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心を持たない少年兵士と敗北の女神  作者: 浅海 景


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第2章 エルザ                    ⑩祈り

余韻に浸る間もなく、遠くない場所から銃声が聞こえてきた。反射的に立ち上がったが、援護に行くかどうかはエルザが判断することではない。この場合は優秀な方のバディ、ラウルの判断に委ねるのが正しい。立ち上がり同意するように頷いたラウルに、本当に良いのかと尋ねる前にラウルは動き出した。


心の中で感謝しつつもこの判断が正しいのか、不安が心の底から忍び寄ってくる。

――ラウルだけは絶対に死なせない。

そう決意して余計な考えを押さえつけ、味方の元へと急いだ。


味方の位置を確かめるためラウルが合図を送る。危険な行為に銃を持つ手に力が入るが、おかげで敵と味方の位置が分かった。ラウルと間を置いたため、エルザの存在を敵に気づかれた様子はない。

「私が行くわ」

銃声に紛れて声を掛け、返答を待たずに囮となるべく前進した。連携プレーで敵を一人仕留め、もう一人に狙いを定めるも逃がしてしまった。深追いは危険だと判断して味方の元へと向かうと、そこにはニックとオリバーの姿があった。


オリバーは脚の動脈を傷付けたようで、出血が激しい。

「歩けるか?」

ラウルの質問に意外そうな顔をしたオリバーだったが、意味が分かると激しく頷いた。歩けるのならフォローして陣地近くまで誘導することは可能だ。ただし夜間とはいえ、敵が仕掛けてこないとは限らないし、怪我人がいることで不利になる場合は多い。

そんなオリバーを見捨ててさっさとニックは単独行動を取った。責めるつもりはないけれど、もう少し気を遣った言い方をしてあげられないのだろうか。


――オリバーを陣地まで誘導することで、どれくらい勝敗に影響があるかしら。

連れて帰るなど言えなかった。それでは今までと変わらない。だけどバディに見捨てられて、自分たちも見捨てるようなことになればオリバーはどれだけ傷つくだろう。

――だけど選ばなければならない。

そう思ってラウルを見た。残念だけど仕方ない、自分がそう言わなければならないことは分かっていた。


「これ以上無理だと判断した時は、置いていく」

予想外の言葉にぽかんとしたオリバーだったが、自分も同じような顔をしていただろう。

「僕が先導するからエルザは後方に」

「了解。……ありがとう」

自分の想いを汲んでくれたことに感謝の言葉を伝えた。これが正しい判断になるように、エルザは再び集中して周囲を警戒しながら、二人の後を追った。


ラウルは周囲に警戒しながら慎重に歩みを進める。この状態で敵に遭遇するのはかなり危険だ。エルザも後方の警戒を怠らない。ラウルが足を止めたため緊張が走ったが、小休憩のようだ。オリバーのために水筒を渡し、水分補給をさせる。出血はだいぶ収まったが歩くたびに傷口が開くため、完全に止まってはいない。


小さな物音が聞こえた気がして、顔を上げるとラウルが真剣な表情で合図を送っている。

だがオリバーは気づかないのか、身体を起こそうとして足元の落ち葉を踏みしめてしまった。

――まずい。

反射的にオリバーの腕を掴んで一緒に木陰に隠した。案の定敵に気づかれたようで、銃弾が飛んできた。ラウルが回り込もうとしているのを察して敵をこちらに引き付けるべく、応戦する。ラウルの銃声が聞こえたが、敵が倒れた気配はない。


「オリバー、代わって」

弾を込め直し、ラウルの方に銃口を向けた敵の頭を狙って引き金を引く。こめかみに弾が当たった事を見届けてほっと息を吐いた。

ラウルに合図を送ると駆け寄ってくるのを見て、怪我がない様子に安心した。

「怪我は」

「大丈夫、オリバーも……」

月明りに光ったそれが何か理解する前にラウルを力いっぱい押しのけていた。


直後に胸に衝撃と熱が走った。身体が跳ね飛ばされて視界がぐるりと回る。聞こえてくる銃声に応戦しなくては思うのに視界が定まらず、手に力が入らない。身体から生温かいものが勢いよく流れているのが分かる。目を開けているのも億劫なぐらいだ。

――私、死ぬのね。

そう思ったとき視界にラウルの姿が映った。最後にラウルの姿を見ることができ、安心したせいか意識が遠のきかけた。


「エルザ……エルザ!」

ラウルの腕の感触と必死な呼び掛けに何とか目を開けた。

「……無事で良かった。 ラウル、大好きよ……」

ずっと言わないつもりだった想いが口からこぼれた。


「いかないで…お願いだから」

子供のような懇願に嬉しいと思ってしまった。悲しませてしまうけれど、ラウルには生きていて欲しい。救えなかった命はたくさんあったけど、愛しい人を守れたのだから自分にしては上出来だ。


――ごめんね、ありがとう。

大丈夫だというつもりで頑張って微笑んだつもりだが、伝わっただろうか。頭を撫でようとしたけどもう力が入らない。

――どうかラウルが幸せになれますように

ラウルの声が遠ざかっていくのを感じながら、エルザはただそれだけを祈り続けた。


第3章はエーデル上官視点になります。

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