アラバマから逃げて
アメリカと言うと何が浮かぶだろうか。摩天楼、どこまでも広がる郊外、ポップカルチャー、ミュージカル……。
私が住む町はそう言うのとは無縁な、田舎の中でも田舎である。アラバマ州にある小さな町。アラバマ州は、50あるアメリカの州の中でも医療は45位、教育は47位、犯罪率は7位と言う驚異的な立ち位置をキープしてて、アメリカでもっとも住みにくい環境の一二位を争っている。
それも州都のモンゴメリーにはそれなりにインフラが整っているようだけど。私はそんな中心部からはかなり離れた名前なんて誰も聞いたことのない、町でもない、村に住んでいる。
どれだけ田舎なのかって、移動式のサーカスや遊園地すらも訪問しないのである。
誰が住みたがるものかと。なんでこんなところに住んでいるのかと。
家も屋根のある家じゃなくトレイラー。私の部屋なんてないので、夜には親がやってる音がうるさくて仕方がない。
親は両方が在学中に出来ちゃってて。
今は母は地元にある小さな酒場で働いていてて、父は自動車修理工場で働いている。
二人とも高校すらも卒業してない。弟がいるけど、私と親は十五歳しか年齢が違わない。近親相姦で生まれてないだけましと言うべきか。
祖父母たちからは勘当されているのかこっちから会いに行かないのか、話題になるたびにはぐらかされる。
ネットは遅すぎて、スマホも買えない。娯楽なんて読書とカセットプレーヤーくらい。今どきカセットプレーヤーとか、ひどすぎる。
友達と遊べばいいんじゃないかって、何をして遊ぶ?釣りにでも行く?ハイキング?アメリカの森は、そんなに生易しくない。狼やクマにあったらどうする。そうじゃなくても、狂人がひっそりと暮らしているかもしれない。
男どもはそれも面白半分で突っついてしまうような気がするけど。だからアメリカの男性死亡年齢が女性より早すぎるのを、何時になったら気が付くのかと。
女の友達とは、会っても話すことがないので困る。テレビで見たこと?MTVなんて見れるかと。弟たちが許してくれない。彼らは暴力で溢れるケーブルテレビのドラマやフットボールを見てて、私はと言うと…、自分の小さな部屋で歌を聞きながら本を読む。
自転車で古本屋まで行って、少ないお小遣いで買ってきて。
好きな作者はマヤ・アンジェロウ、ハーパー・リー、エミリー・ディキンソン。歌は、殆どロック。ロック以外は、聞けるような気持にもなれないから。
90年代の古いロックを聞いて、時に誰もいない森の外延部に立って気持ちいっぱい歌う。叫びたい衝動に駆られる。誰も私なんか気にしちゃいない、誰も私なんて、ちょっと見た目のいい女の子と言う面を除いたら好きになれる要素なんてない。
意識的にアクセントを使わないようにしてて、何時か都会に出るんだと。都会に出て、素敵な恋人を作って、歌を歌って、小説を書いて、詩を書いて。
ここはアクセントからして田舎過ぎる。
南部のアクセント、本当きつい。私は使わないようにしてるけど。会話をしていると頭の中から脳細胞が勝手に死んでゆくような錯覚を覚える。
家族は全員気にすることなくIを発音しないアクセント。うるさい、私はロックを聞くんだから。
服なんてジーンズにシャツだけ。種類とサイズが違うジーンズにサイズと色とプリントされた絵柄違うシャツ。ベストでもあればいいんだけど。
シャワーは給水塔から直接引っ張て来て、車のオイルで温めてからする。
食べ物はファーストフード。健康に悪いんだけど、片田舎にまで野菜の流通はされてない。ネットで通販すればいいんじゃないかって、その発想自体がないんだよね、こいつら。仕方なく私は地元で野菜畑を作ってる人とかにおすそ分けしてもらって、家族が肉とチーズしか入ってないハンバーガーとフレンチフライを食べてる隣でむしゃむしゃとサラダを作って食べてる。
免疫力弱くなるから食べようと言っても、食べてはくれない。長生きできなくても知らないから。
学校へ行くとろくでもない親を持つ生徒たちだから、管理しきれないと教員が殆ど諦めかけてるのである。
皆馬鹿なのか、それともやる気がないのか、まじめに積極的に勉強なんてしようともしない。未来なんて決まっているからか。聖書を読む子はいるけど。学校まで持ち込んできて……。
学校では進化論と創造論を同時に教えてて、創造論の方が正しいなどという妄言を子供に言い聞かせ、アメリカ原住民の歴史は殆ど無視して、南北戦争で南部は悪党じゃなかったとか言って。
本当、こんなのでいいのかと。私は幸い、いい教師がいた。本と言う名の教師が。ただまあ、最初は周りを説得しようと頑張ってたけど、出来そうにないことに気が付いて半ばあきらめてる。
弟たちも小さい時は可愛かったのに、皆エレメンタルスクールに入ってからは男は男として生きるべきとか、そんな馬鹿な考え方をして生きてて。
誰か私をここから連れ出してくれたらいいんだけど。
今すぐにでも別の町へ行きたい、まともな教育を受けたい。それが出来ないのにもどかしさを覚える。
私は学校で一番成績がいいけど、誰も私のことなんて気にしちゃいない。と言うか、成績はもうどうでもよく、女の子として危機感しか覚えないのである。
このあたりに住んでる田舎の男どもは大抵は飢えているので、女の子として生まれているのなら、妊娠しないような立ち回りを強いられる。
それともそれも可能性として受け入れるか。親のようになるんだろうね。
おろすためのお金なんて工面してくれないでしょう、それともやぶ医者にでも行くか。
親には貯金通帳があるのかすら怪しい。病院に行くような出来事が起きないことを祈るしかないから。
だって、医療保険に入ってないから。数千ドルの治療費なんて払えるものかと。
電気代とかはどうしているのかな。
このあたりは冬でも暖かいので暖房は気にしなくてもいいけど、エアコンで涼しい風が出ないとだいぶ厳しい夜とか普通にあるんだけど。
それと、ああ、弟たちすらも私を狙ってる。やめてくれないから、私たちは姉と弟でしょう。誰だ、sweet home alabamaなんて言った奴は。ただただきついだけだぞ。弟の子供なんて孕みたくない。馬鹿かと。
モデルみたいに見た目はいいんだけど、だからと姉弟でそんなことをするってどうよ。娯楽がない?ロックを聞けロックを。
私の歌でも聞くか。お姉ちゃんが歌ってあげよう。なんで私の人生はこんなにも酷いのかと。
生まれた町を間違えただけで毎日地雷を踏まないように逃げ回るしかないと。
部屋にカギをかけるだけには足りない。タンスをドアの前において、窓の前にも本棚を引っ張ってきて。
それで眠りにつく。何も聞こえないから。何も喋ることはないから。
話したことのない男の子に捕まって、ナイフで脅されて、倉庫に連れていかれて、レイプされそうになったこともある。
学校の倉庫で、教師がたまたま通り過ぎて捕まってくれたけど、停学すらなってない。どうなってる。
もうやってられない。
免許は取ってある。車はないけどバイクがある。バイクと言ってもそんなに大きなものじゃなく、モーターサイクルと言ってもいいような小さな奴なんだけど。
一時期母が働いている酒場の台所で皿洗いのバイトをした時があって、それでためた。別の処女とか処女じゃないとか、そう言うのにこだわりなんてないけど、レイプと妊娠だけは勘弁して。
特に弟のジェイク。シャワーを覗かれてるの知ってるから。
ためておいたお金は秘密の隠し場所でちゃんと保管してあった。隠しておかないと家族の誰かに盗まれるのが落ちだから。
最初は東海岸が比較的に近いから、モテルで宿泊しながら一日中走って、ニュージャージー州にまでいけたら御の字と思っていた。だけど、考えてみたら今は冬。ニュージャージーへ行って、ニューヨークへ行って、それでホームレスにでもなるものなら凍え死ぬ。それが嫌だと娼婦の真似事でもするか。
ネットのオークションで自分の処女を売る奴らの気持ちが理解できる。そんな厳しい環境しかないって、どうかしてる。アメリカは、田舎に住む人間からしたら夢と希望にあふれてる国なんかじゃない。
シュガーベイビーって言葉があるんだけど。金持ちの男性に体を好き勝手に使わせてあげる代わりに、何から何まで買ってもらう。
食事と寝床と服と、運がよかったら車やブランド物も。
私も目指すべきかと、シュガーベイビー。
やめよう、空しくなるだけである。中途半端に賢かったらそうもいかないでしょう。
飛び級して大学にでも入ったら良かったのかと。うちの学校にはそんな都合のいいシステムがあるわけがなかったけど。
馬鹿でしょう、現行犯を捕まえようともしない。
銃でも持ち歩くべきか。ナイフで刺し殺すか。さすがにそれでは人生お先真っ暗で、夢に出たらどうする。
人間、落ちる時は一瞬である。アメリカの刑務所事情なんて、本当馬鹿げてるから。刑務所が民営化してビジネスになってて、それで収益を最大に上げるために囚人をこき使って働かせるだけ。
ただの奴隷じゃん。犯罪奴隷じゃん。黒人が一番多いけど、レッドネックの女の子だっていい奴隷ですよ。
そして看守に孕まされるという。
ここは地獄か何かか。
ここから出るにはどうしたらいい。カナダに行くか。ドイツ語でも学んでおけば良かった。スペイン語ならできるけど、南米はもっとやばいでしょう。
モルモン教に入信して、ユタ州に行ってくそ真面目な夫を掴む?だめだ、今更聖書なんて馬鹿げたものを信じる気にはなれない。
夢は全く広がらない。都会に生まれたら何か違っていたのかもしれないけど。
家族は私が亡くなったら警察に調べてもらうだろうか。書置きは残してある。
ニュージャージーへ仕事を見つけに行くと。今考え見たら目的地なんて書いておくべきじゃなかった。
東海岸はやめよう。西に行こう。西海岸へ行って……、ハリウッドスターを目指すふりをしながら大学へ入って。
東海岸は夢があった。あるのではなく、あった。今はどうだろう。白人至上主義の馬鹿たちが騒ぎまくってるという。
ネットは遅くでも学校でもできるから、色々調べてある。西海岸は……、ちょっとホームレスは多いようだけど。東海岸とどっこいどっこいでしょう。ラスベガス?
年齢を活かして10代の娼婦として稼ぐって?別にお金は目的じゃないでしょう。お金は手段。私は自己実現がしたい。自分が歌いたいものを歌って、自分なりの幸せを掴めて。
隣に素敵な恋人がいたらなおよい。
性別は……、女の子でも男の子でもいいかな。好きになったら性別なんて二の次でしょう。
紆余曲折は、あまりなかった。ただモテルに泊る生活がうんざりしたくらいで。女の一人旅だからと殺人鬼ホイホイじゃないんだから。
顔はヘルメットで隠してる、服はそんなに体のラインが出ない。モテルにチェックインとチェックアウトする時にだけ気を付ければいい。
念のためナイフをポケットに入れているけど。
ナイフ使いは、暇なので練習した。何せ暇だから。暇な人間は何でもする。暇だから姉だって犯すってか。
暇は悪い文化である。森に入って安い銃でも撃っててくれ。ゲーム機より銃の方が好きでしょう。
弟の一人がゲーム機を買って欲しいと親に言ったら、銃を買って戻ってきた時は呆れたものである。それもアサルトライフル。10歳もなってない少年にアサルトライフルを買ってあげる親がいるかと。ここにいたわ。それから森に行って練習してた。空き缶を穴だらけにしてキャッキャッと楽しんでる。
ジェイクじゃない。ジェイクはポルノが好きで、私の下着をよく盗んでた。使ってからまた戻すな。そのまま洗濯してどうぞ。反応して欲しいのかと。するわけないじゃん。
逃げるしかない。それとも受け入れる?避妊具を買って、一緒に楽しむ?そんなのってある?
官能小説じゃないんだから。実の姉を何だと思ってる。
そんな彼のこともあってナイフの練習は欠かさない。もう手に吸い付くように離れない。正確に刺すだけでいい。正当防衛で殺したら捕まっても問題ないでしょう。アメリカだし、か弱い女性だから。
バイク運転が長すぎて疲れが半端ないけど。車があったらよかったのに。車なんて、買えなくもないんだけど。中古だと何とか……。だけど夏休みにバイトしてためたお金暗いで買える車なんてどれだけの性能かと。
途中で故障したらどうする。だから新品のバイクにした。運転中は暇で暇で仕方ない。バイク仲間でも居ればよかったんだけど。
私もこれでバイクギャングの仲間入りできないのかと。いや、それはそれでどうなの。
マリファナでも売ろうってか。やらないから。マリファナに興味はあるけど、高い。煙草の方が安い。
煙草も吸わないけど。健康面は、自分のためじゃない、何時かできる恋人のためにも、恋人が私より早く死ぬのは耐えられるけど、私が死んで恋人が残されると考えるとちょっと。
それでやっとのことたどり着いた西海岸の空気は、自由に満ちていた……、なんてことはなく。まあ、普通かな。乾燥ぐあいが伝わってくる。砂漠じゃないんだから。海岸でしょう。こんなに乾燥してると森林火災にでもなったら終わらないんじゃない?
そんなことを考えながら州立図書館に入り、パソコンを起動して、求人情報サイトに入って。
早速住み込みで働ける食堂があった。年齢不問ではあるけど、女性が経営しているので女性限定。
信じていいのかな……、迷ってたらきりがないか。
それで面接を受けることに。今日だけはと少しだけ高いホテルへ。変に安いところを選んでてから殺人事件にでも巻き込まれたらどうするの。
ナイフだけでは心もとない。父のリボルバーでも盗んで来た方が良かったか。いや、普通に買えるし。買わないけど。銃は抜いて狙って、トリガーを引くまで時間がかかる。それに比べてナイフは抜いてから刺すまで1秒かかるかどうか。練習すればいい?
まあ……、そんなことをしたら……、なんか……、私まで蛮族な家族の仲間入りしそうだから……。
久々に汚いかもしれないと心配しなくていいベッド。寝転がって、夢を広げる、なんてことはせず。
ハイスクールくらいは卒業したかった。これでは自分の親も馬鹿にできない。どこかの時点でまた大学に入れるようになるのかな。ヨーロッパには大学の学費が無料なところも多いと聞くけど。
私もフランス語とかドイツ語とか学びたかった。第二外国語がスペイン語だけって……。
ヒスパニックの人と話せるのはそれはそれで悪くないし、英語は遅いのにスペイン語は早いから、活舌も良くなったかもしれない。
眠りから起きる。朝日が眩しい。
ぐっすり寝た。朝のシャワーをして、ホテルで朝食を取って、外へ出て、町をぶらぶらと歩いてみる。
ここはロスアンジェルスでも中心部とは少し離れた場所。道を警戒しながら歩く必要もなさそうな、のどかな雰囲気がする。のんびりとしているというか。冬でもあまり寒くない。
適当なメキシカンレストランに入ったら子供がうるさいのなんの。それも心地よかった。何気に騒ぐヒスパニックなんて見るの初めてなんだよね。
ハイスクールの教師はメキシコから移民の中年女性で、周りがバカばっかりだったのに一人だけまともだった。彼女とよく話して、スペイン語も彼女のおかげでかなり熟達することが出来た。
私は悠長なメキシコアクセントのスペイン語で注文して、人を警戒することもなく食事を終えた。
雰囲気も良く味もいい店だったので、また来てみようと思う。
ホテルに戻って歯磨きをして、身だしなみを整えて……、と言っても大したことは出来ないけど。
面接の時間が近づき、ホテルから出て、通り過ぎる町の住人に場所を聞きながら歩くの十分。
たどり着いたのは日本レストランだった。そう言えば西海岸にはアジア人が多かったっけと思いつつ、中に入る。
店主は綺麗な日本人女性で、きりっとした雰囲気をまとっていた。私は聞かれることに素直に答えた。
ただ個人的な事情を聴かれるのはあまりいい気分ではなく、プライバシー侵害だと言ったけど。
「取って食おうというものじゃなく、何かしてあげられるかもしれないから。」
そう言われたら警戒心も少しは薄れ……、ない。私は少し誇張して答えた。
田舎町出身で、弟にレイプされて孕まされた。
子供を産んでから体の調子を取り戻しすぐに逃げてきたと。
これでダメなら別のところも調べてあるのでそっちに行ってみようかと思ってたら……、彼女は泣いていたのである。
辛かったね、大丈夫だからと。
いやいや、泣くまでのことかな。
まあ、半分以上噓っぱちだけど。信じたそっちが悪いもん。私は悪くないもん。
それで住み込みで働くことになったけど。客が多いわ多いわ、なんでこんなに多いのかと。
スタッフは私も含めて全員女性。私は主にレジ打ちと皿洗いをした。理由は、男にトラウマあるでしょうって。いや、別になくはないんだけど。
そんなにきついわけじゃない。フラッシュバックもしない。ただ田舎出身の男の子とか、男性が女性より優位にあるものとかで見下す連中とかが嫌いなだけで。
店主は結婚して子供もいるんだけど、彼女の夫は白人で、不動産会社に働いているんだと。
見たことあるけど、普通だった。店主は結構美人だと思うけど。
お店の三階には部屋がいくつもあって、そこに従業員の女の子二人が先に暮らしていて。私は三人目。
コックは給料が高いのでこっちでは暮らさないと。まあ、それもそうかと。
朝早く起きてから、大してやることのない家事を一通り終えると。
仕事が始まる前まで初めての給料で買ってきたギターを演奏しながら歌の練習をする。
一緒に暮らしている子たちは歌うまいとほめてくれる。別に、歌を歌うくらいしかやることがなかったんだから。
これくらい出来ないと。
問題は作詞作曲の方。
作詞作曲が出来なければ、大きなお金なんて稼げない。大きなお金と言っても、まあ、普通の中産階級のような生活さえできれば満足なんだけど。
別にブランド物のバッグが欲しいわけじゃない。私が欲しいのは小さな二階の家と大きな犬、恋人との幸せな生活。
たまに雰囲気のいいレストランへ行って食事をして、家に戻ったら少し高いワインを飲んで、アロマ・キャンドルの香の漂う部屋で……。
まだ二十歳もなってないけど。
これからどうなるかわからないけど、私は、今の瞬間を楽しみたいと、心の底から思ったのである。