第十一話 日差しの眩しい空の下
高校に着くと、昇降口でレイナと分かれる。
二階に並ぶ幾つかの二年生の教室。俺のクラスはその中で一番奥に位置している。
教室の外の廊下ではハヤテとヒロが他数名の男子生徒と談笑している。真っ先に俺の姿に気づいたハヤテが手を振りながら挨拶をしてきた。
「お!おはようシンタロウ!」
「あ、ああおはよう」
レイナや天宮の話によると、現状の犯人候補はハヤテ。
つまり、こいつが殺し屋であると言うこと。
出会って間もない相手ではあるが、ハヤテが誰かを殺すような人間にはとても見えない。
あの笑顔の裏に殺し屋としての悪意が潜んでいるというのがどうもイメージできない。
それとも、殺し屋にとって殺人は善悪や意思に関係なく、ただ勤めとして全うすべきもの、という認識があるのだろうか?
そこらへんもレイナか天宮に確認しておくべきだったかもしれない。
ダメだ。わからないことだらけで疑問が絶えない。
今はできることに集中すべきだ。
ハヤテが怪しいという予知が出たのなら、あいつに一番近い俺がすべきはハヤテを観察し続けることだろう。
監視の意味もあるが、逆にハヤテが殺し屋じゃなかった場合のことを想定して彼のことをもっと知っておくべきだ。
レイナの予知の精度。予知と呼ぶにはあまりにも大雑把すぎる。それを信じきれない以上、俺はハヤテが潔白である可能性も視野に入れるべきだと、そう思った。
席に着いて考えを巡らせていると、始業を告げるチャイムがなる。
ドサッ と大袈裟に座り込んだハヤテは体を半分こちらに向きながら話しかけてくる。
「どうしたシンタロウ?浮かない顔して。嫌なことでもあったか?」
「ん?ああ、いや、別段いつもと変わらないつもりだ」
しまった。顔に出ていたのか。
「てか聞いたか?今日も転校生が来るみたいだぜ?」
「転校生?こんな時期にか?」
「お前が言うかよっての。そうそう、一年に入る子みたいでよ、職員室にいるのを見た奴がむっちゃ可愛かったって噂してたぜ!」
「そうか。それは興味深い話だがハヤテ、授業が始まるぞ」
「なんだシンタロウお前まさか...真面目ちゃんか!?」
おちょくるような態度で更にこちら側に身を乗り出すハヤテ。
その背後に迫る人物を見て、俺は机の上の教科書に目を落として、知りませんアピールを実行する。
「おいおいなんだよ。無視かよ。釣れねぇなぁ」
そんな安いチンピラみたいな喋り方をするな。俺は知らんぞ。
「いって!」
後頭部に受けたダメージに声をあげたハヤテは、頭を抑えながら慌てて振り返る。
そこには教科書を筒状に丸めて持って立つ担任教師の姿があった。
「おい転校生気になるか?気になるよな」
「いや、はい。あの、すんません」
「おう。いいよいいよ。このまま先生のつまんない授業なんて受けずに一年の教室行けばいいじゃないか」
「いや、ダイジョブっす。はい。真面目に聞きます」
「そうか。だったらちゃんと前向け。くっちゃべんな」
「はい。気をつけます」
担任教師の叱咤を受けてしゅんとしたハヤテの背中は心なしか物凄く小さかった。
こうして今日も高校生としての一日がスタートする。
授業を聞いて、板書をとる。
とはいっても正直あまり集中できていなかった。
任務のことやハヤテのことをが気になって、というのもあるがそもそも俺はそこまで授業が好きではない。
興味深い授業もあるにはあるのだが、それにしてもあまり集中力が続かない。
幸い俺の席は窓側最後列。居眠り、内職うってつけのベストポジション。
それに今窓の外には雲ひとつない快晴が広がっている。
夏の日差しというは外にいると鬱陶しいものだが、こうしてクーラーの効いた涼しい部屋から当たる分には暖かくて気持ちのいいものだ。
いや待てよ、そういえばどこかで聞いたことがある。
教室内における最後列の席というのは実は、教壇に立つ教師にしてみれば一番目立つ席だとかなんとか...
晴れ渡る青空をぼーっと眺めていた俺はここにきてハッとする。
こちらへと近づく影の存在に。
しまった、授業を聞いていないのがバレてしまったのか!?
「いてっ!」
今度は側頭部を叩かれて声を上げる。
「おいハヤテ...あとで職員室こい」
「あっっ、はい...」
どうやら快晴にうつつを抜かしていたのはハヤテも同じだったようで、怒られたのは俺ではなくハヤテだった。
よかった。危なかった。ハヤテがデコイとして犠牲になってくれたおかげで俺は罪を免れたようだ。
「それと三琴。お前も次はないからな」
「えっ...あ、はい」
ちくしょう。免れなかったようだ。仕事してくれデコイハヤト!
***
四時間目の授業が終わると同時にレイナから連絡が入った。
話すことがあるから屋上に集合とのこと。
え、屋上って常時閉鎖されているイメージだが、空いてるのか?
『ボスも来ます』
チャットの最後にはそう書かれていた。
そうか。今日からは天宮も教育実習生としてこの学校に潜入している。
ともあらば、何か重大な進展があったのかもしれない。
俺はハヤテとヒロの昼食の誘いを断り、足早に屋上へと向かう。
階段を登り、屋上につながる扉の前に到着。意外なことに扉は施錠されていない。
開けると同時に強風と眩しい日差しが俺の視界を一瞬奪う。薄目で見るとそこには天宮とレイナ、そして依頼人の坂城チサの姿もあった。
「悪い、遅くなった。校内で全員集めるってことは、よっぽどのことなのか?」
俺とレイナは兄妹の設定だから問題ないが、この四人に接点があるのを校内の人間に見られてしまうと余計な勘ぐりや妙な噂がたってもおかしくない。
仮に殺害予告を出した犯人が校内の人間だとして、こんな時期に一斉に入ってきた三人の新参者には十中八九警戒しているはずだ。
今こうして四人で一緒にいる現場を見られてしまっては犯人の疑念を確信に変え、より一層警戒を強めてしまう。
「普通の殺し屋ならそう考えるでしょうね。でも今回の相手はきっとそうとも限らないわ」
うわ、まただ。天宮と一緒にいると頭の中を覗かれてるようで(というか実際思考を読まれてる)居心地が悪い。
「わざわざ殺害予告なんて出す人よ?こうして護衛がつく展開を予想できなかったわけがない。そこにどんな意図があるのかはわからないけれど、きっとこの犯人は私たち護衛がいようがお構いなしに目標を狙いに来るわよ」
「合理性に欠けるな。確かに、暗殺すればいいものをわざわざ予告を出して警戒させるなんて、一体どういう思考をしているんだ?」
「余程の自信家か或いはバカか。ただ現時点で我々が最も警戒すべきなのは、その自信が強さや実績に裏付けされたものだとすると、今回の相手はかなり手強いかもしれない、ということです」
それを聞いて俺は先日の草薙との戦いを思い出す。
強靭な肉体と俊敏な動き、何度倒れても必ず復活するという強力な能力。そして奴にはその強さに裏打ちされた自信があったように思える。
あの戦いは紙一重だった。死んでいたっておかしくなかった。
自分の足が震えている。
緊張しているのだ。
あれをこれからまた体験するのかと思うと、やはり心の準備ができずにいる。
天宮たちに手を貸すと決断してからわずか二日。
準備期間が短かった、というのはもちろんあるだろうが、それはもはや言い訳に過ぎない。
覚悟を決めるべきだ。
けど、やっぱり怖いものは怖いのだ。
「大丈夫ですよ。なんてったって今回はボスがついていますから。そうですよねボス?」
「ええ。本当に危険な時は私が入るわ。もちろんこの前だってそのつもりでいた。だから安心してあなたは前だけ向いていなさい」
心強いがそれを信じるに足る材料が今はない。
「えーっと。お話は終わったか?」
これまで黙って俺たちの話を聞いていた坂城チサがかったるそうに口を開く。
「ええ。待たせてしまってごめんなさいね。それじゃあ話してもらえるかしら?」
天宮とレイナの視線は坂城チサへと注がれている。
どうやら今回この集合は依頼人が希望したもののようだ。
「もう天宮には見せたんだけどよ、これ見てくれ」
そう言ってジャージのポケットから一通の封筒を取り出し俺とレイナに差し出してきた。
レイナが受け取り開封すると、そこに入っていたのはハガキほどのサイズの真っ黒い紙。そこに絵の描かれた一枚のカードが貼り付けられている。
「授業後に職員室に戻ったらそれが私のデスクに置いてあった。他の先生も誰もこれを置いた奴に心当たりはないって言うんだぜ?妙だろ」
カードに描かれたイラスト。その端には英語で『THE SUN』の文字が書かれている。
「『太陽』のカード...」
「正直殺害予告だけでは一般人によるイタズラという線もあったのだけれど。どうやらこれでその疑いもなくなったと考えて良さそうね」
「そうですね。これを寄越してくるということは、ほぼ間違いないでしょう」
天宮はレイナと互いに目配せをした後小さく頷いてこう言った。
「殺害予告を出した犯人。敵は殺し屋で間違いない。『太陽』よ」
「こっ、殺し屋ぁ!?」
聞き慣れないであろう殺し屋と言うワード、その存在に驚く坂城チサ。
直後、辺り一面が真っ白に光った。
あまりの眩しさに視界を失った俺の耳に聞こえてきたのは、遠くからこちらへと駆け寄ってくる一人の足音。
敵襲だ。