白虎参上
「リン。少し散歩に参ろうか?」
一麒がそういって僕の手を取る。自然と手を繋いで僕らは並んで歩きだした。
喉も潤い、おなかが膨れたせいか先ほどよりは落ち着いて考えられるようになった。一麒はきっと争いごとが嫌いなのだろう。
赤い柱が続く間を抜けるとすぐに白壁の回廊が出てきた。回廊には漏窓と呼ばれる細かい透かし彫りのような窓がいくつも作られており、丸枠、四角枠、六角形などそれぞれ形は違えど統一性が感じられる。まったく違うデザインのはずなのにバランスが取れているのだ。それらはみな、中央の中庭を透かして見せる役割をしていた。
「とても凝った造りをしている。僕、建築デザイン専攻だったんだ。この建物は中華建築様式を忠実に再現している。凄く興味深いよ」
僕が興味津々に漏窓を覗き込んでると一麒が笑って手を引いた。引かれた先には洞門と呼ばれる円形の門が現れた。庭園への入り口だ。
「わあっ! 広いっ!」
庭園には芝生が敷き詰めてあった。ところどころ土が見えて枯れている場所もあるが手入れをすれば活性化するだろう。中央には丸い池が作られている。池の側には桜とよく似た木が植えてあった。
「どうだい?」
「ええ。陽当たりのいい場所ですね」
「……そうだね」
「……?」
機嫌よく散歩を続けていると一陣の風が吹きすさんだ。思わず目をつぶると、一麒が僕の肩を抱いた。
「リン……様が現れたのですね?」
機嫌が悪そうな声をする方を振り向くとそこには真っ白い軍服を着た十代ぐらいの少年が立っていた。眉間にしわを寄せて僕を睨みつけている。だがその頭には三角の白い耳がついていた。
「君は犬さん?」
「ちがう! 虎だ!」
ぶはっ! くっくっくと一麒が肩を揺らしている。
「あれ? 虎さんだったの? ごめんなさい」
「貴様っ! 俺を馬鹿にするのかっ」
しまった。怒らせちゃったかな? どうも僕は頭で考える前に口にだしてしまいがちだ。僕を見る少年の視線が冷たい。かなりの威圧感があるから少年のように見えるけど中身はそうではないのかもしれない。
「白虎、やめなさいっ」
一麒がぴしゃりと言い放つと威圧感がなくなった。
「……一麒様」
「この子は今期のリンだ。間違えるでないぞ」
「……わかっております。しかし、外部の者を容易く信頼するのは危険です」
「過去に捕らわれて曇った眼では真実を見ることが出来ぬぞ」
「しかし、渡らせたのなら外から来たのでしょう?」
「それってどういう事?」
「一麒様にふさわしいかは俺が見定めてやる!」
敵対心満々の白虎の態度にムカついた。僕だって好きでここに来たんじゃないのに。なのに一麒の相手にふさわしくないってどういうことなのさ。
「ふさわしいかどうかなんて君に決められる気はないよ」
「なにをっ……」
白虎が眉間にしわを寄せグルルルと喉を鳴らしている。
「確かに僕はひ弱だし、ここの事だってよくわからない。だけど自分の事は自分で決めたい。誰かの言うなりにはならないし、僕は僕なんだっ!」
「……!」
「……リン?」
ザァッと足元から力が湧き出た気がした。なんだこの感覚? 前にも似たようなことがあった気がする。これって……?
「まさか。そんな……ほんとにリン様なのか?」
「え?」
白虎の声に顔をあげると僕の足元を中心として緑のじゅうたんが広がっている。芝生が蘇ったように葉を芽吹かせて活き活きと色づいていたのだ。
「リンっ? リン戻ったのか? ぁあっ私のリン!」
一麒が飛びつくように抱きついてきた。逞しい胸に顔をうずめる格好になり、心臓が踊りだす。……何が起きているんだ? 何が? って僕一麒とキスしてるぅう?
ちゅっちゅと一麒が僕の顔中にキスを落としていく。
「か……かず……き。……一麒っ!」
思いっきり僕は腕を伸ばし一麒の身体を突き離した。
「え? リン? どうし……て」
「その……苦しいです。……恥ずかしいですし」
「……ぁあ、そう……か。そうだね。何かを思い出したのではないのだね」
「いえ。ほんの少しだけ。その」
「本当かい? 少しでもいいっ。思い出して……いや、すまない。……なんてことだ。君に焦らなくてもいいなんてカッコつけておきながら……自分がこんなに情けないなんて思わなかった」
「いいえ。僕も……あの。い、嫌じゃなかったですっ」
「え?」
「き、キスが……」
「ふっ。ふふ。ありがとう」
ぴちょんっと音がしたと思ったら中央の池のなかで魚がはねている。
白虎はいつの間にか姿を消していた。