悪魔がウチにおりまして・351
平和とは儚いものだ。
いつ終わるとも知れぬ幻想を永遠に続くものだと信じてしまう。
この平和な時間が、突如終わりを告げるなど誰が予想できただろうか。
私と、悪魔のこの家で過ごす、気ままな生活に終焉が訪れるなんて。
「悪魔ー、なんでこんなところに洗面器置いてんのよ」
「ボクじゃないですよー。帰ってきたら置いてあったですー」
悪魔も知らない洗面器が終焉の一歩目だと、この時に気付けていればまだ救いがあっただろ。
「てことは誰?クモ?」
クモはロフトから手を振っている。
どうやら違うらしい。
「クモちゃんでも無いとなるとヤ……羊さんですかねー」
最近呼び方を羊にした悪魔はまだ慣れていないようだ。
そう、この洗面器を置いたのは羊だった。
その時、羊が一言誰かに洗面器を置いた理由を告げてくれていたら……いや、今となっては何も言うまい。
壊れてしまったものは簡単に元には戻らないのだから。
「ただいま戻り……面妖な」
狐は帰ってくるなり部屋に置かれた洗面器をじっと見ている。
「ごんちゃんでも無いですか?コレ置いたの」
「某は今帰ってきたので。こんな意味のないことをするのは……はぁ」
狐は言葉を区切り、ため息を吐いた。
その気持ちは、分かる。
容疑者が多すぎるのだ。
しかし、今回の事件、始めたのは羊の仕業だ。
繰り返しになってしまうがなぜこの時、もっと洗面器に……いや洗面器以外に注意を向けられなかったのか。
そればかりが悔やまれる限りだ。
「気にしてても仕方ない、ご飯作っちゃうからその間にお風呂沸かしちゃいな」
「あいー」
……迂闊だった。この行動が後の悲劇のトリガーだなんて。
「ただいま戻りました、おや?ここに洗面器はありませんでした?」
羊が何やら工具箱を持って玄関から入ってくる。
「あんただったの?何もないところに洗面器置いたのは」
「何もない……?ニンゲンさん、雨漏りしてませんでした?」
雨漏り……?してなかった……。
どっぱーん!!
その時、天井が抜けた。
「……は?」
部屋におびただしい水が流れ込み、すべてを濡らしていく。
「ニンゲーン、蛇口から……な、なんじゃこりゃ!?」
悪魔、お腹を押さえて叫ぶ。
よし、コイツはボケる余裕があるんだな。
「水道管までいってましたか……私が帰ってきたときは水滴だけでしたので……」
ウチが滝になった。
「タブレット……。タブレットー!?」
悪魔、バックアップあるのかなぁ。




