牛と鬼と
牛は酒の徳利を背中に背負い、地獄の原を歩いている。
その徳利は大きく、中身は1斗は在ろう巨大さ。
しかし牛はそれでも足りるか思案していた。
何せ相手は名前の通り、酒飲みなのだから。
「よう、兄弟。来ると思ってたよ」
「だろうな。これで足りるか?」
牛は川原に座っていた酒呑童子に徳利を投げる。
「久方ぶりの盃にしたら、足らねぇかもな」
牛は苦笑いを浮かべた。
1合升に酒を満たし、牛と酒呑童子は無言で川を眺めていた。
「兄弟、観光で来るなんて思ってなかったぞ」
「オレじゃない。友だちの誘いだ、無下にはできんだろう?」
友だちという言葉に酒呑童子は眉を動かしたが、何も言わなかった。
「どう写る、今の地獄は」
牛は答えに窮した。
酒呑童子にとって今の地獄は決して住み良いものではないだろう。
部下たちの体たらくを目の当たりにしている牛。
しかし、その光景を悪く思っていないことは牛自身が気付いていた。
「時代はもうオレらのものではないのかも知れないな」
酒呑童子は升を空にした。
牛は徳利を差し出して升に酒を注ぐ。
「もともと無理があったんだよ。力だけで抑えつける時代がな。酒呑、お前もこっちの世界に来てみるか。意外と気楽にやれるぞ」
牛が升をあおると、酒呑童子は頬を緩めた。
「兄弟がそんなこと言うってことは、ニンゲンの世界はよほど地獄なんだな」
「いいや、極楽さ」
牛はニッと笑う。
その顔を見て酒呑童子は豪快に噴きだした。
「さて、宿に戻らにゃ。また来るよ」
「よしてくれ。極楽住まいのヤツにひょいひょい来られたら、地獄の看板下げなきゃならなくなる」
酒呑童子の言葉に、今度は牛が噴きだした。
「分かった。達者で」
「兄弟こそ。あとひとつ言いたい」
去り際、酒呑童子が牛の足から頭までを眺めた。
「なんだ?」
「兄弟、太ったな」
「……また来るよ」
牛は自分の頬を撫でながら、ダイエットをしようと決意するのだった。




