第十二話 見えない狙撃手
閃光。
それとともに近づく足音。
敵襲だ。
だがほんの一瞬の眩い輝きが俺の視界を奪う。
俺はすぐさま服の下に隠していた拳銃を取り出し足音のする方向へと発砲を行う。
狙いはおろか、着弾の有無すらわからない。
視界はすぐに回復した。
真っ白く輝いていた空がすぐにいつもの青空に戻っていた。
敵の居場所を確認するが足音のした方向にその姿はない。
素早く当たりを見回すも、それらしき人物の姿はない。
幸い天宮とレイナ、坂城チサも全員無事なようだ。
「今のは一体?」
「油断しないで!敵は必ずまだ近くに潜んでいるわ!」
天宮の掛け声と共に俺とレイナは背後を任せる形で周囲を見張る。注意深く観察する。
天宮は坂城チサを壁の方へと誘導しながら、どこからともなく取り出した日本刀のような刀を鞘から引き抜き正眼の構えをとる。
広い屋上といえど隠れる場所などどこにもない。
上空にも注意を払っているもののやはり敵の姿は見当たらない。それどころか、足音すら聞こえなくなっていた。
「足音、聞こえてたよな?」
不安になった俺は首を傾げながら背後のレイナに問いかける。
その瞬間。耳元を高温の何かが掠めていく感覚があった。
凄まじい風切り音とともに、その何かは寸前まで俺の頭があった空間を通過し、レイナの肩の上を掠め、屋上のドアに穴を開けた。
ドアに開いた風穴はジリジリと言う音を立てながら、その断面は真っ赤に焼けており、微かに煙が立っている。
「熱線です!位置は!?」
「熱線!?ってなんだ?」
「有り体に言えばビームです!それより位置は?シンタロウのいる方向からで間違いありませんが、姿が見えません!」
発射される瞬間を捉えていたわけではないが、確実に俺の前方から放たれたはずの攻撃。
だがそこに人の影はない。
視界の右端で一瞬何かが小さく輝く。
次の瞬間に今度はそこから熱線が天宮と坂城の方へと勢いよく放たれる。
それに対して素早く反応した天宮は坂城を押し倒す勢いで弾き飛ばし、自分も体をわずかにずらす。
その間を通り抜けた熱線は後方の空へと伸びていき20メートルほど進んだ先で細くなり霧散した。
「厄介な攻撃ね。二人とも、迎撃は考えず躱すことを優先で相手の位置を探りなさい!依頼人は私が守るわ」
「イエス!ボス!」
威勢よく答えたレイナは即座に二本の手斧を取り出し、片方を直前に熱線が発せられた空間に向かって投擲する。
回転しながら空を切る手斧はブーメランの如くレイナの元へと帰ってくる。
「やはり、いません。しかし念の為、もう一度!」
今度は両方の手斧を一斉に投げるレイナ。
狙いは先ほどと少しずらし、より広範囲に当たる形で索敵を行う。
すると、タッタッタッタッ という足音が遠くの方でわずかに聞こえてきた。
レイナの手斧が通過した辺りの方だ。
「なるほどそういうことですか」
何かに気づいたレイナは投げた二本の手斧が戻ってくるよりも先に更にもう二本の手斧を足音のする方向へと投げつける。
その様子を見て、俺も少しずつ敵の予想がついてきた。
空中から飛ぶ熱線、確かに聞こえる足音、しかしこの屋上にはそれらしき姿は見当たらない。
ただ、レイナが立て続けに、自信を持った目で投げつけた手斧の様子から想像するに、相手の能力は...
「透明化か!」
その瞬間、レイナの投げた手斧のうち一本が空中で停止した。
同時に刃先の辺りから真っ赤な液体が噴き出してくる。
そう、ヒットしたのだ。
「見つけました!」
戻ってくる軌道上で命中した影響で威力はそこまで強くなく、傷も浅い。
依然として姿は見えないが、そこから流れ落ちた血液が地面に滴り奴の軌道を示している。
確実に、目の前に敵がいるのだ。
手斧は相手自身の手によって引き抜かれたのか、傷口付近を離れると直後勢いよくこちらに飛んでくる。
やつの投げ返してきた手斧はレイナのすぐ目の前まで迫ってくるも、それを彼女は上半身のみの動作で回避すると、左手をだけを背後に回してそれをキャッチ。
使い慣れた武器の扱いはお手のものといった様子だ。にしてもすごいなあれ、ノールックでキャッチしたぞ。
そのままレイナは体よりも後ろの位置にある左手でキャッチした手斧を無駄のない動作で即座に前方に投げつける。
なるほど、キャッチと投擲の溜めを同時に行ったわけだ。
やつの動きをなぞるように滴る血液が描き出した点と点を線で結んだその先端。
おそらく奴がいるであろうその空間に向かって手斧はまっすぐ飛んでいく。
透明人間相手にここまで善戦するとは流石だと、そう思い始めていた時だった。
再び眩い光が辺りを覆う。世界が真っ白になる。
一瞬の輝きだった。
すぐに回復した視界で戦況を捉えようと目を凝らす。
最初に目に入ったもの。熱線だ。
熱線に胸部を貫かれたレイナが、鮮血を噴き出しながら後方へと姿勢を崩す。
「レイナ!」
目の前の状況を理解するよりも早く、俺は銃を構えた。
狙いは定まらない。ただ俺は反射的に引き金を引いた。
『変幻弾』
天宮の『魔術師』の能力が込められた特殊な弾丸で、使用者のイメージや需要に強く反応して自在に姿形を変える。
引き金に力を込めた瞬間。
銃口から発射されたのは長い長い一本の線。
いや違う、これはついさっき見たのと酷似している。
熱線だ。
俺の銃は奴の使うのと全く同じ見た目をした熱線を放ち、それはまっすぐと伸びていく。
熱線は30メートル遠方の青空で霧散した。ヒットした様子もない。が...
「なっ!?」
その声は俺が発したものではない。
だが確かに聞こえた。男の声。
僅かながらも、聞いたことのあるような声。
やはりハヤテなのか...?
「シンタロウくん!そのままもっと撃ち続けなさい!」
「了解!」
天宮に指示され、俺はがむしゃらに、引き金を何度も引きまくる。
撃ち続ける。透明な敵を相手に、ひたすらに。
しかし、幾ら撃ち続けようとも当たる様子はない。
全て回避されているのかあるいは...
と、その時。連続して放ち続けた熱線のうちの一発が空中で突如として軌道を曲げる。
それも不自然に鈍角に、まるで弾かれているかの如く。
「わかってきたわ」
天宮が呟く。
「おいおいどうなってんだよ!さっきから一体何が起こってるんだよ!」
状況を理解できず混乱した様子の坂城チサ。
負傷したレイナは蹲っていて戦線復帰は望めない。
だが天宮は動かない。依頼人の言葉に反応する様子もなく、依然として刀を構えながら一点を見つめている。
俺はとにかく撃ち続ける。
天宮を信じてみるのだ。「わかってきたわ」と呟いていたのだ、きっともう少しの辛抱だ。
十発、二十発とただひたすらに、前方広範囲を虱潰しに連射していく。
それでも弾切れがなく、最低限の反動で俺のような初心者にも扱えているのは、変幻弾に限らずこの銃自体に特別な仕掛けがあるからなのだろうか。
俺の撃つ熱線のうち何発かは弾かれているのか、途中で不自然に軌道を曲げていくものの有効打になっている様子はない。
「見えたわ」
ぽつりと呟いた天宮の声。
それと同時に空間に再び輝きが発生する。
また来る!相手の放つ熱線が!
狙いはわからない。天宮の方を狙っているのであれば彼女は対処可能だろう。
だが俺は無理だ。見てから回避するのではきっと間に合わない。
どうする。一か八かに賭けて今すぐ左右どちらかに回避するか?
それともしゃがむ?逆に飛び跳ねてみるか?どうすれば...
「撃ちなさい!」
天宮が叫んだ。
俺は構えたままの銃の引き金を力一杯引く。
無意識に。反射的な行動だった。
同時に敵の熱線も発射される。いや、やつの熱線の方が僅かに早い。
狙いは俺だ。
鉄もコンクリートも一瞬にして溶かした熱線、あれを受けるのはひとたまりもないだろう。
回避困難。熱線が肉薄する。
だが、偶然だろうか。
俺の放った熱線はやつの撃った熱線と真正面から衝突。
衝突地点には真っ白い火花が四散し、二本の熱線は煙となって消えてしまった。
危機を脱した。そう思って安堵するのも束の間、瞬き程のほんの一瞬の間に天宮は敵のいる方へと移動しており、刀を振り下ろしていた。
見えなはずの敵。しかし、そこには真っ赤な血飛沫をあげながら宙を舞う左腕があった。
「ぐおおおおおおおおお!」
男の悲鳴が耳朶を打つ。
間髪入れず再び刀を振るう天宮。再び空間から鮮血が溢れ出す。
「浅いわね」
そう言って天宮は刀についた血を払う。
男の悲鳴は聞こえなくなった。
ただ走り去る足音だけが遠くなっていく。血痕は屋上の柵の方へと続いていき、やがて足跡がやむ。
逃げたのだろう。
切断されて顕になった左腕は残されていた。
「追わなくていいのか?」
「ええ。ひとまずはね」
天宮の持っていた刀はいつの間にか消えていた。その右手には代わりに短いバトンのような棒が持たれている。
「レイナ?平気?」
「は、はいなんとか...致命傷は避けましたが、かなり痛いです」
レイナは熱線によって胸を負傷していたはず。かなり重症に見えたが、よく喋れるな。
レイナのもとに駆け寄り治癒を施す天宮。
草薙との戦いの後も天宮はレイナに手当てをしていたが、これもまた能力が絡んでいるのだろうか。
「シンタロウくんは依頼人を頼むわ」
「あ、ああわかった」
いかんな。俺たちの目的は飽くまで依頼人の護衛。自ら敵を追って依頼人を残していくわけには行かないわけだ。
「お、おい。私には何が起きていたのかさっぱりわかんねーけどよぉ。その、終わったのか?」
「ああ。あんたを狙っていたやつは逃げたみたいだ」
「そうか。んにしても、ビームやら斧やら銃やら刀やら、あんたら一体何者なんだよ」
少し動揺した様子で聞いてくる。
しかしどこまで話していいものやら。殺し屋とか能力とか、あまり他言するわけにもいかないようだし。
あいやでも、殺し屋って言葉はすでに聞かれているんだっけか。
「詳しいことはあとで話すわ。シンタロウくんも、聞きたいことはあるでしょうけど、それも含めて事務所に帰った時に話すわ。難は去ったわけだし、今は午後の授業に備えましょ」
「大丈夫なのか?敵のこともあるけど、そのレイナの怪我とか、依頼人の安全とか...」
「私の傷は完治しました。敵に関しても、片腕を失う深傷を負ったわけです。少なくとも今日中に再び攻めてくるようなことはないでしょう」
「万が一が起こったっとしても、彼女のそばには私がいるわ。それよりも二人にはやって欲しいことがあるの」
「やって欲しいこと?」
「ええ。まずはシンタロウくん。教室に戻ったら佐久間ハヤテがいるか確認しなさい。レイナの予知によると現状最も怪しいのは彼。右腕を失ったとあらば、既に学校にはいない可能性も高いけれど。見当たらない場合は周りの生徒や担任教師に、お昼休みの佐久間ハヤテの行動についての聞き込みを行なって頂戴」
「わかった」
「それとレイナ。あなたは転校生のことを調べてもらいたいわ」
転校生。そういえば今朝ハヤテがそんな話をしていた。
こんな時期に転校してくるなど珍しい。ましてや俺たちのケースを鑑みれば、確かに怪しむ理由もわからなくない。
「わかりました。ボス」
「私はこの場を片付けてから戻るから。二人とも、頼んだわよ」
こうして屋上での戦いは終わり。
その場は解散。俺は自分のクラスに戻った。
間もなくして午後の授業が始まった。
ハヤテは欠席だった。
結局その日、放課後になってもハヤテは姿を表さなかった。
鞄もないし、下駄箱に彼の革靴がなかったことからも、帰宅したと見ていいはずだ。
やはり敵の正体はハヤテで間違いないのだろうか。
だが妙なことが一つだけ。
午後の授業を欠席していたのはハヤテだけではなかった。
坂城ヒロ。
ハヤテの友人にして、依頼人である坂城チサの実弟。
ヒロも何故か、放課後になっても姿を見せなかった。