第二話 人を救う殺し屋
「どう?」
人を殺したというのに、彼女の態度は変わらなかった。
「俺も殺されるのか?」
「ええ。そうよ」
そう言って、今度は俺の方に銃口を向けてきた。
「なんてね、冗談よ。」
そして嗜虐的な笑みを見せながら銃を下ろす。
「わからない。お前が見せたかったものってのはまさか、これのことなのか?」
「そうよ」
狂ってる。何もかもおかしい。なんで殺した、なんでこの女は表情ひとつ変えずに人を殺せた?そして何故俺にこれを見せた?
「初めてじゃないからよ」
「え?」
「初めて殺したわけじゃないのよ。今まで何人も殺してきた。数えきれないほどにね」
まただ。こいつはいつも、俺の思考を読んでくる。
「逃げたかったら逃げればいいわ」
そうしたいのは山々だ。実際さっきは逃げようとした。けど扉はなかった。あったはずの扉が…
しかし、振り返ってもう一度確認してみると、そこには扉があった。あったはずの扉が消えて、それが今はまた出現していた。
「逃げないの?」
もちろん逃げたい。目の前の扉を開けば、すぐに外へ逃げ出せる。しかし、それ以上に知りたいと思った。
恐怖心よりも好奇心が勝ってしまった。
俺を連れてきた理由、彼女の態度のわけ、その正体。
気になることが多すぎる。
「あなた、人を殺したことはあるかしら?」
「は?あるわけないだろ」
唐突に意味不明な質問をしてきやがった。
「目の前で人が殺された。普通ならもう少し取り乱してもいいはずよ。なのにその落ち着きよう、さっきは一瞬驚いていたみたいだけれど、今は平気に見えるわ」
「何が言いたい?」
「少し気になっただけよ。そんなことより、あなたが知りたいことを教えてあげる」
そう言いながら彼女は部屋の中央にあるソファに座った。
彼女が手に持っていた拳銃をコーヒーテーブルに置くと、そのまま促され俺ももう一つのソファに腰掛けた。
「まずは私が一体何者なのか、そこから教えてあげる」
「待ってくれ、その前に一つ、さっきの銃声は大丈夫なのか?」
「心配しなくて大丈夫よ。音は絶対に漏れていないから」
口ぶりからして確証があるのは確かだろう。それがこの部屋の防音性の高さからくるものなのか、或いは…いや、下手な妄想にリソースを割くだけ無駄か。
「もう予想はついているかもしれないけれど、私は殺し屋よ」
「殺し屋?」
「ええ、聞いたことくらいはあるでしょ?」
そうだな。飽くまでフィクションの中でしか聞いたことはないが。これも冗談、と言うわけでもないだろう。
「さっき俺に見せたみたいに、普段から人を殺して金を稼いでるってことか?」
「うーん、半分正解だけど、半分不正解ね。それだとただの悪党みたくなっちゃうじゃない?」
ただの悪党で間違い無いだろ。
「あ、いま、『ただの悪党で間違い無いだろ』とか思ったでしょ。まーひどい」
そう言ってクスクスと笑いながら、また俺の思考を読んできた。
天宮ナナミ、やっぱり不気味な女だ。
見た目や声から受ける印象こそ、気品ある美しい大人の女性と言った感じだが。殺しの時に見せた冷徹な態度、冗談を好む性格、いまいちつかみどころのないやつだ。
「殺し屋の仕事は大きく分けて二種類あるのよ。一つはあなたがさっき言った、殺しの依頼を受けて目標を殺し、お金をもらうもの。もう一つは命を狙われている人を護衛、あるいは救助することでお金をもらうもの」
「面白いな、二種類で立場が真逆じゃないか」
殺しを目的とする殺し屋と、人を救うための殺し屋か。
「私は後者。護衛の依頼のみを扱う殺し屋なの。こう聞くと、少しは見方も変わったっでしょ?」
確かに、殺し屋とだけ聞けば聞こえは悪いが、その中身が人助けとあれば評価は変わる。
だが、見過ごせない問題が一つある。
「あんたの話がほんとなら、確かに悪党だと評価したのは間違いになるかもしれない。けどだとすればさっきのはなんだ?俺の前で男を殺して見せただろ」
俺が投げかけた当然の疑問に対し、天宮は首を傾げてこう言った。
「さて、何のことかしら?」
「おいおい、今度はなんの冗談だ?」
「そんな怖い顔しないでくれる?私がいつ、誰を殺したっていうのよ」
これ以上こいつの茶番に付き合っていても埒が開かない。
男の死体はまだ奥の部屋にあるはず。
それを直接この目で確かめて、今一度この女に問い詰める。それが一番手っ取り早い。
俺はソファから立ちあがろうと前傾姿勢になり、足に力を入れて立ち上がる。
男の死体がある部屋まで駆け寄り、ドアノブに手をかける。
そして死体を改めてこの目で確認する。
頭の中ではわかっているだろ。
距離はそう遠くない。一連の動作を実行するのに時間はそうかからない。
だったらどうして、俺の体は未だにソファの上にある?
まるで意味がわからない。
唯一わかったことは、体が思うように動いていないということ。ソファから立ち上がるという簡単なことすらできていない。
体が固定されているかのように、全身の筋肉が強張っているのか、指先すら動かすことができない。
「クフフフ、フッハハハハハ!」
突如、耐え切れんとばかりに吹き出し、アニメの悪役令嬢さながらの嫌味な高笑いをあげる天宮。
「傑作よ!あなた本当に最高ね!」
興奮気味に話しながら、彼女はソファから立ち上がる。
その右手には、さっき男を殺したのと同じ拳銃が握られている。
「やっぱり、あなたを連れてきた私の判断に間違えはなかった。たくさん楽しませてもらったわ」
俺の瞳には数分前と同じ光景が映っていた。
射撃の構えを取り、銃口を突きつける天宮ナナミ。
ただ一つ、先ほどと明確に違うであろうことは。今度は冗談ではなく、本当に俺は撃たれるであろうことだ。
「何も知らない迷える子羊ちゃん。何もかもわからず、そのまま安らかに眠りなさい」
優しく包み込むような声色で、けれどその表情はどこまでも冷え切っていて。
ああ、そうか。俺はこの女のおもちゃだったってわけか。
この女の狂った遊びに使われて、用が済んだら捨てられる。
こいつが言う通り、俺は何も知らずに死んでいく。
そして、再びあの無機質な破裂音を合図に、俺の意識は落ちていく。
落ちていく?
いや違うな、銃弾で頭を撃ち抜かれたんだ。
間違いなく即死。
ならぷつりと消えるって方が表現としてはあってるよな。
なんて、なにばかなことを考えてるんだおれは。
それよりも肝心なことがあるだろ。
「そんな子供騙しに最後まで乗るほど、俺はバカじゃない」
「あら?」
「銃声は確かに聞こえたよ。でも、入ってないんだろ?」
一度消えかけた俺の意識に再び火を灯す。
俺は勢いよくソファから立ち上がり、そのまま頭を銃口に突き当てる。
「殺し屋だろ?プロなんだろ?やるなら徹底的にやるべきなんじゃないのか?」
「驚いたわね」
扉が消えた?体が動かない?一個も意味わかんねーよ。
おかしいことだらけで、わけわかんねーよ。
ただ、この女の意図した何かによって起きている現象であることは確実だ。
だったらこの女の意地悪に真っ向から対抗してみせる。
「どうしてわかったの?この銃に弾は一発も入ってないって」
「さっきの話。あんたが護衛の依頼だけを扱う殺し屋だって言う言葉を信じてみたんだ。その言葉が本当なら、俺を殺す理由がない。意味不明な現象の数々と、さっきのとぼけようからして、さっき俺の目の前で男を殺したのも、実は『嘘』なんだろ?」
「へぇ…なかなか鋭い推理じゃない」
そう言いながら天宮は構えていた拳銃を下ろした。
正直賭けなところはあった。だが、なんとかこいつとまともに話をする必要が俺にはあった。
「あなたに提案があるのだけれど」
「それは真面目な話と受け取っていいのか?これ以上遊びに付き合うのは懲り懲りだ」
「ええ、私あなたのことが気に入ったわ。だから、私と一緒に殺し屋をやりましょ?」
「は?」