朱雀のお茶
入れ違いのようにドォンっと音と共に南の空から真っ赤な炎に包まれて体格の良い青年が現れた。こちらは二十から三十代だろう。赤髪で褐色な肌に赤い官服がよく似合う。精悍な顔立ちの青年がずぃっと寄ってきた。ひ弱な僕の体格とは違う筋肉質な身体の持ち主だ。
「貴方がリン様か?」
「は、はい?」
「なんと可憐なお姿。もう選ぶ相手は決めたのですか?」
「へ? え、選ぶって?」
「朱雀よ。リンはまだ渡り酔いが醒めたところだ。詳しい説明がまだなのだ」
「了。では吾輩めが説明いたしましょう。この世界は麒麟を中心として東西南北を四神である我らが護っている。つまりここは神の領域なのだ」
「神の領域? その麒麟が一麒さんなの?」
「応。そしてリン様は我らの番となられるかもしれない方なのだ」
「僕がつがい? つがいって?」
一一麒が探してる御霊が番であって……いやいやいや。僕は普通の人間だし。
さっき、一麒のためにやれることはやろうと心に決めたばかりなのに。なんだこの展開は? 僕って御霊を探すために来たんじゃなくて、僕自身が御霊だって事?
いや、待てよ。今我らのって言わなかったっけ?
「番とは二つ揃ってひとつになる事を表す。つまり生涯唯一の結ばれるべき相手なのです」
「そ、そんな大事な相手が僕だというの? だって僕男だよ」
「性別は問題ありません。肉体だけでなく精神でも繋がるのですから」
どうやら朱雀は生真面目な性格らしい。笑顔一つ見せずに淡々と話し終わる。
「じゃあ、僕がここに来たのは一麒さんの番かもしれないから?」
「驚かせてすまないね。リンは私の番候補ではあるが、もしもリンが四神達の誰かに惹かれたというのならその相手と番っても良いんだよ」
一麒が眉を下げる。
「否! 一麒様っ! それでは……」
「朱雀! リンに余計な心配や負担をかけるでないぞ」
「御意」
「そうなの? 一麒さんはそれでもいいの?」
どういうこと? 一麒は番を探してたんじゃないのか? やっぱり僕ではダメだということなのか? そもそも、何故僕が誰かに惹かれることが前提なのだろうか?
「リンには様付けされたくないな。一麒でいいよ。リンはどうしたい?」
「まだ、今日来たばかりでよくわからないです。なぜ僕がここにいるのか? この先どうすればいいのか。この世界の事もよく知らないし……」
「焦らなくてもいいよ。君の心のままに動けばいいんだよ」
「まだ頭の整理が出来ていないです。少し時間をください」
「もちろんだとも。ゆっくり考えてほしい」
「とりあえずリン。喉が渇いてないかい? 茶でも飲まないかい?」
そういえば緊張しすぎて喉が渇いていた。身体が水分を要求しているって事はやはり夢ではないのだろうな。
「はい。いただきます」
「香りがよくてさっぱりするお茶だよ。お飲み」
一麒が腕を上げると目の前に円卓が現れた。可愛らしい茶器が乗っている。
手慣れた仕草で手際よく朱雀が茶を淹れる。ジャスミンに似た香りが鼻に抜けた。
「美味しいっ。すごい! 朱雀さんお茶いれるの上手なんですね!」
「まぁ、このくらい……誰でも……その」
「後で淹れ方を教えてください。僕も淹れれる様になりたいです」
「これくらい……すぐ……」
急にぼそぼそと話し始めた朱雀をみてまたしても一麒がくくくと笑い出した。
「リンは本当に面白いねえ。さあ、甘味もあるよ。お食べ」
一麒が手を差し伸べると目の前に皿が現れる。魔法使いみたいだ。
「胡麻だんごだ! 僕、甘いものが好きなんです」
香ばしい胡麻の香りと中から出てくる餡に思わず口元が緩む。甘いものは脳の働きをよくすると言われてるし、考えるためには食事をとらないとね。あぁ、甘いものって最高だなぁ。イライラしてたのはお腹が減ってたからかもしれない。
「此度はなんと純真な……美味そうに召し上がれる姿はまるで子供のような」
「朱雀よ。リンはまだ覚醒してないのだよ」
「応、さようでございました。申し訳ございません」
「覚醒って?」
「案ずるな。そのうち自ずからわかるようになる」
一麒はそういってまた僕の頭を撫でた。見た目は若いのに威厳があって、この声を聴くと心地よくなる。何故だか懐かしいような安心するような気がするのだ。だから彼に言われるとそうなんだろうなと自然に思えてしまうのが不思議だ。
いや、これこそが一麒のチカラなのだろうか?