表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/29

10. 聖女の提案

 食堂にある大時計の針が午後七時を指した。

 城内にゴーンゴーンと不気味な鐘の音が鳴り始め、無貌(むぼう)の女達が料理をワゴンで運んでくる。


「鐘が鳴るようになったのですね」

「その方がカリスにとって便利だろうと思って」

「お心遣い感謝します」

「鐘の音は朝七時と夜七時に鳴るようにしてあります。他にも鐘を鳴らしてほしい時間があったら教えてくださいね!」


 円卓の対面に座るザドリックが言った。

 今日も彼は元気そうだ。


「ザドリック様、何やら嬉しそうですね?」

「はい! だって、僕からの贈り物をちゃんと着てきてくれたので!」


 そう言えば、今着ている黄色いドレスは彼に贈ってもらったものだった。


「素敵なドレスをありがとうございます。感謝に尽きませんわ」

「ふふっ。喜んでもらえて、僕も嬉しいですよ!」


 晩餐の料理が配膳されるさなか、ザドリックの椅子に立てかけられているケイン宰相が言う。


「カリス様。本日は誠に申し訳ございませんでした」

「はい?」

「ハウスキーパーのイブリスより聞き及んでおります。ビアンニとカーミラが失礼を働いたと……」

「そのことですか。もう気にしていませんよ」

「しかし、仮にも主様の側近たる者がお妃様に対して礼を欠くなど言語道断。時代が時代なら、処刑も辞さないところでございます」

「処刑だなんて! それだけはやめてくださいっ」

「あぁ。なんというお慈悲……! カリス様は女神のような女性であらせられる」

「はぁ」


 魔物に女神様のよう、と褒められるのはまた違和感が……。


 私の身に危険を及ぼす可能性はできるだけ避けたい。

 ビアンニとカーミラが危険を孕んでいるのはわかるけど、あの二人が私のせいで処刑されたとして、関係者に逆恨みされない保証はない。

 揉め事はできるだけ穏便に解決した方が今後のためになるだろう。


「私はこのお城の方々とまだまだ信頼関係が作れておりません。今後はその点を改善していければと思います」

「申し訳ございません。人間であるという理由で、カリス様に不信感を持つ者もまだまだ多く……すべて私どもの責任です」

「そんな……。私も妃となった身です。共に改善して参りましょう」

「そう言っていただけると助かります」


 ケイン宰相は私のことを疑っている様子はない。

 今回の件で、表立って私に害をなそうとする魔物はいなくなるだろうから、ゆっくりと信頼を培っていくことに努めないと。


 ……に、しても。


「主様! もう少し綺麗にお食べなさい!」

「ん?」


 ザドリックはさっきから料理に夢中。

 しかも、ナイフとフォークの持ち方がまるでなっていない。

 一体彼の教育は誰が――って、ケイン宰相だったか。


 やはり杖だからテーブルマナーのようなことは教えにくいのだろうか?


「……よし」


 ザドリックとの距離を縮めることも私の任務の内。

 私は意を決して、席を立った。


「カリス?」

「失礼します、ザドリック様」


 私は円卓を半周して、ザドリックの隣へと立った。

 そして、彼が握るナイフとフォークの持ち方を矯正してあげた。


 その時に触れた彼の手の感触は、人間(私達)のものと何ら変わりないように思えた。


「あ、あの……カリス?」

「ザドリック様はナイフとフォークの持ち方を間違えておられます」

「えっ!」

「ナイフはこう、フォークはこう持ちます。そして、お皿を手にとって召し上がってはいけません」

「……」

「スープを音を立てて飲むのはマナー違反です」

「……」

「お肉は口に合うサイズに切ってから――って、聞いていますか?」

「は、はいっ」


 ザドリックは顔を赤くして目を泳がせている。


 ……なんだろう。

 これは新しい反応かもしれない。


「ごめんなさい。僕はその……あまりものを知らなくて」

「謝ることはありません。誰にだって知らないことはありますもの」

「でも、魔王の僕がこんなこともできないんじゃ、カリスはガッカリしない……?」

「しませんよ。知らないことは覚えていけばいいのですから」

「そういうもの?」

「そういうものです」

「……ありがとう」


 強張っていたザドリックの表情が緩んだ。

 釣られて、私の表情も緩んでしまう。


「それと、野菜もちゃんと残さず食べましょう?」

「はい……」


 急に嫌そうな顔に変わった。


 私が席に戻ると、再び配膳が再開された。

 ザドリックはナイフとフォークの持ち方を意識しているようで、恐る恐る出された皿を覗いている。


 なんだか懐かしい気持ち。

 特務機関(シース)で訓練を始めて間もない頃、貴族の所作なども学ばされた。

 その一環にテーブルマナーがあり、教官の躾と称した体罰に怯えながら四苦八苦したものだ。


 そんな私が、誰かにものを教える時が来るなんて。

 人生というのはわからない。


「そうだ。カリス、あらためてありがとう」

「はい?」

「えっと、その、母様のお墓参りをしてくれたって聞いたから」

「そんな……お礼なんて。とても綺麗な墓所でしたよ。あれほど多様な花々が咲いている場所は、アルストロメリアにはありません」

「あの花園は、僕が生まれる前からこの城の大切な場所として護られているんだ。母様が好きだった花がいっぱい植えられてる。僕もよく行くんだ」

「そうですか」


 この言い方から察するに、やはりザドリックは魔王の息子。

 最近生まれたばかりで、魔力も知性も未完成と考えて間違いなさそうだ。

 そのあたりの情報をもう少し探りたいところだけど……。


「あの場所、僕以外はみんな神聖視していて近寄りたがらないんだ。花を供えるのはいつも僕だけ。だから、その、カリスが花を供えてくれて嬉しいよ」

「ザドリック様のお母様の墓前であれば、当然のことです」

「うん。ありがとう!」


 屈託のない笑顔に、私は見惚れてしまう。

 社会の闇に生きてきた私にとっては眩し過ぎる笑顔だ。


 その時、私は閃いたことがあった。


「それでは、こうするのはどうでしょう。月に一度、この城の皆でお母様の墓前に花を供える機会を設けると言うのは?」

「……そんなこと考えたこともなかった」

「それを繰り返すことで、いずれお墓参りが習慣となるでしょう。悪いことではないように思いますが」

「うん、うん! それ、いいね! さっそく来月から始めようっ」


 ザドリックが興奮気味に賛同してくれた。


 上手くいけば、魔物が一同に会する場を作れるかもしれない。

 任務を遂行するためにも、この城にいるすべての魔物を把握するのは必須。

 特に、危険な魔物、好意的な魔物といった区別をつけるのは重要だ。


「う~ん。使用人は集められるでしょうが、側近達はどうでしょうか」

「難しいのですか、ケイン様?」

「申し上げにくいのですが、現在の側近は癖のある者が多く、しかも協調性がないのですよね……。お恥ずかしい限りです」

「なるほど」

「お墓参りに呼びつけたとして、果たして集まってくれるやら」


 魔王の呼び出しにも応じないなんてことある……?

 実は統制が取れていないの?


「お墓参りを名目に急に呼びつけるのも難しいのですね。では、まず晩餐に側近の皆様の参加を促すというのはいかがでしょう」

「晩餐にでございますか」

「はい。食を共にすれば信頼も深まるというもの。私も側近の方々について知りたいですし、いつも私とザドリック様だけではこの円卓は大き過ぎますもの」

「おぉ……! そこまで我々のことを想っていただけるとは、感激いたしましたっ!」

「は、はぁ」

「それでは、明日よりさっそく晩餐に参加するよう側近達に呼びかけましょう!」


 ケイン宰相も納得してくれた。

 思いのほか早く側近達のことを把握できるかも。


「よろしいですね、主様!?」

「ん? うん、いいと思うよ」


 一方のザドリックは、やはり食事に夢中。

 ちゃんと人の話を聞くようにあとで注意しておかないと……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

執筆の励みになりますので、【☆☆☆☆☆】より評価、
ブックマークや感想などをぜひお願いします!


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ