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14. メッセージ

 私が中庭を訪れてから時が経った。

 アシッドスライムは駆逐され、厨房の修復も完了し、現在は晩餐が再会されている。


 晩餐において、私と魔物達との会話は次第に増えていった。

 少しずつ距離を縮められている――その実感が確かにある。

 しかし、ここ最近はザドリックが晩餐に現れないことが増えてきた。

 ケイン宰相によれば、彼の血の呪いが強まる時期があり、今がちょうどそれに当たるのだと言う。


 魔王の後継者ザドリックが死ぬことは、人類にとって望ましいことだ。

 とは言え、中庭の怪物ならばいざ知らず、あんな少年が苦しむ姿は見たくない。

 あの少年が魔王であるということを、私は受け入れられずにいるのだ……。


「カリス様。朝食の準備ができております」

「ありがとう、ジーナ」


 ジーナが寝室に朝食を運んできてくれた。

 パンとスープはいつも通り。

 でも、今日は見たことのない食べ物が添えられている。


 それは粘着性のある液体――ジェルのようにも見える。

 つついてみると、プルプルと柔らかそうに動く。


「これは何かしら?」

「シュガリースライムのカスタードプディングでございます。お口に合うとよろしいのですが」

「カスタードプディング……初めて聞く名ね」

「厨房主が所有する人間社会の調理本にあったものだそうです。本来のレシピとは異なりますが、城内にある食材で代用できたため作ってみたとのことです」

「そう。わざわざ……って、スライム!?」

「はい」

「もしかして、例のアシッドスライム!?」

「いいえ。シュガリースライムという、甘味を持つスライムを材料としております。毒性はございませんので、安心してお召し上がりください」


 私の知るスライムは、森や洞窟に生息するドロドロした無定形の液体の魔物で、人間を溶かして食い殺す習性を持つ怪物という認識だ。

 そんなものを口に含むのに抵抗はあるけれど、厨房主の厚意を無下にするのは後々問題が起きそうなので、ここは耐え忍ぶしかない。


「……あんっ」


 プディングを頬張る。

 直後、口の中に染み渡る妙々たる甘味。


 ……美味しい!!


 以前、暗殺任務で貴族の屋敷に潜入したことがあったけれど、そこで口にしたいかなるフルーツよりも甘美な味だ。

 これが魔物によって作られたなんて信じられない。


「とても美味しいわ。毎日でも食べたいくらい……っ」

「左様で。では、厨房主にその旨をお伝えしておきます」


 厨房主……。

 まだ会ったことはないけれど、ザドリックの八名いる側近の一人(?)だったな。

 一体どんな魔物なのだろう。


「パンにつきましても、アムブロシアと呼ばれる花の蜜を原料に加えているとのことです。プディングがお気に召したのでしたら、きっとこちらも美味しくいただけるかと」

「アムブロシア?」

「ハニースプライトからの献上品です。この花の蜜は、あまりの美味しさに肉体を活性化させ、若返りの効能もあるとか」

「まぁ。嬉しいわね」


 まったく至れり尽くせりとはこのこと。

 今まで懸命に聖女を装ってきたことで、魔物達は私を本当に大事にしてくれるようになった。


「……んあ?」


 その時、私は窓の外を見てハッとした。

 パンを口にくわえたままだったので、変な声が出てしまった……。


「どうかされましたか、カリス様?」

「い、いいえ。ちょっと外の空気を吸ってくるわ」


 私はパンを一欠けら飲み込んで、窓辺へと移った。


 早朝なれど、外は曇り。

 窓からはいつも通り陰鬱な景色が見えている。

 しかし、注目すべきは地平線の彼方――


「あれは……」


 ――桃色の煙が空に昇っているのが見える。


 あれは狼煙。状況報告をせよ、という符牒だ。

 特務機関(シース)が私の現状を知りたがっているのだ。


「あら? あの煙は何でしょう」

「うっ」


 ジーナが私の隣に立って、狼煙に気付いてしまった。

 目も鼻も口もない無貌(むぼう)なのに、あんな遠くの煙を認識できるのか……。


「さ、山林火災じゃないかしら」

「しかし、あの方角には山も森もなかったはずですが」

「……そうなの?」

「城外警備の者はすでに観測していると思われますが、念のため報告してきます。少々お傍を離れること、お許しください」

「わかったわ」


 ジーナが寝室を出ていった後、私は大きな溜め息をついた。


 あの狼煙は特務機関(シース)からのメッセージで間違いない。

 任務を開始してからもう一ヵ月――上が進捗状況を確認したいと考えるのもわかる。

 このまま何もしなければ、私は任務に失敗したと判断されるだろう。

 こちらからも早急にメッセージを返さなければならないが、どうする……?


 祖国に手紙を出したいと言ったところで、内容を検閲されるに違いない。

 暗号文を使う手もあるが、万が一それを見抜かれたら今までの苦労が水の泡。

 もっと秘匿性、かつ安全性の高い方法を取るのが無難に思う。


『ウチはライカンスロープのキャッタン。主に、城の倉庫で魔道具(マジックアイテム)の管理を任されてるよっ』


 私の頭に、猫耳少女の笑顔が思い浮かんだ。


 彼女の管理する倉庫には魔道具(マジックアイテム)が大量にあるはず。

 その中に、外部との連絡が取れる物があれば……。


「やってみるしかないな」


 考えている時間はあまりない。

 私はキャッタンとの接触を決めた。





 ◇





 午後、私は厨房主に朝食の礼をしたいという理由で城の地下へと向かった。


 厨房は地下にある。

 それゆえに、先日のアシッドスライムの繁殖で大打撃を受けたのだ。


 そして、以前にキャッタンから聞き出した情報によれば、倉庫も地下にある。

 厨房を訪ねる傍ら、なんとか倉庫に入る方法を模索しなければ。


「カリス様、こちらが厨房となります」


 ジーナの案内で厨房へとたどり着いた。


 彼女が鉄の扉のノッカーを叩くと、扉がひとりでに開き始めた。

 その途端、強い血の臭いが私の鼻へと届いてくる。


「コベンホルト様。カリス様をお連れ致しました」

「おう。入りな!」


 厨房の中から野太い声が聞こえてきた。


 ジーナに促されて厨房に入ると、まず目についたのは窮屈に並べられた机と、その上にギチギチに置かれた鍋や皿だった。

 天井からは部屋を照らすランプの他、肉やら野菜やら食材らしきものが大量に宙吊りにされており、壁にはいくつもの包丁が突き刺さっている。

 血の臭いをたどっていくと、巨大な暖炉の中に解体された動物が磔にされ、黄金色の炎で焼かれていた。

 ……人間社会の厨房では絶対にお目に掛かれない光景だな。


「ほう。あんたがザドリック坊の嫁さんかい?」


 私に話しかけてきたのはゴブリンだった。

 背丈は私の半分ほどしかないが、非常に筋肉質な体をしていて、似つかわしくないコックコートを身に着けている。

 しかも、全身に返り血の跡があり、手には肉切り包丁を持っているものだから、思わず後ずさってしまった。


「お? あぁ、スマンスマン! さっきまでカトブレパスの肉を解体していてな!」

「コベンホルト様。お妃様にそのようなお言葉は……」

「ん? おぉ、スマンスマン! わしゃ敬語が苦手でな! 失礼があったら謝るよ……えぇと、カリス様だったか?」


 ずいぶん口数の多いゴブリンがいたものだ。

 ざっくばらんで馴れ馴れしい――しかし、不快に思うような態度でもない。


 私の知っているゴブリンは、集団で人里を襲い、残虐非道に人々を殺し回る殺人鬼なのだけれど……彼は妙に人間味があってイメージの落差に困惑してしまう。


「カリスと申します。今朝の食事はとても美味でした。それに、晩餐の料理もいつも美味しくいただいております。ぜひとも感謝を伝えたく、この場に参上しました」

「おぉ! わざわざそんなこと言うために降りてきてくれたのか!? ったく、ザドリック坊は良い女をモノにしたなぁ! こりゃアザレアも安泰か? わっはっは!!」


 なんとも豪快な御仁だ。

 とても魔物と話しているとは思えない。


「コベンホルト様。陛下をそのように呼ばれるのは問題かと」

「細けぇことは気にすんなって、顔なし!」


 顔のないジーナが呆れているのが、私にも手に取るようにわかる。


「コベンホルトさんは、ザドリック様と親しいのですか?」

「おうよ! ザドリック坊はちっこい頃から知っとるから、どうにも子ども扱いしちまってなぁ。昔は晩餐の前にちょくちょく盗み食いに来てたもんだが、最近はさっぱりだ」

「盗み食いですか……」

「あいつはまだガキだから礼儀を知らねぇとこがある。あんたが色々教えてやってくれよな!」

「もちろんです」

「んじゃ、わしは調理の続きに戻るぜ!」


 そう言うと、彼は流し台へと戻っていってしまった。

 隣の石台には、綺麗に切り下ろされた赤い肉が並んでいる。

 ……過去、あそこに人間の肉が並んでいたかもしれないと思うと、少々気分が悪くなってくるな。


 その時、コベンホルトが手にしていた肉切り包丁をいきなり投擲した。

 包丁は私の横を通り過ぎ、背後で壁に突き刺さる音が聞こえる。


「ギニャアァッ!?」


 しかも、一緒に悲鳴までも。


 入り口に振り向いてみると、天井から吊り下げられた肉に手を伸ばそうとして固まっているキャッタンが目に留まった。

 彼女の顔のすぐ横には、投げつけられた包丁がある。


「キャッタン! てめぇ、毎日のように盗み食いにきやがって! 焼いて食われてぇか!?」

「ニャニャッ!? 旦那、それだけは勘弁してよぉ~!!」

「ダメだ! そりゃあ今夜の晩餐でメインとして使うつもりだった肉だ。今日という今日は許さねぇ。ぶっ殺すっ!!」

「ひいぃっ!?」


 これは嬉しい偶然があったもの。

 キャッタンに恩を着せる絶好のチャンスじゃないか。


「お待ちください、コベンホルトさん」

「んあぁ!? あんたがかばうほど真っ当な奴じゃねぇぜ、こいつは!」

「それでも私の友人なのです。どうか今回ばかりはお見逃し下さい」

「……ちっ。わぁったよ」


 コベンホルトが怒りを収めるのを見て、キャッタンがへなへなとその場に腰を抜かした。

 彼女は本気で殺されると思ったようで、半泣きしている。


「あうあう。ありがとぉ、カリスちゃん~!!」


 好きなだけ感謝するといい。

 その恩を利用して、倉庫への立ち入りを承諾させてやる。

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