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第十五話 取引

 犯人からの電話を受け、俺とレイナは大至急高校へと引き返していた。


 電話の主の声には聞き覚えがあった。

 音声は加工されていなかったのだ。やつはもう正体を隠すつもりはないのだろうか。


 口調こそいつもとは違ったものの、間違い無いだろう。


 「レイナ、何か策はあるのか?」


 幾ら相手が左手を失っているとはいえ、透明化する相手だ。昼の戦いのように苦戦を強いられるかもしれない。


 ましてや今回、天宮は呼べない。

 天宮を呼べば、人質は殺される。


 「犯人の目的が不明です。本来彼の狙いは依頼人である坂城チサであるはず。なのにその彼女を攫って人質にした上で、私たちを呼んだ…」


 「はなから目的は俺たちだったのかもな」


 「行けばわかることです。ともかくシンタロウ、相手の狙いがどうであれ、あくまで最優先すべきは依頼人の命です。ボスに頼らずとも、二度も同じ相手にやられるような私ではありません。ただ万が一のときは、私に考えがあります」


 俺はレイナからとある作戦を聞かされる。

 その内容は俺にとってかなり不安の大きいものだったが、他に打てるでも限られているため、仕方なくそれを受け入れた。


 そして、電話を受けてから約15分後、俺たちは高校に到着。指定された校舎裏へと辿り着く頃には、陽が少し傾き始めていた。


 「遅かったですね」


 そこには一人の男が立っていた。


 失った左腕に包帯を巻いたその男は僅かに口角を上げてメガネを正す。


 「わたくしが電話をしてから大体15分ほどですか。あと少し遅れていたら、片方の人質を殺していたところですよ」


 そう言って男が右手で指差した先には、手足を縛られて口を塞がれた二人の男女が校舎裏の壁に寄りかかる形で座らされていた。


 「聞かせてくれ。ハヤテと坂城チサを人質にしてまで俺たちを呼んだあんたの目的はなんだ?ヒロ」


 「まぁそう急がずに。別にあなた方への殺意はない。ほら、左腕だってこんなになってしまって、とても万全とは言えません。最も、あなた方が下手な動きをした瞬間、人質の命はありませんが」


 「坂城ヒロ。私たちだけをここに呼んだ理由は、やはりボスですか?」


 「なかなか良い勘をしていらっしゃるようで。ええ、その通り。わたくしの目的は他でもない、『魔術師』天宮ナナミの命ですよ」


 ヒロはニヤリと笑う。

 その表情は学校で見せた爽やかなものとは少し違う、とてもいやらしい笑顔だった。


 「幸い、この時間、ここに人が通ることはあまりありません。ゆっくりと、話し合っていきましょう」


 「何をだ?」


 「取引ですよ。ズバリ言います。『魔術師』を裏切ってください」


 「なんですって?」


 「そうすれば人質のことは解放します。無論、あなた方二人にもこれ以上手を出しません」


 ヒロの提案を聞いてレイナは血相を変えて武器を取り出そうとする。


 「話になりませんね」


 「落ち着けレイナ。人質がいるんだ、下手に動けない」


 「まぁまぁ気を収めてください。幸いまだ時間はたっぷりあります。取引の詳細をお話ししますので、まずはそれを聞いていただきたい。その後に折衷案を探すというのも場合によっては考えましょう」


 ヒロは余裕綽々といった様子で相変わらず不気味な笑みを浮かべている。


 「で、具体的に俺たちに何を要求するんだ?」


 「『魔術師』の能力について、その全てを喋っていただきたい」


 「無理ですね」


 「おや?即答ですか。何か理由でも?」


 「却下です」


 「釣れませんねぇ」


 さっきからレイナが苛立っていて少し冷静さを欠いている。天宮のことになるとこうなのか。


 しかし、俺はともかくレイナも天宮の能力を詳細には把握していなかったはず。できるできないの問題ではない。


 まずいな。このままだと交渉決裂。

 どう転んだって知らないものは知らないのだから、ヒロの提示した取引には応じることができない。


 どうする、折衷案を探るべきか?


 「もし取引を断った場合どうなるんだ?」


 「わたくしといたしましても、無益な殺生は趣味ではありません。それに、人質がいなくなればあなた達に襲われてしまうかもしれませんからねぇ」


 ヒロはメガネを押さえながら考えるようなポーズを取る。

 ああは言っているが交渉が決裂したら人質は迷わず殺すのだろう。あいつの態度には何か確信めいた余裕がある。


 「そういえば、レイナさんには昼の戦いでかなりのダメージを与えたつもりなのですが、見たところそれは完治してるように思えます。被弾箇所を考えると並の処置ではここまですぐに良くはなりません」


 「あなたが何を探ろうと、答えるつもりはありません」


 「随分と嫌われたものですね。でしたらこうしましょう。あなた方二人は暫くここにて待機していただけませんかね」


 「その間にお前は天宮と戦うつもりか?その怪我で?」


 「わたくしの目的は飽くまで『魔術師』だけ。目的遂行のための障害たるあなた方がいなくなってくれるのでしたらこれ以上望むことはありません。人質を含め、あなた方には危害を加えないことを誓いましょう」


 「それがお前の言う折衷案なのか?」


 「その通りでございます」


 困ったな。正直俺は人質の命を優先してこの場は穏便に済ませたいと思うんだが、それをレイナが許すかどうか。

 と、横目でレイナの顔を伺うと、先ほどよりも一層険しい表情をしている。


 これは、ダメだな。


 「少し時間をくれ」


 断りを入れ。俺はレイナのもとにより、ヒロに聞かれないように小声で問う。


 「どうする?」


 「逃げましょう」


 「は?」


 戦うでも、従うでもなく、逃げる?

 予想外の答えだ。


 「レイナ、戦う気だったんじゃないのか?」


 「そんなつもり最初からありませんよ。とはいえ、彼に従う気はもっとありませんが」


 「でも逃げるったって、人質はどうする?」


 「見捨てるべきです」


 「は!?何考えてんだよ、任務を放棄するってことか?」


 バカな。レイナに限ってそんな、天宮に任された任務を放棄するなんてことあるわけ…


 「ええ。この任務は放棄します。任務の遂行は何よりも優先すべきことですが、それよりも大切な、最も優先すべきはボスをお守りすることです」


 「どういうことだ?」


 「人質として捕らわれた依頼人・坂城チサ。彼女の弟・坂城ヒロこそが件の犯人。『太陽』の能力を持つ殺し屋。そして『太陽』の狙いはボス!つまり今回の依頼は最初から……」


 「そろそろ!答えを聞かせていただきましょうか」


 夕暮れ時の校舎裏。オレンジ一色に染まっていた空が、気付けば少しずつ暗さを増していた。


 泰然自若としたヒロ。

 拘束された二人の人質。


 相対するは俺とレイナ。

 レイナの瞳に迷いはない。


 俺はレイナの決断に従うのみだ。

 どのみち交戦したところで、分が悪いのはこちら側。


 ならばーー


 「あなたとの取引に応じることはできません」


 「左様ですか。では、さようなら」


 たちまち透明化を発動して姿を暗ますヒロ。

 そして視界が一瞬の閃光に埋め尽くされる。


 視界を奪われたのはほんの刹那。

 だが俺とレイナは迷わない。


 踵を返し、選んだのは逃走。


 「で、どこに逃げる!?レイナ!」


 「民間人を巻き込むわけにもいきません。特別教室棟に向かいます!この時間なら生徒は殆どいないはず。これは戦略的撤退、逃げながら時間を稼ぎ、ボスに応援を求めましょう!」


 程なくして回復した視界。

 走りながら後ろを確認すると、二つの影がこちらに迫ってきていた。


 ハヤテと坂城チサ。

 どう言うわけか、あいつらも俺たちの敵だったらしい。


 ヒロの方は透明化していてどこにいるのかわからないが、熱線を撃ってくる様子はない。


 「まずいですシンタロウ!ボスとの連絡がつきません!」


 「は!?こんな時にって、またかよ!!」


 なんであの女はこうも大事な時に限って連絡がつかないんだ!


 「仕方ありません。とにかく今は逃げながら敵の攻撃を見極めましょう!」


 「そ、そうだな!二対三だ。勝手のわからない相手に、正面からやり合うわけにも行かない。つっても、これじゃあ長くは持たないぞ!」


 「わかってますよ!」


 全力の走りで息も絶え絶え辿り着いた特別教室棟の一階。

 迷わず階段を上がっていくレイナの後ろにつきながら振り向くとそこにやつらの姿はない。


 「追ってきていない?」


 「妙ですね。外で罠を張っているのか…待ち伏せ、なんにせよ見逃してくれたはずはないでしょう。なんらかの理由で深追いできないのか、或いは外で我々に兵糧攻めを仕掛けるつもりなのか…」


 「数的有利をとっておきながらこの状況で追わない理由があるかよ」


 「目視できる限りでは敵の姿は見えませんが…いえ、今回に限っては透明化があるわけですから、確かに油断はできませんね」


 「まさか、ヒロに限らずハヤテとチサも透明化してるっていうのか?」


 「可能性はあると思います。というのも、仮に『太陽』の能力が透明化だとするならばその対象は使用者自身のみに限られるはずです。しかし、熱線を放ったり、逆に熱線に当たった時の不自然な曲がり方から推察するに、あれはおそらく単純な透明化能力ではありません」


 「まさか、光か?」


 「はい。それと熱。『太陽』の能力は光と熱を操る能力なのではないでしょうか?」


 「お見事!大正解です!」


 「ヒロ!」


 踊り場に立つ俺たち二人を見下ろす形で、透明化を解除したヒロが二階に姿を現していた。


 「さて、昼の続きです。思う存分、やり合おうではありませんか」

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