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11. 魔物達の食卓

 翌日、晩餐の時間。

 私が食堂に入ると、先んじて円卓に座っている者達がいた――


 一人目は、ゴルゴンのビアンニ。

 髪の毛が全身を覆っていて、ほとんど素顔が見えない少女。


 二人目は、ヴァンパイアのカーミラ。

 好意的に振る舞いながらも、私に害意を持っていた女。……今はどう?


 三人目は、全身真っ黒な人の形をした何か。

 頭部に該当する部分に見覚えのある目玉が二つ……もしかしてイブリス?


 そして四人目、こちらは初めて見る新顔。

 スポーティーなドレスを着た、猫のような耳と尻尾を持つ少女。


 ――以上四名。これが多いのか少ないのか、私にはわかりかねる。


「初めまして、お妃様」


 猫耳少女がさっそく挨拶をしてきた。


「初めまして。えぇと……」

「ウチはキャッタンって言います。よろしくね!」

「よろしく」


 ずいぶんフレンドリーな子だな。

 第一印象としては、ビアンニやカーミラよりは取っつきやすい感じ。


「キャッタン。お妃様にそんな馴れ馴れしい口を利いてはいけません」

「え~。いいでしょ別に」

「ダメです。躾けますよ?」

「わ、わかったよ……」


 声から察するに、やはり影人間はイブリスだった。

 彼(?)に注意されて、キャッタンは耳を寝かせてしまう。


「どうぞお座りください、カリス様」

「は、はい」


 イブリスに促されて私はいつもの席に座った。

 それからすぐに扉が開き、ザドリックとケインが入ってくる。


「みんな揃ってる?」

「四人だけですね。なんと嘆かわしい……」


 ザドリックが私の対面の席へと座った時、ちょうど鐘の音が鳴り始めた。


「さぁ、晩餐の時間だ!」





 ◇





 ……気まずい。

 晩餐は最初の乾杯以降、無言のまま進行していた。


 いざ人数が増えてみると、なかなか話題を切り出しにくい。

 そもそも私は側近達のことをほとんど知らないし、彼らも王と妃の食卓に同席して迂闊にものを言えるわけもない。

 その点、考え足らずだった……。


 一方、ザドリックはナイフとフォークの使い方に慎重になり過ぎて、場の空気を気にする素振りも見せない。

 ケインはそんな彼に小声でダメ出しをしている。


 こうなったら私が仕切るしかない。


「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」

「……」

「……」

「……」

「……」


 ……沈黙で返された。

 一瞬視線を集めたものの、側近達はすぐに食事へと意識が戻ってしまう。


 カーミラがマナーに則った作法で食事する一方、ビアンニはまったく料理に手を付けないし、イブリスは皿にかざした手の影(?)から直接料理を吸い込んでいるし、キャッタンに至ってはナイフもフォークも使わず犬食いする始末。

 この混沌(カオス)っぷりには、頭を抱えざるを得ない。


「まぁ皆さん食べ方は人それぞれですし、それは良いとして――」


 何から話せばいいのか困惑する。

 とりあえず、彼らの役職といったものから聞いてみよう。


「――自己紹介も兼ねて、皆さんが普段何をしているのか教えてくださると嬉しいのですが」


 その問いかけに最初に答えてくれたのはイブリスだった。


「あらためまして、私はシャドウデーモンのイブリスと申します。先日は誠に失礼いたしました。謹んでお詫び申し上げます」

「いいえ。こちらこそ、あの時はありがとうございました。ハウスキーパーのお仕事は大変そうですね。普段どういったことを?」

「ご心配いただき恐縮です。私の役目は、使用人の監督と城内の管理となっております。カリス様の知るところで言うと、花園の結界や、通路の隠匿を行うことが私の仕事です」

「つまり、あなたはこの城の保安を一手に引き受けていると言ったところですか?」

「まさしく」


 これは重要な情報を得られた。

 仮にイブリスを倒すことができれば、この城は丸裸同然と言うことだ。


 次に口を開いたのは、カーミラ。


「私もあらためて自己紹介から――ヴァンパイアのカーミラと申します。もうおふざけはいたしませんので、また図書室をお訪ねくださいね」

「……もちろんです」

「私の役目は、先日お伝えした通り図書室の司書です。ですが、この城の書物全般の管理も任されております」

「そうなのですね。図書室の本はあなたが取り揃えているのですか?」

「本自体は昔から城内にある物ですわ。例の協定が結ばれてからは、人間どもから奪うことを禁じられてしまいましたから」

「な、なるほど」

「ああ、そうですわ。少し前まで、陛下の古語のお勉強も見させていただいておりました」

「少し前まで?」

「ただでさえ時間が限られるのに、陛下は勉強嫌いですから」


 野菜嫌いで、勉強嫌い……。

 ますますザドリックが魔物とは思えなくなってきた。


「では、次は……ビアンニさん? ……のお話を聞きたいです」

「……」

「ビアンニさん?」

「……」


 彼女は顔を伏せたまま微動だにしない。

 別に寝ているわけでもないから、ただ私を無視しているだけだろうか。


「えぇと、ビアンニさん。どんなお仕事をしているのか、お聞かせ願えますか?」

「……」


 困ったな。

 晩餐に乗り気じゃないのか、まったく喋ろうとしない。


 浴場の件もあるし、やはり私のことを警戒しているのか……?


「私が代わりに紹介してあげましょうか、ビアンニ?」

「オマエは黙っテロ。ワタシが自分で言ウ」


 カーミラが横から口を挟むと、ビアンニが不愉快そうに言った。

 この二人、やはり犬猿の仲のようだ。


 ビアンニの顔が私の方へと向いた。

 大量の毛髪の隙間から、真っ白い目がギョロリと私を睨みつけてくる。


「……っ」


 私はゴルゴンの特性を思い出し、とっさに目を反らしてしまった。

 伝え聞いた話によれば、ゴルゴンは目の合った相手を殺してしまう邪眼という能力があるという。

 だからと言って、露骨に目を反らすのは礼を欠いたか……。


「ワタシは、ゴルゴンのビアンニ。与えラレタ役目は城内の警戒。不当に城へ入り込んだネズミを始末スルのがワタシの仕事」

「衛兵のようなものですか。広い城ですから大変でしょう」

「クソッタレの勇者ドモのせいで、城の戦力はホトンドいなくナッテしまっタ。許しガタイ……ッ」


 彼女の声には明らかに怒気が含まれている。

 人間に対する憎しみが強い魔物――私にとって危険な存在だ。


「落ち着きなよ、ビアンニ。相手が違うっしょ?」

「フンッ」


 入れ替わりにキャッタンが喋り始めた。

 砕けた喋り方をするので、ビアンニとの落差が凄い。


「ウチはライカンスロープのキャッタン。主に、城の倉庫で魔道具(マジックアイテム)の管理を任されてるよっ」

「ライカンスロープ?」

「半獣半人の亜人ってところかな。人間にはウェアウルフとかが有名だと思うけど……カリス様はご存じない?」

「ウェアウルフなら知っています。狼以外にも種族があったのですね」

「ウチは見ての通り猫です。戦闘向きじゃないけど、素早さなら定評があるよ!」


 キャッタンは魔道具(マジックアイテム)の管理者か。

 彼女に取り入れば、この城にある魔道具(マジックアイテム)を一通り把握できるかもしれない。

 イブリスに次いで、重要な人物だ。


「四人とも今日はありがとう。今後は立場を気にせず、友人のように付き合っていただけると幸いです」

「それは無茶でしょう」

「そ、そうですね」


 カーミラから一刀両断された。

 少しでも距離を近付けようと努めているのに、まったくなびかないな。


「ウチは歓迎だよ、そういう気安い関係! ねぇねぇ、カリス様のことはカリスちゃんって呼んでいい?」

「え? ええ、構いません……」


 思いのほかキャッタンからの反応は良い。

 彼女は性格的に御しやすそうだし、都合のいい展開と言える。


「キャッタン。お妃様に失礼はいけませんと申し上げたはずですよ」

「えー。イブリス様はお堅すぎるよー」


 この四人の役職や立場、関係性は概ね把握した。

 でも、彼女達からはまだ壁を感じる。

 もっと信頼を得たいところだけど、今はこれ以上は難しそうだ。


 そう思った時、ザドリックが口を開いた。


「ビアンニ。食べないの?」

「エ?」

「せっかく美味しい料理なんだから、食べなきゃ勿体ないよ!」

「あ、ハイ……ッ」


 ザドリックに言われて、ビアンニが慌ててナイフとフォークを握った。

 しかし、その後はまた微動だにしなくなる。


「ビアンニってカトブレパス肉は嫌いだったっけ?」

「イイエ。そんなコトは……」


 よくよく見ると、ビアンニはナイフとフォークの持ち方がおかしい。

 もしや彼女は……?


「あー。そっか!」


 突然、ザドリックが席を立った。

 何をするのかと思えば、ビアンニの元へ行って持ち方を矯正し始めた。


「へ、陛下ッ!?」

「ナイフとフォークはこうやって持つんだよ。いつも髪の毛で物を持ってるから、慣れてないんだね」

「ももも、申し訳ございまセンッ! ワタシに学がナイばかりニお手を煩わせテッ」

「謝ることないよ。知らないことは覚えていけばいいんだから!」

「ザドリック坊ちゃま……ッ」

「ね、カリス?」


 ザドリックが得意げな顔を向けてくる。

 私はそれを見て、思わず頷いてしまった。


「ビアンニ! あなた、陛下に構ってもらおうとわざと知らないふりをしているんじゃないのかしら!?」

「ハ? ソンナわけないダロ。引っ込んデロッ」

「陛下。こんな女のためにお席を立つことはありませんわ。代わりに私が――」

「オイ! やめロッ。ワタシと陛下の間ニ割り込むナッ!!」


 カーミラとビアンニが喧嘩を始めてしまった。

 それを見て、イブリスは呆れ、キャッタンは笑い、ザドリックは困っている。


 静かだった食堂が急に賑やかになった。


 これが本当に魔物のやり取りなのか?

 これでは、まるで……家族の食卓を見ているみたいじゃないか。


「……っ!? カリス、どうして……泣いてるの?」

「え?」


 ザドリックが私を見て驚いた顔をしている。


 ……気付けば、私は涙を流していた。


「!? な、なんで……?」


 私はこの食卓で何を感じた?

 魔物達のやり取りを見て何を思った?


 胸に込み上げてくるこの暖かい感情は一体……!?

 これは、私の知らない感情だ。

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