第1章 ラウル ④狙撃
実戦がない日は模擬訓練が行われる。いつも通りのルーティンワークのはずだった。
――何故、ここに彼女がいるんだ……。
部隊混合で行われることは珍しくないが、今まで一度も一緒になった覚えはない。
新人にしては動きが良かったため、中央からの派遣組かと推察していた。現状把握のために稀に戦場に入り、すぐに帰還するエリートと呼ばれる兵士。
「おい、敗北の女神がいるぜ」
密やかな、悪意にみちた言葉が囁きに振り返る。
「敗北の女神…?」
「馬鹿、声がでかい!」
慌てて目立たない場所に引っ張られる。
「お前、知らないのか。……結構有名なんだけどな。 あいつが戦場に入ると負けるっていうジンクスがあるんだよ」
だからしばらく戦場に出てなかったんだけどな、と名も知らない兵士は付け加える。
――警告音はそのせいだったのか? 無意識に危険だと判断したということ?
合図が鳴る。散り散りにその場を離れる前に、もう一度彼女に視線を向ける。鋭い真剣な瞳は他者を拒絶しているかのように見えた。
訓練とはいえ、本気でやる必要がある。そのため殺傷性と性能が些か劣るが、銃器の使用を許可されている。実戦に比べると死亡率が低いが、ゼロではない。不幸な事故は起こりうる。
前方にエルザの姿を見つける。こちらに気づいた様子はない。彼女を危険だと思うならこのままそっと立ち去ればいい。だがよぎったのは別の考えだった。
――殺してしまおうか
懲罰対象になるが、そこまで重いものではない。殺傷性は低いものの適切なところを狙えば命を落とす。銃の扱いには自信がある。そして何よりこんな絶好の機会は二度とないだろう。
相手の腕前は昨日確認済みだ。慎重に、でも気配が伝わらぬよう緩やかな動きで銃を構える。風向き、射程距離、角度も問題ない。
引き金に指をかけ力を入れようとして、そのまま数秒の時が流れた。
――何故だ? どうして撃てない?
その時エルザが動いた。前方から破砕音が響く。そして続く銃撃音。別の兵士がエルザに攻撃を仕掛けたようだが、あっさり撃退される。
見つからぬようそっと木陰に身を隠し、息をひそめていると立ち去っていく気配があった。肩の力を抜いて、ため息を吐いた。
――困ったことになった。
初めて見た時僕は彼女に見とれていた。誰かの外見に特段感想を抱いたことなかったのに。
それから心拍数と体温の上昇、彼女に話しかけられたときに顕著だった。そして緊張感と対応処理の低下。
――話には聞いたことがあった。 この反応はやっぱりそうなのかな?
エルザ、名前を心の内で呼ぶだけで胸の奥に波打つような感覚が広がる。
僕は彼女に恋をしたのかもしれない。
『他人を好きになるなよ』
上官の言葉が頭をよぎり、深くため息をついた。 感情を持たず余計なことを考えない優秀な兵士、それが僕の存在価値。
――もし恋だとしたらどうすれば良い?
上官には話せない。部隊内で明確な規律があるわけではないから、馘にはならないはずだがリスクは冒せない。
不自然に動いた茂みに間髪なく引き金を引く。うめき声に背を向け、次の標的を探すべく移動しながら考えた。
――未知の事柄に遭遇した時はまずは観察することが肝要だ。




