第3章 ギルバート ⑦卒業
対面のケイトとグラスを合わせる。
卒業祝いに初めて二人きりで飲みに出かけた。最終試験を合格したのは俺とケイトだけだった。一週間後には拠点に向かい恐らくはすぐに戦場に出ることになる。
「とりあえず今まで通りに接したら。 ケイトは全然気にしてないし、変に気を遣われると逆に嫌がられるかもよ?」
そんなザックの助言に従ってみると、意外と普通に会話が出来ていた。ケイトを守れるぐらいの力が欲しいと以前に増して訓練に身をいれるようになると、俺を見るケイトの目も最初の頃よりも和らいできたように思う。
共通の話題が戦術や武器についてなど色気がないものばかりだったが、こうやって彼女と議論を交わすのも楽しい時間だった。
「ケイトは本当に戦場に行くのか?」
貴族令嬢なのに、という言葉は飲み込んだ。戦場に行くことになれば一緒にいられる時間は延びるが、死と隣り合わせの場所に彼女を行かせたくないという思いも強い。
「ええ、そのために訓練を積んだもの」
あっさりと頷くケイトに対しては複雑な気分だったが、それ以上深く尋ねることはしなかった。
いつもより早いペースで杯を重ねて店を出ると、冷えた空気が心地よい。
しばらく無言で歩いていると、ケイトが声を上げた。
「綺麗ね」
つられるように顔を上げると満天の星空が広がっていた。月よりも星の瞬きが明るく照らしていたようだ。
「気づかないもんだな」
「そうね、ギルは鈍いもの」
揶揄う口調に反射的に言い返す。
「そんなことあるか。 回避率は俺のほうが高かったはずだ」
ケイトは困ったように肩をすくめる仕草をすると、くすくすと笑い声を立てる。
――人の気も知らないで。
酒のせいで上気した頬、いつもよりとろりと柔らかい瞳に抑えているものが溢れそうになる。意識されていないのは分かっているが、他の男にはこんな無防備な姿を見せないで欲しい。
寮にたどり着く前に少しだけ危機感を持ってもらうことにした。周囲を確認してケイトの腕を引いて、建物の死角にある壁に押し付ける。
驚いたように目を見開くケイトを見て少しだけ溜飲を下げる。男を簡単に信用しちゃ駄目だ、そう続けようとしたのにケイトはそっと瞳を閉じた。
「な、何してんだ、馬鹿! 勘違いするぞ、それ」
「勘違いさせるようなことをしたのは、ギルが先じゃない」
――お前は婚約者がいる身だろうが!
「残念ね」
怒鳴りつけようとした途端にぽつりと呟くようなケイトの言葉に、思わず幻聴かと耳を疑った。そのまま立ち去ろうとするケイトを無理やり押しとどめた。
こんな乱暴なことをしてはいけないと冷静な自分が叫んでいるが、ケイトの言葉の意味を知りたかった。
「勘違いしていいのか?」
ケイトは無言のまま静かな瞳でギルバートを見ている。先ほどまでの酔いが回ったような表情とは一転して、ギルバートの心を見抜くような真っ直ぐな顔だった。
「俺は……ケイトのことが好きだ。 お前が嫌がることはしたくないし、迷惑なら酔っ払いの戯言だとなかったことにしてくれていい」
「本当鈍いわね」
そう言うとケイトはギルバートの首に手を回して、唇を重ねた。
窮屈なベッドの中でギルバートは好きな女の寝顔を見つめていた。
――もう少し見ていたいが、そろそろ時間だ。
名残惜しい気持ちを抑えて肩を軽く揺すると、ヘーゼルの瞳がギルバートの姿を認めて柔らかに細められた。
衝動的に何度も口づけを交わしているとノックの音が聞こえた。
ザックが戻る前にケイトを部屋に戻そうと思っていたのにと焦るギルバートをよそにケイトは冷静に身だしなみを整えている。
「ザックよね? 話したいことがあったからちょうど良かったわ」
貴族にとって婚前交渉は不名誉なことだったはずだが、ケイトが気にしていないならとドアを開けた。入ってきたザックは苦いものを飲み込んだような表情でケイトとを交互に視線を動かす。
ケイトはザックの正面に立つと信じられないことを言い出した。
「殴っていいわよ」
「ケイト?!」
「そんなことしたらギルに殺されるだろ。 代わりにギルに殴られないよう庇ってくれよ?」
疲れた表情でザックは溜息をつく。
「一応昨日成立したらしいから不貞行為には当たらない」
「思いの外早かったのね」
二人の会話についていけないものの、嫌な予感が膨らんでいく。
「ギル、ザック・ターナーは私の婚約者よ。 もっとも昨日婚約破棄されたから、元だけど」




