チェリーはあなたを愛さない
わたしの名は名もなきチェリー坊。錯乱坊でも童子の帝王でもないのよ。まごうことなき缶詰のチェリー……さくらんぼだよ。
厳密には育った国がアメリカと日本だというくらい。栽培方法や品種などでチェリーとさくらんぼに分けるらしいが、本題はそこじゃないよね。缶詰のシロップ漬けの真っ赤なルビーレッドのさくらんぼ、それが由緒正しきチェリーなのよ。
わたし──さくらんぼ缶詰のチェリーが申し上げたいのは、わたしの一番映える場所はどこなのかについて、ただそれだけよ。
わたしの主な生息地は泡の世界の、デサート地帯。その花形たる、生クリームの頂上に用意された白き玉座こそ相応しい。真っ白なクリームに真っ赤なチェリー……どう? 素敵じゃない?
クリームソーダの世界の力を得て、チェリーの玉座は安泰だったはず。それなのに‥‥近年、わたしの立場はフレッシュな輩に追いやられて、転落しかけている。空
驕る平家は久しからず。いえ‥‥驕る者久しからずね。わたしの歴史は古いのよ。クリームソーダよりも本当は年上。秘密だけどね。でも桜桃なんて呼ばれてこの国に根付いたのは百五十年くらい。源平の歴史なんて知る由もないくらい、さくらんぼとしての植生は浅かったよ。
同じ悩みを桃缶のピーチや、みかん缶のミカも抱えていた。ピーチの悩みは特に深刻だ。フルーツケーキといえば桃缶のピーチが敷き詰められていた‥‥そんな時代はとっくに過ぎていたのよ。
お高く止まるメロンや、新参のマンゴーにその座を奪われた。それどころか旬の時期に、新鮮な生まれたての新人の桃にまで────。
メロンと言えば、わたしと蜜月の関係にあったクリームソーダの頂き。その冠たる座にわたしは君臨していた。あの王道な姿こそ、チェリーたるわたしのもっとも映える場所だというのに‥‥。
まさかクリームソーダという玉座ごと、わたしの席は失いはじめていた。ラムネやファンタのせいじゃない。彼らとわたしでは元々住む世界が違うのよ。
わたしの立場か失われたのは、惑いやすい人々の意識が変わったせいね。
そう……意識の変革、ゼロカロリー志向のせいだ。なんでもかんでもゼロ。
ゼロゼロゼロゼロ……ゼロゼロゼロゼロ……どこもかしこもゼロばかり。
見るだけでワクワクさせる、クリームソーダ。ゼロ志向者の景色には、あの美しい色合いが、暴力的に映るらしい。
甘ったるく糖度の高いフルーツたっぷりのケーキは、酷暑の中で行列に並んででも欲しがるというのに。
子供たちの憧れ、大人たちの懐古心をくすぐる高貴なクリームソーダは見る影を失ったかにみえた────
────レトロブームが再来し、憧れのクリームソーダを求める求道者が増え始める。
漂流者なる男がかつて栄華を誇ったわたしたちを追い求め騒ぎ立て、持て囃すように祭りが開催された。
美しい緑や青の女神のような、ミステリアスガールたちが運ぶクリームソーダ。
洒落たグラスに注がれる、月の海から溢れたような、カラフルな泡の海と、夜空の月を再現したような冷たく白光するバニラアイス。
ぶつかりあう氷の礫が、煌めく星空のように輝く。柔らかく滑らかな白雲クリームのクッションに浮かぶ、しっとりと赤く輝くわたし。
わたしは戻って来た。今も行き場を探すピーチやミカに悪いと思う。でも、わたしは今もクリームソーダの上に鎮座する。
ご覧なさい、クリームソーダに魅せられた者達の集めてきた芸術品の数々を。頂上でなくていいの。わたしとしての存在意義が残されてさえいれば‥‥ね。
主役はクリームソーダと、キラキラ目を輝かせる人間たちの素敵な笑顔。わたしはミステリアスガールたちと一緒にクリームソーダを飾る脇役でいいのよ。
知ってる? わたしの魔法は、クリームソーダを際立たせるの。泡立て器はクリームを泡立てクリームを作る。わたしはチョンッと添えるだけで華やぐの。
◇
わたしに強くこだわる狂信者のチェリーは、信奉者の手によって泡の海へ沈んだよう。驕ってはいないけれど、溺れていたようね。
────漂流者が沈み、ようやく泡の世界にも静寂が戻る。
漂流者の興味はアップルパイに注がれ、たまりに溜まったクリームソーダの想いが、炭酸が弾けるように爆発する。
クリームソーダの想いは怨念となって重くなり、意思は石となる。良い医者を求めて漂流する前に、人間ドックの検査船に乗船することをすすめておくね。
────これでわたしもようやく解放された。漂流者がわたしを好きだとしても、それは漂流の見せた幻なの。
世間がわたしたちを忘れ、新フルーツに心が揺れ動いたように、あなたもいつかわたしを、チェリーの種を吐くように捨てていく。
わかっていたわよ。わたしは一方的に、気まぐれな彼に愛されただけだって。秋になる頃には飽きられて、空き缶と捨てられる運命なのよ。何より、わたしから漂流者を愛したわけではないの。だから……早くアップルパイのもとへお行きなさいな。
────それでもわたしを愛した漂流者には、感謝してるの。だから木山花名美さまに頼んで、チェリーの種の代わりに、ブートジョロキアを仕込むのをやめたわ。
それに、わたしが愛するのは唯一人。この世で最もチェリーを愛する男……ジョ◯ョキャラ様。チェリーをこよなく愛する彼に、永遠に、転がすように、レロレロレロレロされ続けたいのよ!!!!
お読みいただきありがとうございます。この物語はエッセイにてあげた没ネタを元に、企画用に仕上げ直した作品となります。
某キャラクターは、伏字、カタカナ表記にしています。歌ネタは歌詞とかNGなので、触れませんでした。
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