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狐の花嫁  作者: 悠木 泉
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杏の里

信州の山合いの小さな里にも春は来て、薄紅色の杏の花が咲き誇っている。

何もない里が、春の女神のひとときの魔法にかかったように、華やぐ季節である。

里の外れの鎮守の森に囲まれた古い神社。

その裏手にも沢山の杏の木がある。

七才のるりかは、今日もその木を見上げていた。

開いた杏の花の中から、かわいい小人たちが、次々と出て来る。

皆、楽しそうに踊っている。

小人のひとりが、るりかの手を取ると、るりかも小さくなってしまい、皆と一緒に踊り始める。とても楽しい。

ある時は、空から無数に何かが降ってくる、何だろうと見ているとキラキラ輝く金色の粉で、地上に降りると小さな玉になる。

転がる虹色の玉を手に取ろうとすると消えてしまう。

鎮守の森の中に、一番大きくて古い杉の木がある。

幹の回りを歩いていると大木の中から白いヒゲの仙人のようなお爺さんが現れて、るりかに手招きをする。

るりかが手を差し出すと、身体ごと大木の中に入り、気がつくと向こう側に出ている。

そんな不思議な体験をするるりかは、誰もがするものと思っていたが、誰にも見えないし、誰も経験していない。

自分にだけ起こる事だと気付く。

両親にそのことを話すと、母は決まって顔をしかめる。

「また、そんなことばっかり言って。嘘ばかりついていると大変なことになるよ」

「嘘じゃないよ。本当のことだよ」

いくら言っても母は、聞く耳を持たない。

それどころか

「そんな嘘つき娘に、ごはんはあげません」とまで言うのだ。

もう、それ以上は言うなと父は目配せしてくる。

父はそれらのことは、るりかの個性だと肯定している。

父はこの吹けば飛ぶような古びた小さな神社の宮司だ。

母は神社の経営に、日々頭を悩ませている。

大して呼び物もなく、参拝客も来ないし、収入源が限られているからだ。

 るりか十三才の春。

今年も里は、杏の薄紅色に染まって美しい。

隣りの里にひとりで暮らす老婆に、ぼたもちを届けた帰りのこと。

川の近くまで来ると、里の悪ガキたちが集まって何かを取り囲んでいる。

手に、棒切れや石を持っている。

更に近づくと、真白い毛並みの美しい子ギツネが横たわっている。

「何してるのよ!」

るりかの剣幕に押されて、悪ガキたちは、一目散に逃げてゆく。

神社のひとり娘であるるりかに逆らうと、バチが当たると思っているのだ。

子ギツネにそっと近づく。

川原の草の上にじっとしている。動けないらしい。

「痛いの?」

よく見ると後ろ足から血が滲んでいる。

「ちょっと、待ってね」

血止めに効くという草が見当たらず、自分のハンカチを川の水に浸して、傷口を洗うと、柔らかいヨモギの草を当てて、白いブラウスの袖を裂いて包帯代わりに巻いてやった。

少しすると、ゆっくり子ギツネは、起き上がり森の中へ一歩、また一歩と入っていく。

何度も何度も振り返りながら。

るりかにお礼を言っているようだった。


 時は流れて、るりかは、二十三歳になっていた。

彼女の霊力は、日増しに強まり、神社に来る人々の少しでも力になりたい、役に立ちたいと思うるりかは、自分が授かった類いまれな能力を使っている。それが自分の義務とさえ思っていた。

 病に苦しむ人、家庭不和に悩む人、金銭トラブルを抱える人などが、救いを求めて神社にやってくる。

るりかは、灰色から黒に近い濁ったオーラを浄めてゆく。

すると、人々は、明るいオーラに変わり、健やかさを取り戻していくのだ。 るりかを嘘つき呼ばわりした母は、その後も次々とるりかが巻き起こす奇蹟にも似た体験を、増々気持ち悪がり家を出て行った。

まだ、十三才のるりかを残して。

自分が原因で、独りになった父に申し訳なく思っていたが

父は、「私もこれで良かったと思っている。母さんには、お前の良さが分からなかったんだね」と言ってくれる。

以来、るりかは、神社の運営にも力を注いだ。

沢山の参拝者が来てくれるお陰で、神社は潤い、少しづつ改装も叶い、立派になっていく。

 そんな六月の終わり。

杏の木には、オレンジ色の小振りの桃ぐらいの実が沢山なっている。

薄紅色が終わると、今度はオレンジ色ひと色に輝く里。

そこへ、ひとりの青年がやってくる。

都会の生活に疲れ、喘息持ちの彼は、療養もかねて杏の里に一軒だけある旅館に滞在するために。

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