敵はどちらなのか
一麒が僕の手を取り、少し先を歩く。
中庭までたどり着くと池のほとりで抱きしめられ、そのまま耳元で囁かれた。
「何が気になるのか私には教えてもらえないかな?」
「……っ! かず……き?」
恥ずかしさにその手を振りほどこうとして更に抱き込まれた。
「しっ。夜は玄武の世界だ。こうしていても私たちの事を観察してるだろうね」
一麒の言葉にどきっとする。迂闊なことを言うと僕が四神を疑ってると伝わってしまう。
「そうなんだ……」
「そうそう。このまま互いに耳元で囁こう?」
心なしか一麒は楽しそうだ。わざとじゃないよね?
「実は……」
僕は一麒に白虎と玄武の話をした。最初は面白そうだったが聞き終わったころには眉間にしわを寄せていた。
「リン。君の心を不安にさせて申し訳ない。四神達の統率に乱れが出ているのは確かだ。私の霊気のバランスが崩れてきてるからなんだ」
「一麒は僕に触れると力がでるの?」
「そりゃあもう。離れたくなくなるほどに」
「ならば今日から僕も一緒の寝室で寝るよ」
「……っ! いいのか?」
「……うん」
思い切って言ってみたが顔が熱い。きっと僕の顔は真っ赤になっているのだろう。
「ふふ。リンから言って欲しかったんだ」
一麒が嬉しそうに僕を頬ずりをした。え? なんかはめられた感じ? 僕の腰を抱く腕の力が強くなった気がした。
「でも私はリンを大事にしたい。無茶なことはしないと約束する」
「うん。ありがと」
「あぁ! こうして触れるだけで心身共に充実するなあ!」
急に大きな声で一麒が叫ぶ。その芝居じみた様子にふふふと笑いが溢れる。
「よし、いいぞリン。イチャついて仲良しアピールだ」
聖廟殿に戻ると玄武が何か言いたそうな顔で待っていた。一麒の言う通り僕らの話をきいたのだろうか? 僕を見る目が幾分鋭い気がするのは白虎の忠告を聞いたせいだろうか。
「今日からリンは私の寝室で共寝をする」
「……御意」
僕は玄武の顔をまともに見れなくて俯いたままその場を離れた。
一麒の寝室は赤褐色の天蓋付きのベットだった。ベットの柱には細かな透かし彫りが細工されており麒麟の姿が彫られていた。
「まず、誓って嫌がる事はしない。だから抱きしめてもいいだろうか?」
さっきも抱きしめたじゃないかと僕は心の中でつっこみをいれた。
「いいよ。その、一麒は僕が番だと思うの?」
「リンは私の麟だよ。もちろん最初から確信が持てたわけではない。でも君のその穏やかな性格に可愛い笑顔は会った時から惹かれていた。何より君が力を発現させたときに僕の中の力が共鳴したんだよ」
「僕が力を? それはどういう?」
「中庭の植物を再生させただろう?」
「あっ! あれは偶然の……」
「ふふふ。偶然はありえないよね。あのとき、君ははっきりとした意思表示をし、それに君の中の力があふれ出したんだよ」
「僕の中のチカラ?」
「あのとき清々しくも凛とした空気に辺り一帯が振動しただろ? あれはまさしく君のチカラだよ。それから君は中庭に出ることが多くなった。何かを感じ始めたからではないの?」
そのとおりだった。中庭に出ると断片的だが感じることが増えてきた。この庭が好きだったとか、一麒とお茶を飲むのが好きだったとか、甘いものが好物だったような気がして来る。それは番の御霊の記憶なのか? それともなんとなくそんな気がするだけなのだろうか?
「本当に僕が番だったなら、どうしたら覚醒すると思う?」
「リン、そればっかりは私にもわからない。だから私はもういちど君と恋をしたいんだ」
「一麒は番だから恋をしたいのであって、僕だからじゃないんだね?」
「それは違う。私はリンがいいんだ。リンは可愛くって堅実で、ここに連れてこられた理不尽さにも怒らないばかりか、私を助けようとする暖かい慈悲の心の持ち主で……そう、それはまさしく【仁】そのものなんだ。例えようもなく君に惹かれる。本当は君が欲しくてたまらない」
一麒の真剣なまなざしに心臓が踊りだす。ただでさえイケメンなのにこんな口説き文句をベットの上で言われて戸惑っていると、力強い腕に抱き込まれた。
「一麒……」
「嫌がらないで。こうしてるだけで安心するんだ」
かすかに震える肩越しに一麒がこの場所を一人で護ってきたんだと思うと切なくなった。
「口づけてもいいか?」
「うん」
そっと触れるだけの口づけに胸が熱くなった。真摯な瞳が僕を見つめている。まるで逃げないでくれと言っているようで。僕は思い切って自分から口づけてみた。一麒が嬉しそうに目を細めた。一麒が振れるところから暖かい感情が溢れてくる。お前の帰る場所はココだよと身体の中から聞こえてくる。ああ、僕はやっぱり一麒が好きみたいだ。