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異世界恋愛

僕のかわいい魔女

作者: めみあ

誤字や脱字を修正しました。 



「パロンの蜜を採ってきたならこれに入れてくれ」


 マリビノが、からっぽの小瓶を振りながら僕のいる作業場に顔を出した。珍しく仕事をしていたのか、長すぎる髪を一括りにしている。

 普段は髪で隠れている細い首が目にはいり、僕は思わず目をそらした。


「すみません、これから行くところなんです」

「あー……雑用を頼みすぎたか。悪いがすぐ採ってきてくれないか」

「急ぎでしたっけ?」

「薬が入った瓶を誤って倒したそうだ。残りが少ないという便りをつい先ほど受け取った」 


 マリビノが嫌そうに眉を寄せる。


「マリビノさま、そんな顔をしていたら眉間にシワが刻まれてしまいます。シワは女の敵と聞きますよ」

「余計なお世話だ」

「たまには笑った顔も見たいです」

「笑う必要はない。お前もここが退屈なら出ていけばいい」


 マリビノが押しつけるように小瓶を僕に手渡した。早く行けと言いたいのだろう。

  

「退屈なんてひとことも言っていませんよ。それにここを出たら僕は3日も生き延びられないだろうって、マリビノ様がいつも言うじゃないですか」

 

「まだまだ半人前だからだ。こんな無駄話をしていたら時間がなくなる。私は釜から目を離せないから悪いが早くしてくれ」


「そうですね。ではちょっと湖まで行ってきます」

 

 僕も無駄話をした自覚があったので、素直に従う。

 

 寄り道するなよ、とまた子ども扱いされながら、僕は家を出発した。






 

 


 ♢ ♢



 物心つく頃には一人だった。

 親兄弟がいない理由もわからない。

 同じような境遇の子供たちの集まる場所で育った。


 10歳のわりに小柄で痩せた僕は、その日も意地悪なビーボに仕事を押しつけられて、全員分の服を洗っていた。


 その日はとても暑かった。照りつける日差しにクラクラしながら終わらない作業にゲンナリして、顔をあげたら桶がキラリと光ったのが見えた。


 なんだろうと覗いてみると、昼なのにそこには月が映っていて、


 驚いて空を見たら

 僕は見知らぬ夜の森にいた。


 

 そして、湖で一糸まとわぬ姿で身を清めていた美しい女性と目が合い、僕はそこで意識をなくした。


 それがマリビノ様との出会い。

 

 その時のことを思い出そうとしても、マリビノ様の肌の白さしか思い出せず、おのれの記憶力の無さを今も恨めしく思う。



 時が経ち16歳になった今、背は伸びた。

 あいかわらず痩せているけれど、あの頃よりは逞しくなったと思う。


 ――だけど、いつまでも子ども扱いなんだよなぁ


 マリビノは、気絶した僕を介抱してくれ、突然ここに来たという話も信じてくれた。そして、行く当てのない僕に魔女の助手という仕事を与え、自立して生きていけるまでここにいていいと言った。


 ぶっきらぼうだけど優しい。

 

 腰より長く伸ばした髪は、薬作りの時しか結わず、いつもは顔の半分以上を髪で隠している。きっと理由があるのだろうけど聞こうとは思わない。たまにこうして顔を見せてくれるからそれで充分。

   

 年齢は……200とちょっとらしい。

 見た目は25歳くらいにしか見えない。


 魔女といっても、どんな能力があるのかほとんど知らない。いつもゴロゴロしてるし、たまにする仕事も釜で薬草を煮るくらいだ。僕も助手というより召使いのようなもの。


 人使いは荒いし、口も悪いし、

 僕のことをいつも馬鹿にするけど


 それは僕の成長のためにしていることだと知ってる。


 あとは、これくらいのことはする、と毎朝入れてくれるお茶も美味しい。

 

 ごちゃごちゃ言ったけど、まとめると結局は好きになったら全部可愛いって話。



 ♢ ♢



「あれ、おかしいな」

 目的地の湖に到着し、パロンの花を探す。

 マリビノと出会った湖のほとりは、そこだけ花畑が広がる不思議な空間だ。いつもなら、青っぽい花が多い中に薄い黄色のパロンの花がちらほらみえるのに、今日はいくら探しても見当たらない。

 

 よくよく見れば、茎の途中からむしり取られているものがある。葉の形からしてもパロンだ。


(こんな森の奥に誰が……)


 この場所は誰も来ないとまでは言わないが、滅多に人が来るところではない。しかもパロンの花だけ狙ったなら、目的は蜜しかない。


 パロンの蜜の使い道はきっとアレだろう。同業者がいるのだろうか。それにしては花の扱いがひどいのが引っ掛かる。


(魔女は草花を大事にするはずなのに。僕みたいな助手がやったにしてもひどすぎる。

 それよりも蜜がとれなかったらマリビノ様はどうなるのかなぁ……)



 パロンの蜜から作られる、“パロンの雫”は媚薬だ。

 しかも継続して飲ませなければならないものらしい。


 マリビノはそのパロンの雫を、ある男のために10年以上作り続けている。あの面倒くさがりの彼女が。


 いまだにこれだけは理由がわからない。

 というか、知りたくないから聞いたこともない。

 そいつのことを好きとか、くだらない答えだったらガッカリするからかもしれない。


 

 6年も生活を共にしていても、僕はマリビノのことをほとんど知らない。それは少し寂しい。もう少し距離を縮めたいけれど、ずっと子供扱いでキッカケもない。


 僕はため息を一つ吐く。


「帰ろ」


 立ち上がって膝についた土をはらっていると、剣のきっさきが目に映った。


 驚いて固まったところに、


「お前に恨みはないがこっちも仕事なんだ」


 と言いながら現れた見知らぬ男に、僕はあっさり捕らえられた。


 

(あー、なんで花を荒らした奴が近くにいないって考えたんだろう)

 

 縄で後ろ手に縛られながら僕は呑気にそんなことを考えていた。




 ♢ ♢


 


 男は慣れた足取りでマリビノの家がある方向に歩みを進める。

 

 男の目的はわからないが、僕に危害を加える気はなさそうなので、おとなしく言う通りにした。


 

 

 森を抜けて魔女の家が見える位置まで来たところで、数人の者が言い争っている光景が目に入った。身なりは質素だが明らかに身分の高そうな男女と、あとは黒いローブを着た初老の男が一人。


 彼らの足元には、僕と同じように手を後ろ手に縛られたマリビノが、不貞腐れたように座っていた。

 


「マリビノさま、何があったんですか」


 声が届く距離まできたので僕が声をかけると、マリビノは驚いた表情のあとに、


「無事だったか」

  

 と、今まで見たことのない笑顔を僕に向けた。


 ――あ、笑った。


 

「パロンの蜜は誰かに採られたあとでした」

 一応報告する。笑顔のことは触れない。触れたら笑わなくなることくらい長い付き合いでわかっている。


「お前は……まぁいい。蜜はこいつらが採った」


「おい、勝手に会話をするな」

 よく見たらマリビノ様は身分の高そうな男に剣をつきつけられている。

 一緒にいる女はそれを「お兄様!だから誤解なのです!」と止めていた。


 マリビノは僕の方を見て、首を小さく縦に振った。言われたとおりに黙っていろということだろう。


「カロエラ、今日は誤解かどうかを証明しにきたのだ」

「証明しなくても、わたくしは王を心から愛しております!」

 

 ――カロエラ……聞いたことがあると思ったら王妃の名前だ。そうか、兄ちゃんにバレたのか。


「だから、それは媚薬のせいだと言っているし、魔女も認めている。そうだな、マリビノ」

「ああ。その通りだ」

 

「お兄様、これには事情が――」

「婚約していた頃から、王とは合わぬと申していたではないか。それが突然王を愛していると言い出したから長いあいだ怪しいと思っていた。ようやくそれが媚薬のせいだとわかったのだ」


  

 やはり、バレたみたいだ。

 ずっとマリビノ様は王のために媚薬を作っていた。

 王は王妃に薬を盛り続けていたのだ。


 僕はだから王が気にくわない。

 媚薬で人の心を操り

 僕の好きな人はそんな奴のために仕事をするから。



「パロンは二度と花をつけないように呪を施しました」

 そう言いながらローブを着た男が、懐から青色の小瓶を取り出した。

「王妃様、これを飲めば全てが明らかになります」

 

「お兄様、このような怪しげな者からだされたものをわたくしに飲ませるのですか」

 王妃は先ほどまでの狼狽した様子は消え、王妃らしく毅然としている。


「この者は隣国の宮廷魔術師だ。怪しいというならこの魔女の方がよっぽど怪しい」


 しばらく兄妹は睨みあっていたが、王妃が先に目をそらしローブの男の持つ小瓶に手を伸ばした。


 

「これを飲めばよろしいのですね」

 

 と、王妃はためらいもなく一気に飲み干した。




 しばらく誰も身動きもせず沈黙が続いた。


 そして、王妃の兄がゆっくりと口を開く。


「カロエラ、お前は王を愛しているか?」



 

 王妃は、ふっと小さく息を吐き


「わたくしは、出会った頃から王だけを愛しております」

 と柔らかく微笑んだ。




「「「そんなばかな!」」」


 王妃の兄と、魔術師が信じられないという表情をした。あと、マリビノ様も。



 

 そこからは、王妃より驚くべき真実を聞かされた。

 

 そもそも“パロンの雫”は媚薬ではないらしい。

 

 なぜ媚薬だといわれるようになったのかは、マリビノの母親がことの発端。

 彼女は何百年ものあいだ、この国の宮廷魔術師として王家に仕えている。もちろん今も。


 二百年ほど前のマリビノがまだ少女だった頃、彼女は宮廷を遊び場にしていた。当時、恋の相談にのるほど仲良くなった王子のために、マリビノは母の魔法のレシピを盗み見た。もちろん、親子といえども魔女のレシピを見ることは固く禁じられている。


 

 マリビノは、媚薬の作り方が書かれているのを見つけ、王子のために媚薬を作り、王子はそれを想い人に飲ませ結ばれた。


 王子が王となり、想い人は王妃になり、媚薬も飲ませ続けていた。今の王と全く同じことをしていたのだ。

 時が経ち、王が亡くなる間際、媚薬を飲ませ続けたことを悔いて王は日記に後悔を書き記した。

 今の王は、隠されていた日記を見つけ媚薬のことを知り、後悔するとわかっていて王妃に媚薬を盛った。



 

 なぜ本物の媚薬だと思われていたのかは、

 単に運が良かっただけの話だ。


 マリビノの母親は、娘が王子のために魔法で何かをしようとしていることを知り、

 レシピを盗み見られることを見越してなんの効能もない偽のレシピを書いた。


 もちろん、薬を盛られる相手には事前に全てを説明をした。

 

 けれど、その時の王子の想い人もカロエラも、偽の媚薬を盛られていると知ったうえで、王子に愛していると伝えた。


 昔の王子も今の王も、王妃の気持ちが自分から離れることを極度に恐れていただけで、王妃のことを心から愛している故のことだとわかっていたし、もとより両想いだからだ。




「それに、わたくしは素直な性格ではありませんから、“媚薬”がなければあんな風に愛を伝えられません。だから何も問題はありませんでしょう?」


 そう言って王妃は可愛らしく小首をかしげた。


 それから姿勢を正し、


「気が合わないと申し上げたのは、照れ隠しです。お兄様には長い間ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 と、頭を下げた。


「いや、お前が王を愛しているのなら問題ない。わたしの方こそお前に尋ねればよかっただけのことなのに事を大きくしてすまない」

 

 王妃の兄は慌てて王妃の頭を上げさせる。


「あの、このことを王に報告なさいますか?」


「それはお前が決めることだ」


 


 なんとなく話がまとまったところで、森のあちこちに待機していたらしい従者たちが現れ、

「騒がせてすまなかった」と言葉を残し去って行った。


 湖で僕を捕らえた男からは、

 「好きな女を守れるくらいの男になれよ」 

 と、言われた。そんなに僕の態度はわかりやすいのだろうか。好きな人には全く伝わっていないのに。


 



 ♢ ♢




「ニセモノだったみたいですね」


 僕はいまだに放心状態のマリビノを立たせて、服についた土をはらう。


 おとなしくされるがままになっていたマリビノが、僕の方に視線を向け、


「……だからか」  

 と、ひとこと。

 

「何のことですか」


「いや、毎朝お前に飲ませる茶の中に混ぜていたのに何も変化がな……い…」


 途中で自分が何を言っているのか気づいたのか、マリビノが言葉を止めた。 

 

 


 突然の言葉に、僕は聞き間違いかとマリビノの顔を見る。


「マ、マリビノさま、それはどういう……」


「違うんだ……! 惚れさせるとかそんなつもりじゃなくて、量もほんのわずかだ。ただ……」


「……ただ?」


「お、お前が出て行かないように……」


 モニョモニョと髪をいじりながら、顔を隠すマリビノに、僕は精一杯の勇気を出して、彼女の手を握る。


「僕がマリビノ様を好きなのはパロンの雫のせいだったのですね」

 

 マリビノが弾かれたように顔を上げた。


「だから、違うと――」


「いいえ。雫のせいです。だから責任をとってください」


「だから、雫がニセモノならば責任もなにもないだろう」


「では、僕を拾った責任をとってください。簡単なことです。僕をずっとここに置いてくれればいいだけですから」


「なにを言って……」


 マリビノはいつもの余裕の表情が消え、目を白黒させている。


「何って、こういう意味です」


 僕はゆっくりとマリビノの頬に口づける。

 マリビノが慌てて飛び退いた。



「お前はなんてことを!」


 マリビノが顔を真っ赤にしてキスしたところを手で隠す。


「僕の気持ちはわかってもらえましたか?」


 マリビノは今まで見たこともない困ったような表情で、首を横に振る。


「ではどうすればわかってもらえますか?」 

 僕が一歩近づくと、マリビノは一歩後退した。

「わかってる、わかってるからちょっと離れてくれ。距離が近い」


「いつまでも子ども扱いされないようにです」 

 

 また近づいて手を握ろうとすると、マリビノに思いきり手をはたかれた。


「だからお前は半人前だと言ってるんだ!」

 マリビノは真っ赤な顔のまま、怒っている。

 

 ――可愛い。

 これでマリビノ様は僕を意識するようになったかな?

 

 僕はおのれの細い腕に目をやる。

 確かにまだ早い。

 もっと鍛えて、もう少し子ども気分を味わってからでも遅くない。

 

「そんなぁ」

「今さら甘えた声をだしても遅い!」


「手始めに、これからはマリビノ様ではなく、親しみをこめてリビー様と呼んでもいいですか?」

「どうやら私はお前を甘やかしすぎたようだ」


「お前、じゃなくてミードです」

「えっ……お前、そんな名だったのか」


「マリビノ様、さすがにそれは僕でも怒りますよ」


「すまない、名前を呼ぶ機会がなかったからすっかり忘れていた」


「さすがにそれはないなぁ」


「わ、わかった! リビーと呼んでいいから!」

 

「冗談ですよ。大人になったら呼ばせてもらいます」



 ――これからの僕の急務は、不老長寿の薬をつくる魔女を探すことだな。



「忙しくなるぞー」


「なんなんだお前は」

    





 



 ♢ ♢


 

 

 落ち着いた頃に、なぜ髪で顔を隠していたかをようやく聞くことができた。

 伝説級の魔女である母親と瓜二つの見た目ゆえに、成長するにつれ比べられることに嫌気がさしたからだと言う。


 誰にも見られない生活になってからも、隠すことに慣れてしまっていたから顔を見せようと思わなかったらしい。

 

 僕は本当に幸運だと思う。


 この国で唯一母親のことを知らない人間だったから、きっとここに置いてくれたのだと思うから。



 そしてもう一つ。なぜ二度目も媚薬を作ったのか。  

 これはただの気まぐれらしい。何もやることがなかったからと言っていた。


 母親が後日来訪し、「まだ気がついていないとは思わなかった、このバカ娘が!」と、こっぴどく叱られていた。

  

 ――――――――




「結局お父さんはどうやって長寿薬を手に入れたの」


「どれだけ探しても見つからなくて、それでも必死に探したんだ。そうしたら、助手が何やらコソコソしてるって気にしていた可愛い魔女がいて」


「可愛い魔女って……お母さんでしょ」


「正直に話したら、可愛い魔女こそ延命の魔女だったって話。嬉しいことに、あの日の翌日から毎朝いれてくれていたお茶は長寿薬入りだったんだ。可愛いことするだろ?」


「……可愛い…かなぁ……」


「ああ、僕にとっては永遠に可愛い魔女だよ」




読んでいただきありがとうございました。



書けなかった設定

※マリビノは世間からは無能な魔女と思われています。延命の魔女はいつの世も、力をこの世界の人間に知られてはならないという掟があり、魔女たちは延命の魔女を見張りながらも見守っています。

なぜ助手が延命できたかは、転移者はこの世界の人間ではないからです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぶっきらぼうな魔女様、可愛い! 素直じゃない、素直になれない魔女様、可愛い! 主人公ミードの内心描写がお上手です! 特に年上の女性に恋をしたときに起こりうる、年下男性の内面が、非常によく…
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