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第十三話 甘い香りに誘われて

 屋上での戦いを終え、私は教室に向かった。


 熱線で胸に穴が空いたけれど、ボスの治癒によって穴は塞がり、痛みもなくなった。

 ボスの手当ては完璧です。


 未だに私はボスの能力を詳しく知りません。


 幼少から天宮家に仕え、ボスの右腕として育ってきた。

 それでも私はボスの能力の詳細を知らない。

 もちろん、長年一緒にいるから、ボスにできることはなんとなく把握している。


 ボスが使う刀は天宮家当主に代々伝わる名刀『秋津幽身丸(あきつかすみまる)』。

 特殊な刀で、普段は柄の部分だけが実態として存在しているため知る人以外にはとても刀とは思えない見た目をしている。


 実際、あの刀はボス以外には使えない。

 正確には、天宮家の人間にしか扱えない刀。


 持ち主のイメージに呼応して初めてその刀身は顕現する。


 原理はわからない。けれど、長さや刃の向き、それに限らずあの刀は使い所によってボスがイメージした通りに姿を変える。


 あの刀についても、ここまでのことしか私は知らない。

 実際はもっと多く複雑な仕掛けがあるのだろうけど、それは能力同様に私の方からは詮索しないようにしている。


 それが三琴家の方針。何よりボスの希望だから。


 シンタロウが使っているあの拳銃。

 ボス曰く、あそこに入っている弾丸は『変幻弾』といって、これもまた使い手のイメージによって形を変える特殊な弾丸だという。


 あの弾丸と刀は似ている。

 使い手の意識に反応するという点。


 そう、ボスの能力はきっと意識やイメージに関係する能力。もしかしたら精神操作だってできるのかもしれない。


 けれど、それだけじゃない。

 私が傷を負った時、死に至った時。ボスは必ず私を傷ひとつない状態に戻してくれる。


 他にもある。ボスは移動速度がものすごく早い。

 もはや瞬間移動と言ってもいい程の域に達している。


 わからない。ボスの能力は一体なんなのでしょう。


 いけない。

 ううん。わかっている。私はボスに仕える者。

 詮索は不要。信頼なども私の方から期待するものではない。


 ただ忠実に、ボスの右腕として任務をこなし、力になること。それだけが私の使命。


 ボスの能力を知りたいと思うこの気持ちは、本来私が持っていいものではない。


 それに、ボスの能力が一体どんなものであろうと、私は驚かない。


 なぜならボスはなんでもできるのだから。


 ボスにできないことなどないのだから。


 「三琴…レイナさん…ですか?」


 教室のある階下へと繋がる階段の踊り場。

 突然後ろから名前を呼ばれた。


 震えた声。

 振り返るとそこには見覚えのある少女がいた。


 今朝、シンタロウと乗った電車で出会ったツインテールの少女。今は制服を着ているし、あの時持っていたコントラバスのケースのようなものは持っていない。けれど間違いなく、今朝の彼女だ。


 「私に何か御用でしょうか?」


 「よかったぁ。あ、あの私、今日転校してきた茅辻(かやつじ)シュカっていいます」


 「ええ、知っています。同じクラスですから」


 綺麗な黒髪、整った顔立ち。庇護欲を掻き立てるか弱くてどこか危なっかしい雰囲気。

 こう改めて見てみると、クラスの男子生徒が騒ぐのもわかります。


 「その、今朝の謝罪を改めてしたくって…ですね…」


 彼女は一言ずつ慎重に選ぶように言葉を紡いでいく。その目線はこちらを見ることもあるけれど、緊張しているのか合うことはない。


 「別に私は何もされていないので…謝罪でしたらシンタロウにするべきではないでしょうか?」


 と、いつもの私ならここで話を切り上げていたでしょう。

 けれど、今回はそういうわけにはいきません。

 ボスから探るように言われていた本人が向こうから接触してきてくれたのですから。


 「と、とんでもないです!だってそ、その…レイナさんはシンタロウくんの妹さんなんですよね!今朝は少しお時間もとらせてしまいましたし…や、やっぱり改めて謝罪をしたくて!よかったら放課後、何か奢らせてください!」


 「奢る?私にですか…?」


 もちろん警戒はする。

 これはチャンスであると同時に危機であるかもしれない。


 正直、今朝の一件は大したことではないはず。

 狭い電車内で、彼女は過失的にシンタロウに迷惑をかけた。

 ただそれだけのこと。私は何もされていない。

 なのにここまで丁寧に謝ろうというのは少し行き過ぎた気遣いであるように私は感じる。


 私から仕掛ける前に、彼女の方から仕掛けてきた。

 そういう受け取り方もできる状況であることには間違いない。


 彼女を探るように言ったボスの真意は不明。

 ただ、敵である可能性を視野に入れて、慎重に探るべきでしょう。


 「わかりました。放課後時間をとりましょう。なんでしたら、シンタロウにも声をかけておきましょうか?」


 私がそう答えると、彼女の表情はパッと明るくなった。

 そして先ほどまでの物怖じしていたような態度から一変、屈託のない笑みを浮かべながらハッキリと目を合わせてきた。


 「はい!ぜひお願いしたいです!」


 結局、この場で彼女が怪しいそぶりを見せることはなかった。



***



 放課後。私は昇降口でシンタロウと落ち合った。


 「おっすーレイナ、一人か?」


 「ええ。茅辻シュカはまだ教室にいます。それにしても随分と軽薄な口調ですね」


 「そうか?クラスの男子生徒たちの口調が移ったのかもな」


 「そんなすぐに影響されるものですかね…それで、佐久間ハヤテの方はどうなりましたか?」


 「そのことなんだが、結局昼休み以降ハヤテの姿は見てない。授業にも出てないし、鞄と靴が無いのも確認した」


 「そうですか。ということはやはり、彼は黒で間違いなさそうですね」


 「そのことなんだが…実はヒロも同様に…」

 「お、遅くなりました!」


 シンタロウが途中まで何かを言いかけたところで、茅辻シュカがやってきた。


 「あ!あ、あの、私、茅辻シュカと申します!今朝は大変ご迷惑を…!」

 「あーいや、大丈夫。ほんとに大丈夫だから。怪我したわけでもないし、事故だったわけだろ?」


 シンタロウはやや困った様子で応えている。

 無理もない。あの程度のことでここまで謝るのはやはり異常なのでしょう。

 彼女の性格である、という可能性もなくはありませんが…


 「それで、茅辻シュカさん。何か奢ってくれるとおっしゃいましたが、具体的に決まっているのですか?」


 「はい!学校近くの喫茶店、もしくは駅前にあるケーキ屋さんも私のおすすめでして」


 「甘いものはそこまで好きじゃないからな。俺は喫茶店の方が…」

 「ケーキ屋にしましょう!」


 「え?」


 「ですから、駅前のケーキ屋さんにしましょう。何をボケっとしているんですかシンタロウ、ほら、早く行きますよ」


 「えぇぇ〜…ま、まぁ俺は構わんが…レイナ、意外と食い意地強いよな…」


 「失礼な…乙女に対してなんてことを言うんですか!」


 「お前なぁ、牛タンカレーの恨み、忘れたわけじゃないからな?」


 「根に持つ男はモテませんよ」


 「うっるせ!言っとけ。ったく…」


 「あ、あの……」


 私とシンタロウのやりとりを見ていた茅辻シュカが少し居心地悪そうに口を開く。


 「お二人って本当に、仲のいいご兄妹(きょうだい)なんですね!」


 「し、心外ですね。向こうから勝手に突っかかってくるだけ、本当に面倒な兄です」


 危なかった。

 私としたことが、甘味に気を取られるあまり我を忘れてしまっていました。

 任務のこと、兄妹設定も。今一度気を引き締めておかなくてはいけませんね。

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