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21. アザレア緊急会議

 招かれざる客の来訪によって、アザレアはざわついていた。

 急遽、食堂の円卓で始まった緊急会議に呼び出された私は、いつになくピリピリした側近達の様子に驚いた。


「わらわは反対です。賢者と言えば、魔王陛下の憎むべき仇の一人。そんな輩を城内へ入れるなど正気の沙汰ではありません」

「しかし、神託の儀式道具を譲渡すると言っているのですよ? 主様を救える可能性をみすみすふいにしますか!?」

「アイツを信用デキるワケがナイ! 絶対に何か企んデルに決まッテル!!」

「でもさ、もうウチらと人間との戦いは終わってるんだよ。今さら何か仕掛けてくるかなぁ?」

「わしらが賢者の人となりを考えても仕方あるめぇ! ここは当人を知ってる方からお話を聞くのが一番だろう!?」


 コベンホルトが言った矢先、側近達の視線が一斉に私へと向いた。


「うっ」


 八人の視線――一人は杖なので視線とは言い難いけれど――に射貫かれて、私は思わず顔を引きつらせてしまう。

 敵意がないとは言え、このメンバーに見つめられるとなかなかの圧だ。


「カリス様! 賢者についてはあなたの方がお詳しいはず。信用に足る人物かどうか、ぜひともご意見をいただけませぬか!?」


 椅子に立てかけられているケインがカタカタ揺れながら話しかけてくる。

 彼にしては珍しく、ずいぶんと興奮している様子。


「たしかに私はカドゥケウスの人となりを知ってます。その私が思うに――」


 私が知る賢者カドゥケウスは、一切の信用のならない人物だ。

 相手が王族だろうが貴族だろうが、慇懃無礼な態度を崩さないその姿勢には、根本的な性格の悪さと、何よりも傲慢が際立っている。

 宮廷評議員の一員でありながら、会議には無断欠席や遅刻が当たり前だと聞くし、プライベートでは女遊びが酷いとか、屋敷の使用人には女性しか雇わずハーレムを築いているとか、ろくな噂を利かない男だ。


 しかし、魔王討伐の主力メンバーに選ばれただけあって、魔法使いとしての実力は間違いなく世界最高峰と評することができる。

 攻撃から補助に至るまで、古今東西すべての魔法を修めたと評されるほどに魔法の知識は深く、博識を活かして様々な秘薬を開発した錬金術師としても知られる。

 味方にすれば信用ならないが、敵にすれば恐ろしい――それが私の彼に対する最終評価。


「――彼を城内に入れるのは避けるべきだと考えます」


 あの男が自らこの地に訪れた以上、必ず何か企みがあるはず。

 その企みは、かなりの高確率でアザレアに不利益をもたらすに違いない。


 そもそも儀式道具を持ってくるなど、どうかしている。

 なぜ人間国家連合(ガヴァメント)側の人間が自ら偽聖女(わたし)の正体を明かしかねない危険を冒すのか理解できない。

 二通目のメッセージを受け取っているのなら、この行為は明らかにおかしい。

 もしやメッセージが届いていないのか……?


「ですがカリス様、主様を救うには神託が不可欠! ここで追い返しては……っ」

「それはわかっています。しかし、儀式道具の譲渡ならば、わざわざアザレアの心象が極めて悪い賢者を遣わせるのは不自然。何か罠があるかもしれません」

「で、ですがぁ……っ」


 ケインが食い下がってくる。

 たしかに儀式道具を欲しがる気持ちはわかるけれど、それが手に入ってしまっては私が偽者だと暴かれてしまうので困る。

 なんとか皆を説得して、カドゥケウスを追い返したいけれど……。


「面倒くさいことを考えるのはやめにしようぜ! 儀式道具も手に入れて、俺達の溜飲を下げる簡単な方法があるじゃねぇか!!」

「ですわね。賢者を殺して奪えばいいのです」


 ……ケイロンとカーミラがとんでもないことを言いだした。

 城外警備担当で武闘派のケイロンが言うのはわかるけれど、まさかカーミラまでそれに乗っかるなんて。


「わしもどっちかと言えばそっち派だな。奴らには多くの仲間が殺された。わしもできることならぶっ殺してやりてぇ」

「アノ賢者はワタシもブチ殺しタイ……ッ!!」


 コベンホルトとビアンニもそっち派か。


 この場に揃った側近八名のうち、すでに四名が強奪案に賛成。

 となると、あと一人でもそれに賛同したら……。


「待つのだ、お前達! いくらなんでも殺して奪うのは外交上まず過ぎる!」

「そうですわ。無事に賢者を返さなければ、こちらから休戦条約を反故したことになります。不用心に人間国家連合(ガヴァメント)を煽る行為になりますよ」


 ケインとディーヌは冷静だ。

 この二人は穏健派とでも呼ぶべきか。


「ウチは別にどっちでもいいよ~。まぁ、面倒事は避けたいかな?」


 相変わらず呑気なキャッタンは思考放棄。

 かろうじて穏健派か。


「おぬしはどうなのだ、イブリス。城内管理の立場として、万が一があった時に賢者を抑えられるか?」

「……どうでしょう」


 ケインの問いに、イブリスは何やら思案している様子。


「前回、城内への侵入を許した際、私は陛下のご命令で奴らを中庭へ誘導することに集中いたしました。不必要な破壊を避けるための措置ではありましたが、賢者はずっと私の闇魔法の解析を試みておりました」

「解析だと? そのようなことが可能なのか」

「優れた魔法使いならば……。今一度あの男を城内に招けば、闇魔法による城内防護を破られる可能性があります」

「むぅ。そうなれば主様の身も危ういか……」

「あの賢者は、勇者に匹敵するほど戦闘力も高い。今の我々の戦力では、ザドリック様をお守りできるか怪しい。このまま追い返すべきです」


 側近達の考えが出そろった。


 強奪を提案する過激派は、ケイロン、カーミラ、ビアンニ、コベンホルト。

 追い返す考えの穏健派は、ケイン、ディーヌ、イブリス、ついでにキャッタン。


 ……四対四か。

 でも、この場にはザドリックの妻である私もいる。


「私は先ほども申し上げた通り、賢者を城内に入れることは反対です」


 これで五対四。

 賢者カドゥケウスを城内に招くことは避けられる。


「カリス様、そして皆の意見はわかりました。では、これならばどうでしょう――」


 ケインがまだ食い下がってくる。


「――賢者は城内にはいれず、従者を一人だけ招き入れるというのは?」


 ……従者?

 カドゥケウスは一人で来たわけではないのか。

 いや、むしろ当然か。

 彼ほどの人物が自分で馬車を駆ってくるわけがない。


「賢者は何人か従者を連れてきている。おぬしの部下の観測ではそうだったな、ケイロンよ?」

「ああ。連中は豪勢な箱馬車一両。御者が一人、客車には賢者を除いて従者が二人。賢者以外は全員女で、武器も携帯してないし魔力も感じられない」

「伏兵は?」

「城の半径10kmは探ったが、何者かが潜んでいる気配はない」

「城外警備兵の被害は?」

「観測した限り被害はないな。奴ら、ご丁寧にも魔法で兵を眠らせるなりして、戦わずにここまでやってきたらしい」

「……敵意がないというアピールか」


 賢者が魔物を傷つけずにここまでやってきた……?

 休戦条約のことを考えての慎重な行動なのだろうけれど、魔物を忌み嫌うあの男にしては綺麗過ぎる。

 やはり何かを企んでいるようにしか思えないけれど。


「いかがかな? 賢者は我々への敵意がないことを示しているように見える。加えて、我々に儀式道具の譲渡を断る理由はない」


 ケインの言葉に側近達が各々考えこんでいる。


「ケイン様のご提案通り、従者一人のみならば私の城内防護にも影響はないでしょう」

「そういうことならば、わらわも賛成しますわ」

「ウチも賛成~」

「ま、ザドリック坊の命が第一だしな」

「わかったよ。だが、奴らが妙な動きを見せたら俺の好きにさせてもらうぜ?」

「いざとなれば殺しも辞さず、ですね。承知しました」


 側近達の中で意見を表明していないのはビアンニただ一人。

 彼女は賢者に思うところがあるようだけれど、果たしてどう出るのか……。


「……クッ。わかったヨ。ソレでイイ」


 渋々ながらビアンニも納得した。

 となれば、私がここで彼らの決定に異を唱えるわけにもいかない。


「カリス様もよろしいですね?」

「……はい」


 いくらカドゥケウスに何らかの意図があっても、本人でなければ何とでもなるか。

 大事なのは、奴自身を城内に入れないことなのだから。


「では、賢者にその旨を伝えよう。もしもこちらの提案を受け入れないようであれば、残念ながらお帰りいただくこととする」


 ケインの言葉に誰からも反応がない。

 これで決定だ。


 席を立ち始める側近達を見守る中、私はうなだれているビアンニの元へ向かった。


「大丈夫?」

「心配ナイ」

「でも、様子がおかしかったから」

「……賢者はワタシの姉上達の仇なんダ。前回の襲撃デ、姉上達ハ賢者の手に掛かって無惨に殺サレタ」

「そうだったの……」

「もしもワタシが賢者を殺しタラ、アナタは悲しむカ?」

「……できれば誰の血も見たくないわ」

「ワタシだって……ッ」


 そう言うと、ビアンニは駆けて行ってしまった。


「カリス様! 申し訳ありませんが、私を主様の元へ運んでいってもらえませんでしょうか」


 ケインに声を掛けられて振り向くと、円卓の席には()が残されていた。

 仮にも宰相を放置するなんて、みんななんだかんだ戸惑っているのだろうか……。


 私は彼を抱えて食堂を出た。

 そして、外で待っていたジーナを連れてザドリックの部屋へ。


「この件、ザドリックにはどう説明するのです? 従者とは言え、彼への謁見を求めると思いますけれど」

「すでに主様にはお伝え済みです。側近達の協議の結果、招き入れることが決定すればご自身が玉座の間にて迎えると」

「そんな! 彼はずっと寝たきりでしょう。とても謁見なんてっ」

「それが魔王としての務めだと聞かないのです。相手が親の仇であろうとも、礼儀をもって接するのが王たる者の覚悟――幼くとも、あの方は陛下のご意思をしかと継いでおりまする」

「……そうですね」


 ザドリックの覚悟は実に素晴らしい。

 その一方で、賢者の来訪にはやはり不安が尽きない。


 無事に済めばいいのだけれど……。

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