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03. 魔王

 数日の後、人間国家連合(ガヴァメント)の国王達と魔王軍の宰相が一堂に介し、協定書への調印がなされた。

 ここに人と魔物の戦いは終焉を迎えた。

 そして、聖女の身柄が魔物側へと譲渡される。


 それらはすべて人間国家連合(ガヴァメント)の筆頭国アルストロメリアの首都にて、衆人環視のもと行われた。

 聖女カリス――に扮した暗殺者の私――は名実ともに魔物の王の妻となるべく、その使いのよこした送迎馬車に乗って暗黒の領土へ。


「カリス王女殿下――いえ、聖女様と呼んだ方がよろしいでしょうか」


 送迎馬車の客車にて、魔王軍の宰相が話しかけてきた。


 宰相は、漆黒の甲冑を纏った巨体に、異様に小さなドラゴン型の頭を持つ魔物だった。

 ドラゴンと言っても、その顔は肉も皮膚もない骨格が露わになった容貌――おそらくアンデッドなのだろう。

 流暢に人語を話すので初めて顔を合わせた時には少々驚いた。

 しかも、そこらの人間に比べれば理知的で物腰も柔らかい。


「どちらでも」

「緊張なさらないでください。調印がなされた今、我々に敵対関係はございません。あなた様のことは、我が国の王妃として全霊を(もっ)てお迎え入れる所存でございます」


 一体どこから声を出しているのか甚だ疑問だが、とにかくドラゴンの頭蓋骨から私を慮る声が聞こえてくる。

 魔物に励まされるなんて奇妙な感覚だった。


「我が領土のことは過去の経緯からご存じかと思いますが、細かいことは人間国家連合(ガヴァメント)には知られておりますまい。聖女様には我が国についてご説明させていただきます」

「その前に一つお聞かせ願いますか」

「なんでございましょう」

「なぜ我々人間と休戦協定を結んだのですか?」

「それにつきましては、城についた後でご説明いたしましょう。……いいえ、我が主と直にお会いになれば理解されるかと」

「?」


 宰相の意味深な発言が気にかかったものの、それ以上の質問は避けた。

 あまり詮索して警戒されるのは都合が悪い。


 直に会えばわかると言うのなら、自分の目で確かめるまでのことだ。





 ◇





 アルストロメリアより北へ20kmほど進んだ後、送迎馬車は魔王軍の支配領域へと入った。

 人間の生息域とはまったく違う生態系が広がり、異形の魔物達が徘徊する魔境――通称、暗黒の領土と呼ばれる人間には忌み嫌われる土地だ。


 今まで数多くの討伐隊が、その魔境のどこかにあるという魔王の居城へと討って出たが、生きて帰ってきたのは三英雄の率いた討伐隊のみ。

 人間には居城の捜索も困難を極めたというのに、私の乗る馬車は道に迷うことなく目的地へとたどり着いた。


「あれが……魔王の城」


 それは巨大な針のような城だった。

 一帯を覆う黒い雲を突き上げるように伸びた尖塔が、その異様さを際立たせている。


 城は底が見えないほど深い崖に囲われていて、一つだけある吊り橋が向こう側へと通じる道となっていた。

 吊り橋の周りにはおぞましい数の魔物が徘徊しており、皆が一様に馬車へと視線を向けているので、生きた心地がしない。


「ご心配なく。彼らに敵意はございません」

「私にはそれは分かりかねます」

「むしろ主の伴侶の来訪を喜んでいるのです。彼らの多くがあなたの顔を見るために持ち場を離れてやってきているのですよ。防衛の観点からすると好ましくありませんが」

「……左様で」


 攻撃されないとわかっていても、魔物の群れに囲まれて良い気持ちはしない。

 というか、魔物にそんな感情や知性があるのか……?


 吊り橋を渡った後、馬車は巨大な門の前で停まった。

 まるで巨人が通るかのような門を前にして、私は息を飲んだ。


 この先へ進めばもう引き返すことはできない。

 しかし、すでに覚悟を決めている――今さら恐怖などない。


 大きな音と共に吊り格子の門が上がっていく。


 門をくぐった後、次に馬車が停車したのは薄暗い広間の真ん中だった。

 周囲には青い炎の立ち昇る燭台が取り囲んでおり、奥の闇に溶け込むようにして何者かの気配が感じられる。

 ……監視されているのか?


「聖女様。ようこそ我が主の城へ」


 宰相が客車の扉を開いたので、私は馬車を降りた。

 すると、私の周りにどこからともなく白いドレスを着た女達が現れ、正面の通路へ誘うように二列に並んだ。

 彼女達は無貌(むぼう)の人外であり、それぞれ青い火の灯ったランタンを持っている。


「これより我が主のもとへご案内いたします」


 いつの間にか宰相が客車から降りていた。

 彼(?)は手のひらに大きな青い火を灯すと、女達の間を歩き始めた。

 私が彼の後に続くと、通り過ぎた傍から女達が後ろをついてくる。


 異形の彫刻が施された柱が立ち並ぶ通路を進んでいくと、音楽が聞こえ始めた。


 これは蓄音機の音だろうか?

 この場に似つかわしくない妙に明るい曲調に困惑してしまう。

 音の出どころは、奥に見えてきた扉の向こうからのよう。


 扉の前で宰相が足を止めた。


「この先は玉座の間。我が主――ガルガリシオン魔王陛下がおられます」


 人間の世界では口に出すのも(はばか)られる魔王の名。

 その当人といよいよ謁見の時がきた。


 ひとりでに開き始める扉を見ながら、私は生涯最大の緊張を覚えていた。


 この場で仕掛ける?

 否。初対面では警戒されている可能性が高い。

 むしろ今は聖女の役割に徹して、魔王に取り入ることが先決。

 決して失敗が許されない任務である以上、焦ってはいけない。


 扉が開かれ、私は玉座の間へと足を踏み入れた。


 蓄音機の音が大きくなる中、玉座の近くまで来て片膝を折る。


「アルストロメリア王国第一王女、カリス・アンナ・マリア・アルストロメリアでございます。この度は、魔王陛下にお目通り叶うこと、誠に恐悦至極にございます」


 歩きながら視線を落としてしまっていたので、玉座の方は見えていない。


 私自身、人づてに聞いただけなので魔王の姿を見るのは初めて。

 とんでもない異形の化け物とは聞いているけど、果たして私は平静を保ったままその姿を直視できるだろうか?


「ようこそ、聖女カリス様! そう畏まらずに僕にお顔を見せてください」


 想像もしていなかった幼い声が聞こえて、私は顔を上げた。


「……え?」


 玉座には、小さな角を生やした人間の子どもが座っていた。

 服装も貴族令息が着飾るようなものと変わらず、顔には緩やかな笑みを浮かべたまま私を見つめている。


「この城の主、ザドリック・ヴァーツ・ガルガリシオンです。不束者ですが、これからよろしくお願いします!」


 魔王の城に、魔王を名乗る一人の少年。

 周囲とのあまりにもチグハグな光景に、私は言葉が出なかった。

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