第1章 ラウル ③エルザ
銃撃音が止まらない。前日の時点で生存者の人数が公表されて勢いづいているだろう。戦略は多数あるけれど、大抵の場合は「殺せるだけ殺す」が鉄則だ。優秀な兵士は一人でも消しておけば次の戦いが楽になる。実戦を知っている兵士とそうでない兵士との差は大きい。
――この分だと合流地点が変わった可能性があるな。
<サポート>が必要になる場合に備えて合流地点はあらかじめ決められているが、戦況により変更を余儀なくされることは珍しいことではない。
<サポート>が導入されて以来、戦い方が変わりつつあった。いわば伏兵ともいうべき<サポート>は一度のみ戦場への立ち入りを許されている。<サポート>を追加の戦力として使ってもよし、傷ついた兵士を生かす救護班として使ってもよし、何の制限もない。
上官の判断によって使い方は色々だ。生存者にカウントされないが、純粋に人が2人増えるのだ。有利ではあるが、新兵は<サポート>として使いづらい。判断力がある戦場を知っている兵士でなければつとまらない。だから負けそうな戦況では<サポート>を入れないこともある。負け戦で優秀な人材を減らしてしまうのは、もったいない。だが<サポート>が入ったことにより、勝敗がひっくり返ることもよくあることだ。
戦況的に今回は勝利に持って行くのは難しいから、回収に徹底するよう言われている。
――だけど、少々やりづらいな。
斜め前で景気よく銃を乱射するリッツを見て、そっとため息をつく。
今日の彼は好戦的だ。回収役は目立ってはいけない。銃の種類が違うから銃声で味方に伝わるが、同時に敵にも伝わる。リッツは囮役になってもらおう、そう決めればあとは早かった。
近くにあった民家――既に廃墟になって久しいが――の屋根の上で待機する。リッツのフォローができ、敵に見つかりにくい最適な位置だ。
――当たったけど致命傷ではない。……位置がバレるな。
二人目までは狙い通り上手くいっていたけど、一つの方法に固執することは生存率を下げてしまう。通常は引くところだけど、味方がいそうな場所はもう少し奥。敵国の銃撃に阻まれて移動ができない、といったところだろう。
――もう少しこちらから攻めないと、生存者の回収が難しい。
リッツに合図を送ると、了承の合図が返ってきた。ここからは一旦バディ解消、個々で動くことになる。
声や足音、銃声の音で敵の位置を確認する。接近戦だと不利だと言われる自分の体型は小回りがきくし、身体を隠しやすいからわりと便利。狙撃手も小柄なほうが向いているらしい。
だから戦場にいるのは男ばかりではない。分かっていたことだし、実際に敵でも味方でも会ったことはある。
だからそれが理由じゃない。
いつものように任務を遂行すべく傷ついた味方の兵士を見つけて、すべきことを頭の中で組み立てる。
――遠くて怪我の状態が分からないけど、とどめを刺される寸前。一応回収しよう。
引き金を引く直前、ぱん、という短い破裂音に敵兵が崩れ落ちる。
――味方か…。なら動くと誤射される可能性があるな。タイミングを見て――
時が止まった。戦いが終わった後のあの儚い瞬間のように。黒髪を振り乱して味方の元に駆け寄る姿にラウルの目は釘付けになった。
――綺麗だ
「っつ!」
思わず声が漏れた。ほんの一瞬の出来事だが、戦場で任務と別のことに気を取られた。普段の自分にはありえないミスに背筋が凍った。
喧騒が戻ってきたと同時に身体が動く。
――今は何も考えない!任務に集中しろ!
自分を叱咤しながら味方を逃がすべく、後方支援に入ると黒髪の彼女が即座に反応する。怪我人が自力で動けることを確認するや否や敵に向かって銃を乱射する。少しずつ彼女と距離を詰めながら、互いのフォローができる位置につく。
「一旦引くわよ」
「はい」
正しい選択。盛大に銃声音が響かせたのだから、まもなく他の兵士が駆けつける。人数で攻められればゲームオーバーだ。少しずつ退避しながら僕と彼女は銃を撃ち続けた。終了のサイレンが鳴り響くまで。
生き残ったのは6人。負けたものの悪くない数字だ。僕とリッツの<サポート>が入らなければ、この半分以下、最悪全滅も起こりえた。上官たちは正しい判断をしたようだ。
「ねえ、貴方。 サポートの貴方」
報告を終えて部屋に戻る途中で僕に声を掛けたのは、黒髪の彼女だった。反応が一瞬遅れる。声を掛けられたのは分かっていたが、身体が何かを拒否している。
――駄目だ、彼女は危険だ。
「…はい」
それでも無視するわけにはいかず、彼女に向き合う。
疲労困憊のはずなのに、凛と背筋を伸ばしている。翡翠色のまっすぐな瞳はこちらの動揺を見透かしているようで、そらしたくなる。胸元にはバッジがないから階級はないが、立ち振る舞いだけを見れば上級職でも通用する。
軍隊でも拠点と帝都に常駐している人間では役職がまったく違う。帝都は戦略をたてる上級階級の人間が、拠点は実行部隊が中心でそのトップが上官長、その下に上官がいるが戦場には出ない指揮系統。戦場では部隊長、その下に副隊長という順番だ。
「私の名はエルザ。 今回は助かったわ。 ありがとう」
それだけ一方的に告げると彼女は踵を返し去っていった。
彼女の姿が見えなくなって、ようやく体の強張りが解けた。だが頭の中で響く警告音は鳴りやまない。
――味方の人間に何故これほど反応するんだ? あの時、最初に彼女を見たときから、何かおかしい。
「疲れてるのかな」
あえて口に出してみたものの、そうではないことは自分が一番よく分かっていた。




