EX. 円卓会議~賢者のはかりごと~
アルストロメリアの王宮にて――
円卓議場では、列席者が一つの空席を睨んでいた。
最後の一人がいまだに現れていなかったのだ。
そんな緊迫した空気の中、議場の扉が開く。
「これはこれは。宮廷評議員の皆様はすでにお揃いのようですね」
現れたのは賢者カドゥケウス。
彼は口元をだらしなく緩めたまま、空席へと腰を下ろす。
その著しく品位に欠けた態度に、評議員達の多くは眉をひそめた。
「……賢者ともあろう者が、遅刻とはどういう了見かね」
「失礼しました。色々と多忙な身でして」
「女遊びは公務の合間にしたまえ」
「はは。お見通しですか」
議場の空気は弛緩するどころか、さらに冷たく張り詰めた。
唯一、カドゥケウスだけがその空気に反しておちゃらけた態度を見せているが、評議員達は誰もそのことに触れない。
兎にも角にも、カドゥケウスが揃ったことで会議は始められた。
この日の議題は、聖女に扮した暗殺者の件についてである。
「スティレット13が魔王の居城へ向かってから早一ヵ月。監視班から潜入成功の報はあれど、暗殺成功の報はいまだにない」
「一ヵ月で成果を求めるのは酷でしょう。相手は魔王なのですよ」
「そもそも件の暗殺者はまだ生きているのか?」
「偽の聖女だと発覚したのなら、すぐに彼女の死体が送り返されてくるはずだ。宣戦布告と共にな。それがないと言うことは、今のところ上手くやっているのだろう」
「しかし、このまま悪戯に時間を費やしていては、各国の首脳陣が痺れを切らしてしまいますぞ」
「だからと言ってどうしろと? 勇者様亡き今、魔王が再び攻勢に出たら止められる者はおらん。スティレット13に頼るほかない」
円卓で議論が交わされる中、カドゥケウスはあくびをしながらそれを聞き入っていた。
その態度は、評議員達の不評を買うに十分だった。
「……賢者殿から何かご意見はないのかな?」
「ん? もう喋っていいですか?」
カドゥケウスは空中から唐突に書類の束を取り出し、それを円卓へと放り投げた。
賢者の手を離れた書類はまるで意思を持ったかのように空中を滑り出し、渦を巻きながら綺麗に重なって評議員達の手元へと届いていく。
「さて。それでは私からセカンドプランのご提案をさせていただきたく存じます」
「セカンドプランだと?」
評議員達は、書類をめくりながら訝しげな表情を浮かべる。
「此度の聖女生贄計画――おっと失礼。平和的休戦条約ですが、大変残念ながら失策と言わざるを得ません」
「なんだと!?」
「現に、アルストロメリアを始めとした人間国家連合の民にはすこぶる不評。人と魔物の戦いは終わったと言うのに、いまだに魔王への恐怖で仕事が手につかない者も多いと聞きます。今後のためにも、その憂いを解消できるプランが必要なのではないかと」
「……聞かせてもらおうか」
「人々の恐怖の根源は、偏に魔王が存在し続けているという現実――これに尽きます。ならば、その原因を取り除く他ない。となると、一周回って原点へと戻るわけです。端的に申し上げれば、魔王の抹殺です」
「そんな話ならば、すでに実行しておろうが!!」
評議員の一人ががなり立てた。
しかし、カドゥケウスは表情を変えることなく淡々と続ける。
「私が申し上げているのは、暗殺などという回りくどい方法ではなく、直接的殺害行為です。魔王の確実な死こそ、人々が欲する安寧なのです」
「それが勇者様ですら果たせなかったからこその休戦協定だ。それとも、彼と並び称される残りの英雄方――貴公と聖騎士殿でそれが果たせるのかね?」
「仮に人間国家連合の総力を挙げて挑めば、あながち不可能ではないかと」
「無茶を言うな! 真っ向から挑んで勝てないことは証明済みだろう!!」
「無茶をしたことのない人間がよく言う」
鼻で笑うように言った直後、カドゥケウスは片足で円卓を蹴りつけた。
その態度には、賢者の生来の気性を承知していた評議員達ですら驚きを禁じ得なかった。
「王族、貴族、聖職者!! てめぇら、椅子でふんぞり返ったまま金と武器と信仰をばら撒けば、兵隊が勝手に湧いてくると思ってんじゃねぇぞぉ!!」
数秒前までの穏やかな表情から一転。
カドゥケウスは無頼の本性を露わにした。
「この空の下には、戦いで夫を失った女達が! 人外に子どもを殺された親達が! あるいは親を殺された孤児達が! 魔王への憎しみと恐怖を抱えて生きているんだよぉ!! てめぇらみてぇに王都の中枢でぬくぬく生きてる人間にはそれがわからねぇかなぁっ!?」
「……落ち着きたまえ、賢者殿」
「おっと。これは失礼」
カドゥケウスはニコリと笑うと、再び椅子に腰を下ろした。
直前まで激昂していたとは思えない彼の変わりように、評議員達は一様に表情を強張らせる。
わずかな沈黙の後、評議員の一人――漆黒の礼服を着た男性が口を開く。
「カドゥケウス様。あなたの気持ちは理解できますが、セカンドプランは不要です。休戦条約に乗じた魔王暗殺は、被害を最小限に抑えるために選ばれたベスト。あなたのおっしゃる人達のような犠牲をこれ以上増やさないためのね」
「大した自信ですね、司祭様。特命を担ったのは、よほど信頼に足る部下だと見える」
「左様。特務機関最高の使者というのは伊達ではありません。あの子ならどんな過酷な環境であろうとも、必ずや使命を果たすでしょう」
「……勿体ない」
「は?」
はぁ、と深い溜め息をつきながら、カドゥケウスは指を鳴らした。
すると評議員達に配られた書類がひとりでにめくれていき、最後のページを開いた。
そこには、高温の鉄板で焼きつけられたような真っ黒い焦げ跡が見られた――否。それは焦げ跡などではなく、ある人物の姿を描いた絵であった。
「なんだね、これは。誰の姿だ……?」
「人間? いや、巨人か」
「これは……まさか話に聞いた魔王の姿かっ!?」
評議員達がざわつき始める。
その反応を見て、カドゥケウスは実に満足そうな笑みを浮かべた。
「それでは本題に入ります。それは私の心象風景の残滓――つまり記憶から写し出したものです」
「念写魔法か。するとこれはきみの見た光景というわけだな。この巨人――魔王か。尋常でないほどの傷を負っているように見えるが……」
「瀕死の勇者様を抱えて、魔王の城を脱出する時の記憶です。ほんの一瞬でしたが、私は魔王の姿を目にしました。無様に両膝をつき、死にかけていましたよ」
「その情報は聞いていたが、これが具体的な現場の状況というわけかね」
「勇者様を連れ出すことで精一杯でしたので、魔王の生死は確認できておりません。ですが、この傷で生きながらえる生物は存在しないでしょう」
「しかし、現に魔王は健在で、決戦の直後にさらなる侵攻を予告してきたのだぞ!?」
「ハッタリだったとしたら?」
「まさか……」
「魔王が死んでいたならば、魔物どもが代役を立てて主の健在を誇示するのは生存戦略として理解できます。勇者様が亡くなり、人間国家連合の首脳陣が折れたのは奴らにとって僥倖だったというわけです。今が攻めるチャンスだとは思いませんか?」
「魔王軍が張り子の虎だと? さすがにそんなことは……」
「近日中にスティから連絡があればわかるでしょう。もしなければ、彼女はすでに殺されたか、囚われたかしていると考えるのが妥当。連絡があることを期待しましょう」
「スティ? 誰のことだ」
「スティレット13のことですよ! わかりませんか!?」
評議員達は口を閉じ、各々で思案していた。
それをしばらく眺めていたカドゥケウスは、突然席を立って踵を返す。
「まだ会議は終わっておらんぞ! どこへ行く気かね、賢者殿!?」
「失礼。結論は出なさそうなので、お先にお暇いたします。ごゆっくりご検討下さい」
「き、貴様はどこまで我々を侮辱する気だっ!!」
振り返ったカドゥケウスが見据えたのは、怒鳴り散らした評議員ではなく、黒服の司祭だった。
「先ほど司祭様は、今次計画がこれ以上の犠牲を出さないためのベストだとおっしゃっていましたね。ですが、もし戦いになってもご心配なく。すでに私の方でそれに備えた消耗品を準備中ですので」
「……何を考えているのです?」
「もちろん、この国の――ひいては人間国家連合すべての人々の安寧ですよ」
カドゥケウスは屈託のない笑顔を見せるや、議場の扉を閉めた。
◇
廊下でカドゥケウスを待っていたのは、真っ白な髪と真っ赤な眼をしたメイドだった。
彼女は目の前を通り過ぎていくカドゥケウスの後について歩き出した。
「ご主人様。議場でお怒りのご様子でしたが、何か大事があったのでしょうか?」
「ん? ああ、ちゃんとそう聞こえていたか? 俺の演技もなかなかだな」
「わたくし、議場の清掃が必要かと冷や冷やしておりました」
「はは。いつの間にそんな冗談が言えるまでになったんだ、13号?」
「日々のご指導のおかげでございます」
「そんなことより、新しく精製したホムンクルス達の状態はどうだ?」
「問題ございません。順調に成体へと向かっております」
「そうか。これで戦力は問題なさそうだな。あとは老人達の覚悟が決まればな……」
「ご主人様の読み通り、やはりスティ様の連絡待ちとなりましたか」
「まぁな。だが、彼女は必ず連絡をくれるさ」
「生きているとお思いですか?」
「当然だ。将来、俺の子どもを産む女だぞ。魔物の巣から生き延びるくらいのタフネスがなければ困る」
「となると、聖女様はいかがなされるおつもりで?」
「あれは見た目は美しいが中身が醜悪だ。事が済めば処分する」
「しかし、聖女様が姿を消せば王宮が騒ぎに……」
「代わりはスティが務めればいい。魔物を絶滅させれば、神託も不要になるだろう」
「左様で」
「俺の計画が滞りなく進行し、スティを迎え入れることができたら、次は王宮の掃除だ。ゆめゆめ準備を怠るな、13号」
カドゥケウスの言葉に、メイドは邪悪な笑みで答えた。
――これは、スティレット13のメッセージが届く数日前の出来事である。




