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狐の花嫁  作者: 悠木 泉
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失われた霊力

理由は何であれ、男性と結ばれたるりかは、全ての霊力、超能力を失ってしまう。

そのことは分かっていたが、それよりも唯この青年と一緒にいたい、愛し合いたいの一心だった。

 その翌朝から少しずつ霊力は失せてゆく。

るりかに救いを求めてやってくる多くの人の願いが叶えられないことが、何より心苦しかった。

宮司の父にもきっと叱られるだろうと思っていたが、父は何も言わない。

出来れば娘が初めて愛して愛された青年とここを離れて幸福に暮らしてほしいとさえ思っていた。

「本当にいいの?お父さん」

「いいよ。お前が望むようにすれば良い。娘のしあわせを願わない父親はいないものだよ」

父は許してくれたが、生まれ育ったこの里とここに住む家族のような人々、自分を信じ助けを求めてくる沢山の人たちをも捨ててはゆけない。

自分さえ幸福になれば良いのか。

るりかは思い悩んだ。

青年に相談しても何も答えない。

相変わらず本ばかり読んでいる。少し美しいだけの腑抜けなのかもしれない。

こんな人を私は愛してしまったのか。

全てをこの人に賭けたのに。

 るりかは自分の失った、全ての力を取り戻す方法はないかと考える。

滝行、座禅、断食など思いつくことはやり尽くしたが、力は戻って来ない。

神社横にある古い稲荷神社に毎日詣でて祈る。

 三日程経った美しい満月の輝く夜のこと。

すっかり寝入ったるりかは、夢を見る。

夢枕に立ったのはキツネ。

それも立派な九本の尾を携えた九尾の狐だ。

狐は一言一言かみしめるように話し出す。

「お前は霊力を取り戻したいのか?しかし、その霊力は私が授けたものだ、それなのに男と交わって全てを失くした罪は許せるものではない。まずあの男の命を奪う。お前の命も奪いたいところだが、霊力を全て無くしたことで罪をあがなったことにする」

るりかは青年の命をうばうと九尾の狐が言ったことに動揺する。

「お願いです。私は死んでもかまいませんから、どうかあの人は助けて下さい。」と懇願する。

「どうして、そこまで願う?あの男はお前に力を貸してくれたのか?お前の苦しみを分かってくれたのか?相変わらず本ばかり読んでいるではないか」

「でも、私が初めて愛した人です。初めて結ばれた人です。どうか命だけは助けて下さい」

「そこまで言うなら命は助けてやろう。その代わり条件がある。私の花嫁になれば願いを聞いてやっても良い」

「私があなたの花嫁に?」

「ああ、そうだ。嫌なら男の命はうばう」

ハッとしてるりかは目覚める。

夢だったらしいがうっすらと全身に汗をかいている。

夢にしてはやけにリアルだし理にも叶っている。

翌日の夜。また狐が夢に現れる。

「どうだ。心は決まったか?」

「はい。あなたの花嫁になります。ですからあの人だけは助けて下さい」

「分かった」

狐はそれだけ言うと夢の中から消えて行った。

 夜明け。月はかなり地上近くまで沈み、太陽が昇り初めている。

この世に月と太陽がこれ以上ない程の絶妙なバランスを保ちながら並んでいる短い時間。

るりかは眠れないまま窓の外を眺めていた。

美しいこの夜明けのように、新しい人生の扉が開くのかそれとも開かないのか。

青年の元を訪れたるりかは夢の中で話したことを打ちあけるが男は黙っているだけ。

「君がそれでいいならいいよ」

やっと口から出た言葉だった。

この人は、私のことなんか愛していなかった。

もし、愛しているなら狐の花嫁になるなんて許せるはずはない。

いっそのこと二人で死のうと言ってくれる方が良い。

男は荷物をまとめ、狐の気が変わらない内に出ていこうとする。

「私のこと愛してなかったの?誰でも良かったの?」

「そうでもないよ。唯、君が世間知らずでこの里から出たことのない娘だったから珍しかったんだ」

そう言うと青年は、本当に宿から出て行ってしまった。

るりかはそれでも神社の石段のてっぺんまで駆け上がり青年を見送った。

青年が小さくなるまで。

その光景を見ていた九尾の狐がつぶやく。

人間というものは本当に愚かな生き物だ。自分を愛してくれた女ひとりの想いも理解出来ないなんて。

キツネの風上にも置けぬ男だ。

何か困ったこと、不都合なことがおこるとすぐ自分以外の者や何かのせいにする。

うまくいかない原因のほとんどは己自身にあるのにだ。

そのことは言わず、反省さえせず、責任転嫁出来なくなると、それキツネのたたりだとか言い出す。

愚鈍きわまりない!

私が神社の娘に霊力を与えたのは、そんな人間をひとりでも改心させたかったから。

自分のしでかした事に責任がとれ、まちがったことは正し、回りのものに感謝出来る素直でやさしい心を取り戻してほしかったから。

さて、何人の人間が改心したことか……

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