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心を持たない少年兵士と敗北の女神  作者: 浅海 景


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第2章 エルザ                    ⑧自覚

「精密機械が失敗したらしいぜ」

「機械でも調子悪い時あるのか」

「敗北の女神がいたからじゃないか」

あちこちで聞こえる噂話に反応しないようにするのが精一杯だ。辛うじて勝利を収めたものの、ラウルがエーデル上官に特別訓練を課されたことが分かると、様々な憶測が飛び交っている。


『君は戦場にいるには優しすぎる』

ラウルの言葉が頭から離れない。戦場に向いていないのなら、どうしたら良いのだろう。

――私の居場所はここにしかないのに。

仲間に構い過ぎてはいけないと何度も言われていた言葉は、否定されているようにしか聞こえなかったけど、結局はそれが正しいのだと思い知らされた。強くなるには他者を想う気持ちは邪魔でしかない。だとすれば自分がラウルに教えたことは、彼の優秀な成績を損なうものであり無用の長物だと言える。


『余計なことを教えられても邪魔なんだ』

『戦場で役に立つことがあれの存在意義だ』

エーデル上官の言葉が今更ながら理解できた。優秀なラウルに嫉妬して貶めようとしている、そう見なされても仕方なかった。兵士として一番必要なことは戦場で成果を上げることだ。それが出来ないのなら役立たずと言われても仕方ない。強くなるためには他者に心を配るより、より多くの敵を倒し生き延びることを優先に考えなくてはならない。

それが出来なかったのは自分の弱さゆえだ。


だからラウルに二度と会わないように決めた。気づかないうちにラウルの存在が自分の中で大きくなっていた。ラウルに嫌われたくないという思いもあったが、これ以上ラウルの傍にいることは、彼にとって良い影響を与えない。

緊張する自分を叱咤し、ドアをノックすると返答があった。

「クラッセン部隊のエルザです。 お時間よろしいでしょうか?」

「何の用かな? 俺は今機嫌悪いよ?」

そう言われて引き返すわけにもいかない。


「エーデル上官がおっしゃった言葉への理解が遅くなり、申し訳ございませんでした」

「へえ? 今更だよね。 貴重な機会を逸した責任は君ぐらいじゃ取れないんだよ?」

じわじわとなぶるような口調にただ頭を下げるしかできないが、上官の言う貴重な機会の意味が分からなかった。

「顔上げていいよ。 そんな謝罪いらないし」

上官の命令には従うしかない。顔を上げたエルザは鋭い上官の視線に気圧されながらも、背筋を伸ばした。

「特殊任務を遂行できるのはラウルかリッツぐらいだと踏んでいた。 ラウルは遭遇しながらも荷物に気を取られて標的を仕留めそこなった。 U国の王女を殺しておけば、外交上優位に立てるチャンスだったのに、台無しだな」


淡々と話しているが、その内容は衝撃的なものだった。一国の王女が戦場にいたなどあり得るのか。だが目の前の上官は冗談でこんなことを言うはずがない。自分の行動に今更ながら血の気が引く思いだった。

「戦場に女神の慈悲はいらない。 必要なのは敵を殺して生き延びる強さだけだ。 それが出来ないなら実家に帰れ」

「……了解しました。 失礼します」

これ以上話すことはないという雰囲気を察して退室した。

――必要なのは強さだけ。


「エルザ」

聞きたくて聞きたくなかった声がした。

厳しい訓練のせいか、少し痩せたように感じるラウルの姿に懐かしさが込み上げるが、素っ気ない態度で備品室に入った。ただでさえ色んな噂が飛び交っているのに、これ以上喜ばせるような話題を提供したくない。

「どうして避けているの?」

「……色々忙しかっただけよ。 それに元々そんなに話す間柄でもないでしょう」

まっすぐな瞳が悲しそうに翳り、謝りたくなるのをぐっとこらえた。


「そうなんだ。 もし君が嫌なら僕はもう森へ行くつもりはない」

どこまでもエルザを気遣う言葉に罪悪感が募る。

「もう森へは行かないわ。 自己満足の行為は時間の無駄だと気づいたの。 話はそれだけ?」

早く切り上げて一人になりたかった。これ以上ラウルの傍にいると本当の気持ちを見透かされそうで怖い。

「エーデル上官から何か言われた?」

「戦い方の助言をもらっただけよ。 ――もう、関わらないで」

嘘ではない。だけど傷ついたような表情が視界に入り、ラウルを置いて備品室を後にした。


――ごめんなさい、ごめんなさい。

自室に飛び込むとその場にしゃがみこんで心の中でひたすら謝った。自分が余計なことをしたせいで傷つけてしまった。何も考えずに近づいて急に突き放すような態度をするべきじゃなかった。だけど自分といることでラウルが失敗して命を失うような結果になってしまうことのほうが、恐ろしかった。


――感情に疎いのは私も同じね。 

自嘲的な笑いを浮かべると、涙がこぼれ落ちた。拒絶したことでラウルへの気持ちをエルザは自覚することとなった。


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