第九話 作戦に向けて
『アストライア護衛事務所』
今朝はなかった表札が事務所のドアにかかっていた。
「護衛事務所?」
「民間の護衛会社に偽装することで、同業者にはバレにくく、違法な様子もなく、一般の依頼を受けれるようにしているんです」
なるほど…そりゃ確かに殺し屋なんて表立って言うわけにはいかないよな…
「さて、順序が逆になってしまったけれど、今回の依頼内容と任務について説明するわよ」
初登校日の夜、夕食を済ませてから事務所に帰って来た俺とレイナを前に、天宮はタバコを吸いながら話し始める。
「依頼人は坂城チサ。里神高校の常勤教師で、担当教科は英会話と体育」
「私のクラスの担任でもあります」
そうか、勝手に生徒をイメージしていたが、依頼人は教師だったのか。
「ていうか、坂城って…」
「はい。シンタロウのクラスメイトである坂城ヒロの実の姉です」
「じゃあハヤテは、友達の姉を殺そうとしてるってことか?」
「そういうことになるわね」
「私の『運命の輪』が予知した未来。里神高校・佐久間ハヤテ・不幸。この三つのキーワードが示すのはおそらく、彼が校内で依頼人の殺害を目論んでいるであろうことです」
「なるほど。それで敵がハヤテだってことか…」
レイナの未来予知のシステム。正直あまり使い勝手のいいものとは思えない。正確さだって曖昧だ。
「確かに。シンタロウくんの思うことも最もね。レイナが予知できるのは場所、人物、そしてその事象が我々にとって幸運なものか、あるいは不幸なものなのか。それ以上の明確な事象が予知できない以上、不確定要素は私たちの解釈にすぎない。今回の事例に当てはめるなら、佐久間ハヤテが校内で私たちにとって厄介なことをしでかすのは間違いない。けれど、それがこの依頼と直接関係するかどうかは不明。と、いうのが現状よ」
「な、なるほど…」
俺が懸念している部分を的確に…
「それで、肝心の依頼人、坂城チサはどこにいるんだ?護衛しなくていいのかよ」
「彼女なら、今日からここに…」
天宮が言いかけたところで、脱衣所の引き戸が勢いよく開いた。
モワッという熱気と共に現れたのは…
「いやぁーー!いい湯だったぁー!悪りぃな、一番湯もらっちまってっ…て…お!お前かぁもう一人の転校生!結構イケメンじゃねーか!」
「パブリックスペースで裸体を晒すなんて、一体どういう教育を受けてきたのかしら?」
「とても教職者の姿とは思えませんね」
「べっつにいいだろぉ減るもんでもねぇんだからよ!お?おいおいなぁに顔赤くしてんだよ!もしかして初めてか?どうだ?大人の女性の身体は。結構でけーだろ!」
言葉を失った俺に、これ見よがしに胸を見せつけてくる。
「あれ、おーい聞こえてるかぁ?ったく、ちっと刺激が強すぎたか?」
「シンタロウ、固まってますね」
「案外こっち系は弱いのかしら?」
「うっるさいなぁ!いいからとっとと着てくれ!」
「わーったよ!ったくしょうがねーなぁ」
まったくいきなり裸とか意味わかんねーよ。
にしても、こんなめちゃくちゃな女がヒロの姉って…
一体どうやったらここまで差がつくんだ?
弟のヒロはあんなに礼儀正しくて紳士的なのに…
「うーっし、おめーがうるさいから着たぞー」
「お、おう…って、上だけじゃねーか!下も下着以外にもなんか履け!」
「これくらいいーだろ?家ではこうするって決めてんだよ」
「あんた、教師なんだろ?よく生徒の前でそんな姿見せられるな」
「あ?お前らは生徒のふりした私の護衛だろ?それに、長い付き合いになるかもしれない。自然体は早いうちに晒しとくべき。じゃないと窮屈で仕方ねーだろ?」
確かに、彼女の言うことは一理ある…のか?
「さて。全員集まったことだし、改めて、依頼内容と今後のスケジュールについて共有するわよ」
意識を向けさせるためにパンッと一度手を叩いた天宮の言葉を聞いて、俺たちは二つ置かれたソファにそれぞれ腰掛けた。
「里神高校教師、坂城チサ26歳。住まいは高校付近のアパート一人暮らし。自宅ポストに投函された殺害予告をキッカケに今回の身辺警護を依頼」
「殺害予告?それなら警察に行けばいいじゃないか」
「それができんならとっくにそうしてるっつーの」
呆れたような、気の抜けたような口調で語る坂城。
「とにかく、犯人を見つけるまでは私を護衛してもらうからな」
犯人を見つける…?
「彼女の依頼内容だけだと犯人の特定は厳しい…けれど、今回はレイナの情報が頼りね」
「お?早速犯人の情報でも掴んできてくれたのかぁ?」
「はい。我々独自のルートで調査を行った結果、現状最も怪しい人物と、襲われる可能性のある場所の特定ができました」
「ぅおお!すげーじゃねぇか!で、誰なんだよ!私を殺そうなんていうやつは」
「まだ確定ではありませんが、現状最も可能性があるのは佐久間ハヤテです」
「佐久間って…確かうちのヒロのクラスにいたっけか…?」
「はい。佐久間ハヤテはあなたの弟、坂城ヒロのクラスメイトです」
「そいつが私に殺害予告を出したのか?」
「まだ決まったわけではありませんが…可能性は高いです」
「だから、レイナとシンタロウくんを高校に潜入させたのよ。あなたの依頼は犯人の特定とその対処。ともあれば犯人を炙り出すためにもあなたが学校を休んで引きこもるって訳にも行かないでしょ?」
なんとなくだが話が見えてきた。
ここで俺は感じた疑問を素直に口にする。
「なぁ。護衛するにしても生徒の立場の俺たち二人だけじゃ限度があるんじゃないか?」
「その通り。だから私は教育実習生として明日から潜入する。正直、シンタロウくんとレイナの担う役割は飽くまで保険的なもので、基本的には私が彼女の近くで護衛を行う形になるでしょうね。もちろん、教育実習生のふりをしながらね」
「しかしボス、犯人の立場になって考えてみると、殺害予告を出した途端に転校生と教育実習生が来るというのは、流石にあからさまというか、バレてしまう心配はないのですか?」
確かに、依頼人が明日以降も身を隠さずに出勤を続けるのは犯人を早急に誘き出すため。それなのに警護が堅いことを悟られてしまっては意味がない。むしろ逆効果だ。
そんな俺たちの不安げな顔を見て僅かに口角を上げた天宮は、犯人を誘き出すための作戦を俺たちに伝えた。
結局、天宮もレイナも最後まで能力については触れなかった。
つまりは表向きには民間の警護会社として、殺し屋や異能に関しては一般人には口外しないというのが方針なのだろう。
「じゃあ私は先に寝るぞ」
作戦の概要を聞き終えると坂城チサは寝室へと向かった。
「天宮たちはしばらくここに住むのか?」
新しい事務所は最初の殺風景な事務所とは一変して、至って普通のマンションの一室。しかもかなり広い。
「ええ。シンタロウくんも一緒よ」
「冗談だろ?俺は昨日みたいに外泊させてもらうつもりだったんだが…?」
「ホテル代だってバカにならないんですよ?それもシンタロウ一人のためになんて…」
「手伝う見返りに衣食住の保証をするって言ったのはそっちだろ?第一、会ったばかりの男女で共同生活なんて、お互い慣れないだろ?」
「私は別に問題ないわ。レイナは?」
「任務のため、仕方のないことです」
「依頼人からも許可はとってあるわ。それに、私たちと出会ってまだ二日しか経ってないのに、ここまで順応できているあなたなら、きっとこの生活になってすぐに慣れるわよ」
そうか、確かにまだ二日目なのか。
記憶をなくして目覚めて、殺し屋に出会って、戦って、生き延びて、任務を遂行して、これでまだ二日目…
「わかった。どのみち作戦がうまくいけば、それまでの共同生活。この任務が終わればまた話は変わってくる。そういう認識でいいんだよな?」
「それはこの任務の結果次第ね」
YESともNOともとれない返答。はっきりさせて欲しいところだが今はとにかく目の前の仕事を片付けるしかないのだろう。
「しかしそうは言っても、草薙との戦いを生き残れたとはいえ、今後もあんなのが続くのか?だとすると俺には自信がないぞ…」
異能なしでプロの殺し屋達と戦っていくなんて、流石に厳しい話だ。
「何言ってるのよ。あなたには変幻弾があるじゃない」
変幻弾。草薙との戦いで俺が天宮から渡された拳銃。そこに込められていた特殊な弾丸のことだ。
天宮の『魔術師』の能力が込められた特殊な弾丸で、使用者のイメージや需要に強く反応して自在に姿形を変える。
「あれを正しく使うことができるあなたなら、他の殺し屋達と戦ったって遅れをとることはないはずよ」
「あの時はたまたまだ。そもそも草薙が正面切って突っ込んでくるタイプの相手だったからこそ通用しただけで、殺し屋ってのは本来闇討ちが基本なんだろ?そんな相手に対して素人の俺があれを使えたところで、あっという間に不意を突かれて終わりだ」
そもそも戦力として自分は不十分であることを訴える。
「それは私も同意見です。先の戦いでは確かに勝利に貢献しましたが、素人のシンタロウが前線に出るのは無謀です。裏方やサポート、せいぜいいっても囮が精一杯ではないでしょうか?」
それはそれで嫌だが…
「まぁ、そこの判断はこの任務を通して考えていくことにしましょう。大丈夫よ、今回の任務、依頼人の一番近くにいるのは基本的に私。仮に戦闘になったとして、シンタロウくんに直接的な身の危険が差し迫っても、私が対処するわ」
「それを信じろと?」
「あなたは前だけ向いて戦ってくれればそれで結構よ。それに、前回の『審判』との戦いにおいてあなたが見せた観察眼や推理力。私が期待しているのは何も戦闘面に限った話だけじゃないのよ?」
あの時、草薙の復活能力を止めた俺の閃きを随分と高く買っているようだ。
頑なに俺の実力不足を認めてくれない天宮。これ以上の説得は無意味かもしれないな。
「あまり期待はしないでくれよ?」
俺の返答を聞いて満足そうな顔をした天宮は、着ていたジャケットをハンガーにかけるとそのままバスルームへと向かった。
「変なことは考えないようにしてくださいよ?」
レイナが鋭い目つきで釘を刺してくる。
万が一にも下手なことをした日には間違いなく殺されそうだ。
「俺は紳士だ」
「そうあっていただけると嬉しいですね」
やがて聞こえてくるシャワーの音。
それがこの部屋の静けさを際立たせた。
これから数日間は一緒に暮らすことが決まったんだ。レイナのこと、もっと知っておくべきだろう。
俺はいくつか気になっていたことを聞いてみることにした。
「なぁレイナ。今着てる制服、それ女子生徒用のだよな?ってことは、ぶっちゃけレイナはやっぱり女性っていう認識でいいのか?」
そう。地味に最初からずっと気になっていた。カフェで初対面した時の彼女の自己紹介。レイナは性別に関してはトップシークレットだと言っていた。しかし言動や背格好、顔立ちに声質、髪型などその全てが女性的な特徴に該当している。
秘密にしていたいと言う以上はデリケートな話題である可能性も高いが、共に生活していく以上、そういった認識は明確にしておかないと俺の配慮の仕方も変わってくる。
「それは以前も言いましたが秘密です」
「そ、そうか。けど、やっぱり共同生活するとなると俺も女性には気を遣わないと行けない場面が多くてな」
「そう言うことでしたら、私にはボスや依頼人と同じ対応で結構です」
「わかった。だったら今後も俺はレイナのことを、飽くまで女性として接する」
その言葉に対してレイナは頷くわけでもなく、ただ目線を手元のスマートフォンへと落とすのみだった。
少し、気を悪くさせてしまっただろうか。
「シンタロウ」
顔をこちらに向けることなく、スマートフォンを操作しながらレイナは俺に警告した。
「私はボスに絶対忠誠を誓っています。何があってもボスを裏切ることはありません」
「お、おう」
「ボスの身に危険が迫った時は時は私が全力をもってお守りします」
そしてレイナは目線だけをこちらに向ける。
「万が一シンタロウがボスを狙うようなことがあった場合、私は躊躇なくあなたを殺します」
凍りついた空気の中、再びシャワーの音だけがこの部屋に響いていた。
狙う、というのが恋愛的な意味ではないことはレイナの口振からもわかっていた。
俺が天宮の命を狙う…?
そんなことあるわけがない。
…だって俺は…
…………
ダメだ。今少しだけ、何かを思い出せるような気がした。
けど、やっぱり何も思い出せない。
いや、ふと感じたこの懐かしさは、もしかしたらやっぱり、何か関係があるのかもしれない。




