第十六話 『太陽』
「さて、昼の続きです。思う存分、やり合おうではありませんか」
追手を気にする俺とレイナの前に一人姿を現したヒロ。
なぜだ?なぜ透明化を解除した?
「油断しないでくださいシンタロウ。彼は囮で、背後から透明化を使った二人に襲撃される恐れもあります」
「じゃあどうするんだよ。追い詰められたってことか?」
俺たちが位置するのは特別教室棟の一階と二階を繋ぐ階段の踊り場。
二階に上がった場所にヒロが位置しているため、挟撃される恐れがある。
幸い、ハヤテとチサの姿は見えない。
が、視界に映らずとも常にそこにいるかもしれないという警戒を絶やすわけにもいかない。
応戦するにしても、状況が悪すぎる。
戦況を変える何かが必要だ。
「どうしました?撃ってこないのですか?ならばこちらから行きますよ!」
そう言ってこちらに飛びかかろうと動くヒロ。
だがその動き出しにレイナはすかさず手斧を投擲する。
俺たちとヒロの距離はそれほど離れていない。
先手必勝。姿が目視できている以上、レイナの投げた手斧は確実にヒロの頭を捉えていた。
「『ソーラーグラビティ!』」
眼前に迫る手斧を前に、ヒロは防御でも回避でもなく、頭上に高々と右手を挙げて宣言する。
天井に向けた手のひらの上に赤色の球体が出現し、辺り一面を激しく照らす。
とはいえ肝心なのはそこではない。
光自体はわずかな者で、視界を覆うほどの威力はない。
肝心なのは温度の変化。球体の出現と同時に周囲の空気の温度が徐々に上がり始めているのを実感する。
そして、レイナが投擲した手斧は突如として軌道を変え、球体の方に吸われていく。
「だったら数で押すまでです!」
動揺することなくレイナは一気に四本の手斧を取り出し、ヒロに向かって一斉に投げる。
そのうち二本はヒロの召喚した球体に引き寄せられてしまったが、残りの二本はヒロの後方へと抜けていく。
レイナが得意とする技だ。
『運命の輪』の能力により、レイナが操作した武器は空中にあってもその軌道をブーメランの如く自在に変化させることができる。
物理法則を無視した虚を突く一手。
昼の戦いで手の内がバレているとはいえ、数で押すほどに前後で手斧の挟撃を狙うことができる技。
ましてやこの狭い校舎の中。回避はより困難を極める。だが…
「無駄ですよ」
「成程、どうやらこれは通用しないみたいですね」
ヒロの出した球体は後方から迫る手斧すらも引き寄せたのだ。
その過程でやつが手斧の方を気にした様子は見せなかった。
「完全自動で坂城ヒロに迫り来る攻撃の軌道を曲げ、引き寄せる球体。『ソーラーグラビティ』と言いましたが、さながら太陽の引力とでもいうことでしょうか」
「となると、俺の銃撃も同様に無力化されるだろうな」
「ええ。接近戦で仕留める他なさそうです」
「確かに、ヒロの方は武器を持っていないようだしな」
だが、それ以前に先ほどから気になることが一つ。
球体は依然としてヒロの掌の上を浮いており、その周りにはレイナが投げた計六本の手斧がフワフワと宙を浮いている。
「近付こうにも、あれの動きが予測できない以上、下手な手は打てません」
何か、嫌な予感を感じる。
「おや、打ち止めですか。シンタロウくんの方は、またあの銃を使ってはこないのですか?」
それが有効ならまだしも、坂城チサとハヤテが潜んでいる可能性があるこの状況で、安易に二体一の構図で攻めるのはリスクが大きい。
ヒロの対応はレイナに任せて、俺は他二人の襲撃に警戒する。
銃を抜くのはその時だ。
「興醒めですね、まあいいでしょう。片腕を失い、武器も持たぬ私ですが、ここからが真骨頂。母なる大地を照らす『太陽』の力、とくとご覧に入れましょう!」
「何かきます!シンタロウは下がってください!」
レイナは鞄から取り出した金属製のマスクを装着し、口元を覆う。
そして即座に二本の手斧を取り出し、構えを取る。
レイナに言われるがまま、俺は階段の手すり部分に身を隠す。
少しずつ熱を増す空間。
ニヤリと笑うヒロは挙げていた腕を前方に振り下ろす。
その動作と連動して、球体の周囲に浮いていた手斧が一斉にレイナの方へと飛んでくる。
それを手持ちの二本の手斧で対応するレイナ。
二、三度剣戟の音が鳴り響き、数本の斧が壁や床に突き刺さる。
「流石は『魔女』の右腕。昼間の戦技も見事でしたが、やはりその手斧を取り上げない限りは厳しい戦いになりそうです」
六本の手斧による攻撃を同時に受けてなお、レイナはうち二本をキャッチしていた。
ヒロの言う通り、レイナの手斧を扱う技術は一流なのだろう。
しかし、戦況が大きく変わったわけでは決してない。
攻め手に欠けるこの状況を変える手段は依然として見つからない。
「シンタロウ。例の作戦を実行しましょう」
「正気か?まだあいつの能力がわかってなんだぞ。切り札を切るには早すぎるんじゃないのか?」
「少なくとも、この手斧の投擲が通用しないことだけはわかりました。かと言ってここで正面から近接攻撃を仕掛けるのはあまりにもリスキーです」
「……わかった。一か八か、やってみるか。だが、失敗しても責めてくれるなよ?」
「その時は死ぬまでです」
「え?」
「死にたくなければ、行きますよ!」
レイナが手持ちの四本の手斧を全てヒロに向かって投擲する。
「血迷いましたか三琴レイナ。その攻撃は通用しないとまだわからないのですか!」
ヒロの注意が手斧に注がれた瞬間を狙い、俺は腰から拳銃を抜き、床に向かって発砲する。
変幻弾。俺のイメージに呼応する変幻自在の弾丸。俺が放ったのは……
「な、なに、煙幕!」
煙幕弾。濃い煙は辺り一面を覆い、その場にいる者全ての視界を撹乱する。
俺もレイナもヒロも、互いを完全に見失うほどの濃い煙。
「まさか、この隙に逃走を?無駄なことを…」
「逃げるなんてとんでもない。今ここで、あなたを倒します!」
煙の中で、レイナの声が反響する。
壁や床に突き刺さった四本の手斧。それを手探りで引き抜いたレイナは一本ずつ階段の上方向に投擲する。
「見苦しいですね。例え煙で視界を遮ったところで、あなたの攻撃は私の『太陽』の前では無力なのです。そして先ほどの四本と合わせて計八本。煙の中、不利になったのはどちらの方か、今一度試してみることにしましょう」
いくら手斧の扱いに長けているレイナであっても、煙で視界の悪い中、八本の手斧を避け切るのは不可能だろう。
しかしそれはヒロの方も同じこと。大まかなレイナの位置は測れても、正確に狙うことは困難。故に比較的広範囲を狙う他ない。
命中率は上がるが、それでも当たるとすれば二、三本が限度。
ではもし仮にレイナが飛んでくる手斧の発射位置を正確に捉えることができていたならばどうだろうか。
二、三本の手斧。投げる位置とタイミングさえ分かれば、レイナがそれを回避することは容易い。
そう、例え煙の中視界が悪くあろうと、発射地点である『太陽』の位置と動きが掴めていれば…
「自らが放った手斧の痛みをしっかりと噛み締めて死ぬことです。三琴レイナ!」
手斧が発射される。
だが、それが俺やレイナに当たることはない。
何故なら回避可能であるからだ。
煙の中。その『太陽』は微かな輝きを放ち、ヒロに迫る手斧を引き寄せた。
その能力は草薙のように意識して初めて発動するものではなく、全自動で発動し続けているものであることは、先ほどレイナが投げた手斧の挙動から推測することができる。
濃い煙が蔓延するこの空間において、一箇所だけ、不自然に煙が渦を巻く位置がある。
微かな輝きもあいまって、それは確かな位置情報を俺たちに示している。
俺に見えているということは、それはレイナにも同様。
ヒロが発射した手斧を最小限の動きで回避したレイナは、そのうち一本をキャッチすると、勢いよく階段を駆けのぼる。
勢いそのままヒロの体を押し倒し、覆い被さる。
そして右手に握る手斧を大きく振りかぶる。
防御のためか、咄嗟に腕を伸ばすヒロの手のひら目掛けて、レイナの手斧による一振りが炸裂。
落石音のようなものと共に煙の渦と輝きが消失した。
その様子を確認した上で俺は階段を登る。
動きを封じられ、『太陽』さえも失ったヒロを目視できる距離まで近づくと、俺はあるイメージを行いながら銃口をヒロに向けて引き金を引く。
「坂城ヒロがなぜボスを狙っていたのか。また、他二人との関係性を探るためには、麻酔で眠らせるのが現状最も効果的でしょう」
俺が撃った麻酔弾によってヒロは意識を失った。
程なくして煙幕が引き、見通しが回復する。
「随分暗いな」
夕焼け色に染まっていた校内は、気づけば真っ暗になっていた。
真夏の割には陽が落ちるのが随分早い。
微かな違和感を感じながらも、ひとまずは今一度天宮との連絡がつくかどうかの確認をしようと、レイナが携帯を取り出した。
踊り場へと降りた俺は突き刺さった手斧を回収していた。その時だった。
カランカンカン
俺の足元に落ちてきたのはレイナの携帯電話。呼び出し中の文字を表示しながら、無機質なコール音が静かな校内に鳴り響く。
「おい、何落としてるんだ...」
拾い上げた携帯の汚れを手で払いながら、階上にいるレイナに視線を向ける。
「へ?」
俺の目に映ったレイナは異質な姿をしていた。
背後から胸部を刃物で貫かれ、傷口からは大量の血が流れ出ている。
刃物が引き抜かれると同時にレイナの体は無気力に倒れこみ、階下にいる俺の足元へと転がり落ちてくる。
「レ、レイナ!おい、しっかりしろレイナ!」
咄嗟にレイナを抱き上げる。人形のように力を失ったレイナの瞳に光はなく、出血の量からもその重篤さが見て取れる。
レイナの口元に耳を近づけ、呼吸を確認する。
だめだ。息をしていない。
「いい加減によぉ。白状してくれよ」
階上から俺に向かって発せられたその声には聞き覚えがあった。
「『魔女』の...天宮ナナミの居場所を教えろ。能力もだ。全て白状した上で私に殺されろ」
そこに立っていたのは、俺たちの依頼主。坂城チサだった。




