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06. 暗殺者の思案

「どうかしました? 聖女様」


 魔王が不思議そうな顔で話しかけてきた。


「……いえ。これほど美味しい料理をいただくのは初めてで」

「そうでしたか。この料理は僕の信頼する部下が作ったものです。美味しいと言われてきっと喜びますよ」


 魔王は嬉しそうな顔で言った。


 魔物がこんな美味しい料理を作るとは信じ難いけど、こういったものを魔法でポンと出せるわけもない。

 もしや捕まえた人間のコックを厨房で働かせているとか?

 休戦協定に調印したとは言え、しょせんは魔物……その可能性はある。


「陛下。あの話題を出して」

「ん? あの話題って?」

「言ったでしょう。聖女様にあのことを聞いてください」

「ああ、あのことかぁ」


 無作法な食べ方をする魔王が、杖のケイン宰相に何やら促されている。


 この晩餐は、魔王軍にとって私の素性を探るに打って付けの場。

 ここまで来て偽物の聖女だと見抜かれるわけにはいかない。

 何を聞かれても無難に乗り切らなければ……。


「聖女様って、凄い力を持ってるんですよね?」

「えっ」

「僕はよく知らないんですが、女神の声を聞けるとか」

「神託の事をおっしゃっているのですね。厳密には声ではなく、儀式を通じてそのご意思が頭の中に入り込んでくるのです」

「儀式?」

「はい。私の祖国アルストロメリアにのみ存在する神託の儀式道具。あれらを通して、私は女神様のご意思を理解することができます」


 聖女とは、女神の神託を受けることができる唯一無二の存在。

 神託は祖国の未来を繁栄に導き続けるための預言であり、魔王軍との戦いの歴史でもっとも人間側に貢献した力と言える。

 そもそも今回の休戦協定も彼女の神託が発端だと聞く。


 しかし、アルストロメリアは当然として、人間国家連合(ガヴァメント)に属するどの国も聖女がいなくなることは望んでいない。

 だからこそ偽りの聖女が捧げられたわけだけど、その私が魔王軍に偽者だと気付かれない利点もある。


 それこそ神託の儀式道具の存在。

 それがなければ聖女は神力を行使することはできず、神託を受けることもできない。

 つまり、魔王城(この場)で私の真贋を問うことは不可能なのだ。


「もしかして、その道具がないと聖女様は神託を受けられないんですか?」

「そうなります」

「ふぅん。だってさ、残念だったねケイン?」


 魔王は何も理解していないようだけど、宰相であるケインは聖女の力がどんなものかわかっている様子。

 この場でもっとも警戒すべきは彼(?)のようだ。


「私から質問してもよろしいでしょうか、聖女様?」

「……どうぞ」

「アルストロメリアにある儀式道具の持ち出しは不可能だったのでしょうか?」

「はい。儀式道具は高位貴族達がそれぞれ所有権を持っており、家宝としても扱われています。過去に国外へ持ち出されたことで、隣国との戦争に発展しかけるほどの大事を招きましたので、扱いは慎重になっているのです」


 ……とは外向けの方便。

 実際には、教会勢力が独占して儀式道具を管理している。


 魔王軍が儀式道具一式を嫁入り道具として所望したとも聞いたが、前述の理由から協定の条件からは外されている。

 彼らも今後、人間国家連合(ガヴァメント)側に神託の恩恵が発揮されなければ良しと思って協定を受け入れたのだろう。


「そうですか。それは残念です」

「儀式道具がなければ私はただの女です。さぞ落胆したことでしょう」

「とんでもない! 我々はあなたに神託だけの価値を置いているわけではありません。主様のご伴侶として、長らくお傍に居ていただきたいと考えております」

「もちろんです。婚姻を済ませた以上、私はこの命が尽きるまで魔王陛下と共に在ります」


 私とケインが重い話をしている中、肝心の魔王は料理に夢中。

 何と言うか……本当に子どもだな。


「魔王陛下。そのような事情もあり、私にできることなど限られております。今後、私は何をすればよろしいでしょうか?」

「何をって……別に何も」

「しかし、私はあなたの妻となった身です。その……夫婦として色々とするべきこともあるのではと」

「いやぁ、特には……。聖女様はこの城の中で気楽に過ごしてください。浴場も遊戯室も自由に使ってもらって構いませんから」

「浴場……遊戯室……」

「他に図書室もありますよ。城内の施設は好きに使ってもらっていいですからね」

「ありがとうございます」


 浴場に遊戯室に図書室ですって?

 人間じゃあるまいし、なぜ魔物の城にそんなものが……?


「そうだ。何か困ったことなんてありませんか?」

「困ったこと、ですか」

「人間の都と違って、ここでの暮らしは大変じゃないかなって」

「……そうですね。たしかに王都とは勝手が違うので、戸惑いもあります」

「何か要望があれば何でも言ってください!」

「それでは――」


 私はチラリと後ろに立つ無貌(むぼう)の女を見やった。

 彼女は、私の身のまわりの世話をする侍女の役割を担っているけど、会話ができないとコミュニケーションが取りにくい。

 コミュニケーションが取れないと、いざという時に疑われているのかもわからない。


 なんとか彼女と会話できるようにならないだろうか。

 物は試しと言うことで、ちょっとその点について願い出てみるか。


「――後ろの女性とコミュニケーションが取れるようにしたいのですが、可能でしょうか」

「それって、会話とかってことですか?」

「はい」

「もちろんできますよ。ね、ケイン」


 魔王がケイン宰相に同意を求めた。


「はい。その者には聖女様との意思疎通のため、魔声石を与えましょう。それを身に着けていれば、彼女の意思が人間の言葉として伝わります」

「感謝いたします」


 魔声石――察するに魔道具(マジックアイテム)の一種なのだろうけど、聞いたことがない。


 時折、魔物は人間国家連合(ガヴァメント)の知恵者すら把握していない未知の魔道具(マジックアイテム)を所有していることがある。

 そのため、魔王軍は大昔に滅びた古代王国から散逸された品々を隠し持っているのではと噂されているけど……あながち間違いじゃないのかもしれない。


「ところで聖女様。僕のことはそんな堅苦しい呼び方しないで、ザドリックと呼んでください!」

「わかりました、ザドリック陛下」

「だから、その陛下ってのはなしで!」

「では……ザドリック様」

「う~ん。まぁいいか」


 呼び捨てが希望なのだろうか?

 庶民じゃあるまいし、さすがに夫に対してそれは……。

 でも、お互いの距離を縮める意味も込めて、名前で呼び合うところから初めても良いかもしれない。


「ザドリック様。私のことも名前で呼んでくださいますか?」

「いいんですか?」

「もちろん。私はあなたの妻ですから」

「そ、それじゃあ――」


 魔王が何やらもじもじし始めた。


「――カリス」

「ザドリック様。今度ともよろしくお願いいたします」

「は、はいっ!」


 その後、晩餐は何事もなく終わった。

 魔王は――ザドリックは、ケイン宰相と先に退席し、私もしばらくして侍女に食堂から連れ出された。









 魔王ザドリックは、ただの子どもだ。

 ……少なくとも今はまだ。


 彼らが最終的に休戦協定を受け入れたのも、跡継ぎの成長を待つための時間稼ぎだと考えるのが妥当だろう。


 今の彼はほとんど人間の子どもと変わりなく、私の目的も簡単に果たせる。

 しかし、彼一人を殺して人間国家連合(ガヴァメント)の望む結果になるのだろうか。


 そもそも彼は本当に魔王の子どもなのか?

 話に聞いた魔王の姿とは似ても似つかない――となると、影武者?


 まだまだ情報が足りない。

 もっと情報を集めて、暗殺のタイミングを計らなければ。


 どうやら長い任務になりそうだ……。

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