あくまで表向きの話ではあるが。

 するとその時、この秘密裏の謁見に同席していたクレスさんが、おもむろに手をを上げた。


「クレス、どうしたのだ?」

「女王陛下、私からもシズマに発言、よろしいでしょうか?」

「許可する」


 む、クレスさんが俺に話?


「シズマ……お前もこの国に残ることは出来ないのか? これは変な意味ではないのだが……私はお前を騎士団に欲しいと思っている。お前はあの夜、私をも驚かせるほどの強さを見せ、そしてこちらの被害を最小限に抑える為、咄嗟に最善の選択をして見せた。まだ若干、独断専行にも近いきらいはあるが、私はお前にここに残って欲しいと強く思っている」


 うぐ……クレスさんまでそんなことを……。


「……すみません、俺は一カ所に留まることは出来ません。旅団に戻りたいと……思っています」

「そうか……そうかぁ……分かった、もう言わない。女王陛下、話の途中に申し訳ありませんでした」


 ……そう、クレスさん『まで』。

 もう一人、俺を欲しいと言ってくれた人がいた。

 その人について女王に訊ねる。


「キルクロウラーの皆さんはどうなりましたか?」

「……構成員の内、重傷者三名、軽症者七名。構成員に死亡者こそ出ていないが、アンダーサイドの住人の何人かは行方が分からないという状況だ」


 昨夜、騎士団がオールヘウス邸から撤収した後、アンダーサイドの見張りに合流すべく、リンドブルム内の随所にある出入口へと向かった。

 無論、俺もその中に参加していた。

 だが――アンダーサイド内で大規模な爆発が発生、リンドブルム外に抜け出すことが可能な程の大穴が出来てしまっていた。

 その際、哨戒中であったキルクロウラーが謎の人物達と交戦、少なくない被害が出てしまっていた。


「……目撃情報から察するに、恐らく二人は俺の同胞だと思います。ですが残り一人は……」

「うむ、こちらでも詳細は掴めていない。こちらについても、シズマがあの者達から引き出す情報に掛かっていると言える」

「なるほど……」


 俺は、イサカが連中の中で最強だとしても、キルクロウラーの面々には敵わないと踏んでいた。が、この被害から察するに、アイツらの協力者、背後には何か、とんでもない連中がついているのではないかと思えてならないのだ。


「では、至急連中との面会に向かいます。今は地下牢ですか?」

「いや、コクリの管理する研究院、そこの檻に監禁している」

「そうなんだ。例の魔物化した彼がいるだろう? 恐らく同じ処置を受けている子があの中にもいると思うんだ。人間の状態と比較して、あの魔物を解析しようと思ってね。ただでさえ『最悪処分してもいい異世界の勇者』なんて貴重な検体、そうそう手放せないよ」


 ……こりゃアイツらの命運も尽きたか? 下手したら死刑よりも辛い目に遭うかもしれないな。




 謁見を済ませると、俺はコクリさんに連れられ、話には何度も出てきている研究院へと案内された。

 城とは直接つながっていない施設らしく、敷地内に独立して建造されている、学園と同程度の規模の大きな建物だった。

 中に入ると、全ての職員がコクリさんにお辞儀をし、きびきびと中を移動して歩いていた。

 まさにエリートの研究施設って印象を受ける。


「彼らは私の個人研究所に隔離しているよ。一応、例の魔物もそこにいる。尤も、危険だから違う階層に隔離しているけれどね」

「随分と広いんですね、ここ」

「そうだね、かなり多岐にわたる分野を研究しているからね。部署によっては『新しいパンの開発』なんてこともしているよ。他にも最近では『遺伝子改良』っていう分野に力を入れてるね」

「おお……ちょっと興味惹かれますね」

「……正直言うとさ、クレスだけじゃないんだよ。君を欲しがっているのは私もさ。異世界の知識なんて、いくらあっても困らない。今私が監禁している勇者達だって、利用価値があるなら私がずっと飼っていたいくらいさ」

「……まぁ、利用価値があるうちなら好きにしていいんじゃないですか? ただ……歯向かったり逃げるようなら、すぐに処分出来るような仕掛けが必須だと思いますが」


 これは俺の忌憚のない意見だ。

 アイツらは、俺程ではないにしろ、確実に強くなる素養を秘めているのだから。

 ただ同時に、しっかりと導きさえすれば、踏み外しかけている道を正すことも出来るかもしれないとは思う。

 まぁ積極的に減刑の嘆願なんてするつもりはないけど。


「さぁ、入っておくれ。ここに『人』を通すなんて何年振りだろうね」


 ……俺は、ここから見えている檻に閉じ込められた元クラスメイトを見ながら、コクリさんの発言に恐怖を感じていた。

『人』だと思っていないんだ、連中のことを。凄いな……ここに来て、この人の異常性を知ることになるなんて。

 ……自分でも言ってたけど、綺麗なお姉さんなんだけどなぁ……。


「あの、檻の中で連中、めっちゃ口動かしてますけど、あれなんです?」

「ああ、声がこちらに聞こえないように魔法で遮断しているんだよ。会話が必要なんだろう? 今解除するよ」


 檻の中、俺を見るなり鉄格子に齧りつくように掴みかかるカズヌマとサミエ。

 ヒシダだけはどこか諦めた風に、こちらをただ見つめていた。

 コクリさんが何かの紋章に手を翳すと、檻からの声がこちらに届くようになった。


「シズマ! 助けてくれ! ここから出る為の交渉がしたいんだ!!!」

「出せって! もう悪いことしないから! 頼むよ! アタシら騙されてたんだって!」


 ……こりゃ煩いな。


「黙れ。お前らもう人権なんてないぞ。ここ、実験施設でお前らは実験体。バラしても実験材料にしても許されてる状態なんだよ」

「ヒッ!」

「そんな……」

「俺が今からする質問に全部答えろ。そしたらまぁ、お前らの利用価値をこの人に俺が提示するよ。でも、価値が無くなればいつでも殺せるように進言してある。お前等さ、マジで状況理解出来てないだろ、まだ」


 質問の内容を整理する。


『ゴルダでどんな話を聞いたのか』

『ムラキを含むお前達はどんな実験をされたのか』

『お前達のこの国における協力者は他にどんな人物がいるのか』

『オークションを襲撃した理由について』

『オールヘウスは何が目的でお前達に協力したのか』

『ゴルダ王の最終目的はなんなのか』

『ゴルダの背後にいる存在に心当たりはあるか』


 だいたい、こんなところだろうか?

 今リストアップした質問をこいつらにぶつけてみる。

 正直、全てに答えられるとは思っちゃいない。どうやら俺は、想像以上にこいつらの頭を疑っているようだ。


「実験って……なんの話だよ……! ムラキはどうなったのか教えてくれよ!」

「しらばっくれてるのか? お前等本当にあの国で何か特別なことしなかったのか?」

「知らない……知らない……」


 カズヌマが、知らないとだけ呟き続ける。すると――


「あれじゃないのかしら……男子だけが受けた『力を引き出す』ってヤツ……あれ、男子だけが受けていたわよね。女子は肉体的にまだ弱いから無理だって言われたの」


 ヒシダさんが、代わりに答えてくれた。


「なるほど、何かしたんだ。詳細はあとでこの人、コクリさんが聞くから答えるように。ちなみにこの人、この国でも上位層の強さの人だから、逆らわない方が良いよ」

「んー……まぁそうなるのかな? 大丈夫、有用なうちは処分はしないよ」


 いつもの調子で平然と語る。それが、より一層恐怖を煽る。


「他の質問の答えは? ヒシダさん答える? この二人よりは受け答えが出来そうだし」

「……そうね、現状私達が生き残る方法は有用性を証明することだけ……なのよね」


 すると、ヒシダさんは想像以上に多くを語り始めた。


「私達がまず、焦土の渓谷で他の冒険者にダンジョンコアを出し抜かれた件について。それを私達は国王に隠していました。けど、それがバレ、国王は私達にある話をしました」


 どうやら、国王はこいつらを奮起させる為、デタラメを語ったようだった。

 皆は奮起したそうだが、ヒシダさんだけは何かワザとらしいものを感じたらしく、今日までその話を覚えていたそうだ。

 話を聞いている最中、コクリさんが何度も笑っていたので、よほど事実と異なる話だったのだろう。

 が、同時に――


「んー、少し気になる部分もあったかな。ゴルダは何故……一部とはいえダンジョンの活用方法を知っていたのかな? あれはこの国が過去に解析して突き止めた秘法中の秘法。それを『ダンジョンを踏破した経験のない国』が何故知っていたのか、不思議だね」

「なるほど……なら、やはりゴルダの背後には何者かがいる、ということでしょうか」

「そうかもしれないね。さぁ、ヒシダだったかな? 続けてくれるかい?」


 コクリさんが少しはヒシダさんの有用性を認めたのか、名前を呼び続きを促した。

 次の話は……どうやら、俺が求めていた答えの一つのようだった。


「オールヘウス侯爵は……ある協力者の紳士に敬意を示していました。たぶん、立場が上の人だったんだと思います」

「へぇ……ならある程度の力を持つ組織が背後に控えていた可能性があるね。その人のことはゴルダでも見かけたのかな?」

「はい。男子が受けた『力を引き出す処置』を行う際に、向こうで初めて見た人でしたから」

「ほう……なら、この術式にも関わっていそうだ。……そうか、私達の国で起きた一連の事件……もしかしたら全てに関わっているかもしれないね」


 そう、コクリさんが締めくくる。


「とりあえず今後の処遇を決めたよ。ヒシダ、君からはまだ得られる情報が多そうだからここに残留させる。そこの男の子は、恐らく『魔物になっちゃった子』と同じ処置が施されているだろうからね、比較検証の為にここに残すよ」

「魔物……!? ムラキは……本当に魔物になっちゃったんですか……!」

「そうだね。だから比較検証をして、術の正体が分かれば、元に戻すことも出来るかもしれない。この変容の術に関しては元々解析中だったからね、是非調べたい」

「……ムラキが、シゲルが元に戻れるかもしれないなら……協力は惜しみません」


 少なくとも、この二人は利用価値あり、とコクリさんは判断したようだった。

 問題はコイツ、サミエだ。

 ここまで、話を理解していないのか、ただ黙って聞いているだけだった。


「彼女は何か秀でていることはあるかい? シズマ君」

「いや、知らないですね。その二人に聞いた方が良いんじゃないですか」


 俺が話を振ると、二人は露骨に目を逸らした。

 ……おい、なんかないのか。


「ム、ムードメイカーなんだ、サミエは」

「そうね、とりあえず明るくしてくれる」

「……話にならないね。君、自分のことだよ? 何かアピールする点はないのかな?」


 なんか可哀そうだな、コイツ。

 そうか、お前はただのにぎやかしか。

 そういや、屋敷で願い事をする時ですら、適当な調子だったしな。

 ……この命が掛かっている場面で、こいつは逆に何も話さない方が良いんじゃないのか?


「あ、あ! アタシの方役に立つよマジ! そいつ! シズマとかアタシらのこと裏切って逃げるようなヤツですよ! 絶対アタシらの方が役立ちますって!! だから――」


 次の瞬間、コクリさんは紋章に手を触れ、檻から聞こえてくる音声を完全にシャットアウトした。


「シズマ君、あれは処分しておくよ」

「了解。出来れば他の二人に見えるところで見せしめにしてください。たぶん、まだ根っこの部分では事の重大さが理解出来てないでしょうから」


 ……馬鹿って大変だな。こういう場面でそのまま死に向かうなんて。

 そうして俺はこの救いようのない元クラスメイトと、まだ救いの目がありそうな元クラスメイトの前から立ち去るのだった。


「コクリさん、今聞いた情報の女王への報告、よろしくお願いしますね。俺はこのまま旅団に戻ります。セイムさんを……呼んできます」

「ん……了解。なら、なるべく早く戻るように言ってくれるかな。近々、ちょっとした集まりがあるんだ。出来れば三日以内に戻って欲しい」

「分かりました、そう伝えておきます」


 これで、今度こそ俺の、シズマのリンドブルムでの役目が終わったのであった。

(´・ω・`)書籍化作業に入ったので、近々更新が週一ペースに落ちるかもしれません。

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