15. 宝物庫
通路を歩きながら、キャッタンが私の腕に絡みついてくる。
おかげで歩きにくくて仕方がない。
「カリスちゃん、さっきは本当に助かったよ! どんなお礼をすればいいかなぁ!?」
「キャッタン様。お妃様にそんなに馴れ馴れしく……」
「うっさいな! 引っ込んでろっ」
ジーナに諫められて、キャッタンが憤慨している。
「ねぇ、カリスちゃん~」
キャッタンは耳がピンと立って、一層私に擦り寄ってくる。
……まるで懐いた猫のようだ。
「そう言われても……」
「なんでも言ってよ! なんでもしてあげるからさっ」
ここでいきなり倉庫に案内しろと言ってもよいものだろうか。
この子、能天気だからあまり気にはしないか?
でも、ジーナが傍にいる以上、慎重に事を運んだ方がよさそうに思える。
「そうだ! ウチの仕事場、近いから覗いてかないっ!?」
「えっ。それって倉庫のことですか?」
「そうそう! 面白い物いっぱいあるよ!?」
これは僥倖。
彼女自らその話を振ってくれるなんて。
「どんな物があるのです?」
「そりゃあ魔道具だからね! きっとカリスちゃんがびっくりするような品々があると思うよ!」
「興味深いです。せっかくの機会ですし、見せていただこうかしら」
「よしきたぁっ!!」
キャッタンは私から離れるや、跳びはねながら通路を進んでいった。
「早く来てっ」
「はいはい」
キャッタンが急かしてくる。
そんな彼女を見て、ジーナは頭を抱えていた。
◇
入り組んだ迷路のような道を進んでいくと、ひときわ大きな扉が現れた。
城門と同じで、まるで巨人が通るために作られたようなサイズ感だ。
「へへ~。ここ、ここ!」
「とても大きな扉ですね。それに不思議な質感。一体何で出来ているのです?」
「ここは特別な部屋だからね。部外者が絶対に破れないように、ミスリルで作られてるんだっ」
「ミスリル?」
「あ。今の人間達の間では流通してないのかな。魔法を付与できる特殊な金属で、作り方次第で凄い武具にだってなるんだよ!」
「そのミスリルという金属で作られた扉というわけですか」
「そっ! この扉には、決められた合言葉を言わなきゃ絶対に開かないんだ。そういう魔法が掛けてあるの」
「合言葉で開く扉とは変わっていますね」
「そ。見ててね!」
言いながら、キャッタンは扉の前に立った。
そして――
「ひらけぇ~ごまぁ~!」
――彼女の掛け声と共に、扉が開き始めた。
「ごま? なぜゆえ、ごま?」
「さぁ。決めたのはウチじゃないから理由なんて知らないよ」
「私が合言葉を聞いてしまってよかったのかしら?」
「いいよいいよ! 別に減るもんじゃないし」
本当、能天気な子で助かる。
「カリスちゃんにウチの仕事場をご紹介~!」
キャッタンが私を手招きしながら倉庫へと入っていく。
「カリス様。わたくしは外で待っております」
「そう。わかったわ」
ジーナを一瞥した後、私はキャッタンの後について倉庫へと入った。
倉庫に入って早々、私は目を丸くした。
床には大型の宝箱がいくつも並べられており、それらから金貨や銀貨、宝石の類がこぼれるほどに詰め込まれている。
さらに武器や防具、壺や彫像といった装飾品に至るまで――まさに宝の山と呼べる光景が目の前に広がっていた。
「これは……凄い……っ」
「でしょでしょ? みんな倉庫とは呼ぶけど、この部屋の正式名称は宝物庫だからね!」
「たしかに宝物庫ですね」
「気に入った宝石なんかがあれば持ってっていいよ!」
「えっ。いえ、さすがにそれは……」
「カリスちゃんは魔王様のお妃だからねっ。ここにある物は二人の共有財産になるんだし、好きにしていいんだよ!」
私としたことが、殺傷力の高そうな短剣を見つけて物欲が駆られてしまった。
人間国家連合のお偉方にこんな場所があると知れたら、きっと目の色を変えるだろうな……。
さて。この機に乗じて、私も目当ての物を探さないと。
この宝物庫に外と連絡が取れるような物があればいいのだけれど。
「宝石に興味がないなら、ああいうのはどう?」
キャッタンが指さした方を見ると、なんと壁一面に美しいドレスが大量に並べられていた。
「もしかして、私の寝室に毎日のように運ばれてくるドレスは……」
「そ。ここで魔王様が直々に選んだドレスをカリスちゃんに贈ってるんだよ! あの子、毎週やってきて七着ずつ選んでくの。けっこうマメでしょ!?」
私の寝室にはすでにニ十着以上のドレスがあって、もうクローゼットにも収まりきらないくらいなのだけれど、ここにはさらに数百着はある。
よくよく見ると、ドレスに混ざってコートやヒールまで並んでいる。
途方もないコレクションに圧倒されるばかり。
今さら気付いたけれど、この場にあるドレスはすべて人間が着ることのできるサイズのよう。
となると、これらのドレスは一体誰の……?
「こっちに来て。いいもの見せてあげる!」
キャッタンに手を引かれて、私は半ば強引に宝物庫の奥へと連れ込まれた。
途中、魔道具が大量に並べられた棚の間を通り抜けながら、たどり着いたのは――
「これを見せたかったの!」
――大きな肖像画の前だった。
そこには、小さな男の子を抱く亜人の女性が描かれていた。
「これは……どなたの絵です?」
「在りし日の肖像。先代魔王様のお妃様のね」
「先代王妃様!?」
山羊のような頭の角、一対の黒い翼、お尻から生える鉤爪のような尻尾――しかし、それ以外は人間と変わらない女性の姿そのもの。
この姿は、花園にある石碑に彫られていた彫刻でも見た。
これが先代王妃の姿……。
魔物には違いないけれど、なんて美しい女性だろう。
胸に抱く男の子――おそらくはザドリック――を見つめる優しい表情は、子を想う人間の母親と何ら変わりないように見える。
「ここにあるドレスは、すべて先代王妃様のものなんだぁ。カリスちゃんはほとんど体格が一緒だったから、仕立て直す必要がなくて良かったって魔王様も言ってたよ」
「そうだったの……」
「これだけ数があっても、亡くなられたお母様の大事な形見だからね。一着だって手を加えたくないって気持ちはわかるなぁ~」
「……」
私が着ているドレスが、ザドリックのお母様のものだったなんて。
彼をもっとも愛したであろう女性のドレスを着ながら、私は彼を暗殺しようと奮闘している……なんて皮肉なの。
「カリスちゃん?」
「あっ。な、なんでもありません」
「ねぇ。何か欲しい物あった?」
「え……っと、それはもう少しこの場を見て回らないことには……」
「そっか。んじゃ、ここにある物を色々紹介したげるよっ」
キャッタンはそう言うと、私を連れて宝物庫の中を引っ張りまわした。
その間、様々な魔道具を紹介されたけれど、どれもこれもたしかに素晴らしい物ではあっても、私の目的を果たせる物ではなかった。
「んもー。カリスちゃん、物欲ないねぇ。普通、人間がこの部屋にある物を見たら、テンション爆上げで飛びつく物ばかりだと思うんだけどな~」
「ごめんなさい。私はあまりそういう物に興味が湧かないみたいで……」
「欲望に溺れないなんて、さすがは聖女様だねぇ」
その時、私は部屋の隅に置かれている大きな鏡を見つけた。
否。鏡ではないのか?
鏡面には何も映っておらず、夜の闇のように真っ暗になっている。
「キャッタン。あの鏡は何です?」
「ああ、あれ。あれは鏡面通信用の魔鏡だよ」
「鏡面……何?」
「鏡面通信用の魔鏡! 簡単に説明すると、離れた場所にある魔鏡と鏡面を通じて会話ができる魔道具だよ」
「通信……!」
これは使えるのでは?
あ。でも、魔鏡同士でないと連絡は取り合えないのか……?
「他にも魔鏡は存在するのかしら? 例えば、城の外になど……」
「さぁ。魔鏡なんてもう何十年も使われてないからわかんないな。でも、通信先の座標さえわかれば普通の鏡でも通信は届くはずだよ」
「本当!?」
「ほんとほんと!」
……決まりだ。
アルストロメリアへの連絡が可能だとしたら、これしかない。
「凄い技術ですね。一体どんな魔法が使われているのか興味あります」
「たしかに凄いっちゃ凄いのかもね。大昔は、魔鏡を使って長距離の連絡を取り合ってたらしいし」
「今でも使えるのですか?」
「たぶん」
「使い方は?」
「鏡面に手を触れて、通信先の場所を思い浮かべるの。するとその場所の魔鏡に映ってる光景が鏡面に映るから、あとは鏡の前の人と会話をするだけ。通信を終える時は、鏡面をタッチするだけだよ」
「普通の鏡に通信する場合も同じなのですか?」
「う~ん。その場合はたしか……通信先を決めるまでは同じで、伝えたい文章を指先で鏡面に書いていくっていう面倒な方法だった気がする」
「なるほど。その文章が相手側の鏡に映るということですね」
「たぶん」
思いのほか簡単な使い方でホッとした。
魔鏡同士でないと一方的な通信になってしまうのは難点だけれど、城内にいるままで外に連絡できるのはありがたい。
魔道具なら魔法を使えない私でも扱えるし、今晩にでもこの鏡からアルストロメリアにメッセージを送ろう。
「ねぇねぇ! こんな物より、もっと面白いのがあるから紹介させてよ!」
「わかりました」
この調子では、彼女も私に魔鏡のことを説明したことなどすぐに忘れてしまいそう。
やはり決行は今晩。
現時点で、私が得られた情報をすべてアルストロメリアへ送る。
その夜、私は寝室の窓から外壁を伝って階下のテラスへと降りた。
そこから城内警備の魔物達を避けながら、地下の宝物庫へ。
魔鏡はキャッタンの言う通りの動作で作動し、私は連絡事項をすべて鏡面に書き記してアルストロメリアへと送った。
魔王はすでに死去し、後任はその息子で力も弱い――その事実を知って、人間国家連合が挙兵して進軍してくるかもしれないが、それならそれで構わない。
「……っ」
不意に、魔王母子の肖像画を目にして胸が痛んだ。
私は間違っていない。
そう自分に言い聞かせながら、私は宝物庫を出た。
これが私の使命。
だから、仕方のないことなのだ……。




