玄武の話し
「なんと素晴らしいっ! 中庭に緑が戻り、池に鯉まで!」
「いえ。ただの偶然かもしれませんし……」
「玄武、少し落ち着こうか。これはリンのおかげなんだよ」
「はっ。わたくしとしたことが、誠に申し訳ございません」
深々とお辞儀をする白髪の壮年紳士は黒のタキシードに身を纏っている。ここで会う皆が中華系の服装なのに対し、玄武だけが洋装だった。僕は心の中で彼の事を執事と呼ぶことにした。実際、玄武は僕の教育係も務めることになったのだ。
「今日は朱雀さんにお茶の淹れ方を習ったんです」
「ほぅ。あの朱雀がリン様に? まぁあやつは茶だけは上手く淹れれるのでね」
僕と玄武のやり取りに目を細めていた一麒は今は机に向かって書をしたためている。
「ここにはリン様の言う時計というものがございません。そのかわり、私たち四神が時計代わりとなります。それと、リン様は番候補なので我らに敬語は必要ありません」
「うん。おさらいするよ。まず、朝は東から青龍。昼は南から朱雀。陽が陰り夕方は西から白虎。夜は北から玄武が来るんだよね」
「さようでございます。一麒様にふさわしい候補者様になってくださいね」
玄武を見ていると育ててくれたおじいちゃんを思い出す。躾けは厳しかったが、優しく暖かいひとだった。教えられたことができるようになると嬉しそうに褒めてくれた。
だから玄武にも褒められたくて必死にこの世界の事を覚える事にした。
「リン様は教えがいがありますね。」
お世辞でもそう言ってもらえると嬉しい。
「へへ。ありがとう」
「他にお知りになりたいことはございますか?」
「うん。あのね。白虎の事」
「それは……」
玄武はちらりと一麒のほうを覗いたがすぐに僕に向き直った。
「わかりました。一麒様が番の御霊を探しておられるのはご存じですよね?」
「うん。聞いたよ」
玄武の話によると定期的に番の御霊捜索は行われていたらしい。リンが渡ってくる前は白虎が捜索に出ていたようで、そこで番候補をひとり見つけてきたようだった。白虎はとても熱心に世話をし、かなり親密な間柄だったが、結局その子は白虎を裏切り、一麒ではなく他の神の番となったというのだ。
「それで、僕に対しても疑心で満ちていたのか」
「恐らくは。かなりショックだったようです。番候補を憎んでるのでしょう。白虎にはくれぐれもお気を付けくださいね」
それなら一麒が自分以外の相手に惹かれたならその者と番になっても……と言わずにおれない気持ちもわかる。白虎よりもショックが大きかったのは一麒に違いない。
「リン様、ここは以前、もっと活気にあふれておりました。中庭も花々が咲き乱れ神聖な場所だったのです」
「今よりももっと凄かったんだ? あんなに広い庭園だから綺麗だったんだろうね」
「ええ。ですが少しづつ植物も育たなくなっていったのです」
「どうして? 肥料とかが足りなくなったの?」
「いいえ。ここは麒麟が護る場所です。愛によって花が咲き草木が芽吹くのです」
「それは、麒麟は元々、番あってひとつだからということ?」
「おわかりでしたか。一麒様はたぐいまれな霊力の持ち主でございます。この世界の要となる場所をお一人で護って来られた。しかしそのお力も徐々に……」
四神達が聖廟殿に通うのは護りを強化するためだけでなく、皆一麒が心配なのだ。
「玄武。僕に出来る事はなに? どうすればいいの?」
「焦ることはありません。リン様にはまだ麒麟という自覚がないのでしょう? あくまでもリン様は番候補な《《だけ》》ですので、一麒様にも必要以上に近寄る事はしなくてもよいのですよ。今はこの世界を知る事から始めましょうね」
わかってる。わかってるよ。でも、本当は番ってあげた方がいいんじゃないのかな? でも番うってさ。つまり交わるって事で。まだ心づもりが。僕は童貞で処女なんだ……。
「リンはよく玄武に懐いてるね。妬けてしまうよ」
一麒が僕の腰を抱いてきた。最近はスキンシップも増え、隙あらば僕の身体に触れてくる。もちろん嫌ではない。一麒が嬉しそうだし、彼の笑顔を見るだけで胸の奥が暖かくなる。……でもちょっとまだ恥ずかしいのだ。言葉遣いをくだけた口調にするだけで精一杯だ。堅苦しい敬語はイヤだと言われて普段口調にするよう頑張っている。
「ふふ。可愛いね。耳が赤いよ」
「一麒様、リン様をあまり虐めないで下さいね」
「もう、からかわないでよ」
麒麟は【仁】の力を持つという。つまりは愛だ。愛すること、慈しむことだ。一麒の声にはその力が乗るのだという。だから聞いたものは心を落ち着かせ陶酔していく。
青龍や朱雀からはリン様からも【仁の波動】が感じられますと言われた。僕は本当に番候補なんだろうか? 未だにわからない。