23. 開戦!!
想定外の賢者の出現にも関わらず、側近達は即座に動いた。
ケイロンは弓の矢をつがえ、ビアンニは髪の毛をハリネズミのように尖らせ、コベンホルトは両手に肉切り包丁を構え、ディーヌは水で槍を作り、カーミラは髪の毛を逆立たせた。
キャッタンは……一人だけ状況を理解しておらず困惑している。
「まぁまぁ皆さん。落ち着いて――」
「黙レッ!!」
カドゥケウスの言葉を遮ったのは、今にも飛び掛かりそうなほど前傾姿勢となっているビアンニだった。
彼女の姉達はカドゥケウスに殺されたと聞いている。
その憎しみが彼女の怒りを駆り立てているのか。
「フッ。化け物に人の言葉はわからないか?」
「貴様……ッ」
ビアンニの髪の毛が蛇のように動き始めた瞬間――
「双方、待てっ!!」
――ケインが二人の動きを静止した。
「賢者殿、これは一体何の真似だ!?」
「あなたが宰相殿ですか。お目にかかるのは初めてですね」
「挨拶などよい! 此度の来訪に際して、入城するのは従者一名のみと取り決めたはず!!」
「ですね。しかし、元々こうする予定でしたから」
「なんだと!?」
カドゥケウスは前髪を掻き揚げながら、私に視線を向けた。
「聖女様も無事で良かった」
その瞬間、ケインが私をかばうように目の前に立った。
おかげで大きな背中が邪魔をして、周りの状況がよく見えない。
不意に玉座へと目をやると、ザドリックが肘掛けに置いている腕が小刻みに震えているのが見えた。
恐怖――否。その逆だ。
彼は拳を握り締め、その表情は怒りの形相に変貌している。
父を殺した男の一人を前にして、ザドリックはかろうじて殺意を抑えているのだ。
私がそっとザドリックに手を重ねると、彼は拳を緩めた。
理性が残っていてくれてホッとする。
「何をしに来たのか説明してもらおう。返答次第では……わかっていような?」
「わかっておりますよ、宰相殿」
「ならば答えよ! 汝は何のつもりでここに現れた!?」
「お答えしましょう――」
カドゥケウスが指を鳴らした。
その瞬間、彼の周りに無数の亀裂が生じていく。
そこから飛び出してきたのは、武装したメイド服の女達――全員、灰色の髪の毛に赤い瞳をしている。
「――紛い物の魔王を制裁し、聖女を奪還するためです!!」
メイド達はカドゥケウスを守るように円陣を組み、手にした武器を構えた。
それを見て側近達は殺気を露わに――
「賢者を捕えよ! 殺しても構わん!!」
――号令が出た瞬間、彼らが仕掛ける。
いの一番にケイロンの矢がカドゥケウスへ向かって射られ、傍に居たメイドが彼を守るようにしてその身で矢を受けた。
矢を受けたメイドは倒れ、傷口から紫色の煙が立ち昇る――毒か!
さらに反対方向からはビアンニの針のような髪の毛が伸び、カドゥケウスを守っていたメイド達を貫いていく。
何百本もの髪の毛に襲われた彼女達は、全身をまるで拷問器具に貫かれたように穴だらけとなって倒れた。
間を置かず、ディーヌが体から無数に分けた水の鎌で、残りのメイド達を切り刻んでいく。
とても水とは思えないほどの切れ味。
手足を切断されたメイド達はその場に崩れ落ちていった。
さらに、カーミラは手のひらを広げた瞬間に炎の魔法を顕現し、無傷のメイド達を焼き尽くした。
四人の側近達の攻撃で、その場に十名以上いたメイド達はサーティを覗いて全滅。
強い――さすがに側近というだけのことはある。
「ほう。これはなかなか」
「賢者よ、驕りが過ぎたな! 多少武装した程度の人間ごとき、我らにとっては物の数ではない!!」
「フッフッフ。たしかにそのようですね」
「陛下の御前で無礼の極み、万死に値する。楽に死ねると思うな!!」
「それはこちらのセリフですがね」
カドゥケウスが言うや、倒れたメイド達が動き始めた。
まさか死んでいない……!?
「馬鹿な……まだ動けるのか!」
「この者達を人間と思わぬことです。見た目に騙されると手痛いしっぺ返しを食いますよ?」
毒矢で射られたメイドが平然とした顔で立ち上がった。
彼女だけではない――無数の髪の毛に貫かれた者達も、水の鎌に切り裂かれた者達も、炎で焼かれた者達すら、見る見るうちに元通りの姿へと復元していく。
「この者達は人ではない――ホムンクルスと言えばわかるでしょうか?」
「ホムンクルス……人造人間か!」
「左様。私の錬金術で創造した戦闘用の人形ですよ。とは言え、肉体強化のために魔物の血や臓腑を流用していますから、混成人間と言った方が正確かもしれませんが」
「なんとおぞましいことを……!!」
「さて、お前達。真の力を見せてやれ」
カドゥケウスが言うや、メイド達が動き出した。
それを側近達も迎え撃つ。
あっという間に、玉座の間は戦場と化してしまった。
そんな中、悠然とカドゥケウスがサーティを連れて玉座へと向かってくる。
「もう演技はよろしいですよ、スティ」
……スティ?
今、私を見てスティと言ったのか、この男。
「私は……そのような名ではありません」
「もう命令を律儀に守る必要はありませんよ。特務機関は私がすでに掌握しています。もちろん宮廷評議会もね」
「!? な、何を……」
「スティ。もうきみを縛るものは何もない。安心して私に身をゆだねるといい」
何を言っているんだ、この男は?
特務機関と評議会を掌握したとは……どういうこと?
「さぁ、スティ。もう化け物の妻を演じる必要はない。私と共にアルストロメリアへ帰りましょう。これからは太陽の日の下で生きられるバラ色の人生が待っていますよ」
困惑しかない。
特務機関の私に向かって太陽の日の下で生きられるとは、どんな冗談だ。
一つだけハッキリしているのは、奴が祖国に対して謀反を起こしたということ。
そもそも奴が単独でアザレアに訪れることからして異常だった。
勇者も聖騎士もいない祖国を、賢者が制圧するのは容易なことだ――なぜその懸念に今まで気づかなかった!?
「カリス様! あやつは一体何を言っているのです!?」
ケインが困惑した様子で問いただしてくる。
でも、今の私はそれに答える言葉を持っていない。
「宰相殿。私とスティの間に割り込むのはやめていただきたい」
「貴様――」
ケインが両手をかざそうとした矢先、カドゥケウスの指先が空を切った。
まるで嵐のような突風が起こり、次の瞬間にはケインの甲冑が左肩から右腰にかけて真っ二つに割れて倒れてしまった。
「さて、次は偽りの魔王――あなたの番ですね」
「……っ!!」
私が手を添えていたザドリックの拳が再び強く握られた。
感情を暴走させてはダメ!
私はスカートの下に隠していた短剣を抜いて、ザドリックの前に出た。
もちろん切っ先はカドゥケウスに向けて。
「スティ? なぜまだ演技を続けるのですか」
「演技ではありません。私は魔王の妻――ならば、夫のために戦うのが私の務め!」
「……可哀そうに。やはり洗脳魔法を受けているようですね」
「洗脳魔法?」
「先ほどもその汚らわしい化け物に素手で触れていましたし、魔物の巣での生活はさぞや辛いものだったでしょう。助けに来るのが遅くなって本当に申し訳ない」
「何を言っているのです。私は洗脳などされていない!」
その時、玉座の間が揺れた。
否。城全体が震動したのか?
まるで地下で何かが爆発したかのような……。
「地下でも始まったようですね」
「な、何をしたのです!?」
「この城にはホムンクルスのグループを二隊送り込みました。一つはこの玉座の間、もう一つは入り口付近。後者はあなたから得た情報を頼りに、地下の宝物庫へと侵攻しています」
「な……っ!!」
なんてこと。
たしかに一度目のメッセージの際、私は知り得る限りの情報を送っていた。
その中には地下倉庫――宝物庫の位置も含まれている。
カドゥケウスならば、あそこに収められた魔道具を狙わないはずがない……!
「今日までご苦労様でした、スティ。あなたの特務機関としての使命――魔王暗殺の任はたった今から私が引き継ぎます」
……バレた。
私の正体が。私の目的が。
ザドリックに。アザレアの民に。
直後、玉座に座っていたザドリックが私の手を振り払った。
私はそれを見て心が締め付けられるように痛んだ。
私の嘘がザドリックに知られた。
賢い彼ならば、カドゥケウスの言葉だけですべてを察したはず。
なぜゆえ私が彼に近づいたのか……。
でも、違うの。
今の私は、本当にあなたのことを……!
「我が妻を愚弄するか、賢者とは名ばかりの愚か者め」
「……化け物の言葉とは言え、少々癇に障る罵倒ですね」
「余の妻カリスが何者であろうとも、余が愛したことには変わりない。貴様が何をのたまおうとも、余とカリスの絆は変わらぬ」
「絆? 言うに事を欠いて、魔物が絆だと? ……笑わせるな、化け物がっ!!」
カドゥケウスの表情が変わった。
「それは俺の女だ! 貴様のような化け物が気安く触れていい存在じゃねぇんだよ!!」
まるでチンピラのような態度に驚きしかない。
この男、本当に私の知る賢者カドゥケウスか?
否。これが奴の本性……!!
「お前が何者かわかったよ。お前は人間国家連合のためにこの地に来たんじゃない。自分の欲望を果たすためにやってきた卑しい盗賊だ」
「化け物の分際で何を言う。貴様ら魔物にとって人間は餌だろうが。聖女だと思っていたからこそ彼女を生かしていたくせに、俺を卑しい盗賊扱いとは!」
「何から何まで間違ってる。お前ほど心の醜い人間は見たことがない」
「その口を閉じろ、紛い物がっ!!」
激昂と共に、カドゥケウスが魔法を放った。
空中から突然ガラスのように煌めく水の刃が無数に現れ、一斉に玉座へと飛んでくる。
ザドリックは私を押し飛ばし、次の瞬間には――
「!!」
――彼の全身に氷の刃が突き刺さった。
「フハハハハ! しょせん紛い物! たしかに脆弱! これがあの化け物の後継者とは、魔王の名も地に落ちたものよ!!」
「カドゥケウス……!!」
串刺しにされたザドリックを見て、私は殺意が湧き立ってきた。
この殺意は今までのものとは違う――使命からの殺意ではなく、憎しみからの殺意。
こんな殺意を抱いたのは生まれて初めてだ。
「さぁ、安全なところに避難しましょう。魔物どもの始末もすぐに終わります」
「ふざけ――」
私が飛び掛かろうとした時、カドゥケウスの顔面が潰れて吹き飛んだ。
突然の事態に困惑した。
不意に玉座へと視線を戻すと、ザドリックの巨体が黒い靄となって消え始めていることに気が付いた。
「紛い物でも脆弱でもある。でも、魔王の名を侮辱することは許さない!!」
玉座の前には、元の姿のザドリックが立っていた。
拳を固く握りしめ、幼い顔に怒りの色を浮かべている。
「き、貴様……っ! 俺の……俺の顔をよくもぉぉぉ!!」
カドゥケウスが立ち上がった。
その顔は惨めにも鼻が折られ、前歯も欠けていた。
そして、両目を充血させるほどの怒りの形相を露わにしている。
「カリスを俺の女とか言ったな? その言葉、訂正して降伏すれば生かしてやる」
「魔王の息子が後継者とは聞いていたが、まさかこんなガキとはなぁ……! 誰に口を利いているのか、わかっているのか!!」
「わかってるさ。おそらくはもっとも愚かな人間――この世界を掻き乱す悪意の権化。同じ仇でもお前は勇者とは違う。敬意を払うに値しない……外道だ」
「化け物に言われたらお終いだ!!」
カドゥケウスの周囲に凄まじい魔力が取り巻いていく。
あの現象は、奴がいよいよ本気になった証。
「ザドリック、私も一緒に戦います!」
「いや、いいよ。カリスはそこにいて」
「しかし!」
「大丈夫。僕を信じて」
ザドリックは私に向かって笑いかけた。
その温かい笑顔を見て、私は安堵すると共に、彼の心根の良さを感じ入る。
ああ……。
私はこの優しさに、この笑顔にこそ、惚れたのだ。
「俺の前でスティと戯れ合うなぁぁぁぁ!!」
カドゥケウスは手にした魔法杖から巨大な火の球を放った。
その余波は周囲の側近達やメイド達を吹き飛ばし、一直線にザドリックへと向かう。
「逃げて、ザドリック!!」
私の心配をよそに、彼は腰の鞘から剣を振り抜き、火球を切り裂いてしまった。
真っ二つに割れた火球はすぐさま蒸発し、カドゥケウスは目を丸くしている。
「父上の体を焼いたという賢者の魔法……この程度か?」
「ガキがぁ……っ!!」
カドゥケウスの表情が憤怒で歪んでいく。
恐ろしい貌――奴があれほど激昂する姿は初めて見る。
「その汚い手でカリスに触れることは許さない」
「化け物が……ぶち殺してやる!!」
……始まる。
魔王と賢者の戦いが。
「何かを巡って争う殿方の姿は美しいですね」
「はっ!?」
突然、背後から声が聞こえた。
とっさに振り向いた先には、微笑をたたえるサーティの姿があった。
「この混戦の中では、意図せぬ犠牲が出るのは致し方ありませんよね?」
「あなた……」
サーティの両手がビキビキと音を立てて変貌していく。
まるで猛獣の爪のように指先が鋭くなった彼女は、邪悪な笑みをたたえた。
「私の君をたぶらかす魔女なんて死ねばいい」
カドゥケウスの強い殺意にばかり気を取られていて、まったく気付かなかった。
さらに冷たい殺意を私に向けている者が、ここにいたのだ。




