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02. 聖女と賢者

「あなたがスティレット13(サーティーン)? 話に聞いていた印象と違うわね。もっと人相の悪い女かと思っていたわ」


 聖女様とのお目通りを許された私は、さっそく彼女と謁見した。

 王宮の寝室にて目にした聖女様は、噂通り艶やかでとても美しい方だった。


 銀色の髪に、碧色の瞳。

 整った顔立ちに、スラリとした体形とふくよかな胸。


 勇者様だけでなく、多くの貴族令息を虜にしたその美貌はまさに女神の如し――


「お初にお目にかかります、聖女カリス様。お目汚し、誠に恐れ入ります」

「謙遜するんじゃないわよ。たしかに私の身代わりを命じられるだけあって、そこそこ男受けする容姿をしているわね」

「恐縮です」

「ふん。男と言っても、あなたが嫁ぐ先は化け物だけどね。命令とは言え、醜い化け物の元へよく身を捧げる気になれたものだわ。頭、おかしいんじゃないの?」


 ――しかし、性格はその容貌に釣り合ったものとは言えないようだ。


「それが私の役目ですので」

「まぁいいわ。あなたがあの化け物を殺してくれるなら、勇者様も報われるもの」

「全力を尽くします」

「それじゃ足りないわ。絶対に失敗は許されない任務なのだから、命を懸けなさい」

「承知しております」

「ふんっ。さっさとドレスを選んで持っていきなさいよ」


 聖女様はそれだけ言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。


 後に残されたのは、私と聖女様の侍女数名。

 侍女達はすぐに動き始め、クローゼットからドレスを取り出しては私の体に合わせ始める。


「こちらの赤いドレスはいかがでしょう」

「お任せします」

「その黒い髪――素敵ではありますが、聖女様の銀髪に合わせて染色いたします。錬金術の秘薬による染色剤ゆえ、二度と元の髪色には戻りませんが、よろしいですね?」

「構いません」

「では、浴場へ参りましょう。お体も清めませんと」


 侍女に連れられ、私は浴場へ。

 全身を隈なく清められた後、私の髪は銀色へと染め上げられた。


「聖女様は祝い事の時にしか人前にお出になりませんから、瞳の色はそのままでよろしいでしょう。身長も体形もほとんど差異はございませんし、これ以上、外見に手を加える必要はないかと存じます」

「……わかりました。ありがとう」


 赤いドレスを着て、髪を銀色に染め、おまけに化粧まで。

 聖女様に扮した自分の姿を鏡で見ると、普段との違いに驚いてしまう。


「お美しいですわ。よほど親しい者でない限り、聖女様と別人だと見抜ける者はそうそういないでしょう」

「……魔物ならば尚更でしょうね」


 聖女様になりきるのはこれで良し。

 ただ、暗殺者の私としてはこれでは足りない。


「スカートの裏に短剣(ダガー)は仕込めますか?」

「お言葉ですが、それではスカートの形が損なわれてしまいます」

「では、太ももに巻きつけます。ガーターがあれば助かります」

「承知しました」


 スカートの下には短剣(ダガー)

 それに加えて、髪留めには仕込みナイフ、さらにイヤリングと付け爪には毒針。

 いずれも女神の加護を受けた聖油を塗り込んであるから、急所さえ突けば魔王も殺すことができるはず。


 持ち込める武器はせいぜいこれだけ。

 あとは現地で調達するしかないか……。


 不安がないと言えば嘘になる。

 しかし、現場では頼れる味方は存在しない。

 私が独りで判断し、確実に魔王を殺さなければならないのだ。





 ◇





 王宮で必要な準備は終えた。


 すでに首脳陣によって魔王軍との休戦協定は進められており、聖女()の身柄受け渡しをもって協定書へ調印が行われるという。

 近いうちに魔王の使いがやってきて、私を魔王の城へ連れて行くことになる。

 それまでは事情を知る貴族の屋敷で待機するのみ。


 私は教会の騎士達に先導されながら王宮の入り口へと向かっていた。

 その途中で、無遠慮に声を掛けてくる者が現れた。


「カリス! ドレスなんて着て、これからパーティーでもあるのかい?」


 青い髪の毛を後頭部で結った、女性と見まごうばかりの美しい顔立ちの男性。

 白と金を基調としたローブを纏い、首元にはいくつもの勲章をつけ、腰には短剣(ダガー)魔法杖(ワンド)を差している。


「賢者様」

「なんだ、よそよそしいな。いつも通り名前で呼んでくれよ」


 ……賢者カドゥケウス。

 魔王と戦った三英雄の一人で、勇者様が亡くなった今、彼はこの国でもっとも崇敬される人物の一人と言える。

 その一方で、良くない噂がごまんと聞こえてくる男だ。


「……」

「? カリス、じゃないのか?」

「私は特務機関(シース)の者です」

特務機関(シース)! 教会暗部の人間か!!」


 公の場であまりこういった話をするのは良くない。

 今、傍についている騎士は私の素性を知っているものの、王宮でもほとんどの者は特務機関(シース)の名すら知らないのだから。


 名乗っただけで、彼は私の目的を察した様子。


「……なるほど。いよいよ例の計画が実行に移されるわけか」

「はい。ですので、賢者様ほどのお方が私にかかずらう必要はないかと」

「おいおい。釣れないなぁ」


 そう言うと、彼は私に身を寄せてきた。


「驚いたよ。その髪は染めたのかい? 本物にここまで似せることができるなんて、化粧というのは魔法いらずだな」

「賢者様。この場でそういったことはお控えください」

「この場でなければいいのかな?」


 そう言うなり、彼は私の腰回りを撫で始めた。

 いきなりなんだこの男は……。


「ははっ。そう怖い顔をするなよ、ただのスキンシップさ。後ろの騎士殿もそんな目で睨むのは止めてくれ」

「お戯れはほどほどに」

「ヒュウ! なんて冷めた眼差しだ。こんなことで本性を晒してしまっては、役目を果たすことなんてできないよ」

「……」


 嫌な男だ。

 賢者が生粋の遊び人とは聞いていたが、実際に絡まれるとここまで鬱陶しいとは。


「しかし、残念だな」

「何がです」

「きみのような美しい女性があんな化け物に嫁ぐなんて、悲劇だよ」

「任務ですから」

「今の魔王が戦える状態じゃないのは、休戦協定を受け入れたことからも明らか。人間国家連合(ガヴァメント)の全軍を(もっ)てすれば討伐も可能だろうに」

「今後の情勢も踏まえて、これ以上の犠牲は避けたいのでしょう」

「トップが日和見主義の者ばかりだと困るよ。きみのことは実に残念だ――」


 彼は不敵な笑みを浮かべながら、廊下を歩き去っていく。


「――その黒曜石のような瞳、美しい。もっと早く会いたかったよ」


 最後に耳打ちされた言葉は不愉快なものだった。

 魔王もこういう男であれば()りやすいのだけど。

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