第百三話
「ゲイルブレイク」
対話はな、対等な相手とするもんなんだ。
姿を見た瞬間俺が放った攻撃は、カズヌマを両断することはなかった。
だが、一撃で床に這いつくばらせることは出来たようだ。
「抵抗するな口を閉じろ。お前は他国のテロリストであり本来ならここで殺しても問題がない。俺が出てきたのはな、せめて弁明と会話の機会を与える為、同胞である俺が直接捕らえると国に約束したからなんだよ」
嘘を並べる。嘘の恩義を感じさせる。圧倒的な力の差を見せつけられ、生殺与奪の権利を俺が握っている以上、もう抵抗の意思はこいつに残されていないだろう。
「クレス団長、一名確保です。こいつは連中の中では最も打たれ強いという話です。拘束し、抵抗するようならある程度痛めつけても問題ないかと」
「……分かった」
ならば、もう一度。
「カズヌマはもうボロ雑巾にしてやったぞ! 残ってるなら出てこい! 殺さないでいてやるからよぉ!!!! 今から騎士団が捜索に入るからなぁ? そこで見つかったらもうお情けはなしだ!! 晒して侵して凌辱して! 二度と笑えねぇようにしてやるからなぁ!!!!」
流石に言い過ぎ!!!!! クリムゾンハウルなんか絶好調過ぎない!?
だが、この言葉が効いたのか、屋敷の奥からヒシダさんとサミエさんが現れた。
「本当にシズマ君なの……?」
「発言しない方がいいね。テロリストなんだよ、君達」
「っ!」
「は!? 調子こきすぎだろお前! 裏切り陰キャが――」
ギャルが馬鹿だなんて偏見だと思っていたけれど、どうやらコイツに限っては本当みたいだ。
俺が動くまでもなく、反抗的な態度を取るサミエが騎士に拘束される。
ヒシダさんはまだ冷静なのか、大人しく騎士に両手を差し出し、手枷をはめられていた。
「全員を拘束してください。そこに倒れている男にも。ヒシダさん、発言を許可するよ、イサカとイナミは逃げたんだね? 地下に」
「……ええ。知っていたんだ、地下に通じているって」
「そりゃね。あらかじめ言っておくけど、俺は減刑の嘆願なんてしない。選んだのは君達なんだ」
「っ!」
「マジで調子のんなよ! 裏切者! クラスメイトを売ってんじゃねぇよ!」
「騎士さん、その煩いの逃げ足は速いらしいんで――」
剣を振り抜く。
正確に、地面に取り押さえられているサミエの右足のアキレス腱を浅く切り裂く。
「これ、ポーションです。牢獄にでも入れてから飲ませてやってください」
「あああああああああああああ!!!! イダイイダイ!!! なにすんだでめえ!」
「お前さ……死ななきゃ治らない? お前もう地球で言うところの死刑囚みたいなもんなんだよ。弁護士も裁判もない、そのまま殺されても文句も言えないし誰も助けようともしない立場な訳」
喚くサミエにもう一度剣を突きつける。
実際に命の危機が、肉体的痛みが自分に降りかかり、ようやく事の重大さを理解しだのだろう。
涙を流しながら必死に首を縦に振る。
「クレス団長、俺は地下に向かいます。残り二人、そいつらはたぶんこの三人より強いはずです」
「……分かった。どうやらお前以上の適任はいないようだ。……こちらの被害を抑えてくれたこと、感謝する」
「我儘を聞いてくださった恩返しです。では、行ってきます」
地下に向かったのは、イサカとイナミの二人だろう。
戦力的に最も強いであろう二人を逃がすのは戦略的に正解ではある。
……これまで地下から外に出入りしていたのは誰だ? メルトが目撃した怪しい人間、恐らくクラスメイトの誰かだろう。
「地下からアンダーサイドに向かうルートを知ってるのは誰だ? 案内しろ」
「……私が出入りしてたわ」
「じゃあ先導して。逃げようとしたら即座に首を落とす」
「……分かった」
ヒシダさんの言葉を信じ、屋敷内を先導させる。
地下へ続く階段を幾つか降りると、そこは簡易的な地下牢が設置されており、ヒシダさんはそのまま地下牢の一番奥の部屋、物置部屋に案内してくれた。
だが――
「嘘!? なんでそんな……!」
「……完全に破壊されているね。残った仲間が後から逃げてくるとは万一にも考えなかったんだ。イサカの案かイナミの案か。どっちだろうね?」
「……ねぇ、シズマ君。聞いていい?」
「余計な口を開くなって言いたいところだけど、いいよ。何を聞きたい?」
「……私達を呼び出す為の挑発。あの内容について」
「謝らないよ? 本来なら全員殺すつもりなんだから。死ぬ人間に何言っても別に良いでしょ?」
完全に、心が何も感じなくなっていた。
少なくとも元クラスメイトについては、もう微塵も特別な感情が湧かない。
たぶん、殺意すら本当は湧いていないのだと思う。ただあるのは『危険因子を排除しなければ』という感情だけだった。
「……そうじゃなくて、イナミさんについて」
「ん? ああ、俺が騙された話?」
「そう、それ。……私達、あの森の屋敷で突然、イナミさんに懇願されて、途中で願い事をすることにしたの『今すぐ外に出たい』って『こんな恐ろしい場所にもういたくない』って。でも、シズマ君だけは頑なに外に出るのを拒否したって聞かされていたわ」
「へえ、そうだったんだ。俺は逆に『時間ギリギリまで考えよう』ってイナミさんに言われたよ、わざわざ部屋まで来てさ」
「……そう」
「今更どんな経緯があったかなんて関係ないよ。あの二人は危険因子。後を追えないにしても、アンダーサイドにも既に監視の目は行き届いているはず。見つけ次第処刑だよ、あの二人は」
「……私達も?」
「さぁ? 精々国の人間に懇願しな。有用なら利用価値はあるだろうし、無能だったり反抗の意思があれば処刑するように俺が進言する」
そう、これはあくまで国の……いや、この国で暮らす俺とメルトの為の提案だ。
あの二人を含む召喚された存在は、確実に俺ほどではないにしろ、強くなる可能性がある存在だ。
なら、今のうちに殺しておく方が後腐れがない。
「……戻るよ。騎士に連行してもらう」
「分かったわ」
地下へ続く道が完全に塞がれている以上、ここで俺が強引な方法で突破するのは避けた方がいいだろうな。
それに正直、キルクロウラーと遭遇してあの二人が無事でいられるとも思えない。
……けど、恐らく他に協力者くらいいるだろうな。
少なくとも『この国に来てからの協力者』がオールヘウス侯爵なら、この国に入る為に協力した人間が他にいるはずなのだから――
シズマが地下の隠し通路を確認し、それが潰されていたことを知ったその頃。
その隠し通路を潰した『本人』は、二人の生徒に問い詰められていた。
「どうしてあそこを潰したんです! 仲間が合流出来たかもしれないのに!」
「誰か追ってくると……私達の仲間が負けると思ったんですか?」
「ええ、そうです。どうやら向こうにも『貴方達と同じ異世界の勇者候補』がいるようでしたので」
それは、これまで何度も生徒達の前に姿を現していた、謎多き紳士の協力者だった。
オールヘウス侯爵が逆らえない相手。恐らく今回の事件の首謀者に近い人物。
故にこれ以上は強く言えない二人だった。
「それにしても……いや恐ろしく強い青年でしたよ。君達もあれくらい強ければ心配せずともよかったのですけれども」
「な……シズマ君がそんなに強く……?」
「嘘……なんで……」
その言葉に、イサカは歯噛みし、イナミは焦りを顔ににじませる。
「これは私も貧乏くじを引かされたのかもしれませんね。ああ、でもご安心ください。しっかり貴方達を逃がしてあげますよ。それだけではありません……貴方達をここに連れて来たもう一つの目的……ダンジョンコアの欠片も見つけておきましたから。どうしますか? 逃げるのを優先しますか? それとも欠片の回収に向かいますか?」
それは半ば誘導だった。
自分達を外れだと、使えないと暗に仄めかした男がぶら下げた餌なのだ。
『汚名返上』の機会をチラつかせているに過ぎないのだ。
『自分の意思で回収を選んだ』という、事実が欲しいが為に。
「地下のどこかにあるっていう話でしたよね。見つけたなら、回収に行きます」
「それは喜ばしい。ですが、現在アンダーサイド内も警戒態勢に移行しています。出来るだけ手早く済ませたいですね」
「イナミさん、どうする? イナミさんだけでも先に脱出するならそれもありだよ」
「ううん! 私も行く! ……みんなが犠牲になったんだもん……出来ることはここでしておきたいから!」
そのイナミの返答を聞き、紳士は歪んだ笑みを浮かべる。
だがそれは『予定通り事が運んだから』ではない。
『酷く醜悪な考えを持つ人間を見つけたから』。
「ふふふ……いやこれは中々。ええ、そうですね。みんな『犠牲』になりましたからね。その犠牲に報いる必要がありますからね」
何故、イナミがこれほどまでに乗り気なのか。
何故、この危機的状況にも関わらず、冷静でいられるのか。
答えは簡単だ。
「行こう、イサカ君! 私達なら……きっと出来るよ!」
「ああ、そうだね。案内、お願いできますか? ええと……」
「名乗るのが遅れてしまいましたか。私『フース・ファン』と申します。ゴルダ国王とは旧知の仲、ちょっとした友人です」
「なるほど……ファンさん、ダンジョンコアの欠片への案内、お願いします」
「ええ、勿論。私の指示に従ってください。今のアンダーサイドはとても危険ですから」
そう、簡単は話なのだ。
イナミは、この世界に来てから今この瞬間に至るまで『全て壮大な物語の一部であり、自分がその主人公、ないしはヒロイン』だと思っているから。
彼女の思い描くシナリオに『友達でも何でもない目立たないクラスメイト』なんてものは必要ないし、危機的状況に陥ったとしても『ヒロインである自分の為に他のわき役が犠牲になるのは自然な流れ』であると考えているから。
彼女は最初から最後まで『自分に都合の良い物語に不要な存在』を切り捨て、常に自分は『物語の中で劇的に見えるように立ち回っている』つもりでしかなかったのだ。
故に、悲しいふりをすることも出来る。
親切に振舞うクラスメイトのふりも出来る。
一番強そうな人間のヒロインとして立ち回ることも出来るのだ。
故に、紳士は笑う。この得体の知れない協力者であるフース・ファンは嗤うのだ。
『思わぬ拾い物をしたかもしれない』と。
アンダーサイドはリンドブルム建築初期の時代から存在する、隠された区画。
それ故に時代の影に隠れていたもの、闇に葬られたものが幾つも存在し、積み重なっていた。
表の都市が発展すればする程、積み重なるものが増えていく。
隠されたものが見つかり難くなっていく。
それは例えば、遥か未来に訪れるであろう、次なる危機に備えた秘宝であったり。
「アンダーサイドに来たのは二度目ですが、こんな地下深くまで続いていたんですね」
「ええ、この区画は最近になって見つかりまして。少々人工ダンジョンに『細工』をしましてね、ダンジョンコアの欠片が見つかり易いようにこちらでも手を打っていたのですよ」
「あの、さっき上の方で警備をしていた人達がいましたけど……コアの欠片を手に入れた後、あの包囲網を抜けて逃げないといけないんですよね……?」
「ご安心ください。コアの欠片は、同時に凄まじい力を持ち主に宿します。上にいた連中程度、その力があれば退けるのは容易いでしょう」
「本当ですか!? イナミさん、もし欠片の力を得られるのが一人だけなら……僕が貰っても良いかな。僕は強くならないといけないんだ……国王の為にも、そして他のみんなの為にも。『あんな卑劣なことを口走る恥さらし』に負ける訳にはいかないんだよ」
「うん! 酷いよね……シズマ君。『あんなデタラメばかり言ってみんなを挑発して』」
「そうだね。いずれ……決着はつけるよ」
少しずつ、進んで行く。目的地へと、欠片へと、破滅へと。
既に結末が見えているのか、ファンはよりいっそう愉悦の笑みを浮かべ、先導する。
歴史の闇が積み重なる地、コアの欠片が奉納されたその場所へと。
欠片を失い、人工ダンジョンを維持できなくなり弱体化する神公国レンディアを想像しながら。
自分達の最終目標の為、都合の良い手駒を手に入れられると期待しながら。
ただ地下深くへと向かうのだった。
やがて、終局が訪れる。
地下深く、都市の基礎ともまた違う、不思議な建築物にファンは入っていく。
一見すると石造りの神殿にも見える、この場に似つかわしくない、どこか神聖さを感じさせつつも、禁断の地を思わせる忌避感を滲ませるその場所へと。
「ここが、古の王がダンジョンコアの欠片を安置し、大地の力の一部を制御下に置いた場所です。どうやらここは人の手によって作られた場所ではないそうですよ。何か高次元の……我々如きでは理解の及ばない存在が、この地に残した遺産なのでしょうね」
ファンは、どこか畏怖と畏敬の念を滲ませながら、この地をそう評した。
異なる文明、さしずめ旧文明の遺跡といったところだろうか。
イサカとイナミの二人は、ファンに続き遺跡へと踏み入る。
「こんな地下深くに遺跡があるなんて……よく見つけられましたね」
「先程も言いましたが、欠片の力で生み出されている人工のダンジョンに少々仕掛けを施したのですよ。密接に繋がっている以上、片方の異常はもう片方の異常に繋がる。そうして探し当てたのですよ。そちらでも探っていたようですが、少々効率が悪かった。努力は否定しませんがね。中々良い線までいっていた」
「そうか……ヒシダさんと侯爵が探っていた……」
「あの、この奥にある欠片で、イサカくんは強くなれるんですか?」
「ええ、なれますとも。貴方は『強大な器』をその身に宿し、そこに数多の力を取り込み、全てを凌駕する存在へと成長することでしょう」
まるで甘美な音色の如く、ファンの言葉がイサカの耳に入り込み、顔を上気させる。
イサカは元々求めていたのだ『最強』という称号を。
そうでなければ思いつかない、頼まない願いを口にしたのだから。
故に、現状を不満に思い、そして小馬鹿にするような挑発をしたシズマに対し、深い怒りを宿していたのだった。
仄暗い感情、喜びがイサカの表情を歪める。
「……今度こそ、最強になるんだ。誰にも邪魔されない……使命を全うする力を手に入れる」
「うん! 私も、負けないように頑張る! 魔法、沢山練習するからね」
「ああ! もし強くなれたら、このままみんなを助けに戻るって言うのはどうです? ファンさん」
「それは止めた方が良いでしょう。あくまで『強大な器』が手に入るだけです。それを満たすには……いろいろと時間が掛かりますからね。ですが、すぐにその器を満たす方法も存在します。今は私の指示に従ってください、いずれ貴方は最強へと至り、そして友を救い出すことも、立ちはだかる相手を打ち倒すことも必ず出来ますから」
語りながら辿り着いた遺跡の深部。
そこには、確かに安置されていた。
石と機械の混ざる台座に、確かにソレは存在していた。
赤い赤い、美しくも蠱惑的な輝きを放ち続ける天然のダンジョンコア、その欠片が。
それは、欠片と言うよりも『半身』と呼んだ方が相応しいのかもしれない。
握り拳の半分程はある欠片に向かい、ファンは手を伸ばす。
だが――
「っ! やはり私では無理ですか」
伸ばした手が、赤い稲妻により弾かれる。
まるで焼け焦げたかのような煙を手の平から立ち昇らせながら、どこか嬉しそうに欠片を見つめるファン。
「大丈夫ですか!?」
「ええ、問題ありません。……なるほど、やはり私程度では触れられませんか。いやはや……やはり予定通りこうするしかないようですね!」
駆け寄ってきたイサカの腕を、ファンは強くつかみ、そして力任せに投げ飛ばす。
ダンジョンコアの欠片が安置されている、その台座へと。
想像以上の怪力で投げ飛ばされたイサカは、弧を描き台座の上へと落下する。
「うわあ! あああああ! ああああああ!! ギャアアアアアアア!!!」
触れるだけで稲妻で手を焼こうとするコア。
その真上に、イサカが胸でコアを押しつぶすかのように倒れ込む。
断末魔にも聞こえる絶叫を上げ、全身を痙攣させる。
同級生の恐ろしい叫び声を目の前で聞き、そしてそれを行った人間が嬉しそうに笑う姿に恐怖し、イナミは腰を抜かす。
「な、なんてことを!!!!」
「いいから見ていなさい。異世界の勇者が、これくらいで死ぬものですか。ほら、御覧なさい」
絶叫を台座の上で揚げ続けるイサカ。
その様子はまるで、生贄の台座。
生贄の台座で生贄が苦しみのたうち回っているかのような様相。
だが――声が、止む。
それは決して『命尽きたから』ではなく、まるで『峠を越え適応した』かのように。
「ほーら……どうですイサカくん? 気分はよろしいですか?」
「ア……アァ……」
「本来なら一番適性の高かった彼……ムラキくんが良かったのですが、君も次いで高い数値を出していましたからね。さぁ……起きてください、イサカイオリくん」
うつ伏せの状態から、のろのろと起き上がるイサカ。
その様子はまるで、ゾンビのようだと見ていたイナミは思った。
恐怖。クラスメイトに恐怖していた。
今の今まで普通に接していたはずなのに、まるで知らない生き物、化け物にでも変貌したかのような動きに、流石のイナミも余裕をなくす。
「コ……れは……?」
「貴方にコアが宿ったのですよ! これで貴方は器となった! 大地の力も、命失った者達の力も! 全て貴方に流れ込む! 至りますよ、貴方。最強に、その先に、人類の限界の向こう側に」
起き上がったイサカは、自分の胸の中心に食い込み埋まり、まるで寄生しているかのように同化しつつある赤い宝石を指で撫でる。
異形、異様、本来であれば忌避感を抱いてもおかしくはない変化。
だが、それなのに、それだのに、笑っていた。
「そうだ……! 僕は、人間を超えた! ファンさん……! ありがとうございます!」
「どういたしまして。では……今は引きましょう。私達の王の元へ。安心してくださいイサカくん『すぐに大勢の人間の力が吸収出来る』ようなイベントが起きますよ」
「それは……楽しみです!」
その言葉が何を意味しているのか。
だがこの日、一人の『人ならざる脅威』が生まれたのだけは確かだった。
『自分で考えることを放棄し、夢想に囚われ、力を求め続けた者の慣れの果て』。
それは、一つ踏み間違えれば、シズマも辿っていたかもしれない破滅への道。
別たれた二人、否三人の道は、近づきつつも、今再び別たれる。
三人は姿を消す。その圧倒的な器の力により、多くの魂を喰らいながら――