第3章 ギルバート ⑥人形
キィというさび付いた扉の蝶番が耳障りな音を立てる。
時が止まったかのように変わらないアイゼンの店内を見渡すと、目当ての人物は既に来ていた。
カウンターの奥にひっそりと身じろぎもしない女はまるで人形のようだ。
隣に腰を下ろすと間を置かず、スコッチのロックが目の前に差し出される。そのまま店主は無言で奥に下がった。
「……あなたの人形にあの方は興味をお持ちでした」
過去形で言われたことで、暗に失敗を責められているのだと思った。
「いえ、興味を失ったわけではないのですが。 予想外のことが起こってむしろ喜んでいたようです」
回りくどい言い方は相変わらず癇に障るが、直接的に話せる内容ではないのだから仕方がない。
「あんたの主人の興味関心はどうでもいいが、失敗は失敗だ。 あんたがどうかは知らないがご主人様はそれを望んでいたんじゃないのか?」
「どちらに転んでも良かったのですよ。 ただお陰で決断をしたようですが」
U国の王女が戦場に出る情報を知らせてきたのは、自らをドールと称するこの女だ。
町をうろついている時に、「U国の情報を提供したい」と言って接触してきたドールを胡散臭いと思ったし、1年経った今でも思っている。
金を要求するわけでもなく、こちらの情報を積極的に探ろうとしている様子もない。時折U国の状況を告げてくるだけだが、割と信憑性の高い内容も多かった。
だからこそ今回の王女の情報も事実だろうと判断した。実際に目にしたわけでもなく、ラウルからの報告にあった外見の情報もほとんど無いに等しいものだったから、本物だったかは分からない。
U国を恨んでいて破滅を望んでいるのかと考えたこともあるが、ドールはその名前のように常に淡々とした口調で感情を見せない。胸に秘めたものがあったとしても、ここまで無の状態でいられるのは並大抵の事ではない。
結局のところギルバートは判断がつかぬまま、ドールとの接触を続けていた。
「そっちの内政には興味がない」
ドールの主が王族に連なる者ではないかとの予測を立てていた。わざわざ決断したことをこちらに知らせるぐらいなのだから、国全体に影響を及ぼすものだと考えた。
「戦況にも影響するかもしれません」
U国が撤退する可能性を思い浮かべたが、デメリットしか考え付かない。多額の賠償金が発生するし、領土や領海の所有権拡大を主張される可能性が高い。疲弊しているものの、戦争する余力がある状態で降伏することはないだろう。
――それ以外の可能性があるとすれば、C国か。
相手の企みが分からない中、迂闊な質問は命とりだ。
「それで? さっさと本題に入らないなら帰るぞ」
「もう終わりました」
その言葉に咄嗟に身構えたが、ドールは身じろぎもしなかった。
「あの方が決断したため、これ以上ここに来る必要はなくなりました」
わざわざそのためだけに来ることに、何の意味があるのか分からなかった。
ドールはその疑問を察して言葉を続けた。
「直接的な関わりはなかったものの、あの方は貴方の唯一に憧憬に似た感情を抱いていました。 それが貴方と接点を持った理由の一つです」
唯一が誰を示しているのか分かった途端、警告音が頭の中に鳴り響いた。間合いを詰めると同時にドールの首を掴み壁に叩きつけた。
「何を知っている?」
行動とは裏腹に冷えた声が出た。
「私は何も。あの方からの最後の伝言です。 『救える命を救うために為すべきことをしろ』と」
頸動脈にじわりと力を込めた。苦しいはずなのに、無表情だったドールが口元に薄い笑みを浮かべる。嘲りの笑みではなく困ったような、どこか諦めたような笑みに力を抜いた。
ドールがそれ以上何の情報を持ち合わせていないこと、そして死に場所を求めて彷徨っていたことも、見覚えのある笑みで分かった。
苦い思いを振り払って、代金をカウンターに置き外に出た。
己の愚かさのせいで、遠く離れてしまった大切な俺の唯一無二の存在だったケイト。
彼女を思い出して空を見上げても、雲に覆われた暗闇に星の煌めきは見えなかった。




