あなたの愛は、私には呪いでした。
マタハラ表現のあるホラー系ざまぁです。苦手な方はご注意ください。
扉がゆっくりと開いていく。
その奥の薄暗い空間から、女の声が響いてくる。
――魔道具の三日月堂へようこそ。私は店主のクロエです。
当店は絶大な力を持った魔道具を数多く取り揃えています。
あらゆる奇跡を起こすことから、私のことを『三日月の魔女』クロエ・アナと呼ぶ方もいらっしゃるそうで。
例えばどんな商品があるのかって?
それでは、こちらの魔道具をご覧ください。
……子は授かりもの、とよく言われます。
幸運にも子宝に恵まれる夫婦もあれば、なかなか思うようにいかない夫婦もあるものです。
生まれるかどうかだけでなく、どんな子供が生まれ育つのかもまた、本来は人が選べるものではありません。
ですが、それらを思いのままにできる魔法の道具があったとしたら、あなたならどうしますか?
参考までに、あるエピソードをご紹介しましょう……。
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「のんびりしていないでさっさと歩くんだ!」
フリードリヒ・ヴェルツ公爵は、妻の手を引っ張りながら足早に夜道を歩く。
妻ビアンカは引っ張られる腕の痛みに耐えながら歩みを早める。
「ですが、この夜道に黒いヴェールで足元もよく見えず、歩きにくくて……」
ビアンカが顔を覆う黒いヴェールを少し上げようとすると、公爵フリードリヒは「おい!」と短く声を荒げる。
「こんなところで顔を出すんじゃない! このあたりは治安が悪いんだからな! ゴロツキどもに襲われたらどうするんだ! 言い訳はいいから、さっさと歩け!」
ビアンカは小さくうなずくと、あとは黙って歩みを進めることだけに集中した。
この夫には何を言っても「言い訳するな」としか返ってこない。
何かを主張するだけ無駄なのだと、ビアンカはいつも通り諦めることにした。
「まったく……どうして公爵の私がわざわざこんなところまで……。本来なら使いの者に行かせるところなのだが……」
フリードリヒは誰に言うでもなく不満をこぼし続ける。
「本当に噂通りの力があるんだろうな……『三日月の魔女』め……」
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「それで、子供が欲しいというのが、あなたがたの願いですか……?」
ヴェルツ夫妻の向かいに座るクロエがそう問いかける。
フリードリヒは横にいるビアンカをちらりと見てからうなずく。
「あ、ああ。そうだ。私たちの間には結婚してから2年半もの間、子供ができないのだ。このままでは彼女は石女として離縁させられてしまう。この国では3年以内に子供ができなければ白い結婚と判断されてしまうからな」
「子供ができない原因が彼女の方とは限らないのでは……?」
「何……? いくら三日月の魔女と言えど、公爵である私への侮辱は許されんぞ……!」
フリードリヒは冷や汗をかきながらも、声に怒気をはらませた。
最初この店に入った時は目の前にいる黒髪の少女が三日月の魔女だとは思えなかったが、彼女から発せられる恐ろしい魔力を肌で感じて見解を変えた。
――確かにこの少女は三日月の魔女、クロエ・アナなのだろう。
彼女にはどうあっても、我々の願いを叶えさせなくては。
しかし、こんな凶悪な魔力の持ち主を一体どうしたら従わせることができるのか。
公爵としての権威を振りかざしてはみたものの、それで言うことを聞く相手とも思えないが……。
フリードリヒは必死に考えを巡らせていたが、クロエ・アナの反応は拍子抜けするものだった。
「まあ、私の魔道具にとっては、原因がどちらであろうと関係ありません」
クロエ・アナはそれだけ言うと、背後の棚から2つの小瓶を取り出して机に置いた。
ガラス製の小瓶の中には、赤と青、それぞれの液体が入っている。
「こちらの赤い薬は、『愛さえあれば必ず子供が生まれる薬』。そして、こちらの青い薬は『愛がなくても必ず子供が生まれる薬』。どちらも料金は同じです。どちらを選ぶかは、注意書きをよく読んで決めてください」
フリードリヒはそれぞれの小瓶を手にとって裏のラベルを読む。
赤い薬――愛さえあれば必ず子供が生まれる薬のラベルには、こう書いてある。
・2人の間に愛があれば、必ず子供が生まれます。
・2人の間に愛がなければ、決して子供は生まれません。
そして、青い薬――愛がなくても必ず子供が生まれる薬のラベルの内容は、こうだ。
・2人の間に愛があれば、素晴らしい子供が生まれます。
・2人の間に愛がなければ、恐ろしい子供が生まれます。
フリードリヒは、注意書きを読み終えると、顔をしかめて言った。
「……恐ろしい子供とは、一体何だ」
「具体的にはお答えできませんが、あなたを不幸にする子供であることは確かですね」
フリードリヒは「ふむ……」と少し考えてから、選択肢を決めた。
「そんなもの、こちらにするに決まっている」
そしてフリードリヒが薬の代金を支払うと、クロエ・アナは言った。
「それでは、旦那様は外でしばしお待ちください」
「む、なぜだ」
「この薬は子宮に働きかけるもの。飲むのではなく、女性の体の中に入れるのですよ。男性がいる場所では、投薬できませんからね」
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三日月堂から領地の館に戻ると、ビアンカはすぐに妊娠した。
それを知った夫フリードリヒの第一声はこうだった。
「よくやった。これでようやく女の務めを果たすことができそうだな」
それを受けて姑は言った。
「まだ妊娠しただけではありませんか。気が早いにもほどがあります。きちんと男子を産み、立派な跡取りに育て上げてこそ、女の本懐を遂げたと言えるのですよ」
ビアンカはそれが貴族としての常識であることを理解していたものの、悪阻がひどく水分さえまともに取れない自分をもう少し労って欲しい気持ちはあった。
「何を言っているんだ。妊娠は病気ではないのだぞ」
フリードリヒはそう言ってほとんど家に居着かなかった。
昼は仕事で外に出ることも多く、夜は毎日のように社交の場に顔を出しているようだった。
それについてビアンカがうっかり不平を漏らした時には、姑に長々と叱られた。
「男は外で戦い、女は家で子供を産み育てる。それが当然の役割です。あなたはそんなこともわからないのですか。子爵家のような下級貴族の娘はこれだから困るのです。夫が早くに亡くならなければ、本当はフリードリヒならもっと良縁があったはずなのに……」
前当主が残した借金を精算するために、子爵家ながら商売に成功して潤沢な資産があるビアンカの実家からの持参金をあてにしての結婚ではなかったか――ビアンカはそう思ったが、そんなことを言っても小言が長くなるだけだと思い沈黙した。
ビアンカにとっては、沈黙することこそがこの家で生き抜く最良の選択肢だった。
「女か……。次は必ず男を産め」
生まれた子供を見て、抱くこともせずフリードリヒはそう言った。
姑も「まったく、金食い虫を増やしてどうするのです」とため息をついた。
ビアンカは長女を産んだ後、またすぐに妊娠した。
今度は双子だった。
「双子では男子だとしても忌み子です。跡取り争いになりますし、双子は前世で心中した男女の生まれ変わりだという説もあります。今回は堕ろすべきでしょう」
姑は堕胎を勧めたが、さすがにそれはビアンカも許せなかった。
「絶対にイヤです……! お義母様を殺してでも、私は必ず産みます……!」
「子爵家の娘の分際で、あなたは何ということを……ッ!」
「貴様! 我が母に何と言ったッ! 今度ばかりはこの私も許さんぞ!」
フリードリヒと姑は怒鳴り散らしてビアンカを殴った。
顔が腫れ上がって前も見えなくなってしまうほど、何度も繰り返し。
それでもビアンカは自分の主張を曲げず、おなかの子供たちを守り抜いた。
生まれてきたのは男の双子だった。
ビアンカは子供たちを片時も離さなかった。
気を抜けば、姑が双子の片方を殺そうとするからだ。
夜もほとんど眠らず、ビアンカは飢えた肉食獣のような眼光で常に周囲を警戒した。
そしてビアンカは、またすぐに妊娠した。
フリードリヒは妻の浮気を疑った。
双子を産んでから、夫婦の営みをした記憶がない。
しかし、どんなに調べても妻は潔白だった。
家からほとんど出ておらず、使用人の多くは女性であり、男性は老いた執事長だけだった。
「あの夜は、社交場からお帰りになって泥酔されていましたからね」
ビアンカがそう言うと、フリードリヒも渋々納得した。
今度は三つ子だった。
それもずいぶん早産だったが、子供たちは充分に大きく生まれてきた。
「十月十日というが、半年ほどしか経っていないんじゃないのか……?」
フリードリヒも姑も不気味に思い、医者を呼んで子供たちを調べさせたが、どこにもおかしなところは見つからなかった。
「どのお子さんも健康で順調にお育ちですよ。ヴェルツ家の未来は明るいですな」
医者はそう言ったが、フリードリヒと姑の不安は消えなかった。
三つ子を産んでからまたすぐに、ビアンカが妊娠したからだ。
「お、おかしいだろうッ! いくら何でも! 今回ばかりは本当に私は何もしていないぞッ! お前に指一本触れてもいないはずだ! それでどうして子供ができるんだッ!」
フリードリヒは激昂したが、ビアンカは何食わぬ顔で言った。
「さあ……あなたが眠っている間だったかもしれませんね……。ただ、あなたの子であることは確かなのですから、あなたが覚えているかどうかなど、どうでも良いではありませんか。現にこれまで生まれた子供たちはみんな、ほらこの通りあなたに瓜二つ……」
ビアンカが抱きかかえる6人の子供たちを見て、フリードリヒは背筋に寒気を覚えた。
本当に、どの子供も気味が悪いほど自分にそっくりだった。
「だ、だが……子供はもう充分だ……! 今回の子を最後に、もうこれ以上は孕むんじゃないぞ…………ッ!」
フリードリヒはそう言ったが、次の年も、また次の年も、ビアンカは妊娠し、出産した。
子供は全部で12人になった。
「や、やめろッ! もう、これ以上は産むのをやめろッ!」
「どうしてですか…………? あなたもお義母様も、子供を産むことが女の役目だって、仰ったじゃないですか…………」
「そ、それは、そうだが……ッ! もうこれ以上は……」
「大丈夫ですよ……私は、まだまだ産めますから…………」
短い間に12人も子供を産んでいながら、ビアンカは肌艶も良く、結婚当初と何ら変わらない若々しさを保っていた。
それに対して、フリードリヒはすっかり老け込んでしまったと自分でも思う。
まだ30代だというのに足腰も弱ってきて、杖がなければ歩けないほどになってしまった。
「お、おかしい……ッ! おかしいぞ……、お前と子供たちは……! お前が子供を産むようになってから、私もそうだが、母もあっという間に老けて死んでしまった……!」
フリードリヒは呆け始めた頭で必死に考える。
一体何がどうしてこうなってしまったのか。
三日月の魔女から購入した魔道具のことを思い出す。
赤い薬――愛さえあれば必ず子供が生まれる薬のラベルに書いてあったこと。
・2人の間に愛があれば、必ず子供が生まれます。
・2人の間に愛がなければ、決して子供は生まれません。
青い薬――愛がなくても必ず子供が生まれる薬のラベルに書いてあったこと。
・2人の間に愛があれば、素晴らしい子供が産まれます。
・2人の間に愛がなければ、恐ろしい子供が産まれます。
「わ、私はあの時、赤い薬を選んだはずだ……! 愛があれば子供が生まれ、愛がなければ子供は生まれない薬……ッ! 私はビアンカ、お前にもはや愛は感じていない……! 恐怖しかない……! なのに、一体どうして子供が生まれ続けるんだ……ッ!」
ビアンカは子供たちに囲まれながら、薄く笑う。
「なぜ、赤い薬をお選びに……?」
「な、なぜって、私はお前のことを愛していたからだ……! 心から愛し、大切に思っていた……! いつだって私はお前の手を引いて歩き、危険が及ばぬよう警戒を怠らず、お前が何不自由なく暮らせるよう、仕事に邁進してきた……! お前が女の務めを果たせるよう、大金を払って三日月堂の魔道具を手に入れてやったのもそのためだ……!」
「あなたが私を愛していたから、2人の間に愛があると?」
「……? そうだろう、当然…………!」
ビアンカは静かに首を振る。
「私は、あなたの顔だけは好きでしたが、そういうところが嫌いでした。自分が愛していれば相手も自分を愛して当然と思い込める傲慢さが。あなたの愛は、私には呪いでした」
「あ、愛していなかっただと……? ならば、どうして子供が……!」
「あなたが店を出た後、青い薬に変えてもらったんですよ。私が愛していない以上、赤い薬では子供が生まれませんからね。やっぱり青い薬にして正解でした。あなたの意志に関係なく、私が望めば子種を得られるようにもなりましたから。それに、その青い薬で生まれる『恐ろしい子供』の正体も、私はその時に詳しく教えてもらいました……」
フリードリヒは言いしれぬ恐怖を感じて「ど、どういうことだ……どういうことだ……」と後ずさりする。
「人間の生気を奪い取る『吸血鬼』の一種。それが『恐ろしい子供』の正体だそうです。私にとっては可愛い子供たちでしかありませんが。昼も活動できますし、私が示した人間の生気を吸い取ること以外は普通の人間と変わりありませんからね。私の子供たちはみ~~~~んな、あなたやお義母様の生気を頂いて、すくすく元気に育ったのですよ……」
「な……! な……!」
「ほら、あなた。子供たちがまた、おなかを空かせているみたいですよ……?」
「や、やめろォ~~~~~~~~ッ!」
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ある日、ヴェルツ公爵フリードリヒは若くして突然死亡し、妻ビアンカが女当主になったという。
公爵家には強大な魔力をもった12人の子供が育ち、王国の軍事を強く支えたそうだ。
後年、ビアンカにとっての政敵が次々と謎の死亡や失踪を遂げることになったが、その真相は誰にもわからなかった。
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クロエ・アナが、薄暗い店内で佇んでいる。
――今回ご紹介した魔道具は、いかがでしたでしょうか。
文字通り死ぬ思いをして出産する女性に対して、出産において男性が肉体的なリスクを追うことは基本的にはありません。
ならば、その負担を男性にも背負わせることができたなら?
それこそが真の平等?
ただ、世界のどの地域・時代でも、女性の方が男性よりも長生きするそうですが、平等のためには、それも揃えるべきなのでしょうか?
もしかしたら、そんな風に考えることそのものが、恐怖の始まりなのかもしれませんね……。
当店では、他にも様々な魔道具をご用意しています。
ですが、あいにく本日はそろそろ閉店のお時間。この他の商品のご紹介は、もし次の機会があればということで。
それでは、またのご来店を心よりお待ちしています……。
読んで頂きありがとうございます。
ジャンルをまたいで、いくつか短編を投稿しています。
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